第十二話
チュートリアル終了記念イベントも無事終わり、寺小屋で平語についての初歩を教えていただきました。
覚えたての平語で挨拶を宿舎の警備兵の方にしたらば、驚かれたと同時に涙を流して喜ばれました。
「天人の方々が私達の言葉を覚えてくれますとは、嬉しい限りです。
今回来られた天人の方で、私達の言葉を覚えようとしてくれた方は貴女以外におられませんでしたからね」
「そんなものなのですか?尾山文庫にある文献を読んでみたくて、勉強しているだけなのですけど。
凄いことみたいに言われると、困惑してしまいます」
残念ながらこの会話はゲーム世界全体の共通語である日本語です。
私の平語能力では、挨拶程度はできても日常会話には程遠い状態です。
「基本的に必要ないでしょうからね。
共通語が使えるならば、新たな言葉を覚える必要性が無いのも確かです。
ただ、必要かどうかと心はまた別の話です。
貴女みたいな人がいてくださることは、嬉しいことですよ。
是非、ご城主様にも報告せねば」
「そんな大事にしないでください。先ほども言いました通り、尾山文庫の文献を読んでみたいだけなんですから」
思わず赤面してしまいます。
しかしよく考えてみれば言葉を覚える人がいないのも仕方ないのかな?とは思います。
ゲーム期間は、一年ちょっとであることはプレイヤーみんなが知っている話です。
その前にクリアーする人もいるかもしれません。
そうなったら下手したら言葉を覚えた頃には、ゲームは終了している可能性もあるわけです。
私みたいに魔法を修得したいから、文献を読みたいなんて地道なことをやっていては、完全においてきぼりになる可能性を考えれば、
他の方々が言語を学ばないのも、当然なのかな?と思えてきました。
ある意味私がとろうとしている行動自体、ハイリスクな行為でありますものね。
あるかもしれない魔法を学ぼうと、その為の手段として言語を学んでいるわけですから。
私と同じように、ユニークスキルで言語習得に有利な状況にしている人がいるかはわかりませんが、マニアックなことを私がやっていると、にわかに自覚してきました。
戦闘では以前と比較して、格段に早く鼠や兎を倒せるようになりました。
体力を2から3にあげるだけでこの実感ですから、いかに体力が重要かと思い知らされた気がします。
素材についても、植物学スキルが上がったこともあり、どういう所を探すと見つかりやすいかが分かってきたこともあり、
非常に効率よく見つけられるようになりました。
体力が上がったことで、持って帰られる量も増えましたし。
……もし今度キャラクターを作る機会があったら、体力だけは削らない方がよさそうですね。
体力はすべての資本と言う感じです。
本当に1にしなくて良かったですし、もしかしたらそれで詰んでしまっている人もいるのかもしれません。
体力を低く設定してしまうような素人は、もしかすると私一人だったかもしれませんけどね。
それにそういう人でも、ヨークさんとカオリーヌさん達みたいに一緒に行動するようにしていれば、ある程度は緩和できるのかもしれませんし。
今まで一緒に行動すると言ったことを考えてきませんでしたけど、今後は視野に入れた方がいいのかもしれませんね。
もっとも、もう人間関係は完成してしまっているかもしれませんから、今から動いた所で遅いかもしれませんけど。
尾山文庫にも行ってみました。
題名が一部読めるものもありますので、平語を学び始めた効果が出ているようです。
もっとも中を見ても、わけのわからない文字の羅列と言った状態で、先は長そうです。
「おや?これを読まれますか?」
文庫の結構年輩の職員に声をかけられました。
読みたくても読めないのが実情なんですけどね。
「できれば、読んでみたいと思っています。ですが、言語能力が全然足りていなくて、読まないのでは無く読めない状態ですね」
「成程。天人の方には言語の壁がありますものね。平語を勉強されたいのでしたらば、共通語との辞書がこちらにありますので、見てみてはいかがでしょう?」
「あ、ありがとうございます」
純粋に単語を覚えて言語を学んでいくこととは、恐らくシステム的に違うのでしょうが、勉強する方法が増えると言うことで、
スキルレベルが上がりやすくなるかもしれません。
非常に助かります。
「いえいえ、天人の方のお役にたてれば、幸いですよ」
「どうも、ありがとうございます。私はイツミと申します。これからもよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いいたします。私は、文庫の小舎人を務めさせていただいております橘 蔵人と申します」
これが、色々お世話になる橘さんとの出会いでした。
平語の文字はまだ読めていないものの、平語の単語が日本語で説明されている部分(いわゆる平日辞典)を見ていると、文字が多少は覚えて来られる気がします。
システム的に平語のレベルが上がっているわけではありませんが、こういった経験を繰り返すことでレベルも上がるのではないか?と期待しています。
実際、日平辞典部分も見ることで、同じ文字の羅列が単語として表示されているのが感動してしまいます。
勿論、考えてみれば当たり前なんですけどね。
同じ言葉を日本語にして、平語に戻しているわけですから。
平語自体は、漢字に近い文字を使っているような気はしますけど、良くわからないという感じですね。
暫くは、平語の勉強と素材集めで経験を積むという生活が続いて行きそうです。




