第八話 揶揄
俺はとりあえず、すでに千夜が居るであろう家に帰宅した。
六東家に今日も泊まる香奈は少し用事があるらしく一度会社に向かってから来るそうだ。さすがに暗くなり始めた夜道を女1人で歩かせるのもどうかと思ったが、香奈の実力以前にうちの学校の生徒に手を出す怖いもの知らずはいないだろうし、まあ大丈夫だろう。
人を心配する暇があるなら少し先の自分の心配をした方が良いよなあ、でも心配したところで何かが変わるわけでもないしな・・・・・・先のことを考えるのはやめよう、気分が悪くなる。
「ただいま」
いつも通り鍵と扉を開けて玄関で帰宅したことを知らせると同時に千夜が居ることを確認する。
「おかえり」
予想通り俺が知っている声が返ってきた。やはり千夜は居た。玄関に靴がある時点で分かっていたが家の中で倒れている可能性も無い訳ではないので、一応な。
廊下を進みリビングに通じる扉を開けるとテレビ前のソファに千夜が座っていた。
テレビの画面に映し出されているのは、何々・・・・・・『女性のONE UP』・・・・・・
うん、まあそういう年頃なんだろうな
「ッ!!」
千夜は俺がリビングに居たことを今始めて知ったらしく、分かるほどに慌てている。画面はすぐに暗くなり少しだけ俺と千夜を映している。
「何で切ったんだ。別に怒りはしないのに」
「ぁ、ぇ、っ」
やばい、盗み食いがばれた時みたいな反応しているが頬が紅潮していることがそのときとの違いを表している・・・・・・少しだけ可愛いな。
「ちょっとだけテレビである番組が見たいからつけても良いよな」
俺はソファに座りテレビをつけようとリモコンに手を伸ばし取・・・・・・
「おいおい、テレビを独り占めとは感心しないなあ」
俺がリモコンに手を伸ばすや千夜が横取りする。
「後で見れるでしょっ!」
先日、ボコボコにされたのでここぞとばかりに仕返ししてやる。
「今、見てーんだよっ!」
俺は先日の仕返しとからかいたくて、千夜は恥ずかしくて(?)、それぞれの理由でリモコンを譲ろうとしないため取り合いになる。
「くーー」
「んーー」
ピンポーン
「お、来たか」
「きゃっ!」
俺が引っ張るのをやめたので体重を後ろの預けていた千夜は後ろに盛大に倒れた。ソファだから強くは打っていないだろう。
「あ、そうそうこれこれ」
俺はポケットに帰宅時に香奈と別れた後もしもの時用に買っていたキャンディーを千夜の顔に放り投げる。
「っ!」
俺は千夜と香奈が映っているであろうインターホンを確認せずに玄関に向かう。
千夜、可愛かったぞ。でも、ざまぁ・・・・・・
「よいしょ、案外早かったな」
「書類とデータを取ってきただけだから・・・・・・」
扉を開けると香奈がいた
それもあるかもしれないけどさすがに早すぎる。『速度上昇』使ったな、深くは聞かないけど。
「・・・・・・千夜ちゃんは」
向かいに来ないだけでそんなに心配するか。どんだけ仲良くなってんの、2人とも。
「千夜なら奥にいると思う・・・・・・」
機嫌は悪いだろうな、たぶん。飴だけで許してくれるほど千夜も甘くない。
「まあ、上がれよ。五月でも夜は肌寒いからな」
「うん、おじゃまし・・・・・・かえりました」
言い直す必要あったか。
それにしてもあれほど香奈を本当の姉のように慕っている千夜からの返答がまったく無い、やべ、からかいすぎたかも。
「本当に居るの」
香奈にも怪しまれるし。
「行けば分かる」
リビングに通じる扉を開けると、げぇ・・・・・・ソファに座る千夜の後姿が今の心情を語ってる気がする。ムスッとしてるんだろうなぁ。
香奈からの「何かしたでしょう」視線が痛い。
「何もしてないからな」
「何も言ってないです」
即答かよ。俺が何も言わなかったら聞く気満々だったな。それよりも、千夜は早く機嫌直してくれー!
「海老のグラタン」
千夜がビクッとなる。お、顔はこっちに向けてくれないが興味はあるらしい。そりゃそうか、海老のグラタンは千夜の大好物だからな。海老のグラタンで許してくれるなら安いもんだ。
「でも作るかな、少し時間は掛かるが・・・・・・いいよな」
「うん」
香奈は返答してくれたが、千夜は無反応。さっきのは気のせいだったか。
「千夜ちゃんは」
香奈が癒し笑顔で聞いてくれる。これは、ありがたい。
こく
頷くだけか・・・・・・もうちょっと嬉しそうにしてくれてもいいのに。
「じゃあ作るか」
エプロンを取りに自室に向かおうとすると香奈が、
「手伝うよ」
ここはさすがに1人で作ったほうが良いだろう。それともあれか、俺の腕が不安なのか。心外だな。見せてやるしかないな。
「いや、大丈夫。1人で作れる」
「本当に、大丈夫?」
そこまで疑います。ちょっとは信じてよ。
「本当の本当に大丈夫」
俺は香奈に言い聞かせ自室に向かう。
えーとまずはマカロニを茹でて、たまねぎはみじん切り、ベーコンは大体これくらいかな。
久しぶりにグラタンを作る気がする。けど失敗は許されない。今日のこともあるがこの料理には深い思い出がある・・・・・・
グラタンは俺が千夜に始めて作った記念すべき料理だ。千夜がまだ小学4年生で両親が(仕事か宴会か忘れたが)居ない夜、クリームシチューの残り物を俺がアレンジしてグラタンにしてやった。それから気に入ったらしく、事あるごとにグラタンを求めてきた。時にはホワイトシチューが無い日にも求めてきた。それから、ホワイトソースから作ることを憶えた。
「えーと、海老は・・・・・・あったあった」
だからグラタンは他の料理とは違い俺と千夜にとって切るに切れないものだ。切る気は無いけど。
時には喧嘩した後の仲直りの為にも調理した。
調理が終わったことを知らせる電子音がキッチンに響く。
オーブンの中からチーズが焼ける香ばしい匂いがする。
「良し上手くできたな」
綺麗な焼き色、食欲をそそる匂い。久々に作っても上手にできるものだな。これで香奈にも一泡吹かせることもできるだろう。
海老のグラタンを運ぼうとダイニングテーブルの上を見ると既に食事の準備が整っている。仕事が早い、さすが香奈。千夜も手伝ってくれたみたいだ。機嫌も良くなったみたいだな。良かった良かった。
「先、入るからね」
俺は夕食を食べ終え、シンクに置いてある食器を洗い終わりそうになると、テーブルの上を片付け終えた機嫌もすっかり良くなった千夜が言った。
「ん、ああ」
「あ、待って待って、千夜ちゃん」
香奈が慌てた様子で千夜に詰め寄る。
「私と一緒に入浴しよう」
いやいやいやいや、家の浴槽はそれなりに大きいけど・・・・・・いや、そんなことよりも何で2人で入浴する必要があるんだ。
・・・・・・まさか!
「私は武特の生徒です。そんなことはしません」ムスッ
武特学校の校則の一つに『任務・依頼を完遂しない限りその内容は最低限極秘とする』というものがある。俺は香奈がそれを破り千夜に今回の依頼内容を漏らすかと思ったのだが、それが顔にでも出ていたのかもしれない。千夜はハテナを浮かべているが。それにしても、さすが社長代理。人の心を読むのはお手の物だな。
「すまん、さすがに考えが甘かった」
香奈がそんなことするような奴じゃないことを一番知ってるのに。失言だった。まあ、言葉にはしてないけどな。
香奈は俺が基本素直に謝れば許してくれる。今回はそれに付け込む訳ではなく本当に悪いと思っている。
「じゃあ、入浴してくるからね」
千夜は俺と香奈の会話を理解できていないみたいだ。そのおかげで少し悪い空気が流れ始めそうだったのを中学生らしい可愛らしい笑顔で吹き飛ばしてくれた。
「美少女が2人もだからって覗いたらダメだからね」
慕っている香奈を美少女と言うのは許そう。けど自分のことを言うのはどうかと思うぞ。口には出さないが。
「誰が覗くか!」
半殺しにされるは、そんな事したら。
「どうせ長くなるだろうけどのぼせんなよ」
俺はもう(廊下に出た所にある)脱衣場に向かってしまった千夜とは違いリビングに居る香奈に言った。香奈は「へー」みたいな顔をしている。
「勘が鋭いね」
香奈が驚いたように言ってくる。そこまで俺は下に見られてるのか。
「まあ、それなりにはな」
一応狙撃者だからな。
「私もそろそろ・・・・・・」
香奈の視線の先がちよが向かった先に向けられている。千夜も待ってるしな。いろいろと聞き出してもらいますか、俺に代わって。
「じゃあ、よろしく」
「機嫌が悪かった理由も聞くからね」
・・・・・・マジで。それはなるべく聞かないでくれ。と、言おうと思ったら香奈は既に脱衣場に向かってしまった。背中の冷や汗が止まらねー。