第五話
天音は、あるものを見た。
それは、ほぼ毎日見ていた。
それは、いつも学校にあるもので――思い出があった。
それは、虹の〝お気に入り〟だった。
それは、昇降口に行く途中の、廊下にあった――。
虹 (先輩)との日々が、会話が、たくさんの事が思い出される。
思い出だけじゃない、言葉にしにくい、難しい感情まで、溢れ出て来た。
溢れ出る感情は、抑えるのが難しくて……、
――いつもは、こんな事無いのに……。
天音は、そっとそれに近づく。そうすれば、感情が収まってくれるかと思ったのだ。やる瀬の無い、この感情を。
ほぼ毎日、天音はそれを見ては、同じ動作を繰り返していた。
今日も、気付けば体が勝手に動いて――同じ動作をしていた。
そして――気付いた時には、天音は歩き出していた。
* * *
保健室の前。
校舎を染めていたオレンジが、少し暗く、陰りを見せた。
もうすぐ、日が暮れる。
あれから――天音を突き放してからもずっと、ソファに座っていた虹。俯き、足下を見つめているとそこに影が伸びた。自分のものではない、影。
「センパイ? 帰りましょう」
その声につられて、虹は顔を上げた。
「……お前、帰れって――」
見上げると、そこにあったのは見慣れた後輩の顔。さっき、自分が突き放した後輩だった。
相変わらず、素直じゃない自分は、また声を荒げてしまう。
後輩を突き放して、本当に置いて行かれて――後悔したばかりだと言うのに。
天音が無言で職員室に入って行って、本当に一人になった。
――気まずかったのもあるけれど。
急に寂しくなって、本当は誰かに傍に居て欲しかったのだと理解した。自分勝手だし、本当に素直じゃない。
「はい、どうぞ」
しかし、その後輩は動じない。虹の荒げた声にも笑顔を絶やさず、そう言って何かを差し出した。




