表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第二話:報告内容その一

「寒い・・・。」


外は凍てつくような寒さだった。確かに、ここ冬扇地方は寒い事で有名なのだけど、それでもコート、セーター、その下にワイシャツ、腹巻、Tシャツ。そして、勿論手には手袋という、なかなかの重装備であるにもかかわらず、寒いのは如何なものだろう。仕事先がここになってしまったのは誰のせいでもないのだけれど、こうも寒いと、上司である兄貴を恨みたくもなってしまう。


今回の仕事場である上川県はこれと言って特徴のない県だ。別に都心のように、高層ビルが立ち並んでいるわけでもなく、はたまた地方のように少子化が進んでいるわけでもない。良くも悪くもない普通の県という風に僕は感じた。だけど、そういった中間に位置するような県の方が、綺麗な曲を持っている人が多い傾向にあるというのも事実としてある。だから、僕たち「シキシャ」も必然的に人の少ない地方に行くことはほとんどなく、都会近郊で多く仕事をこなしているというのが現状だ。


それにしても、冬の冬扇地方がここまで寒いのは本当に計算外だった。おかげでさっきからカイロが欲しくてたまらない。家にあったはずなのだから持ってくれば良かったのに、とまた後悔の念が押し寄せてくる。そもそも何でこんなにも冬は寒いのか。これも気圧配置とか、日照時間とかいう四文字熟語のせいなのか。そもそも気圧って何?ただの空気じゃないの?


・・・このまま馬鹿な事を考えていてもしょうがないので、寒さを紛らわせる為に、既に叩き込んである「フメン」の情報が書いてあるプリントを再読する。


名前:「冬峰フユミネ 美洲穂ミスホ

年齢(享年):16歳

予想される死に方:安楽死

「フメン」の家族:父、母、姉

他に「フメン」と深く関わっている人物(重要人物):「鈴木すずき 香介こうすけ

重要人物の年齢:16歳

「フメン」との関係:友人関係だったが、好意を寄せ合っていた。恋人といった関係にまでは発展できなかった模様。

その他考慮すべき事情:鈴木香介は週に3回(火、金、日)ほど「フメン」の入院している病院に面会の為、訪れている。また、不定期ではあるが、「フメン」の両親も週三回(不定期)ほど面会に訪れている。

「フメン」の中に作られている曲の状態:危険度E これといって崩壊する事は無いであろうが、十分注意して行動するように。


プリントを見た限りではそれ程難しい仕事ではないと思う。恐らく、予想される死に方が安楽死である事を考えれば、「フメン」の曲はめったな事が無い限り崩壊する事は無い。


だけど、こういった簡単そうなケースは少しでもトラブルが発生すれば、難易度は一気に増大する。それこそが一番危惧されるべき事だ。決して手を抜ける仕事じゃない。常に緊張感を持って挑むのが僕として、人としての義務でもあるのだから。


コートから、機関から支給された拳銃を出し、そっと手にとって調子を見る。幸い人影は無いので、大丈夫だとは思うけれど、見つからないように素早く、しかし丹念に調べていく。


正直、余程の事がない限りこんな物は使いたくもないし、持ちたくもない。けれど仕事上、持っていないと不便なことがあるので手放すことができないでいるのだった。


僕達「シキシャ」に課された仕事は主に二つ。


一つは「フメン(美しい曲を体内に記録している人の総称。曲とはその人が最期まで覚えていた出来事や感情を音に変換して並べたものを指す)」の持っている曲を奏でる事によって、人間の、ある仕組みの歪みを治す事。

そして、もうひとつは「フメン」から曲のデータを回収する事だ。具体的にいえば、「フメン」の死ぬときに居合わせて、出来上がった曲のデータを「シキシャ」独自のやり方で回収するのだけど、これが僕たちの仕事の中で一番重要かつ、難しい仕事だと思う。その理由は、主に「フメン」の周囲の人間達にある。


僕達の目的はあくまでも、「子守唄」の完全修復にある。そして、その根本には何があるかというと、人間を不幸にさせたくない、という意思がある。何故なら「シキシャ」は不幸が嫌いだから。


勿論、不幸を好きという人たちはいないだろうけど、僕達はそれぞれ様々な理由があって、不幸に対して嫌いというよりも、憎悪にも似た感情を抱いている。


そんな訳で、僕達の所属している機関は、幸せの消滅=不幸という方程式を主に軸として不幸廃絶のために活動し、その手段として、悲しみの満ちた死というものを無くそうとしている・・・らしい。


最後にに「らしい」が付いたのは、実は自分も「シキシャ」の所属している機関について詳しく知らないのだ。話は全て兄貴から聞いたものだし、機関に行ったことも、年に2、3回手続きお使いみたいなものの為に立ち寄ったに過ぎないのだ。


だから、僕は機関が自分に曲のデータを集めされる本当の理由を知らない。けれど、そんな事は瑣末な事だ。この仕事をする上で本当に重要なのは、僕に曲のデータを集めようという意志があるかどうかなのだから。そして、僕には確実にその意志がある。


銃に問題はないようだった。下手にいじくって、壊したりでもした方が大変なので、大まかに点検しただけで僕は銃を懐に閉まった。ゴツゴツしてて、せーター越しからでも少し違和感がある。この感じはいつになっても慣れないらしかった。


銃を閉まってから十五分程、駅を出発してから二十五分程で、目的地の病院に到着した。外観を見てみると、都会の病院と言ってもおかしくないほどの大きさと、それに負けないくらいの人の出入りの多さから察するに、恐らく県で一番大きな病院なのだろう思われた。「フメン」のいる病室は十八階であるというのを兄貴から補足として聞いているので、高さも最低でも18+1階くらいの高さはあるに違いない。大きい病院だから迷わないように気をつけろ、なんて兄貴から言われたときは舐めとんのかアンタはと突っ込んでしまったけれど・・・成程、迷わないほうが無理かもしれない。


「受付の人親切だといいなぁ・・・。案内してくれるぐらいに易しい人だったら尚いいんだけど。」


恐らく、無理だろう。こんな大病院で忙しくない人なんていないだろうから。易しい人だったとしても、そこまで相手をしてくれる可能性は低い。


まぁいい。自分の目的は病院の探検じゃない。曲のデータの回収なのだ。少しくらい迷っても大丈夫だ。なんとかなる。


僕は覚悟を決めて要塞のような病院に入っていった・・・。トイレを探しに。


結構切羽詰まってる状況だ。寒さにお腹が負けてしまったらしい。このままだと不死身の僕は社会的に抹殺されるかもしれない。それは今後の人生において非常に辛いことなので、曲のデータの回収よりもトイレの発見を優先するのは当然だろう。


という訳で、僕が冬峰美洲穂と鈴木香介に出会うのはもう少し後の話になる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ