第一〇話 虚勢
「え、駄目だった」
「はい・・・・・・断られました」
そんな簡単に言われてもなぁ。こっちとしては香奈の命が懸かってるっていうのに・・・・・・
「中学生のお二方は・・・・・・」
香奈が不安そうに聞く。
俺と香奈は放課後、先生に呼び出され昨日と同じく談話室に来ている。警護に参加する人が決まったらしく、それの報告が目的らしい。
「二つ返事で承諾してもらいました」
千夜と千夜の実力に少し劣る生徒の2人か、実力的には十分だな。
「香奈もそれで良いよな」
「はい、問題ないです」
香奈が二つ返事で承諾してくれる。香奈も自分の身を守ろうと思えば守れるしな。
「じゃあ、その流れでお願いします」
「分かりました。また後日、4人で打ち合わせしてもらいます」
やっぱり、4人で集まって話し合わないといけないのか。考えるだけで気が重くなりそうだ。学校内で千夜と会うのは何故か気が乗らない。
「それでは失礼しました」
「失礼しました」
俺と香奈は席を立ち談話室から退室する。
「あー、疲れた」
今日は珍しく午後の授業を真面目に取り組んだせいで少し疲れた。俺は退室するとすぐに肩を回す。香奈はそんな俺を見て微笑んでいる。
俺は虚勢を張ってしまった。
遡ること約2時間、俺は五時限目の冒頭で整備科の実習棟に来ている。整備科は武器類の整備だけではなくあることができる。
俺は段ボールが散らばった廊下を進み明の部屋に向かう。
「おい、明。あれ使って良いか」
整備科はそれぞれ部屋が用意されている。そこまで広くはないが武器の改造などはできるほどの広さはある。
部屋の入り口からのぞくと明の部屋の中は意外にも整理されていた。背をこちらに向け銃の改造でもしているんだろう。
「誰も使ってないなら良いんじゃないか・・・・・・」
明は曖昧な返事だが使えない訳ではないらしい。
「・・・・・・」
「・・・・・・早く行けよ」
「お前がいないと無理だろ」
あれを使用するには整備科生徒の監視兼調整が必要だしな。こんなちゃらんぽらんな奴でも火薬など危険物を扱う整備科の生徒だしな。
「はー」
明がため息を吐きながら重たそうな腰を上げる。
悪いと思ってるよ、仕事を中断させてまで同行してもらうからな。
「少しの間だけだぞ、俺は忙しいんだ」
明は俺を手でどけに廊下に出て歩きだした。俺は明の後を付いて歩き突き当りの階段を下り、廊下を少し歩くと今回の目的の施設前に来た。
これが武特高が大金をはたいてでも地下に建設した施設「VRCTF(仮想現実戦闘訓練施設)」
ここからでは分からないが中の見た目はドーム状になっており、地下1階から2階にかけて建設されている。実際は地下3階に値する高さだ。地下1階には制御室がありいろいろなシチュエーションを設定することができる。
制御室から中が見えるようにガラスが付いており監視や他の生徒が見学できるようになっている。モニタがあり中の人物の訓練様子がシチュエーション付きで映し出される。
俺は入り口前に居るがなかなか扉が開かない。扉は整備科の生徒に配布されているカードキーを制御室で使用してもらうと開くようになっている。
「やっと開いた・・・・・・」
俺の苛立ちが届いたのかそれともカードキーを探すのに時間がかかったか知らないが・・・・・・いや、明だろ。絶対に後者だな。生徒手帳にでも挟んどけよ。
俺は中央にまで進むが「本当になんもねぇよな」しか言えない。
俺は何度かここを使用したことがある。床には何も無く壁に変な機械がめり込んでいるように設置されている。確かこの機械で仮想世界を見せる、だったか。つまり、脳を騙す為の機械だ。そのさらに上にガラスがあり制御室の一部が見える。
明はなにやら準備しているのが見える。
『準備はいいな』
スピーカーから明の声がする。
「オッケー、いつでも良いぞ」
俺は瞼を閉じ視界を遮断する。
『じゃあいくぞ。・・・・・・3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・』
カウントダウンが終わると同時に瞼を閉じた状態でも眼球が焼けるのが分かる。さらに下から喧騒が聞こえる。瞼を開けるとそこにはあの虚無が広がっていた施設とは違いビル街が広がっていて俺はビルの屋上に居る。俺が言った通りに設定してくれたみたいだな。
俺の手にはレミントン・アームズ社が誇るM24・・・・・・ボルトアクション方式狙撃銃だ。昔から各国の軍や警察で採用されている信頼性の高い銃であり日本の自衛隊も採用していた。
標的は1人。大体ここから2000メートルに設定してもらった。簡単な訓練だ。この訓練では一般人と標的を見分けるために頭の上に『target』と文字が浮かんでいる。
「いた。ここから2100前後だな」
俺は立ったままスコープを覗くとビルとビルの間の小道を歩くサラリーマン風に偽装した(設定)男性がいた。『target』と文字付きの。
俺は二脚を装備し伏射の準備に入る。まだうつ伏せの体勢にならない。
訓練だから人をたやすく撃てるがこれが現実の場合手先が震えて銃も握れないだろう。
元々、俺達は誰かを殺すのではなく誰かを守ることを優先しなければならない・・・・・・自分の身を挺して。
今回は異常が無いかを遠くから探す『鷹の目』だ。もしものことがある場合、俺は異常の原因者の頭に照準を定めなければならない。
「ふー」
俺は息を吐き気持ちを落ち着かせ極限まで集中する。辺り一面は白くなりホワイトアウト現象みたいになる。さらに視覚と触覚の感覚が鋭くなりそれ以外の感覚がなくなる。その中で視認できるのは自分の体とM24、蟻のように小さな男性しか見えない。そして研ぎ澄まされた触覚で微細な風を感じ取る。
俺は伏射の体勢になりスコープを覗く。後は引き金を引くだけで終わる。
標的とのタイミングを合わせ右手の人差し指を引く。
銃声は聞こえない。ただ、銃身が少し揺れスコープの向こう側が一瞬乱れる。
確認しなくても標的が倒れていることが分かる。
俺は立ち上がり深呼吸すると風船に針を刺すと空気がすぐ抜けるように全身から汗が湧き出る。今すぐにでも普通科の実習棟のシャワー室に行きたい。
「・・・・・・」
ん、景色が変わらないぞ。どういうことだ。
『まだ終わってないぞー・・・・・・ック』
最後の方笑い堪えてるだろう、アイツ。
「おい、ここから出せよ」
『最後までやらないと終わらねぇぞ』
アイツ!!終わったらぶん殴ってやる!!
90分後に訓練が終わり扉が開いた後、水に浸かったように全身がビショビショな俺はすぐに明のもとへ走ったが体から力と水分が抜けすぎて早く走れず制御室に明の姿は既になかった。が、香奈がいた。
香奈の手には水が入っているペットボトルがあった。
「はい、お疲れ様」
香奈は俺を見つけるとすぐに近寄ってきてペットボトルを渡してきた。麗しい笑顔で。
「ありがと、明は」
「私を呼んで戻ったよ」
アイツ!!
俺はキャップを回す手を止める。
「まあ、いいか。忙しい時に無理言ったわけだし」
俺はキャップを開け砂漠化が起こっている体に水を入れる。
「とりあえず、俺は普通科のシャワー室に行くから先に行って良いぞ」
そう言うと香奈は先に行った。俺は整備科の実習棟から出るため香奈の背中を追おうとするが階段の途中で膝をつく。明を殴ろうと走ったばかりに全体力を使い切ってしまった。
こんな姿を香奈には見せたくはなかった。
その後、なんとか普通科の実習棟に戻りシャワーを浴びた。
その後、人目のない所で授業の終わりを告げるチャイムまで寝た。
その後、学習棟に戻りいつも通り終礼を行う。
その後、先生に呼ばれた。
その後、警護する残りの2人が決まった。
そして今に至る。
そして俺は香奈の前で虚勢を張っている。
『疲れた』なんて言う奴は大体、本当は疲れていない。俺はそれを考えてあえて口に出した。今の俺は普通の速度で歩くことさえ難しい。それでもなんとか一歩一歩出す。
こんな人には警護を任せられない・・・・・・そう思われたくない。
香奈だけには思われたくなかった・・・・・・
窓ガラスから差し込む光が俺とその思いを照らした気がした。