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第7話 進化の道程

 ルークはシャルムとの入浴を終えたあと、自分の部屋についてこようとする姉を、途中で追い返した。


「ルー君が新しい枕で眠れないかもしれないから、子守唄を歌ってあげないと」

「僕、枕がなくても寝られるんです。種族柄みたいですけど」

「だ、だめよ、枕がなくて寝違えたらどうするの? ルー君の健やかな発育のために、お姉ちゃんはやっぱり添い寝を……あぁっ、ルー君っ」

「姉上、おやすみなさい」


 シャルムは無理にルークに追いすがらず、閉められた彼の部屋のドアを指でなぞったあと、すごすごと自分の寝室に向かう。


(……ごめんなさい、姉上。でも一緒にいると、このままじゃ……)


 ルークは一人になった途端に、浴室でのシャルムの姿を思い出してしまう。


 このままシャルムと一緒に寝たりなどしたら――想像するだけでそれは甘美で、ルークを幸福な気分にさせる。


「僕は一体ここに何をしに来たんだ……忘れちゃだめだ。ユスティリニアさんに勝って、絶対に生き延びるんだ」


 ユスティリニアに教えられた、強者に生殺与奪の権利を握られるという恐怖。


 思い出すだけでぞくぞくとするほどの、冷たい美貌。そんな彼女に、自分を屈服させろと言われた事実――。


(姉上は、ユスティリニアさんと知り合いだと言ってた……そして、僕も彼女に会ったことがあるという。だけど僕は、思い出せない。いつ、僕は彼女に会っていたんだろう)


 記憶を辿っても、やはり思い出すことはできない。


 いずれ訪れる戦いの場でも、ユスティリニアから教えられることはないのかもしれない。ルークが強くならなければ、知る権利は与えられない。


(喰らうとまで言われたのに、僕は……あの人の姿を思い出すほど、考えずにはいられない。姉上とは対極みたいな人なのに、彼女は……)


 まどろみながら、ルークはユスティリニアが黄金の髪を揺らして立ち去る後姿を思い出していた。


 ――自らに無いものを、強くなるために求める竜の本能。


 ルークにはまだ、自覚が無かった。ユスティリニアによって目覚めかけていたその本能が、一つ目の竜素を得たことで、確実に覚醒へと近づいていることを。


 ◆◇◆


 翌日の昼下がり、ルークはシャルムの部屋で塔の一階から改築を始めるべく、図面を描いていた。


「ルー君、お疲れ様……あら、迷路を作るの?」

「はい、罠で体力を削っていって、最後に捕縛する罠に引っかかるような構成にしています」

「みんな粘着スライムで捕まえちゃうわけね……ルー君、他にも罠がたくさんあるけど使わないの?」

「槍や弓矢の罠は、修理するまで少し時間がかかります。そのままだと殺傷能力が高いので、捕獲に特化するために改造して、皮膚を通して効果を発揮する麻痺毒を塗ろうと思っています」

「す、すごいわね……そんな毒の材料を、どこで見つけたの?」

「姉上が育てている花はきれいですが、球根に麻酔成分があるんです。それを溶媒に溶かし出して濃縮すると、ちょっと触っただけで動けなくなるくらい効果があります。違う花から解毒薬も作れるので、それをあげることを条件にして敵を降伏させます」


 そんな話をするといくらシャルムでも引いてしまうだろうか、とルークは少し心配するが、彼女は感嘆して聞き入るばかりだった。


「ルー君、私の花畑の活用方法まで考えてたのね……」

「季節ごとに咲く花は違いますから。姉上にはいつも綺麗な花を見せてあげたいし、もっと違う種類の花も咲かせたいですね。畑の土を仕切らないといけないですけど」

「……そんなにお姉ちゃんを喜ばせて、どうするつもり? ルー君ったら」

「だ、ダメですよ、今は仕事が……」

「じゃあ、仕事が終わったら、お姉ちゃんにお礼をさせてね」


 シャルムは言って、本邸の家臣たちに出すための指示書を作っていく。それを元に水晶を通じて連絡すれば、この場で執務をこなすことができる。


 いつも司祭のような帽子をかぶっているシャルムだが、執務中は被っていない。銀色の髪をかきあげながら羽根ペンを走らせる姿に、ルークは見とれてしまう。


「……ルー君、彼女……マリナは、帰ってくると思う?」


 ルークは今日の朝、山賊たちに略奪した物資を隠してある場所の地図を書かせると、それをマリナに持たせて解放した。


 念のために、サラと数体のリザードマンに頼んで護衛をさせてある。しかし、マリナが逃げないように見張るという命令は与えていなかった。


「ルー君に竜素を捧げると、相手の忠誠は絶対になる。でも、ルー君が彼女を解放しても構わないと思っているなら、彼女の選択は……」

「どちらでも、僕は彼女を責めたりしません。戻ってきてくれたら、手伝ってもらいたいことはありますが……村で暮らすほうが、彼女は幸せだと思いますし」


 人手が足りないのは確かで、マリナが居てくれれば、リザードマンたちにはできない役目を頼むことができる。


 ルークは捕らえた山賊たちにはしばらく労働力となってもらい、その後に従属するならリザードマンたちの管理下に置くつもりでいたが、できるならば山賊ではなく信頼できるしもべが欲しい。


 頭領についてはスピアラン王国に引き渡すことにした。そうすることで、子分たちを扇動して反乱を起こされる可能性も減る――リザードマンを恐れている彼らが、今後逆らうことはまずないのだが。


「……私はね、そこまで考えてくれているなら……村に対する役目を果たした彼女の選択は、決まっていると思うわ」

「え……?」



 ルークはシャルムの言葉の意味を、数日後に知ることになる。


 数日後、マリナは帰ってきた。彼女の村に物資を届けたあと、村長から感謝として贈られた貢物を、荷車いっぱいに積んで。


 塔の前でマリナを出迎えたルークは、サラとリザードマンたちが数台の荷車を運んでくるところを見て、何事かと目を見張る。


「ご主人様、ただいま戻りました。私たちの村から、これはせめてものお礼です。食料や、村の特産品、雑貨などを積んでいます」


 マリナはルークの前に跪くと、彼のことを敬意を込めて呼ぶ。ルークは竜素の繋がりがもたらす絶対の忠誠を確かめ、彼女に手を差し出し、立ち上がるように促した。


 村人たちはただ救われたことを感謝するだけではなく、残された財の中から少しでも恩義に報いようとした。そして自分たちの手で取り返せなかった物資について、ルークが全く取り分を主張しなかったことに、より感銘を受けたのだった。


「ありがとう、帰ってきてくれて」

「は、はい……あのような恩をいただいて、あなた様の元を離れるわけになどいきません。これからも、存分に手足としてお使いください」

「村はもう大丈夫みたいだね」

「山賊たちをここで捕らえていただいていますし、残党は村の男手でも倒すことができました。何もかも、ご主人様のお力があってのことです」


 後顧の憂いがないのならば、マリナをしもべとすることに何の支障もない。


 一つ気にかかるとすれば、スピアラン王国から見れば、自国の領民が流出していることになる――塔を六竜帝国の砦とみなし、兵を差し向けてくる可能性も否定できない。


(そのために塔を強化してるんだ。スピアラン軍に干渉されても、それをチャンスと考えよう。多く侵入者が来れば、竜素の収集も早くなる)


「ルーク様、数日も塔を空けて申し訳ありませんでした。襲撃などはありませんでしたか?」

「おかえり、サラさん。今のところは大丈夫だけど、塔の様子をうかがってる冒険者が、向こうにキャンプを張っているよ。そのうち攻めてくるんじゃないかな」

「かしこまりました。奇襲をかけるなどはしなくてもよろしいですか?」

「うん、僕らは中で待っていよう。そう簡単には攻略させないから、大丈夫だよ」


 ◆◇◆


 ルークの読み通り、冒険者たちは夕刻になって塔に入り込んできたが、一階の迷路で迷ううちにことごとく罠にかかり、6人パーティが全員捕縛され、リザードマンたちによって四階の牢に入れられた。


 麻酔で動けなくなっている捕虜たちに近づくと、ルークは一人ずつ竜素の反応を確かめていく。


 そして、反応があったのは――支援職である踊り子の娘だった。


「た、助けて……なんでもしますから……っ」


 ルークはできるだけ警戒させないように少し距離を取ったままで、懐から解毒薬を取り出す。そして、条件を提示した。


(彼女に自分から、僕に竜素を捧げたいと思ってもらう。それはきっと……悪いやり方だけど。こんなやり方も、できるはずだ)


「ごめんね。助けてあげるには、一つだけ条件があるんだ」

「……本当に……助けてくれるんですか?」

「僕に、君の大事なものを渡してほしい。どうしても必要なものなんだ」


 宝を、そして自分を狙うものを、竜人は許しはしない。冒険者たちは事前にそう話していたが、踊り子の娘にとってルークは、無慈悲な存在には見えなかった。


 まだあどけなさを残した少年。その瞳に魅入られて、彼の差し伸べた手を救いと見なし、踊り子の娘はそれが何かを知らずに、『大切なもの』を捧げることに同意した。


 そして、竜素の転写が始まる。求めていたものが、ルークの身体へと入っていく。


 手に入れたのは『黄』の竜素。短い期間で二つの竜素を手に入れたルークは、進化の時はそれほど遠くはないと確信していた。

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