三人目 自称勇者、意中の人についての相談
今日は日曜日。明日から学校なので少し憂鬱である。
スマートフォンを得た僕は仲間外れではなくなる。だが、僕のスマートフォンは他のスマートフォンとは違って機能が少ない。昨日だってゲーム一つ手に入れただけなんだ。
そもそも僕のスマートフォンにはメール機能がない。ゲームが入っているのにメールがないとは、おかしいスマートフォンだ。会社側はうっかり屋さんが沢山集っているのだろうか。
僕の持つスマートフォンには機能が少ないこともあって、僕は周りの人たちにスマートフォンを得たと自慢することができない。メール機能がないと馬鹿にされるのがオチだからだ。
仕方がないが、もうしばらく耐えなくてはいけないだろう。僕はいつかメール機能がアップデートされることを祈っている。
昨日プレイしたゲームを再開する。寝る直前になって思い出したのだが、僕が今プレイしているゲームは俗にいう美少女ゲームであった。そして美少女ゲームは恋愛ゲームの一種らしい。
恋愛ゲームとは何か。
僕はあまり詳しくないが、ゲームの中の美少女達と恋愛するゲームらしい。ちなみにこれをプレイしているのは主に男性である。
ちなみに女性向けは乙女ゲームと言われているらしい。
このゲームを楽しみだと言ったことを、僕はとてつもなく後悔している。これではまるで、僕が美少女大好きだからゲームしているように思われてしまうではないか。ただでさえ馬鹿だと女子から遠巻きにされているのに、このことを知られたら変態扱いされてしまう。
僕は断じて変態ではない。美少女ゲームをしてはいるが、別に彼女達に惹かれたからではない。ゲームだから僕はプレイしているだけなんだ。
美少女ゲームだろうが何だろうが、結局ゲームであることに違いはない。恋愛したい訳ではないが、クリアしないと僕の気が済まないので攻略を進めることにする。
今の所、僕のタイプの女の子は出てきていない。
そもそも僕のタイプがわからないけど。恋愛したことないんだよね。なんていうか、眼中にもないって感じだから。あ、周りの女の子たちがね。
僕の予想だけど、彼女達は乙女ゲームのイケメン達を理想としているのだと思う。僕の周りの男子生徒は美少女ゲームの少女達がタイプだと言っていた。
皆二次元の人が好きらしいので現実で付き合っている人はあまりいない。こういうゲームが僕達の世代のカップル減少化を助長していると、この前ニュースで見た気がする。
話は今僕がプレイしているラビリンス・ノヴァに戻そう。このゲームは美少女ゲームの一端だが、戦闘シーンもあるので結構楽しい。恋愛しないといけないのが辛いけれども。
俗にいう全クリをするには、全員の恋愛度をマックスにしてハーレムエンドにしなければならないらしい。ゲーム内の説明書にそう書いてあった。
ちなみに全クリすると新しいステージが出て来るようだ。
全クリをすると満足感と優越感が出てくるのは間違いないだろう。というわけで、僕は全クリを目指して女の子たちを口説いている。
正直言ってガリガリと僕の精神力が削られている。女の子たちが画面で顔を赤らめたりしていると悪寒がしてならない。このゲームを起動したことを後悔しているが、クリアしないと僕の気が済まない。
だから僕は、今日もおデブなダークエルフを操作して恋愛ゲームに勤しんでいた。
ミルフィアという、どこかの国の王女が「少しばかり胸を、貸して下さりませんか……?」と涙目で上目遣いをしたシーンで、突然着信音が鳴ってムードをぶち壊した。
別に僕は彼女が好きなわけではないのでムードが壊されても怒りは湧かない。だが、これが他の男性だったら恐らくブチ切れていることだろう。容赦なく電話を切っているに違いない。
画面に表示されている数字は知らない番号だ。僕が昨日登録した「自称魔皇帝」でもないようなので、恐らく知らない人が電話をかけているのだろう。
痛い人が当たったら嫌だなと思いながら、僕は通話ボタンを押してスマートフォンを耳に当てた。
「もしもーし」
『あ、相談員さん?』
「そうですねー」
どうやら今回は女性がお悩みのようである。僕はこの時点で確信していた。
恐らく恋愛系統の相談だろう――と。
僕が相談員であることに安堵したのか、電話の向こうから安堵の溜息を落とす音が聞こえた。急いでいるのかどうかは知らないが、とりあえず僕と連絡を取れたことに安堵しているようだ。
『こういうのって、偽名名乗った方が良いのよね?私はリカ、勇者をしているわ』
僕はスマートフォンを片手に固まった。
魔皇帝の次は勇者?王子、魔皇帝ときて勇者?この人は勇者とかに憧れているのだろうか。女性の勇者……持て囃されたいのだろうか。まあ、僕には関係ないが。
とりあえず先に相談内容を言ってほしいので促してみようか。
「いつもお疲れ様ですー。んで、相談の内容は?」
『実は誰にも言えなかったんだけど……私、勇者なのに勇者の力が使えないの。もしかしたら勇者じゃないかもしれない……一体どうすればいいんだろう?いつも共に戦ってくれる竜騎士さんに申し訳なくて……彼は私を勇者だと思い込んでいるから私に優しくしてくれるけど……もし、勇者じゃなかったら私から離れるのかな?あの人が好きなのにあの人が離れていくなんて、そんなの嫌だ……助けて相談員さん!』
話の内容を吟味してみると、やはりこの人も自己中である。こんな女性から想われている竜騎士とやらが可哀相なくらいだ。僕ならこんな女性、願い下げである。
まあ、この竜騎士とやらも「勇者」に惚れこんでるみたいだけどね。僕の勘だけど、彼は自称勇者の彼女ではなく勇者という立場の女性に惚れている気がするね。
つまり、勇者の力が使えないことがバレたら、皆の失望を一身に受けると共に片思いの相手からも冷たい目で見られるってこと。彼女としてはそれを何としてでも避けたいのだろう。
にしても、よくこのような妄想を考えられるよね。彼女も大分痛い人だ。技名を言ってこない辺りは昨日の自称魔皇帝よりはマシかもしれない。
僕としては別に彼女が振られても傷つかないので出まかせを言っても良いが、そうすると僕がいつか仕返しされそうで嫌だ。僕は自分の身が一番大事だと思っているので、出まかせを言って恨まれたくない。
ここはとりあえず、彼女が怒らないように適度なアドバイスをしなくてはならないだろう。まずは勇者の力について聞きださなければ。彼女の脳内設定を聞かないと僕の頭がついて行けない。
「勇者の力が使えないって所が気になりますねー。本当の勇者の力とアンタの力を教えてくださーい」
『勇者の力は文献にしか残されてないのよね。とてつもなく巨大な力で魔物を打ち消したとしか書いてないって。でも、私の力って炎がぽわーって出るだけなのよ。一応小物はそれで消せるから今は辛うじてバレてないけど……』
「巨大な力で打ち消した。そしてアンタの力が炎のぽわーですかー」
彼女の言葉を聞いて確認を取れば了承をされた。
これ、どう考えても彼女の力がまだ弱いとしか思えないんだよね。というか文献に、しかも一文しか載っていない力について他の人はそう厳しく指摘できるのだろうか。彼女は辛うじてバレていないといっているが、周りの人は未だ彼女が未熟であると思っているだけではないだろうか。
もしそうだとすると、彼女が一人で先走っているだけだ。
しかしそれを指摘すると、何やら恐ろしいことになりそうなので僕は口を噤むことにする。妄想の一部分でも否定されたら人って嫌な気分になるよね。ここは指摘しないでおこう。
『あの、相談員さん……私はどうすればいいのかな?』
何だか答えを催促された。どうやら彼女は多少焦っているようである。急かされたらもっとのんびりしたくなるので僕としては困る。
ただ、これ以上待たせたら彼女が僕に文句を言ってきそうなので、僕は彼女にアドバイスを送ることにした。
勇者って言えばやっぱりアレだよね。
「じゃあ、まずは聖剣でも探しに行ってくださーい。勇者と言えば聖剣。聖剣と言えば勇者。聖剣があればアンタの力も上がりますよー。それと、竜騎士には今の内に告白しておいてください。きっと今の彼なら告白を受け入れると思いますよー」
僕が聖剣について知っているのは、そんな話をクラスメイトがしていたからだ。多分ゲームの話なのだろうが、やはり英雄やら勇者やらには聖剣が必要だという話を僕は聞いた。ゲームの話だろうから現実味はないだろうが、それでも勇者に聖剣って結構合うと思うんだよね。
そして今の内に告白することだけど、これは保険かな。聖剣を見つからなかった場合のことも考えて、早目に告白しておいた方がいいと思ったからだ。
竜騎士は勇者という立場に惚れている同じ男とは思いたくないくらいゲスだが、自称勇者の好きな男なので僕がとやかく言ってはいけないだろう。彼なら勇者の立場にいる彼女の告白を断ることはできないだろう。間違いなくこの告白は成功する。
『聖剣!?わかった!天の霊峰メルヴェニクヤに行って聖剣探してくる!!そ、それに告白も……今、してこようかな、なんて……キャー!あ、ありがとう相談員さん!私、頑張ってくる!!』
「はーい、御武運をー」
今回は僕が先に電話を切った。少しすっきした気分になった。今まで僕は電話を切られていた側だったので不愉快だったのだ。何かを言おうとする直前にガチャン!って酷いと思う。
にしても、「天の霊峰メルヴェニクヤ」って前にも聞いたことがある気がする。あの、自称王子が宝探ししに行った場所だ。
彼女達は同じ世界観で妄想しているのだろうか。変わった試みだと思う。きっと全員が自分最強とか言っちゃっているんだろうね。ほら、王族とか勇者とかの時点でお察しくださいだよ。
通話終了画面からホーム画面に戻すと、メッセージが現れた。
《一件の相談を受けました。報酬を受け取ってください》
もう美少女ゲームはやめてくれと思いながら受け取ると、新たにメッセージが現れた。
《報酬 ゲーム 英雄王ヴォルカイザー》
「ワオ、カッコいい名前だね!これで美少女ゲームだったら……うぅ……」
僕は相当美少女ゲームに対してトラウマを植え付けられているらしい。声が思わず震えてしまった。とりあえず美少女ゲームかどうかはゲームを起動しなければわからないだろう。
起動する前に先に美少女ゲームをクリアしておこう。このゲームのことは早々に忘れ去りたいからね。
僕は美少女の絵が描かれているアイコンをタップしてゲームを始めた。