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第六話


「はい」

再び、虹の前を訪れた天音は虹の言葉などお構い無しだ。彼の言葉を遮ると、天音は彼に缶コーヒーを差し出した。

 言葉を遮られた虹は、目を白黒させている。

「な、何だ?」

「センパイ、このコーヒーでしたよね? お気に入りのメーカー」

虹は、ハッとする。確かに、今、天音が差し出しているのは、自分がいつも飲んでいると言って間違い無い、お気に入りのコーヒーだ。

 ふと、取材がある(たび)、この後輩と下校が一緒になる度、このコーヒーを買っていたのを思い出した。

 このコーヒーの売っている校内の自販機に、今目の前にいる後輩と、一緒に行くようになっていたのだと気付く。

「何があったか知りませんけど……」

そう言って、天音は虹の手に缶コーヒーを握らせた。

「帰りましょうっ!」

急に天音は明るくなった。虹は彼女のテンションに、そろそろ着いて行けない。

 けれど、思い出す。


 最初は一人だった。コーヒーを買いに行くのも、絵を描く時も。

 大賞ばかり取って、表彰ばかりされて。

 自分は好きで描いているだけなのに、他人はそれを勝手に評価する。

 それでまた、皆が遠巻きに見てくる。近づいては来てくれない。

 評価されるのが、嬉しい時期もあった。けれど、それで周りから人が減れば、嬉しい訳がないだろう。

 絵を描くのは楽しくて、それがどうか嫌いにならなくて済むようにと、色々な事に気を配り、敏感になり、いつの間にか繊細になっていた。

 取材、と聞いた時は柄にもなく50%くらいは期待した。取材、それは誰かが近づいて来てくれるということだろうか。

 残る50%は不安。取材になるのだろうか。また、誰も近づいて来てくれない事を実感するだけだろうか、と。

 取材に来たのは女子生徒で、性別が違えば初めから距離がある。後者になるのだろうと、絶望した。

 しかも、一つ下の後輩。歳にも差がある。――ダメだと思った。悪い想像が90%くらいになっていた。

 けれど、続く取材で知った。その異性の後輩は、人懐っこかった。根が人懐っこくて、また、物怖じしない強さがあった。そんな彼女は、少しずつ記事を興し、その記事と共に、新たな友人を連れて来た。

 少しずつ、自分の周りに人が増えていた。

 コーヒーを買う時も、取材の時も、彼女がいた。

 絵を描く時も、彼女の記事と彼女自身が連れて来た仲間に囲まれた。

 自分の絵には――少しずつ色が増えた。


 今、目の前にいる後輩は、自分が突き放した。

 恩を仇で返すように、酷い事をしていたのだと改めて思い知る。

「悪い……」

「何がですか?」

虹が呟くと、目の前の後輩――天音は首を傾げた。

 怪しんで彼女の顔を見るが、本当にわからない、と言う表情だ。

 虹は、この後輩が少し天然だったことを思い出す。

 今回は自分が悪い。しかし、心の中で、納得していない方の自分が、少しだけ、愚痴をこぼす。

 ――察しろよ、デリケートになってるんだって。あんな風にガツガツ踏み込まれたら、拒絶せざるを得ないだろうが!

 天然な後輩には無理な話だと、少し落ち着いた今の自分ならばわかる。少なくとも、彼女に救われたことを思い出したのだから、言わなければいけないことは、言おうと、虹は思う。

「悪かったな…」

過去形にしたことで、天音は察したらしい。

 それでも、この後輩が正しく理解してくれているかは、虹は自信を持てなかった。

「もう、聞きませんから」

天音は言った。

「先輩が、話したくないことは、話さなくて良いんです」

ただ……、とその後に続いた言葉を聞いて、虹の心は軽くなる。そして、後輩なのに、本当にこの女には敵わないなぁ、と思うのだ。



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