第一九話 嵐闘Ⅲ
『この勝負、勝ちにいくぞ!』 『今にその余裕なくしてやる!!』、とか言った数分前の自分を鼻で笑ってやりたい。
「無能が調子に乗るなよ。弱い奴が強い奴に勝てるとでも。寝言は寝て言え」って。
ああ、まったく以ってその通りだ。
弱者は強者には勝てない。
これはこの世界では誰もが知っている当たり前の事、神が定めた覆す事のできない事。
弱者が強者になれない――これは違う。
弱者は強者になれる。
なれるが何もしなくてなれるようなものではない。
人一倍二倍努力して特訓して、汗を流して体を壊して血を流した先になれるものだ。
俺はそれをやってきた、と思っていた。
けど違った。勘違いだった。足りなかった。
俺は強者にはなれていなかった。
だから今、こうやって壁に凭れかかっている。
数分前の俺は調子に乗っていた。
~~~~~~
俺は弱くない。弱かったらこうして立っていられるはずがない。
そう自分に暗示をかける。
人はポジティブに考えると良い結果がうまれると聞いたことがある。それを鵜呑みにする訳ではないが使わせてもらう。
俺は弱くないがだからと言って相手が弱くなる訳ではない。勝てる見込みはないと言っても過言ではない。そう思わせるほどに相手との差が開き始めている。
だがまだ開き始めたばかり、その差は小さい。まだ差を詰める事もできる範囲だ。
このタイミングを逃せば一度開いた差を詰める事はできなくなる。
意地でもしがみつけ。
「ク――――ッ!」
あと一発大きなヤツを喰らえば救護科のベッド行きが確定してしまう。
さっきみたいな守備無視の攻撃はできない。慎重に相手の攻撃を防ぐ。もろに喰らわないように。
相手の攻撃がきてからでは遅い。先の先を予測しろ。
相手の微細な動きひとつも見逃さないように心掛けるんだ。
クソッ‼
微細な動きに気づいてもそれをどう反応していいか分からない、それに攻撃の手数が多すぎる。防ぎきれず回避するがギリギリなため相手の拳や脚が服に掠れる。その掠れる音がするたびに命の灯火が消えるのではないかと考えてしまう。
それが嫌だから防御しようともいかない。全てを防御しようと動くと相手との距離を離す事もできなくなる。幾らか回避しようと思うと自ずと体---脚が相手から遠い所に動く。
今は防御と回避を4:6ぐらいの割合でうまく保っている。
このだいたいの割合が崩れて防御が多くなると攻撃を受け過ぎて反撃ができなくなる、さらにそのままやられかもしれない。回避が増えると相手との距離が開く一方、さらに攻撃のチャンスも逃す可能性だって考えられる。そうなってくるといよいよ勝機が「0」になる。
打つてなし!
そんな事にならないためにこうやって、今すぐでも逃げ出したいのを我慢して防御し回避し、でチャンスを伺っている。
今は伺っている止まりだが反撃の狼煙を上げる時は必ずくる。俺はそれまでひたすら我慢すればいい。腕に痣を作り眼前を通り過ぎて行く拳に肝を冷やしながら。
ここだ! と思って脚を踏み出せば次の瞬間にはその細い糸は切れていて、相手の攻撃が向かってくる。
わざと隙を自ら生じることで俺を攻撃に誘い出しカウンターを狙っているのか、偶然にも隙が生じているのかは俺には分からない。が、どちらにせよ隙が生じている事には変わりない。つまり、相手の隙が生じるタイミングさえ分かれば勝てるまではいかなくとも負けない可能性は格段に跳ね上がる。
だがそう簡単にはいかないだろう。
隙が生じるタイミングが分かったところで俺が急に強くなる訳ではないし、俺の攻撃が遅ければ早ければまず当たる事はない。ドンピシャでなければ当たらない。もしタイミングが少しでも外れてしまえば相手のカウンターが待っている。さらに相手は色々な格闘技がごちゃ混ぜなため何がくるのか予測する事も難しく満足に防ぐ事もできない。
早いテンポで攻撃していると思うとすんと急に遅いテンポになったりと緩急を付けられこちらの防御も崩れてしまう。
相手は自分がこうすれば相手がこうなると経験から知っているため戦闘中でも考えながら戦えている。
だが俺は違う。
先の事など考えている暇がない、今この攻撃をどう凌ぐかで頭がいっぱいだ。ゆえに考えていない。それが今の戦況---俺が圧されているのにも繋がっているのかもしれない。
---でも、どうしろと••••••
俺が今できるのはこの戦況をこれ以上悪い方に傾かないようにする事。それをするためには、相手の攻撃をまともに喰らわない事が最優先だ。
だが戦況は少しずつ少しずつ悪い方に傾いている。つまり、最優先事項もできていないので、負けるのは必然だろう。
じゃあ、俺はなぜここで相手の攻撃を躱している、なぜ立っている。それは俺の心がこう呟いてるからだ---「お前の護るものはなんだ」と。
俺が護る(守る)ものは俺自身ではなく、俺にとって大切なもの、自身が決めた約束だ。
昨日星と月が輝く夜に自分に、千夜に言った言葉を嘘にする訳にはいかない。
人は変われる---それを体現するために俺はこうして立っている(今すぐにでも倒れてしまいそうだが)。
俺が立っていられる理由は短く言えば気合、心の持ちようだ。心は人をやる気にさせる事もできるし、諦めさせる事もできる。それが心の凄いところと恐ろしいところだ。
自分を操るのは自分だ---さらに深く言ってしまえば自分の心だ。
心が自分に訴えかけている事に従えば、良い事悪い事のどちらかに転ぶ。
俺の今の状況が良いものか悪いものかは判断しかねるが、少なくとも悪くはなく良くもない。百歩譲って倒れていない分良い方なのかもしれない。
いや、良い方に傾けてみせる!
弱気な事言ってるからこうやって圧され続けるんだ!
実力で活路を見出せ!
「おぉぉぉぉーーー!」
反撃だーーー!
腕を脚を回せ! 攻撃のインターバルを作るな! 早く! 速く! もっと! もっと!
前に! 後ろに下がるな!
「クッ!!」
体を前に出す分相手の攻撃も今までよりも速く感じる。
ーーーッツ
拳が体に掠れる音が耳に入ってくる。相手の拳が体に掠れる度に背中からなんとも言えない汗が湧き出る。
だが、それは相手も同じ。俺の攻撃が速く感じるはずだ。今までよりも攻撃の手数も増えひとつひとつの攻撃を完璧に躱す事はできていない。
それでもやはり決めての一手が出せない。相手は自分が不利になる事はあっても負ける事はない、立ち回り方をしている。俺の連続攻撃を防御しながらそれとなく体制を崩してくるため最後の一手が撃てず、こちらが不利になる。俺が不利になれば手数とパワーで反撃し有利にする。この繰り返しになってきた。何か流れを変える一手が欲しいところだ。
「クッ!!」
できるだけ前へ前へと心掛けてはいるが相手の攻撃を喰らうのが恐いため下がってしまう。
「思っていたよりも粘りますね。ですがそれもここまでです」
と言い何かを考えるようにゆっくりと瞼を閉じゆっくりと開ける。
開いた先の瞳には感情と言えるものが見当たらなかった。
その瞳を見たと同時に冷や汗が湧き出た。
その機械のような表情をした先生はすっと身構えた。その動作は水が流れるようで無駄がなかった。本来人の動きは人それぞれによって癖があり、それが無駄だと言われる。それをなくすために人は何回も同じ事を繰り返し無駄をなくし完璧に近づくが、先生の動きはまさにそれだった。
俺が身構えることを忘れるほどうつくしかった。
「---ガハッ!?」
気づいた時にはすでに遅し。俺は宙を浮いていた。相手の右脚による蹴りが俺の胸の中央を捉えたーーーその衝撃によって俺は宙を浮いて後ろにとばされていた。
「ガハッ」
何回か後ろに転げ背中を壁にぶつけようやく止まった。
胸の中央肋骨、背中全体に走る痛みが意識を朦朧とさせる。
〜〜〜〜〜〜
今に至る。
心の何処かで勝てると調子に乗ってしまった。細かい敗因はたくさんあるが、1番の敗因はそれだ。
自分は変わったから負ける事はないと思っていた。だがそれほど変わっていなかった。俺は弱いままの俺で何も変わっていなかった。
朦朧とする意識の中俺は見てしまった、見つけてしまった。
先生を挟んだ向こう側に、口を手で覆った香奈がいた。
ーーーそんな目をしないでくれ、
ーーーここまま眠るのが辛くなる、
ーーーそれともまだやれと、言いたいのか、
ーーーもう充分頑張った、
ーーーこれ以上やっても結果は変わらない。
本当にそうか?
もう動けないんだな?
目の前で大切なものが傷ついていても?
自分が持てる全てを出し切ったと言えるか?
まだ出してないのがあるだろ!
まだ終わってない!
まだやれる!
全力を出し切れ!
(俺は護るものの剣となり盾となる!)
『自我の領域』
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次回は二週間後の23日の7時に投稿予定です
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