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プロローグ・1 光竜の姉と、落ちこぼれの弟

 六竜帝国は、六つの選帝侯家から選出された皇帝を頂点に置く君主制国家である。


 竜と人、二つの姿に変わることのできる竜人たちによって作られた国で、大陸の中央にあり、他種族の国と東西南北の国境を接しながらも、竜人たちの個の戦闘力の高さによる強大な軍事力をもって、大陸に覇を唱えんとしていた。


 選帝侯家の一つ、ウル家の男子として生を受けたルーク=ウルは、十五歳の成人と共に選帝侯家の当主となるはずだったが、彼は周囲から『落ちこぼれ』と見なされており、彼自身もそんな自分が家を継ぐことに疑問を抱くようになった。


 竜の子は、それぞれ別の種族として生まれる。赤竜と青竜の子が赤竜や青竜として生まれると限ったことではなく、受け継いだ『竜素』のうちのいずれかが発現し、緑竜、水竜、白竜などとして生まれてくることもあるのだ。


 ルークは竜の中でも最も進化しにくく、成長の遅い『茶竜ブラウンドラゴン』として生まれてきた。土の属性だという竜だが、砂竜サンドドラゴン地竜アースドラゴンと比べると数は極端に少なく、ウル家では数百年前に一体生まれたのみで、まったく進化せずに生涯を終えたという記録が残っていた。


(僕はそんな竜として生まれてしまったけど、姉上はとても優秀だ。なんたって、白竜の中でも一番強い、光竜シルヴァリオンなんだから)


 ルークは姉のシャルムとは八歳離れている。ブラウンドラゴンであるがゆえか、十五歳という年齢より幼く見えるルークに対して、彼女は姉としてひたすらに愛情を注いでいた。


 彼女は公の場では『堅物』と称されるほど生真面目に振る舞っていたが、ウルの目の前では違う顔を見せた。弟に対しては蜂蜜のように甘く、まるで宝物を愛でるように溺愛していたのだ。


 ルークはそんな彼女に、ある日自分の意思を伝えようと決意した。


 ウル家の次期当主をシャルムに譲る。ルークは家の今後の繁栄を考えれば、それを当然の選択だと思っていた。


 ◆帝国暦853年 3月 ウル選帝侯家本邸◆


 柔らかい日差しの降り注ぐある日の午後、ルークは姉のシャルムがいる執務室を訪ねた。


「姉上、ルークです。入ってもいいですか」

「ルーク? ええ、いいわよ。鍵は開いているわ」


 ルークは緊張しつつドアノブをひねる。実の姉に対して緊張するというのもおかしな話ではあるが、彼は姉のことをそれほどに尊敬していた。


 『光竜』である彼女は、白く輝いて見えるような銀色の長い髪を持ち、深紅の瞳を持つ。その神秘的な容姿から『光の聖女』と呼ばれ、男性の貴族たちから絶大な支持を集めていた。


 しかしシャルムは十五歳で成人してから、ずっと仕事に専念していた。そのためルークはシャルムの部屋を訪ねることを遠慮していて、今日は数日ぶりの訪問になる。


「姉上、今日は大事なお話があって参りました」

「……父上から聞いたけれど、私に選帝侯の位を譲るつもりでいるのね」

「はい。僕が家を継いでしまったら、ウル家の皆と、領民に迷惑をかけることに……」

「そんなことないのに。ルー君は頭もいいし、領地の人たちからは優しい領主様になるだろうって期待されているわ」


 シャルムの言ったような評価は、ルークも十分すぎるほど理解していた。


 しかしウル家の重臣たちは、竜としての強さを重んじ、シャルムに当主を継いでほしいと思っている。


 『落ちこぼれ』とはっきりルークを評するような者は家内には居ないが、それはシャルムが自分を守ってくれているからだというのも、ルークはよく知っていた。


 弟の聡明さを知っているシャルムは、ルークの意思が固いと悟ると、席を立って机を離れ、ルークの前まで歩いてきた。


 シャルムは女性としては平均的な背丈だが、ルークは彼女の胸のあたりまでしか背が届かない。竜人族は二十五歳までが成長期だが、ルークは早く大きくなって、シャルムに追いつき、追い越したいと思っていた。


「ルー君がそこまで言うなら、お姉ちゃんが当主になってあげる」

「……ごめんなさい、姉上。僕が、ふがいないから……」

「そんなことはないわ。ルー君は、なりふり構わず進化して強くなろうとしたり、そういうやり方をしない優しい子だから。お姉ちゃんは、今のままのルー君が大好きよ」

「だ、だめです。僕は……姉上に、そんなに甘やかされていいような弟じゃ……」


 男として、姉に頼らず独り立ちしたい。そんな思いも打ち明けるつもりだったのだが、シャルムは穏やかな微笑みを絶やさない。


 そして勇気を振り絞ろうとしている弟を見ているうちに、シャルムの頬が紅潮し、そのしなやかな人差し指が口元に運ばれる。


「あ、姉上……わぁっ!」

「ルー君、お姉ちゃんに頼らないで頑張りたいって思ったのね……偉いわ。そんな偉い子には、いい子いい子ってしてあげないと」

「うぅ……そ、それがだめなんですっ。姉上は僕にもっと厳しくしなきゃ……わぷっ」


 まふっ、とルークの顔が柔らかく深い谷間に受け止められる。シャルムが『聖女』と呼ばれながらも、男性からの憧憬を集めてやまないのは、彼女のプロポーションが余りにも異性の関心を惹きすぎるからでもあった。


 ルークは解放されるどころか、頭に腕を回されてぎゅっと抱き寄せられる。実の姉であるというのに、そんなことをされては意識せずにいられなかった。


「あぁ……ルー君はなんて可愛いのかしら。なかなか進化しなくて辛いのは自分自身なのに、けなげに強がって。お姉ちゃんに、立派な男の子だっていうところを見せたいのね」

「ぷはっ……あ、姉上、ルー君はもう卒業したいって言ったじゃないですか。僕はルークです」

「二人の時くらいはいいでしょう? 他人行儀に呼んでいたら寂しいじゃない。ルー君も、お姉ちゃんって呼んでいいのよ?」


(姉上は、どうしてこんなに僕に甘いんだろう……僕だってもうすぐ十五歳で、もう子供じゃないのに)


「もう大きくなったのに、甘やかしすぎじゃないか……と考えているの?」

「は、はい。さすが姉上です、全部お見通しなんですね」

「大きくなったといっても、まだこうして抱きしめてあげられるもの。それにルー君が私の弟だっていうことは、それこそ一生変わらないわ」

「姉上……」


 いつもこうやって丸め込まれてしまい、ルークは独り立ちの意思を引っ込めてしまう。

 しかし、姉の厚意を嬉しく思っていることは確かだった。他の家では姉と弟がこれほど親密にしているという話は聞かないし、シャルムとの関係が特別なものであるとは分かっていたが、ルークにとっては周囲にどう見られようと感謝しかなかった。


 落ちこぼれと言われた自分を、見捨てずにいてくれた。


 両親ですらルークが竜として強くなることを全く期待せず、周囲に支えられて家を存続させられればそれでよい、シャルムが実質の権力者ならばなおよいと思っているのだ。


「私が当主になっても、ルー君が成長して自信がついたら、いつでも交代してあげる」

「ありがとうございます、姉上」

「……その代わりに、お姉ちゃんって呼んでくれる? 一回だけでいいから……ね?」

「は、はい。こほん……お姉ちゃん、ありがとう」


 ルークは立派な大人になり、優秀な姉に恥じない自信を持ちたいと思っていたが、その見た目はやはりあどけなく、シャルムにはその笑顔が太陽のように眩しく見えた。


「はぁっ、はぁっ……ごめんなさい、つい目まいがしちゃった。あまりルー君が可愛いから、本当にどうしようかと……」

「……? どうしようって、何をですか?」

「い、いえ、何でもないのよ。ルー君、変なことを考えちゃうお姉ちゃんを許してね」


 顔を赤らめて恥じらう姉を見ていると、ルークは我が姉ながら、可愛らしいと思ってしまう。


 そして、これからは継承権を持たない自分は、姉を陰から助けたいと改めて誓う。


「ルー君、元老院にはいつ報告しに行く?」

「あ……そうですね、元老院の皆さんに報告して、皇帝陛下にお伝えいただかないと。明日あたり、従者と一緒に行ってきます」

「私も一緒に行くわ。選帝侯になるのなら、挨拶しておいた方が良いでしょうし」


 こうしてルークとシャルムは、久しぶりに姉弟二人で、六竜帝国の中心である帝城に向かうことになった。


「着替えは何日分必要かしら……ルー君と一緒に迎賓館に泊まるとして……」

「姉上、何かうきうきしてませんか?」

「そんなことはないわよ、決して遊びではないのだから、贅沢はせずに一つだけ部屋を取ることにしなくてはいけないというだけ。ルー君、これは倹約なのよ」

「は、はい……姉上、倹約だから、僕たちは同じ部屋なんですね」

「ええ。ルー君の着替えも、従者のみんなに言って用意してもらいなさい。きっと、こぞって準備をしてくれるわ」


 ウル家に務める従者たちはルークより年上の女性が多いので、彼はある意味でとても慕われていた。


(姉上の影響で、僕はなぜか可愛がられてるからな……男らしい服を選んでくれるようにしっかりお願いしておかないと)


「心配しなくてもいいのよ、みんなには重々言ってあるわ。ルー君を私より甘やかしたら、そのときは罰金を払ってもらうことになっているから」

「あ、ありがとうございます……姉上」


 姉の気遣いは少しずれていたが、ルークはひとまず感謝を述べて部屋を出た。


「ふぅ……」


 廊下に出てから、ルークは息をつく。正直を言うと、シャルムの胸に顔を押し付けられたときから、動揺を表に出さないようにすることで精いっぱいだった。


 女性として魅力的すぎる姉を持ち、そして溺愛されると、弟は苦労する。それが幸せな悩みなのかは、ルークには自分では答えが出せなかった。

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