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銃刀法とは何なのか

作者: 殉教者

 私の住む町はとある工業地帯の西端に位置する。帯状の緑地を一本隔て赤銅色の巨大な工場と住宅街が相対する息苦しい町だ。そんな町でも、近くの河川敷には桜並木が整備されており、この時期には若々しい葉桜が目を潤わせてくれる。


 その河原をジョギングするのが私の朝の日課なのだが、その日は何を思ったのか、反対方向の緑地に行ってみようと気まぐれを起した。


 家を出てアスファルトの歩道を数分走ると、信号の手前に植え込みのある交差点が見えて来る。誰が管理しているのか、ワンルームほどのスペースに鬱蒼と広葉樹が生い茂っており、さながら社なき鎮守の森のようだ。数匹のクマゼミがシャンシャンシャンと叫び狂っている。



 その森の中で、70代か、あるいは80代に届こうかという老人が、犬の散歩をしていた。シベリアン・ハスキーと秋田犬。どちらも彼の腰ほど高さがある。何を思ったのか、リードを付けていない。犬たちは老人の周りで地面を嗅ぎまわりながら、時折鋭い目線を周囲に向ける。


 私は昔野犬に襲われたことがあり、犬が大の苦手なのだ。ノーリードに気が付いた瞬間に、足が竦んで動けなくなった。クマも犬も逃げると追ってくると思った私は、硬直したまま眼だけでじっと老人の様子を伺う。


 ハスキーがぴくりと首を擡げる。冷酷な眼光が私を釘づけにする。老人は私の存在などお構いなしに、下を向いてブツブツと呪詛を唱えている。ハスキーが一歩前に出ると、つられるように秋田犬も私を補足する。私は彼らを刺激しないように、動いているのかどうか分からないくらいの速度で道路の端を横切ろうとする。2匹は森から出てくると、ハァハァと荒い息遣いで私を見つめる。ようやく老人は私に気が付き、ニタリと、ヤニのこびり付いたボロボロの歯をむき出してからかうような笑みを浮かべる。晩年の東京都知事のような顔だ。


 私はほとんどパニックになりかけていた。もしも私がM4ライフルを持ってさえいれば、ためらうことなく彼らを射殺するだろう。幸いにも犬はそれ以上私に近寄ることもなく、私は交差点を通り過ぎて南に曲がった。



 ほっとしたのも束の間、今度は小学校低学年くらいの男児が、道路の向こう側で黒い大型犬の散歩をしている。直線距離にして約20メートル。酒屋の前だ。散歩というよりも子供が犬に引っ張られている。


 大型犬……そう表現するしかないのは、犬種が分からないからだ。ボディービルダーと見まがう筋肉の塊。でこぼこと盛り上がった肉が全身に均等についている。噛まれたらひとたまりもないだろう。彼の無感情な目には、人間は肉の塊としか映ってないかもしれない。その化物のような犬が、こちらの様子を伺いながらのしのしと私に向き直った。


 示し合わせたように車の往来が止まる。いつの間にかセミも鳴き止んでいる。聞こえるのは化物の激しい呼吸音だけ。その音はさらに2つ増える。先ほどの老人が追いかけてきたのだ。


 ただ歩くしかない。化物と2匹の猛犬が、私と同じ速度で南へと進む。やがて東へと逸れる生活道に達し、私は逃げ込むようにその道に逸れた。


 だが化物は道路向かいで座り込み、私を見下すように冷たい目を向ける。ハスキーと秋田犬を連れた老人が小走りで路地に入ってくる。2匹の犬は私の周りを取り囲み、低い声で唸りながら回りだした。


 昔の都知事のような顔の老人は、おもむろに私の手を取って、金の指輪をはぎ取った。あまりにも自然に行われた犯罪行為に、私は怒りを覚えることすらできなかった。老人は鑑定士のようにあらゆる角度から指輪の真贋を見極めると、さも当然の成り行きかのように胸のポケットにしまった。


「これだけか」


 老人は残念そうに、あるいは侮蔑するように吐き捨てると、犬と共に大通りに戻っていく。ランニングシューズがぬれていることに気が付いた。2匹の犬が小便をしていったのだ。


 M4ライフルを持ってさえいればと思ったよ。


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