第二二話 後輩Ⅰ
現在、土曜日の午前10:00―――出雲市駅の北口前広場のベンチに白緑の髪をした子が腰掛けていた。
「ごめん、待たせたか」
「い、いえ、今来たところです・・・・・・」
俺が話しかけるとその少女は返事をすると同時に腰を上げた。おどおどしくする子―――すいちゃん、改め翡翠 吹蓮。白シャツに黒ロングスカートにより少し背伸びし見た目の幼さとは裏腹に大人に見せようとしているとこがなんとも言えない良さをかもし出している。さらに上は短く下は長いことで彼女と晩春という季節が互いに共鳴し合い晩春、翡翠さん(髪が白緑ということもある)がいつもより清涼に感じる。ベンチに置かれているのは気持ち大きめのハンドバッグ。
不覚にも少しドキッとしてしまった。
―――じゃなくて、遊びじゃないぞ・・・・・・と言いたいがそれが言えない状態にある。
俺の服装はシャツ、ジャケット、デニムと完全にオシャレしてしまっている。俺は制服で良いと言ったんだが香奈と千夜が聞く耳持たずだった。
「さっそくで悪いが軽食をとらせてくれ、朝食を食わせてもらえなかったんだ」
「え、ど、どう―――」
「ここからすぐの所にモーニングをやってる喫茶店があったはず」
俺は広場を出て喫茶店に足を向ける。その後ろを翡翠さんが着いてくる。
喫茶店は駅から10分足らずの場所にあった。
赤レンガの壁に上半分はガラスのこげ茶色の木製の扉、そのそばには『モーニング、ランチやってます』という看板が置いてあった。
外観は若者が行くカフェとは違いゆったりとしたイメージを与える。
扉には『OPEN』と書かれたプレートがかけてあった。
その扉を開けて引くとカランカランと鈴がなると同時にコーヒーの匂いが嗅細胞を刺激する。コーヒーの匂いにはリラックス効果があるとかないとか。
中にはカウンター6席、テーブルは2人用が4席と4人用が2席と計6席、そしてカウンター内には50歳近くと思われる白髪交じりの優しい目つきをしたマスターがマグカップを拭きながらいらっしゃいと優しい声色で挨拶する。マスターの後ろには棚がありマグカップや皿が収納されていた。天井から吊り下げられた照明―――ペンダントライトから発せられる淡い光が喫茶店の内装と調和している。
奥の窓際の2人用のテーブル席に座る。窓台には、赤い5つの花弁を咲かせる『ゼラニウム』が置かれていた。その花の匂いは苦手という人もいるが俺はどちらかというと好きなほうだ。
2つのガラスコップをテーブルに置き終わったマスターに注文をする。
「すみません、トーストとホットを・・・・・・翡翠さんは」
「あっ、私は紅茶を」
マスターは慣れた動作で棚からカップを二つ取り出し、カウンターの上に置いてあったガラス瓶からコーヒー豆を専用の機械へと入れていく。ペットボトルの水をケトルらしきものに入れていく、お湯を沸かすのだろう。
「六東先輩、その、えーと、翡翠さんではなく・・・・・・気軽に吹蓮って呼び捨てでいいですよ」
「まあ、そういうならそうするけど」
「それと、今朝何かあったんですか?」
「いや、特に何かあったわけではないけど・・・・・・少しな。まあ、気にすることでもないから」
吹蓮は言ったとおり気にしないようにするためか黙ってしまった。吹蓮の女性特有の細く長くやわらかそうな人差し指がコップから滴った水滴をなぞる。
「六東先輩は枝木澤先輩とどういう関係なんですか?」
その質問に対する答えはもう決まっている。
「ただの幼馴染で今回は護衛対象、それだけだ」
「・・・・・・」
吹蓮は自分が作った川を眺めている。
「そんな風には見えない」ポソ
「そんな、なんて?」
「い、いえ、なんでもないです。ただ、好意とか抱かないのかなあと思って?」
「どうだろうな・・・・・・なんでそんな事聞くんだ?」
吹蓮は顔全体を紅潮させながらその小さな可愛らしい口をパクパクと魚がえさを求めるように動かす。
「ッッッ!! す、すいません!!」
顔が紅くなっているのを自覚しているのかそれを隠すように両頬に手を当てる。そしてその手は頬から放れガラスコップを優しい手つきで掴み頬に当てる。
「ふー」
瞳を閉じ優しい息を漏らす。窓からの日射し、店内からの穏やかな光が影を生み出しその動作と髪の白緑とあいまって近寄りがたい雰囲気をかもし出している。それなのにもっと近くで見たいという愛々しさもかもし出している。それはまるで有名な画家の生涯最高の一点のように美しかった。
「どうぞ」
そのマスターの一言でハッとする。どれだけの時間を見惚れていたんだろうか。いつのまにか吹蓮の頬もいつもの調子を取り戻していた。
コーヒー、紅茶の抽出時間が3分近いので俺はそれぐらい見惚れていたことになる。
ヤッベーーーー!! 妹の友達を3分も眺めていたとか千夜が見てたら半殺しだろうな。まあ、この場にいない千夜は当たり前だとして眺められた張本人である吹蓮も気付いていないのでセーフ。それに俺は吹蓮を見ていたのではなく額縁に収められた絵画を観ていただけだ。それなら罪悪感を感じることはない。うんうん、これで万事解決。
うーん、コーヒーがうまい。酸味・苦味・コクがちょうど良いバランスでお互いに引き立てあう。口に入れた瞬間に広がる風味そしてすっきりとしたみずみずしい酸味、舌を刺激する苦味、そしてコクにより余韻が口の中に残る。コーヒーの味がまだ口に残っている間にトーストを1口。バターによる塩味と乳製品独特のコクがコーヒーとの違いにより、よりいっそう強く感じる。そして外はサクサク中はふわっと、これがプロの技なのか!
「すいません、この紅茶ってCTC製法のアッサム茶葉ですか?」
ティーカップに口をつけた吹蓮がマスターに問いかける。ソーサーに置いたカップの中身を見ると吹蓮は何も加えてないようだ。
「はい、そうですよ。タージリンやウバなどの香りが強いほうが良かったですか?」
「いえ、ただ気になったので」
マスターは優しい笑みを向ける。紅茶通がいて嬉しいのだろう。
「紅茶、好きなのか?」
「はい! いろいろな種類があって味の違いを楽しんだりその時の気持ちに合わせることもできるんですよ! ちなみにこのCTC製法のアッサムティーは味が強くミルクティーにして飲むのがいいんです!」
あ、スイッチ入っちゃったかな。聞いてはいけない質問だったか。まあ、良いか。自分の好きなものを語る時ほど嬉しいことはないからな。それに、いつものおどおどしさとは裏腹に今はとても目を輝かせてテンションが上がっている。これがギャップっていうやつか。
一通り語った吹蓮はスイッチが切れるように椅子に腰掛ける。そしてまた顔を手で覆う。やってしまったー、とでも思っているんだろう。
「自分の好きなものを誇らしく語るのに恥ずかしくなる必要は無い、むしろそれだけ好きになれるだから自分を誇るべきじゃないのか」
吹蓮は指と指の間から薄い緑色の瞳が覗く。
「やっぱり優しい・・・・・・」
俺は少なくともそうは思わない。
「俺を優しいと思うのは勝手だがそう思うのは吹蓮だけだ」
「他の人が六東先輩をどう思っているか知らないですが私は優しいと思いました」
顔を隠していた手はテーブル下の膝の上にでも置かれているのだろう。隠していたものが無くなりその瞳がまっすぐに俺をとらえる。
面と向かってそんなこといわれると少し照れくさい。そんな感情を払拭するためにマグカップを口に運ぶ。コーヒーは喉を通ったがそんなことでその感情は払拭されなかった。とりあえず気にしないことに徹する。
俺が吹蓮に目を向けるとちょうどマグカップを口に運び終わり口から離すところだった。白の上に重なるぷくりとした朱色に目が引き寄せられる。
いや、ちがうちがうぞ! けしてそんな卑猥な目では見ていない! 元々赤色は人の視線を集める、それだ!
カチャとカップがソーサーに置かれた。こちらに目を向けた吹蓮は首を小さく傾げた。
「どうしたんですか? 顔が少し赤いような・・・・・・」
「なんでもない」
その目から逃げるようにトーストを一気に口に入れる。そんな事をしたら喉に詰まってしまうのでコーヒーで胃まで流す。
皿の上に少しのパン屑、マグカップの中にコーヒーが数滴。それらから窓に視線を移動させる。
窓の前には『ゼラニウム』が置かれている。
ゼラニウムーーー花言葉は『尊敬』、『信頼』、『真の友情』。
そして赤いゼラニウムの花言葉は『君ありての幸福』。