第2話 初めての迎撃戦 準備編
◆誘いの塔 1F◆
塔の一階に入ると、そこは半円形の部屋になっていた、左と右には通路があり、部屋の中央には石板が置かれ、案内が刻まれていた。
「……左を行くものは喜び、右を行くものは苦しむであろう。これは、文面通りに受け取っていいんでしょうか?」
「ええ、左の通路を行った先に部屋があって、そこに宝箱が置かれているの。一応宝は入れてあるんだけど、帰ってくると守備隊のリザードマンが待ち受けていて……という寸法ね」
「そうすると、右の通路は罠だらけなんでしょうか?」
「ええ、その通りよ。といっても、一度侵入者が動かしてしまった罠は、壊れることがあるの。しばらく耐えてくれていたみたいだけど、もうほとんど使い物にならないと思うわ」
誘いの塔は円柱状をしており、外壁は堅牢な黒曜石で作られているが、内部を仕切る壁は石のブロックを積んで作られている。
左の通路は人ひとりがかろうじて通れるほどに狭く、塔の内周に沿うように作られているが、その先は行き止まり。右の通路は侵入者が一団で通れるほど広いが、壊された罠が撤去されて、壁や床が穴だらけになっていた。
「これは……しっかり管理をしないと、二階までの障害が何もないですね。他のリザードマンはどこにいるんでしょうか」
「正面の壁には何もないように見えるけど、隠し扉があって、その先がリザードマンたちの控え室よ。最初は三十体くらいいたのだけど、侵入者を防ぐうちに数が減ってしまっているわね……」
「あ、あの……姉上、塔を外から見たら、かなり広いように見えましたが。それこそ、中規模の迷宮の一階層くらいはあると思うんですが、そのうちごく一部しか使っていないんじゃ……」
「ゆくゆくは拡張すればいいと思って。ほら、でも、左の道を行った敵は待ち伏せ作戦でやっつけられるし、右の道を行っても上階に上がる階段にはそうそうたどり着けないし、これだけで十分だと思うわ」
(足止めの迷路が作ってあるわけでもなく、罠が壊されてるのに、直せる人もいない。この塔、よく陥落せずに今まで持っていたな……宝の噂を流して、敵が来るようになるまで時間がかかったのかな?)
「ルーク様、上階にお上がりください。このままでは敵が……今の状態でも、山賊の頭数を減らすことはできますので、そのほうが上策かと」
「まだ迎撃のために、ここでできることはあると思います。サラさんは二人リザードマンを連れて、倉庫にある鋼鉄バサミを山賊が来る方向に撒いてきてください。他の罠のリストも見せてもらえますか?」
「は、はい。倉庫に入っている罠は、こちらになります」
ルークがすぐに指示を出すとは思っていなかったのか、サラは戸惑いつつも、胸に忍ばせていた手帳を取り出して見せる。
◆罠の在庫表◆
・鋼鉄バサミ 10個
・壊れた鋼鉄バサミ 32個
・飛び出す槍 在庫なし
・壊れた飛び出す槍 5個
・落とし穴 10個
・矢弾発射装置 2個
・壊れた矢弾発射装置 8個
・マキビシ 120個
・粘着スライム 10匹
・毒薬 10瓶
・幻惑の鱗粉 10袋
(鋼鉄バサミが10個……壊れた罠だらけだけど、直せば後で使えそうだ。今回使えそうなのは……時間がない中で利用できるのは、これくらいかな)
ルークが目を止めたのは『マキビシ』『粘着スライム』『幻惑の鱗粉』だった。毒薬では、使い方によっては捕獲する前に死に至らしめる可能性がある。
「マキビシも撒いてもらえると助かります、撒いた場所はわかるようにしておいてください。この『粘着スライム』は、今までどうして使わなかったんですか?」
「それは踏まれちゃうとかわいそうだから、使わないように指示を出していたの」
「い、いえ……姉上、そこは罠と割り切って、スライムにも働いてもらいましょう。スライムは餌をあげればすぐに質量が増えますし」
「そうなの? 道理で、保管しているうちに量が減っていたわけね……」
(塔を作るまでのアイデアは良かったけど、姉上は罠の使い方を考えてなかったのでは? ……それはそうか、姉上は罠を使う必要がない。罠を必要とする、僕が考えるべきことだ)
姉がぽんこつなのではないかと疑いを抱いたルークだが、頭を振る。姉が自分にしてくれたことを考えれば、簡単にそんなことを考えてはいけない。
「これ以上は時間がない。サラさん、先ほどの指示を実行してください。僕は僕でやれることをやります」
「かしこまりました。お前たち、マキビシと鋼鉄バサミをありったけ持ち出すのだ!」
サラはリザードマンに指示して、鋼鉄バサミを設置するために出て行った。山賊が視認する前に仕掛けられるかが勝負だが、サラの視力で索敵できる範囲の広さを考えれば、全く意味がないということもないだろう。
ルークは一階のリザードマンたちを何体か呼び寄せる。そして、右の通路に罠を設置するときに働いた者を選抜し、指示を出した。
「壊れた壁の罠はそのままで大丈夫です。落とし穴は『幻惑の鱗粉』を充満させてから埋めなおしてください。表面だけでも偽装できれば、それで構いません」
「ルー君、最初くらいはリザードマンに戦わせて撃退してもいいのよ?」
シャルムが心配そうに言う。リザードマンを戦わせるのは容易だが、彼らにもこれまでの襲撃によって損害が出ている――ルークは今後のことも考えて、人手がこれ以上減るのは得策ではないと考えていた。
広い塔のフロアをほとんど利用できていない今、改築を行うときにできるだけ多くのリザードマンが必要となる。できるならば、ウル本家から応援を呼んでもらうようなことは避けたいところだった。ルークが自分でしもべを増やすことができれば、それで事足りるのだから。
「リザードマンに倒してもらったら、僕が倒したことにはなりません。敵に僕の力を認めてもらって、しもべにしないと竜素が得られない。喰らうという手段は、なるべく使いたくないんです」
「……分かったわ。でも約束して、どうしても危ないときは、遠慮せず私に任せて」
「姉上のお気持ち、肝に銘じておきます。姉上は、上の階で待っていてください。山賊は一人も上には行かせません」
シャルムは弟の言葉を聞き入れ、リザードマンの控室にある隠し通路を通って二階に向かう。ルークはすでにリザードマンたちが落とし穴の工作を始めていることを確認してから、入り口の正面にある石板の前に立った。
ルークは元の文面を削り取り、「右の通路 足元注意」と文字を刻みなおした。
(こうすれば当然警戒してくれるはず。弓か石で落とし穴の偽装を破ってくれれば、幻惑の鱗粉が流れ出す――それで、どれだけ相手を減らせるかな)
ルークは上がり階段のある部屋に向かう。右の通路から来た敵に対応するためのものか、部屋に入って数歩のところに落とし穴が設置されていた。誰も引っかかっていないということは、今のところは罠だけで撃退できるほど弱い侵入者しか来ていないということだ。
「この部屋に、他に仕掛けはある?」
リザードマンと二人なので、ルークは敬語を使わずに語りかける。リザードマンは何も言わず、天井を指さした。
「釣り天井……だ、だめだよそれは。問答無用で、相手をつぶしちゃうじゃないか」
リザードマンにとっては、竜人族と同族以外は捕食する対象である。そのため、山賊を捕獲せよと厳重に言っておかなければ、容赦なく殺しにかかる――それでは撃退はできても、ルークにとって勝利とはいえない。
「これから、侵入者は基本的に捕獲するんだ。その中に、僕が必要としている竜素を持つ者がいるかもしれない。わかったかい?」
主人の命令には従順なリザードマンは、こくりと頷く。ルークは命令に従ってくれることに安心しつつ、『粘着スライム』を運んでくるように頼んだ。
粘着スライムが入っているという樽を覗き込み、ルークは自分が見たことのあるスライムとは違う点に気が付く。
「……ふだんはどんな餌を? 水だけ? スライムは雑食で、栄養価の高いものをあげるとすぐに増えるんだよ。君たちや僕らが食べないようなものでも消化して……あっ……」
水だけしか摂取しないと、スライムがどう変化するか――透明になるのだ。ルークはリザードマンに説明しながら、その透明なスライムを利用する方法を思いついた。
ルークは二階の階段に通じる入り口を見やる。そして、ここまで辿り着いた山賊を迎え撃つための最後の罠を張り始めた。