一人目 自称王子、オヤジの結婚催促についての相談
どうも初めまして。僕の名前は藤堂颯希、名前が少し女っぽいが正真正銘の男だ。ちなみに年齢は17歳の高校三年生。
高校三年となったにも拘わらず、僕は未だに携帯電話を持っていない。その携帯電話も少しずつ消え、かわりにスマートフォンと呼ばれる最新の文明機器が出ているが。勿論、それも僕は持っていない。
僕の周りの人達は、皆スマートフォンを持っている。携帯電話はもうすでに過去の遺物だという人もいる。そんなことはないと僕は叫びたい。過去の遺物ならとっくに売られていないだろう。携帯電話は少しずつ消えてはいるが、まだ全滅はしていない。
スマートフォンは中々楽しいものらしい。僕の周りにいる人達がそう言っていた。
曰く、沢山のアプリがあるおかげで退屈しないのだとか。
曰く、友達とリアルタイムでチャットをできるのだとか。
曰く、友達と顔を合わせてテレビ電話できるのだとか。
とても素晴らしい、画期的な発明だと僕は思っている。といえど、僕は持っていないのでそれを味わうことはできないのだが。
今日も学校の教室へ入れば、クラスメイト達はスマートフォン片手におしゃべりに興じている。スマートフォンのない僕には居心地が悪い空間であることは言うまでもない。
僕が今日の授業に使う教科書をぱらぱらと捲りながら流し読みをしていると、教科書に影が落ちた。どうやら誰かが来たようである。
顔を上げてみれば、見覚えのある男子生徒がニマニマと嗤いながら僕を見下ろしていた。
「羨ましそうな顔をしてやがるぜ、この晩年最下位!赤点ばっかとるお前がスマホなんて千年早いぜ!!」
「だからよ」
「マジでお前頭悪いよな」
男子生徒に続き、彼の傍にいる取り巻きAとBが僕に悪口を言った。バリエーションが少ないと思いつつ、僕は彼らに言い返す。
「スマートフォンが千年持つ訳ないじゃん。っていうか、赤点とスマホの因果関係ってあんの?」
僕の言葉に怒りで顔を赤くした男子生徒は、一度僕の座る席を蹴り上げてグループに戻った。彼の取り巻き達が従うのを僕はぼんやり見ている事しかできなかった。
にしても、一体何だったのだろうか。
◆◆◆
授業が終わった後、僕はいつもの道を歩いていく。
今日の授業も悲惨だった。頻りに当てられては答えられず、先生まで笑われる始末。クラスメイトに笑われるのはもう慣れた。先生は今日ばかりは笑っていた。普段は笑わない先生なのだが、一体何故なのだろう。
普段は笑わない先生の受け持つ授業は生物である。その生物の時間で、ある問題が出された。
「自然選択説を発表し、『種の起源』を著した人は誰だ?」
この問題が出されたとき、僕はこう答えた。
「ボブ・スミス」
途端に爆笑するクラスメイト。今まで笑わなかった先生も何故か笑っていた。
そして僕は、課題を二倍に増やされた。ボブなんてザラにいるから当たるだろうなと思っていたらどうやら違うらしい。なら、ジョンだろうか?
生物の教科書を捲りながら、僕はジョン・スミスと言う人がいないか探していく。授業で習った範囲を調べても、ジョンなんて名前は出てこない。ボブもいない。なら、アルフレッドならどうだろうか。
そんなことを考えながら歩いていた僕は、足元を疎かにしていた。
「のふぇわっ!!」
どてっ、と間抜けな音をたてて僕は転んだ。どうやら足元の何かに躓いたようである。
立ち上がって怪我がないか膝を確認しつつ、僕を転ばせた犯人の姿を探した。
「箱だ」
僕を転ばせた犯人は小石でもなく人の足でもなく箱だった。白い箱の側面には何やらごちゃごちゃよくわからない言葉が書かれている。英語だろうか?
道端に落ちたものは拾った人の物だろうかと思いながら、僕は箱を開けてみた。
中に入っていたのは見間違えようのない、今朝も見た皆の大好きスマートフォンであった。
この機種は何だろうかと思いながら説明書を探そうとするも、何故か見つからない。あるのはこのスマートフォン一台だけだ。充電器も何もない。
これを捨てた人は充電器だけが欲しいという変わった嗜好を持つ人なのだろうか。
白いスマートフォン。されどスマートフォン。
僕はスマートフォンの誘惑に勝てず、とりあえず電源を付けてみることにした。ここで付かなかったら結局これを拾っても意味はなさないが。
僕の懸念とは裏腹にスマートフォンの電源が入って明かりがついた。
鳥の羽を持つ蛇が己の尻尾を噛みながら回るという、不思議な紋章が現れるのを黙って見つめる。どこかの漫画で読んだことあるが、確かウロボロスという幻獣だろうか。ただ、アレが鳥の羽を持っていただろうか。
疑問に思いつつも、ぐるぐる回りつづけるウロボロス(仮)を見つめていた。
ウロボロスがいなくなると共に、夜空の画面が現れた。スマートフォンを持つどこかの誰かが言うには、確かホーム画面というものだった気がする。どうやらこのスマートフォンのホーム画面は夜空のようだ。
スマートフォンにはアプリが付き物だと僕は聞いている。ただ、このスマートフォンにはアプリが殆どない。あるのは「電話」と「電話帳」の二つだけだ。
このスマートフォン、名前負けしている気がするのだがどうだろうか。
一先ず電話帳を開けようかと思ったその時、いきなり画面が変わった。それに加えて流れ星の映像と共に、厳かなメロディがスマートフォンから流れてきた。
画面を注視してみれば、番号が中央に掛かれて赤いボタンと緑色のボタンがそのすぐ下にある。
どうやらこのスマートフォンに電話がかかってきたようだ。しかも、どこの誰かわからない所から。いったい僕はどうすればいいのだろうか?
電話を取るべきか。それとも、無視するべきか。
そもそもこれは僕の電話ではない。取れば「盗んだな!?」とか言ってきそうだが、その前に「この電話を拾ってくれてありがとう」と言ってくれるかもしれない。
数十秒悩んだ末に僕は緑色のボタンを押した。多分、これで電話を受け取ることができるだろう。近くの人が操作しているのを横で見ていただけなので自信はないが。
「もしもしー?」
『おお、やっと電話が繋がったか!じゃあ早速頼むぜ。俺の名前は……まぁ、ノアでいいか。実はよ、俺はとある国の王子なんだが、オヤジが俺に結婚しろとうるせぇんだ。俺は結婚なんてしたくねぇ!俺は天の霊峰メルヴェニクヤに行ってそこに隠された財宝を集めてぇってのによ!!なあ相談員さん、アンタの知恵を貸してくれ!!』
は?
僕の思考は一瞬停止した。王子?いや、それはどうでもいい。いきなり要件を言うのは失礼じゃあないだろうか。恐らく彼は僕を誰かと勘違いしている。絶対に。
ただ、話を聞いているとどうも不思議な事ばかりである。
王子は別にいい。自称する人なんてきっといくらでもいるだろう。ただ、「天の霊峰メルヴェニクヤ」とかいう意味の解らない地名まで出てきているのが気になって仕方がない。彼が凄く真剣な声音で悩みを吐いているのは何となくわかる。切羽詰まっている彼が、果たしてそのような妄言を吐くのか。
そこまで考えて僕はふと思った。
彼はきっと、自分が王子だと思い込んでいるのだと。自覚ある妄想と自覚のない妄想がある。自覚がないと思い込みも激しくなる。そして彼は恐らく後者なのだろうと僕は確信した。
彼に対して否定的なことを言ってはいけないだろう。現実だと思っているだろうに、否定されたら暴れかねないし周りの人に迷惑をかけそうだからだ。
『相談員さん?おーい聞いてんのか?』
「あ、すいません。少し考えていましたー」
王子(仮)の言葉に我に返り、言い訳を口にした。彼は別段怪しんでいないようだ。寧ろ何やら感動したらしく、頻りに礼を言っている。一体何なのだろうか。
とりあえず彼は僕のことを「相談員」と思い込んでいるらしいので助言を与えようと思う。
「結婚したくないのは財宝を集める時間を奪われたくないからなんですよねー?なら、国を出て行けばいいんですよー。そうすればいつでも自由に財宝ガッポガッポですよー?」
『国を、出て行く……そうだ!それだ!俺は王子という座に縋りついていたからこそ、この柵に囚われていたのか!!王子の座なんか捨てて、俺は財宝を求める!ありがとよ相談員!!この恩は忘れねぇ!!いつか会ったら俺の財宝を少し分けてやるよ!!じゃあなっ』
元王子は僕が何かを言う前に言いたいことだけを言って通話を切った。少し青筋が浮かんだ気がするが、堪えることにする。
しかし、良いのだろうか。王子の座って結構心地よさそうなのだが。普通に捨ててしまう彼が、この先それを悔いることになりそうな気がしてならない。
まあ、彼の事情は彼の物。例え妄想だろうが何だろうが僕が気にしても仕方がないので、僕はスマートフォンの通話終了画面をホーム画面に戻した。ホームボタンがあるって便利。お家ボタンで「ホーム」って、僕でもわかるよ。
ホーム画面に戻ると、何やらメッセージが出てきた。
《一件の相談を受けました。報酬を受け取ってください》
メッセージの下には、「受け取る」と「後で」と書かれたボタンがあった。気になったので受け取るのボタンを押して報酬とやらを受け取ってみた。
すると、メッセージが再び現れた。
《報酬 ゲーム・お宝ハンターベガを受け取りました》
報酬がゲーム?相談を受けたらゲームがもらえるのだろうか。興味深いがまだ確証はない。ゲームをプレイする前に、あの元王子の電話番号を登録することにした。
電話帳を開くと「新規で登録」とあったのでそれを押すと、着信履歴の項目から一つだけ番号が出てきた。それが元王子の番号だと思うので、それをタップして登録してみる。
元王子(妄想癖)
そういえば彼が名前を言っていた気がするが忘れてしまった。まあいいや、多分偽名だろうから。相談員とやらに本名を教える気がしないんだよね。普通は教えないと思う。だって、名前から個人情報がわかっちゃうからね。といっても彼の場合は王子って時点である程度察せられそうだけど。あ、これが現実ならの話。彼は間違いなく思い込んでいるからね、彼の情報は全て彼の妄想の中にしか存在しえないんだよ。
王子のことを頭の片隅に追い払い、スマートフォンの画面を再びホーム画面に戻す。報酬ということでもらったゲームをしようと思いついた僕は、早速そのアイコンをタップした。