第一話:報告。
月の見えない日が3日続いていた。僕の夜の気分は、月が見えるか見えないかによって決まるようなもので、かなりストレスは溜まってきていた。外は射抜くような人の視線を感じる気がして好きじゃなかった。勿論生まれもってからすぐそんな事を感じていたのではなく、人でなくなったときからそう感じるになったのだろう。
僕にかけられた呪いは4つ。
死なない。老けない。眠らない。疲れない。四字熟語で自分を表すと「不老不死」の肉体を「不眠不休」で使用できる人間といったところだ。僕達「シキシャ」は音楽を作り続ける為にこんな馬鹿げた呪いをかけられた。それはいつのことだったかは忘れてしまったけど、確かそう遠くない昔の話。
そう、昔の話なんだ。
あれからどれほどの年月が流れたのか。自分達だけはある時間で止まったまま、何かに突き動かされるようにして世界各地を奔走している。
自分も昨日、正確に言えば八時間前に仕事を終えたばかりで、家に帰る途中だったりする。もともと疲れない体なので、仕事が終わったからといって家に帰る必要はないのだけれど、家に帰ることが自分の中である種の常識になってるので止めるわけにはいかない。どんなに遠くても、時間と体力は無限にあるのだから歩いて帰ればいいだけの話だし。
だんだんと自分の家が近くなってきた。帰ったらまず庭先の手入れをしなければいけない。周囲の人たちに自分達のことを怪しまれないようにするのは、こういう事が大事なのだ。兄貴がやってくれればいいのだけれど、あの人は家にいても絶対そういう事はしない人なので期待していない。もともと「シキシャ」になる前も自分が家事はほとんど担当していたし。
家に着くと案の定、庭先は手入れされていなかった。ただ「自分も少しは頑張りました!」と言うような感じでスコップが庭の花壇のところに刺さっていた。そんな事するやる気があったなら、せめてスコップを刺したままにしないで欲しい。これじゃあ何もしない方がかえって清清しくていい。
取り合えず、花壇に刺さっているスコップを回収し、縁側に置いてあるバケツに放り込む。あの人は一体、どんな状況でこいつを刺しっ放しにしといたのか。謎すぎて頭痛の様な感覚を覚える。
なんとか頭痛を振り払って玄関のドアを開けてみると、無用心にも鍵は掛かっておらず、その上煙草の臭いが充満していた。正直帰りたくなる我が家とは言えない状況だ。いつもの事だから慣れてるとはいっても、だからといって好ましく思えるはずはなく、これからしなければいけない後始末を考えると、ため息しか出てこない。
リビングに入ると、そこには悩みの種である兄貴が何故かソファであぐらをかき、膝の上に丸を作った手をのせて瞑想(???)の様なポーズをしていた。絶句。
「・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
とても嫌な沈黙がリビングを支配していく。あまりの不可解さに、言おうと思っていた文句もどこかに吹き飛んでしまっていた。
「・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・帰って来てたのか。」
「ハイ!?え?あ、ああ帰ったけど・・・。」
いきなりの言葉に戸惑う僕をよそに、キャラを変えたような振る舞いをする兄貴は、おもむろにポケットからライターと煙草を取り出すと、火をつけて吸い始めた。
このままだと兄貴はずっと煙草を吸ってるかもしれないと思った僕は、取りあえず言いたかった事を口に出す事にした。
「あのさぁ、兄貴ってもしかして、俺のいない間に庭の手入れをしようとした?」
「ああ、でも途中で飽きてやめたな。あれだけやれば十分だろうし。」
やはりそうか。それにしてもあれのどこが十分なのか。花壇の近くに小規模クレーターと妙なオブジェを作ったただけで十分なら、世の中のガーデニングは大層凄惨なものになっているはずだ。
まあいい、兄貴はいつも気まぐれでそんな事をする人だったし、いまさら怒ったって効果はない事も分かっている。
「取りあえずさ、家事の事は俺に任せるようにしてくれよ。一人でやった方が効率がいいから。」
「ああ、分かってる。」
と言っても兄貴は絶対また家事をしようとする。経験からして次は洗濯でもしようとするんだろう。取りあえず、後で自分の服だけは屋根裏に隠しておこう。
「そういえば、仕事の方は上手くいったのか?」
「ああ、まぁ取りあえずは。」
僕たちの仕事に成功などあるのかは別として、確かに上手くはいったはずだ。そして、その仕事を上司に報告する事によって僕は仕事を完全に終えた事になる。僕の場合、上司と言うのは幸か不幸か兄貴の事なので、自宅に帰ることも実は仕事の一部だったりする。
「じゃあ、報告といこうか。今回はどこに行ってきたのだったかな?」
兄貴はノートパソコンのキーボードをカタカタと叩きながら僕に仕事の詳細を聞いてくる。
「ああ、場所は冬扇地方。上川県。俺はまず・・・」
僕は順々に今回の仕事を話し始めた。