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寄り道デート

Need of Your Heart's Blood 2 第八十二話、『寄り道』その直後からのお話。

「――では、身分証明書のご提示をお願いします」

 「あ……ああ、身分証……。ああ、忘れてた。そう言えば、そんな条例があったけ」


 ――養父母の墓参りを無事済ませ、さぁ、いよいよお楽しみのデート開始! と、勢い込んでみたまでは良かったのだけれど。


 「条例?」

 「……そう。未成年者は夜遅くまで遊び歩いちゃいけません、っていう条例。だから、ある程度の時間になると、こうやって年齢確認されるんだって、……そう言えば都会の繁華街歩くのなんて久しぶりで……忘れてた」

 自分の迂闊さに、咲月は頭を抱えた。

 

 ついさっきまで居たゲームセンターでも、そう言えばちらちらと見られている視線を感じてはいた。

 けれど、それは隣に立つ朔海に集まる視線だと特に気にしてはいなかったけれど、もしかしたら補導員の視線もいくらか混じっていた可能性がある。

 何しろ、咲月はまだ世間様では高校生のはずの歳、朔海も実年齢こそ300オーバーだが、外見年齢は、どう見ても二十歳を過ぎているようには見えない。


 新宿の、まだ新しく建てられたばかりの綺麗な映画館の、真っ白いエントランスホールの、チケットカウンター越しに立つ男性店員の目は明らかにこちらを不審な目で見ている。


 「……うーん、まあ、そういう事なら」

 (ああ、せっかくデートだって張り切ったのに、ゲーセンでプリクラ撮っただけで終わりとか!!)

 ――諦めて帰ろうか。

 朔海のキャラからして、きっとそう言う台詞が続くのだろうと思っていた咲月は心の中で滂沱と涙していたのだが……

 「これでいいですか?」

 朔海はさっと名刺サイズの紙を店員に示した。

 「え……?」


 ――今更言うまでもないが、彼は吸血鬼で。それも普段は次元の狭間に居を構える、魔界生まれの王子様。……人間界の、日本で通用する身分証明書など持つわけがない。

 実際、彼が手にしているのはファティマーの店のポイントカードである。

 

 「……失礼しました。では、お席をお選びください」

 しかし、それを不信がる様子もなく、店員はそのままマニュアルに沿った対応を続けた。

 その店員に向ける朔海の瞳が一瞬、赤く光った。

 「……視線を介した催眠術、吸血鬼に可能なのはこの程度の誤魔化しが限界だし、相手の事を考えたらあんまり多用するべきじゃないんだけど、まあ、今日くらいは……ね」


 チケットカウンターを離れ、隣のフードコーナーでポップコーンとドリンクを購入する。

 「朔海はポップコーンは甘いのとしょっぱいのどっち派?」

 「いや、どっちも好きだけど。でも、映画観ながらのポップコーンは……塩っていうイメージがあるんだよね」

 映画館など来るのは本当に久しぶりの咲月にとっても、確かにポップコーンといえば塩、というイメージがある。


 ふたり分、山盛りのポップコーンとコーラを持つ朔海に代わり、咲月がモギリの係員にチケットを二枚渡す。

 ――ちなみにチケットに書かれたタイトルは、ベタベタ恋愛もの――ではなく、某有名アニメ映画監督率いるスタジオ制作のアニメ映画だ。

 ……レイトショーでやるような恋愛モノに手を出す勇気は、残念ながら咲月にはなかった。


 ――果たして。

 「猫……いいね、猫――」

 映画など久しぶりに観たが……思いの外面白くて、つい見入ってしまった。

 「猫男爵……ね。全く、確かに見事な王子様っぷりだったなぁ、一応本物王子も活躍はしてたけど……本当にオイシイところは全部男爵が持ってったもんなぁ。……・ファンタジーとはいえ、ちょっと僕的には微妙な気分になったよ……。話はまあ、面白かったけど」

 「猫の国……かぁ。……探せば、ほんとにどこかにあるかもしれないよね、ちょっとそのへんの狭間の世界に……」

 「まあ、否定はしないよ。――まあ、それはともかく。次は、どうするの? どこへ行く?」

 

 「それはもうもちろん、カラオケ、でしょう!」


 ――と、いう訳で。


 「……うん。カラオケに誘ったのは私だけど――……これは、意外――」

 皿に盛られたポッキーを齧りながら、咲月はヒットメドレーを熱唱する彼を眺める。

 「そりゃぁ、私は流行曲とか全然詳しくないけど。……まさか、朔海のレパートリーがこんなに多いなんて思わなかったよ」

 アイドル系の最新ヒットソングから、洋楽まで、無難に歌いこなす。

 「しかも、何気に上手いし……」

 某TV番組でやっていたカラオケ大賞的な企画の、優勝候補とまではいかなくとも、予選を勝ち抜くくらいまでは行けるんじゃないかと思えるくらいには、上手い。


 そのくせ、

 「カラオケって初めて来たけど、結構楽しいね」

 などとのたまわれるのだ、これが。


 ――咲月は、といえば。

 「音痴ではないし、下手……ではないと思うんだけど」

 だが、別段上手いわけでもないだろう。

 「レパートリーも限られてるし……」 

 こんなのは、ただの遊び。別に歌の上手さを競うような場ではないのだけれど……。

 「ちょっと……何というか、複雑な気分……」


 しかし、これは……

 「料理の他にもう一つ、朔海の特技発見……」

 と、そういう意味では、少し嬉しい。

 「けど……やっぱりちょっと、悔しい……かな」


 割と、何でも器用にこなしてしまう彼。

 「今の時点で、私が朔海に勝てる事って、何かあったっけ……?」

 あるとすれば、生まれ持った血に依る能力に関係するあれこれくらいだろう。


 「……流石に、しばらくは無理だろうけど――。いずれ、暇を見つけて何かひとつ、彼に勝てるもの、見つけたいな」



 ……実際は。朔海の方こそ「咲月にはかなわない」と常々思っていることなど露知らず、咲月はこの日、密かにそう決意を固めたのであった。

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