第二十話
「危ない!」
「守っていただきありがとうございます。今、神術で治療しますね」
何者かに襲撃を受けています。
これまで順調に進んでいただけに、油断していたことは否めません。
もっとも、奇襲から立ち直れば、それなりの実力を持つようになっていた私達の敵ではありませんでした。
もっとも、一人を除いてです。
「レゴデマルモ、デルトイラッド!」
神術では聞いたことが無いような発音の魔法を使って来られます。
陰陽術の魔法はわからない為なんとも言えませんが、これが言霊魔術なのでしょうか。
特に探索していることは隠してませんし、私自身不本意ですが有名人扱いでしょうからねえ。
黒い光が現れ、私達を攻撃してきます。
何とか神術の結界で防ぎはしますが、正直かろうじて防いだって感じの手ごたえなんですよね。
次使われたら防げるかどうか?と言うレベルの。
でも確か、同じ発音をすれば言霊魔法は使えるんでしたよね。
ちょっと真似をして使ってみましょう。
「レゴデマルモ、デルトイラッド!」
恐らくこれに近い発音だろうという発音でとなえてみます。
言語をそれなりに学んだ効果か、意味がわからなくても真似する程度はできるようになっているんですよね。
黒い光ではなく白い光になりましたが、効果は発動したようです。
「なぜ使える!」
使い手は動揺しているようですが、言霊魔法と言うのはそういう魔法の筈ですけれども。
耳コピで使おうとしただけに、微妙に違う効果になったようですけどね。
「言霊魔法は、発音さえしっかりしていれば使える魔法だと文献で読みました。違うのですか?」
「??言霊魔法??なんだ、それは」
おや?違う魔法なのでしょうか。
でも記述にあった通り、呪文を真似するだけで使えましたよね。
相手が混乱している上に、こちらが三人だと言うこともあって、何とか捕縛に成功しましたので、情報を得ようと尋問することにします。
「あなたは、黄金の里の関係者なのですか?」
「なぜそれを!」
さっそくビンゴだったようです。
でもさっき、言霊魔法のことを知らなかったことが気になりますね。
金を言霊魔法で作っているのだとばかり思っていたのですけど。
「黄金の里は滅んだのではなかったのですか?」
「どうだろうね」
「?」
わけがわかりません。
滅んだという記述は色々な文献に出てきていますし、ほぼ間違いない話だと思われるのですが。
「そもそもおかしいと思わないか?」
「なにがでしょう?」
何を言いたいのかがわかりませんが、まずは男の言うことを聞くしかないようですね。
おかしいことと言うと何でしょうと考えてはみますが、心当たりがありません。
「滅んでから十五年しか経っていないのに、さまざまな文献で伝説扱いされているのって普通にあり得ると思うか?
普通に出入りしていた人がまだ大勢生きているんだぞ。作為的に伝説化したとしか思えないじゃないか」
……そういうものなんですかね?
ただまあ辞書がそう頻繁に更新されるとも思えない世界で、言霊魔法の説明が妙に少なかったのは事実かもしれません。
橘さんに口伝で伝えられていて滅んだと聞いていたので、あまり疑問にも思えませんでしたが、里が滅んでから十五年しか経っていないともなれば、意図的に抹消したと言う可能性もあるのかもしれません。
「でも、十五年も外界から隔離されて、生活できるとも思いませんけど。
金を作っていたからには、経済交流も盛んだったんでしょうし」
金をわざわざ作ると言うことは、物資や食糧を輸入していたと思えるんですよね。
里全体の大きさを確認してはいませんが、行商人が出入りしていた所をすると、完全自給自足が可能だったとも思えません。
「あの伝承は、嘘だ」
「ウソ?」
「金山によらずして、金を作れるわけがないだろう」
「え?」
どういうことでしょう。
根本から前提がずれてきてしまうんですが。
「金山はあるんだよ。とびきり豊富な金山がな。
ただ、周りの強欲な大名たちに知られようものなら、住民を皆殺しにして金山を接収すればいいと思わる可能性が高いということで、金山で掘っているわけではないと言う噂を広めたんだ。
そういうことにしておけば、住民を殺すと金が入手できなくなると思ってもらえるからな」
……普段からそういう噂を流している里の人だと、滅んだと言う嘘の噂を流していてもおかしくないと言うことなんでしょうか。
でもそう簡単に行くものなんでしょうかね。
「うちの里には、特殊な魔法があるからな。あんたも使えるからには、それは知っているんだろう?」
「言霊魔法のことですね?」
「世間では、そういう風に呼ばれているのか?別に里では魔法としか言ってなかったから、正しいかどうかはわからねえ。
だが、確かに言霊で事象を操っていると言うのは、近いかもしれないな」
目指すべき所は間違ってなさそうです。
でもさっきからこの方、割とべらべらしゃべっておられますが、良いんでしょうかね。
里が滅んだわけではないと言っているからには、秘密だという制約も有効に思えるんですけど。
事実、私達を襲って来てまでいるわけですし。
「話されてしまっていいのですか?」
「ああ、秘密の誓約のことか?俺は里に追放されたんだ。だったら、里の誓約を守ることもないだろう」
「追放されたのですか?」
「ああ、十五年前の時に魔法の儀式が行われた。その時に、参加が許されたもののみが里に残り、許されなかったものは、里への帰還が禁じられた。
その直後に飛騨全体を襲う地震が発生して、里そのものも滅んだ」
そういう経緯では、確かに魔法の儀式で滅んだと言う話も出てきますね。
実際には儀式で何らかの事象を抑えようとしたものの、失敗しただけかもしれませんけど。
「あの地震だっておかしいんだ。飛騨中が被害にあったのは知っているだろうが、逆に言えば、飛騨でしか被害が出ていない。
あの規模なんだから、隣国の越中や美濃でもそれなりの被害が出てもおかしくないんだけどな」
その二国には行ったことありませんのでよくわかりませんが、同じ隣国である信濃ではどうだったんでしょうね。
聞いたことはありませんが、十五年も経っていればこちらから聞きでもしない限り、日常会話に出てくるとも思えませんし、判断の材料とならないでしょう。
「でも、そんな事情でしたら、なぜ私たちを襲ったのですか?里の秘密を守るために動いたわけでもなさそうですが」
不思議なんですよね。
十五年前に追放されて、里の安否すら確認してない人が、わざわざ里について調べている私たちを襲うなんて。
彼は憎々しげに、
「俺は、里に興味がないから調べなかったわけじゃない。いくら追放されたとはいえ、親しい奴もいたし、何より滅んだのであれば、金山や金の道具が埋まっているのがわかってるんだから、掘り返さない理由がない。
帰らなかったんじゃなく、帰られなかったのさ」
「といいますと?」
「里には、望まぬ人が入らぬよう、人祓いの結界が張られている。里の住民や里が認めた行商人は入ることができるが、追放された俺は入れなくなっちまったんだよ」
ああ、セキュリティがあって、認証した人しか入れないわけですね。
となると、私たちも入れない可能性がありそうですね。
何らかの方策を考えないと、いけないでしょうか。
「心配しなくても、あんたら天人は入れるよ。天人は、結界で遮ることができないんだそうだ。だから、あんたらの誰かを人質にして入らせようと考えたんだが、このザマだ」
投げやりにいう彼。
やっていることは最低でも同情の余地はあるだけに、ヨークさん達に彼に聞いた話を報告します。
路語で会話してましたので、ヨークさん達は蚊帳の外になっていましたからね。
「……という次第です」
「イツミさん、もしかして彼に同情している?」
「はい。故郷を失って、となるとちょっと」
事情を説明し、同情の余地はありそうだなと言おうとしたところ、カオリーヌさんの感想は違ったようです。
「よく考えてみなよ。彼はゴロツキを雇うような余裕があったということは、冒険者組合に依頼を出すことも出来た筈だよ?」
そう言われてみればそうですね。
天人に無効な結界とわかっているなら、プレイヤー向け依頼にはもってこいな依頼になります。
それこそ、里独自の魔法の存在等を紹介すれば、みんなが飛び付くレベルの人気依頼になりそうですね。
彼は絶句しているようです。
私達の会話は、共通語である日本語。
私と彼の間の路語がカオリーヌさんに通じなくても、私とカオリーヌさんの間の会話は、筒抜けなわけです。
むしろ、カオリーヌさんは、彼に聞かせようとしているような。
「わかったよね。こいつは、黄金の里の財宝を独占しようとして、人質なんてことを考えたんだ。
人質に取った後に口封じで殺すぐらいしたんじゃないかな。
ま、殺されても生き返る私達プレイヤーの口をふさぐのは、無理だってことわかってないんだろうけどだ」
……危うくだまされる所でした。
むしろ、私が単純すぎるんでしょうか。
とりあえず、彼及び襲ってきたゴロツキを役所につきだすことを優先して、国府山に帰還することにしました。
彼が言っていることが事実かどうかの裏付けをしてからでも遅くはないだろうと言うことですね。
時間にはまだ余裕があるんです。
ゲーム終了のタイムリミット自体は、刻一刻と近づいてはいる筈ですが。
突きだしてから、里の場所を案内させればよかったなんては思いましたが、後の祭りです。
もっとも、嘘の場所を教えられて崖から落ちるなんてリスクを考えれば、これで良かったのかもしれません。




