男娼を買ったら、かつての婚約者でした
私、エマ・カバネルは王宮魔術師である。齢三十。夫なし、婚約者なし、恋人なし。子爵家に生まれた貴族令嬢だが、今は仕事だけが生きがいだ。去年、昇進試験を受けて、女だてらに室長にもなった。
「エマ室長、また疲れた顔していますね~。仕事のしすぎはお肌に良くないですよ!」
部下のアニエスがにこにこしながら話しかけてきた。――いったい誰のせいで私がこんなに疲れていると思っているのか。彼女の勤務態度こそ、目下最大の悩みだ。
「――あなた、楽しそうだけど、仕事は終わったの?」
「分かります~?今日は婚約者とデートなんです。」
そんな話は聞いていない。言われてみれば、アニエスは茶色のふわふわした髪をハーフアップにして、ローブの下にかわいらしい花柄のワンピースを着ている。
「城内点検の報告書は?締切、今日までよ?」
「自分で埋められたところは埋めたんで、後は室長よろしくお願いします~。」
アニエスは微笑みながら書類の束を私に押し付け、瞬く間に部屋から立ち去った。他の室員も蜘蛛の子を散らしたように去って行く。
「定時退勤を責めるわけではないけど……。」
部屋に一人取り残された私は、ぼやきつつ、アニエスが残した書類を確認する。案の定、埋めやすい欄だけが埋まっていて、総合評価の欄が真っ白だ。ここに勤め始めて五年は経つというのに、こんな初歩的な書類も一人で書けないとは。
ああ、週末だ。金曜日くらい、私だって早く帰りたい。早く帰って……。
「――あ、でも早く帰ってもやることないか。」
一枚一枚、アニエスの残した書類を確認し、片付けていく。愛用の万年筆を回しながら、他の部下たちが提出した書類にも目を通す。
「やっと終わったー!」
ふと、窓に映る自分の姿が目に入った。仕事に邁進しすぎて、すっかり令嬢らしさを失った、疲れた横顔。黒いひっつめ髪に、地味な眼鏡。
こんな私にも、つい最近まで『恋人』がいた。相手は同じ魔術師のダミアン。魔術師には珍しく、少し生真面目な人だった。だが私が彼に内緒で昇進試験を受けた頃から、関係がぎくしゃくし始めた。最後は仕事を辞めて、家に入る気がないなら、これ以上付き合っていても仕方がないと向こうから別れを切り出された。
ダミアンから涙ながらに告げられた別れ話も、私にはあまりに響かなかった。私が恋人に求めるものは唯一。
――私の『性欲』を満たしてくれること。
魔力は内なる情動に連動するもので、魔力量の多い私は、並みの魔術師より『欲』が強かった。『欲』を制御できなければ、たちまち魔力ごと暴走させてしまう。
若い頃は『欲』の発散の仕方が分からず、食べて寝てやり過ごしていたが、結婚を諦め、純潔を守る必要もなくなってからは――手っ取り早く『性欲』として解消するようになった。
仕事が終わった解放感から、じわりと高まる『欲望』。かといって、『恋人』と別れたばかり。三十にもなってそんな都合のいい『恋人』なんてすぐには見つからない。――どうしたものか。
「とりあえず、何でもいいから爆食いするか。」
鞄に荷物を詰め込んでいると、鞄の奥に無造作に突っ込まれた黒いカードが目に入った。――これは会員制女性専用娼館『秘密の園』の紹介券。
「そういえばアニエスにダミアンと別れたって言ったら、くれたんだっけ。」
アニエスには婚約者がいるが、割とフランクに娼館を利用するらしい。あり得ないと思っていたが、お金を払って、対価として何らかのサービスを受ける。シンプルに考えれば、何も特別なことではない。
選りすぐりのイケメンに心置きなくこちらのわがままを聞いてもらえるのが、疲れた私には何とも魅力的に映った。
「こんなに頑張っているんだもん。これくらいの楽しみは許されて当然よね?」
貴族専用で多少値が張るとは聞いたが、王宮魔術師の給金は悪くない。金ならある。唸るほどある。
そうと決まれば、善は急げだ。私は足取り軽く『秘密の園』に向かった。
『秘密の園』は繁華街の少し奥、細い路地の先にあった。もともと貴族の別邸だった建物を改装して作られたもので、とても贅沢な作りをしている。入り口の門番に紹介券を見せると、すぐに中に案内してもらえた。
早速個室に通されて、システムの説明を受ける。貴族専用だけあって、プライバシーにはものすごく配慮されている。王宮で働く者としてはありがたい。身分証を見せて、会員証を発行してもらう。
「では、早速絵姿をお見せしますね。」
見せてもらったカタログには、男娼の絵姿の他に名前、年齢、背の高さ、体重、それぞれのセールスポイントが細かに記載されている。高鳴る胸を抑えながら、ページをめくっていく。
「えっ、うそ……。」
ある男娼の絵姿に目がとまった。長い金髪を後ろで結い、青い透き通るような瞳がこちらを見つめていた。
「ふふ。エリクが気になりますか?年は二十五歳……セールスポイントは、この王子様のようなルックスと甘い言葉です。」
黒服が彼のことを説明してくれたが、どうでもよかった。私は、ただその絵姿が、かつての婚約者・クロードによく似ていたから、思わず固まってしまったのだ。
クロードはラルエット伯爵家の三男で、近衛騎士だった。幼なじみで、私に婿入りし、私の実家の子爵家を継ぐ予定だった。王都に出る前は野山を駆けて、遠乗りをして、たくさん遊んだ。それなのに王宮に勤め始めてから、私と彼の間には大きな溝が生まれた。
クロードは抜群に見目がよかった。よくモテて、騎士団の練習には、いつもクロード目当ての令嬢が集まった。
ある時、事件が起きた。クロードはエッフェル伯爵令嬢と羽目を外したのだ。このことはエッフェル伯爵令嬢が魔術部まで怒鳴り込んできて発覚した。
「どうして、こんな子豚令嬢がクロード様の婚約者なの!早くお別れになって。この身の程知らず!!」
子豚令嬢。――結婚まで純潔を貫こうとしていた私は、暴飲暴食が災いして、まるまる太っていた。昔のクロードはそれでもかわいいと言ってくれた。けれど、エッフェル伯爵令嬢の後を追ってきたクロードは冷たい目で私を見つめた。仕方ない。その頃の私たちは婚約者と呼ぶには、あまりに不釣り合いだった。
「――分かりました。クロード様、エッフェル伯爵令嬢。婚約は家同士のことなので、私の一存では決められません。両親に相談してみます。」
「エマ、君は……それでいいの?」
クロードが言った。第一声がそれか。少し呆れた。この人は自分の浮気を謝りもしないのか。
「ええ。クロード様、今まで婚約者としてあなたを縛ってしまい、申し訳ありませんでした。」
深々と頭を下げた。その後、私たちの婚約はすぐに解消された。慰謝料は請求しなかった。クロードの婚約者として努力を怠った自分にも非があると思ったから。
後のことはよく知らないが、エッフェル伯爵令嬢に責任を取るよう迫られ、結婚したらしい。結果として伯爵家に婿入りできたのだから、彼にとっては幸運な話だろう。
一方でこの事件は、私の中の大切な『ナニカ』を静かに壊した。
あれから十年が経つが、私は新しい婚約はせず、妹夫婦に家督も譲った。仕事は裏切らない。頑張った分だけ自分に返ってくる。実家からも社交界からも距離を取り、目の前の仕事だけに没頭するようになった。
――今になってクロード似の男娼に目を奪われるなんて。すっかり昔の話だと思っていたのに。
「――では、エリクさんでお願いしますわ。」
彼しか考えられなかった。まさか自分にこんな薄汚い未練が残っているとは。
「ありがとうございます。当店は前払い制なので、先にお代を頂戴しますね。」
「はい。」
支払いを済ませると、エリクが迎えに来てくれた。薄暗い娼館の灯りでは、はっきりとその造形が分からないが、似ているのは顔だけか。騎士だったクロードと違って、細身で髪も長髪だ。王子キャラで売っているだけあって、雰囲気は上品。ホワイトムスクの香りがした。
「お手をどうぞ、我が君。」
跪いて手の甲に軽くキスをしてくれる。つい無骨だったクロードのエスコートと比べてしまう。こんな風に甘く彼に触れられたことはなかった。早速胸が高鳴った。
「こちらです。お嬢様。」
私の呼び名については、予め黒服に確認されている。初回だったので『お嬢様』でお願いした。
案内された部屋は、インテリアに装飾品、その全てが高級品で揃えられていた。娼館だと言われなければ分からないと思う。ソファに腰掛けて、本日の施術についてカウンセリングを受ける。仕事で疲れていて、とにかく甘い言葉で癒して欲しいというと、エリクが少し意外そうな顔をした。
――そっか。夫に相手にされない貴族夫人とか、未亡人が主な客層で、私みたいに自分で働いています、なんて女はまずここに来ないのか。
「では、始めます。お嬢様。」
すっと抱き寄せられる。それからはまさに夢心地だった。「愛している」「かわいい」「よく頑張っている」――誰かにかけてもらいたかった言葉を、クロードに似たエリクが言ってくれる。うれしすぎて、自然と涙が溢れた。
「……苦しいですか?力を加減しますので、おっしゃってください。」
「いえ、うれしくて。ごめんなさい。突然泣いたら驚きますよね。」
「そ、そうですか。」
また、エリクをドン引きさせた気がするけど、そんなことは気にしない。行為が終わると、またやさしく抱きしめてくれた。
「クロ……。」
クロは私だけが呼んでいたクロードの愛称だ。ついエリクをその名で呼んでしまったけど、聞こえてなさそう。そのまま静かに彼の胸板に顔をうずめた。
しばらく抱き合っていると、恐る恐るエリクが私に尋ねた。
「……不躾な質問で恐縮ですが、お嬢様はどうして今日こちらに来られたんですか?何かお辛いことがあったんですか?」
「えっ?」
「……すみません。他のお客様と違って、随分お若いので、少し心配になったんです。おっしゃりたくなければ、答えなくて結構です。」
「私、若いと言っても、あなたより五歳年上よ。実は人より魔力が多くて、『欲』の処理に困っているの。ほら、あんまり放っておくと、暴走しちゃうでしょ。だからと言って、たくさん食べたら太るし、たくさん寝るのも時間がもったいない。たまった欲は『性欲』として解消するのが一番なのよ。」
エリクは少しその表情を曇らせた。自分でもろくでもないことを言っている自覚はあるが、娼館や男娼にとっては上客のはずでは?
「魔術師には同じような人が多いから、今まで適当に『恋人』を作っていたんだけど、さすがにこの歳になるとなかなか新しいお相手が見つからなくてね。」
「……適当に恋人ですか。お嬢様は結婚はなさらないのですか?」
「それね。昔は親が決めた婚約者がいたの。でも浮気されて、破談になった。――仕方ないのよ。相手はよくモテる人だったし。しかも私、昔は今の倍、体重があったの。びっくりでしょ?」
気づくと涙が溢れていた。クロードに似たエリクに私は何を言っているんだろう?
「……もう吹っ切れたと思っていたのに、元婚約者に似ているあなたを選ぶなんて、私も馬鹿ね。」
「似ている?」
「顔だけね。雰囲気は全然違うわ。短髪で剣が良く似合う人だったから。――あれからなんか、私壊れちゃった。よく分からない男相手に純潔も捨てちゃったし。でも、仕事だけは私を裏切らないから、今はそれに専念しようと思ってる。この前も魔法陣の特許を取ったのよ。すごいでしょ!」
涙がとめどなく溢れる。エリクがぎゅっと抱きしめてくれた。
「お嬢様はよく頑張っています。ですから、どうかもっと自分のことを大切にしてあげてください。」
私はしばらく泣いた。エリクの腕の中で。
「――ありがとう、エリク。誰かに言われたかったこと、して欲しかったことを今日全部あなたが叶えてくれた気がするわ。また、指名するわね。」
「俺でよければぜひ。」
私は上機嫌に、娼館『秘密の園』を後にした。
それからというもの娼館通いが、週末の密かな楽しみになった。おかげで性欲も解消されて気分は上々、仕事も順調だ。
「おい、エマ。あの件だが。」
書類仕事をしていると、『元カレ』のダミアンが私の部屋まで訪ねてきた。王妃様が呪いにかけられて寝込んだという王宮史上稀にみるスキャンダルで、ダミアンの部署と一緒に仕事をしている。
「あなた方に言われた通り、城内の結界を調べたけど、全くほころびはなかったわ。念のため全部かけ直すけど。」
万年筆を置いて、用意してあった調査報告書を渡す。
「ふむ。そうなると、内部の人間の仕業ということか。」
「私は城内の政治について詳しくないけど、対立している側妃派の仕業じゃない?それで王妃様の呪いは解けたの?」
「ああ、あれは少し複雑でな。あともう少しで解呪できるはずだ。」
「良かったわ。大事にならなくて。」
「ああ、そうだな。――そういえばエマ、今日空いているか?久しぶりに飯でもどうだ。」
「今日は無理ね。」
娼館の予約をしている。それをキャンセルしてまでダミアンと食事はしたくない。
「仕事が忙しいなら、手伝う。この前は感情的になって言い過ぎた。俺はお前とやり直したい。だから――。」
「ごめんなさい。そういうのはもういいんです。」
そもそも彼との関係は性欲解消という、互いに割り切ったもののはずだった。だがいつごろか、私と結婚したいとダミアンは本気で言い始めた。それからというもの仕事を辞めて家に入るように言われたり、交友関係に口を出されたり、挙句、昇進試験を受けたことで激昂されたり。誠実で古風と言われれば、そうなのかもしれないが、私からすれば厄介以外の何物でもなかった。
「仕事仕事仕事……エマはそれでいいのか?まだ遅くない。君は女性として幸せになれるはずだ。」
「私の幸せ?あなたと付き合っていた時よりも、今の方が幸せですよ。」
「――俺は、諦めていないからな。」
そう言い残し、ダミアンは部屋から去って行った。すれ違いざまに、今月末寿退社予定のアニエスが部屋に戻ってきた。
「しつちょー、もしかしてダミアン先輩と復縁されたんですか?最近ご機嫌よいですよね。」
機嫌が良いのは娼館通いのおかげ。ダミアンは関係ない。
「あのね。揶揄わないで。こっちは、王妃様にかけられた呪いの件で大忙しなの。」
「ダミアン先輩、室長にはもったいないくらいいい人なのに、何がダメなんですか?やっぱり平民出身だから?」
それは違う。彼は自分の理想を押し付けるばかりで、私の意見は聞いてくれない。それが一番の問題だ。
「何度も言っているけど、身分の貴賤は気にしていません。大体、向こうから振られたのよ。」
「それは室長が黙って昇進試験を受けたからでしょ。どうして、そんなに強情なんですか?ダミアン先輩はまだ室長のことを思ってくれていますよ。」
何を言っても無駄だ。アニエスと私は根本的に価値観が違うと悟った。
「まさか室長、前の婚約者の方のことを引きずってます?それなら気にしなくて大丈夫ですよ、だって……。」
「……うるさいわね。昔の話はしないでって言っているでしょ!退職するなら、ちゃんと引き継ぎ書類は準備して頂戴ね。」
「はいはい。怒らないでくださいよ。私は、室長にすごくすごくお世話になったから、室長にも幸せを掴んでもらいたいだけです~。」
「余計なお世話ね。私は自分の好きな仕事に邁進できている今が一番幸せなの。」
「王妃様の呪いが、室長を幸せにしてくれるんですか?あれどうせ、側妃との政略争いですよ。」
「呪いだけじゃないわ。この前、魔法陣の特許も獲ったし。」
「はぁ~。室長、分かってないな。仕事は裏切らないって言いますけど、仕事が室長を裏切ることだってあると私は思いますよ。じゃあ失礼します。」
アニエスはようやく自分の席に戻っていった。アニエスは手は動かさないが、口だけは本当によく回る。――これでやっと自分の仕事に戻れる。エリクに早く会いたい一心で、万年筆を走らせ、仕事を終わらせた。
***
「エリク!会いたかった~!」
「エマ、仕事お疲れ様。」
最近はエリクに『エマ』と呼んでもらい、フランクに話すようお願いしている。
「もう大忙しなの。上司に厄介な仕事を押し付けられて。」
厄介な仕事というのは、もちろん王妃様の呪いのこと。犯人がまだ分からないから、一応外部からの犯行も疑って、一人で城内に結界を張り直している。
「大変だったね、エマ。肩もすごく凝っているよ。」
「あら、そう?」
「ちょっと貸してみて。」
エリクに背を向けると、大きな手で肩を揉んでくれた。ムスクの香りがふわっと漂ってくる。
「エマには部下がいるんだろう?もう少し彼らに仕事を頼めないのか?」
「うーん。今時の子って仕事に責任感がないのよ。うちの部署だけかもしれないけど。結婚までの腰掛けで働いている子も多いし。大事な仕事は初めから自分でやった方が楽だわ。」
「そうか、抱え込み過ぎるなよ。」
エリクが無造作に髪をかきあげる。その仕草がクロードに被る。娼館に彼がいるわけがないのに。相変わらず未練がましい自分が嫌になる。
「――俺もう限界。エマ、ベッドに行こうか?」
エリクにそっと抱き寄せられた。さあ甘いひと時のはじまりだ。
「愛している」
「お前の全てが好きだ」
「もう手放したくない」
彼がかける言葉が胸を震わす。全部演技だと分かっている。でも熱っぽいまなざしで見つめられると、もう脳みそが溶けてしまいそう。
「今日もありがとう!おかげで元気が出たわ。私、また一週間頑張れそう。」
「それは良かった。……無理はするなよ、エマ。」
別れ際に名残惜しそうな顔を向けるのが最高にずるい。こういう手口で顧客をつなぎとめているんだろうと思いつつ、抗えずズブズブにはまっていく自分がいた。
――だがこの歪んだ王宮魔術師としての日常は、ある日突然終わりを迎えた。
魔術部には室長以上しか入れない私的区画がある。その最奥の魔術師長室から、魔術師長とその旧友である宰相の話し声が漏れ聞こえてきた。私は扉の前で足を止め、そっと聞き耳を立てた。
「あの呪いが、まさか王妃殿下の自作自演だとはな。」
「物騒な話だと思ったんだ。」
王妃様は常々、側妃から嫌がらせを受けていると訴えていた。今回の騒動は側妃派を陥れて、王妃の実子である第二王子の即位を確実にするという王妃派の企みというわけか。
「それでだ。ここまで大事にしてしまった手前、誰かに罪を擦り付けるしかないと陛下も仰っている。」
「……本当に、あのエマ・カバネルに全ての罪を擦り付けるというのか。」
「仕方ないだろう。女史には目立った後ろ盾もないし。しかも独身だ。部内で女性の出世を快く思わないものも多い。君だって、もし誰か一人を選ぶなら彼女が妥当だと言っていただろう。」
確かにあんな大がかりな呪いを扱える魔術師は、王宮でもそう多くない。そして私の実家は幸い、どちらの派閥にも属していない。私の単独犯ということにしてしまえば、最小の犠牲で、事が丸く収まると宰相たちは考えたのだろう。
「とにかく明日彼女を捕縛する。そのつもりで頼む。王太子の指名も近いんだ。これ以上、事を大きくしたくない。」
「ああ、分かった。」
――アニエスが残した言葉が残響のように耳に響いた。
『室長、仕事は裏切らないって言いますけど、仕事が室長を裏切ることだって私はあると思いますよ~。』
そっか。私は仕事にも裏切られたのか。
そのまま、しばらくぼーっとしていた。さてこれからどうしよう。このまま罪人として死ぬなら、最後に悪あがきくらいするか。
魔術師長宛に辞表を書き、家に帰った。そしてありったけの金を持って『秘密の園』に向かった。
「エマ様が金曜日以外に来られるなんて珍しいですね。生憎エリクは他のお客様の対応中でして、他の者を……。」
「今日はお客として来たわけではないの。私、急に王都を離れることになったから、その挨拶と、あとあの子の身請けをしようと思って。エリクの残債はいくらかしら?」
「――え?エリクの身請けですか?」
慌てた様子の黒服が奥から書類の束を持ってきた。
「残債ですが、こちらの額になります。」
「あら、意外と少ないわね。」
「そうですね。彼もここに来て五年になるので。」
「では現金一括で。」
鞄から札束を取り出す。男娼を身請けする客は多くないのだろう。黒服も慣れていない様子で、わたわたしている。
「……こちら確かに承りました。それでエリクはどうしましょうか?早く切り上げるように言って、こちらに連れてきましょうか?」
「いいえ、結構よ。彼にはたくさん癒してもらったから、これはせめてものお礼なの。まだ若いんだし、館の外で自由に生きるよう伝えておいて。――じゃあ、私はこれで。」
「え、エマ様。まさか、エリクを連れて帰らないんですか?」
「ええ、そのつもりよ。」
「……かしこまりました。」
何か事情を察したのか、黒服は丁寧に見送りをしてくれた。
娼館からの帰り道、毎週のように通ったこの道を歩くのも、今日で最後だ。少し感慨に浸りながら家へ戻った。荷造りは、必要最低限のものだけを鞄に詰める。両親には迷惑をかけることになるが、この家の引き払いをお願いする手紙も書いた。
その晩はベッドに入ってもなかなか眠れなかった。君主制のこの国で、政略のために処刑された人間なんぞ、いくらでもいる。でも、まさか自分がその一人になるなんて……。
上手く言い逃れができるとは思わない。でも死にたくない。逃げなきゃ。
翌朝早く家を出た。誰もいない王都の朝は、まるで時間が止まったようだった。
乗合馬車の始発まで時間がある。私は王都の噴水広場に寄った。ここは人気の観光スポットだ。そういえば王都に来た初めての日もこの場所に来た。噴水の前でアイスクリームを食べながら、これから一緒に頑張ろうねってクロードと話したっけ。まさかあんな結末になるとは思わなかったけど。
水面に映る自分の姿を見て、はっとする。
「……そうだわ。変装しないと。」
ひっつめ髪を解き、眼鏡を外す。長い髪が風に揺れる。外で髪を下ろすのは久しぶりだ。まるで十年の時が戻って、十代の頃に戻ったような気分だった。
時計台を見上げると、馬車の時間が迫っていた。行くか。
停車場の待合室は誰もおらず、がらんとしていた。ベンチで出発まで時間を潰した。こうして静かにしていると、今まで考えないようにしていたことが色々溢れてくる。――私、何がいけなかったんだろう?
「――エマ!」
聞き覚えのある声が待合室に響き、現実に引き戻された。
「エリクさん……?」
「はあはあ。エマ、これからどこに行くつもりだ?王都を出るつもりだと黒服から聞いた。俺も連れて行ってくれ。」
走ってきたのか、息が切れていた。質素な私服姿のエリクは初めて見た。
「行き先ですか?リベルテ行きに乗るつもりですが、最終目的地は決めてません。――エリクさん、私についてくるとろくなことにならないですよ。私が身請けしましたが、あなたはもう自由です。どうぞ好きなように生きてください。」
「――まさか誰かに追われているのか?もしかして王家絡みか?」
なるほど。魔力があって勤め人と言えば、王宮魔術師と察しがいい人なら気づくわけか。
「剣と体術なら自信がある。――エマの護衛として連れて行ってもらえないか?」
エリクを巻き込みたくはないが、無一文で娼館から出されて彼も困っているのかもしれない。魔術師といっても、女の一人旅には危険も伴う。私としても護衛はいた方がいい。
「護衛ですか……。では、私が安全な場所にたどり着くまで、お願いします。」
彼にちょっとしたお小遣いを渡すつもりで雇うことにした。
リベルテ行きの始発馬車に、他の客はいなかった。こちらの逃避行に付き合わせるのだから、ある程度エリクに事情を話しておかなければと思った。御者に聞こえないように、隠密魔法をかける。
「私、本名をエマ・カバネルと言います。カバネル子爵家の長女で、昨日まで王宮の魔術部で第四室長をしておりました。」
「室長……。君の年で室長なんて、大出世じゃないか。」
「ええ。しかし目立ち過ぎたのが逆に良くなかったようです。王妃様の呪い事件はご存じでしょうか?新聞にも載っていたと思いますが。」
「……ああ、知っている。別の客が話していた。」
「あれは王妃様の自作自演だそうです。王妃様、とりわけ息子の第二王子のお立場を考えた陛下が、誰かを『生贄』にするように、宰相に頼みました。」
「生贄……?」
「昨晩、宰相と魔術師長がその話をしているのを、盗み聞いたんです。私、エマ・カバネルの単独での犯行にすると。――そんな顔しないでください。何もめずらしいことじゃありませんよ。立場の弱い人間は、政略に消費されていくのです。」
「でも、何でエマなんだ。魔術部には平民もいるだろう?」
随分よく王宮事情を知っている。こういった話をべらべらしゃべる客もいるのか。
「魔術師は平民でも、貴族の寄り親を持つことが多いです。私はどの派閥にも属さない弱小子爵家の出で、親の反対を押し切ってこの仕事を続けていました。一番立場が弱いと考えたのでしょう。」
「君はあんなに仕事を頑張っていただろう?あんまりだ。」
「そうですね。婚約が無くなってから、私は仕事に全てを捧げてきたつもりです。ただ女性というだけで、その昇進を快く思わない人もいるみたいです。どうしていつも私ばかりが信じていたものに裏切られるのでしょう。」
心の中に大きな空洞が広がっていく。涙も出なかった。隣でエリクがいたたまれないという顔をして、抱き寄せてくれた。別に同情が欲しいわけでもない。
「――エマ、俺の身の上話も聞いてもらえないか。愚かな男の半生を。俺は貴族の家に生まれた。幼いころに親に決められた許嫁もいた。」
私は頷いた。エリクが平民の出身ではないことは薄々勘付いていた。
「俺の婚約者は頭がいい子だった。いつもニコニコして、ちょっとふっくらしているところもかわいかった。だけど、一緒に王都にやってきた俺たちを取り巻く環境は大きく変わった。騎士として働き始めた俺は令嬢たちにちやほやされて、すっかり浮足立った。」
どこかで聞き覚えのある話だ。背筋がゾクっとする。私が青ざめたのに気づいたのか、エリクがより強く私を抱きしめた。
「今思えば、随分と浅はかで身勝手だった。婚約者がいるのに俺は他の令嬢をとっかえひっかえ連れ歩いた。――そして、ある時決定的な事件が起こった。」
ごくりと唾を飲みこんだ。
「俺が一夜を共にしたある令嬢が婚約者のところに怒鳴り込んだ。俺たちの婚約はあっという間に破棄されたよ。失って初めて気づいた。彼女が自分にとってどれだけ大きな存在だったか。」
「……そうですか。」
「俺はそのまま浮気相手の令嬢と結婚した。彼女は一人娘だったから、相手の親が出てきて責任をとるように迫られたんだ。」
「あら、よかったじゃないですか?」
「いや、とんでもない家だったよ。資金繰りが立ち行かなくなっているのに、貴族という外聞を保つのに必死で。俺はろくな持参金を持って行けなかったから、ひどく責められた。結局、結婚して数年後に破産した。一家は離散。爵位も取り上げられて、俺はその借金の一部を背負わされることになった。」
「……。」
「でもせっかく親に決めてもらった優良な婚約を破棄して婿入りしたから、実家にも頼れなかった。だから……借金取りに言われるがまま、あの娼館に借金を肩代わりしてもらった。お前は顔がいいからってな。そこから五年、地獄だったよ。――世の中には色々な性癖の人がいるからね。」
余程つらかったのだろう。彼の表情が曇り、かすかに震えていた。
「……それで『クロ』はいつから私だと気づいていたの?今の今まで気づかなかった自分が馬鹿みたい。」
――厳密に言うとそれは違う。鈍感な私だって『もしかして』『まさか』と思うことはあった。でも今の『エリク』との関係性を壊したくなくて、わざとそれに気づかないようにしていた。
「……エマが初めて娼館に来たときから。俺がああいう仕事をしているのを揶揄いに来たのかと思った。でも話をして、エマが俺だと気づいていないことに驚いた。」
「じゃあ、言ってくれればよかったのに。」
「……言えるわけないだろっ!借金を返すために男娼をしているなんて。――それに君のことが心配だった。『エリク』としてなら、少しは君の支えになれるかと思った。」
「心配?自分が壊したくせに。――それにどうしてついてきたのよ。自由に生きて欲しいって黒服にも言ったはずよ。」
「そんなの、エマが好きだからに決まっている。君が来てくれる金曜日だけがあの『地獄』の救いだった。」
去り際の名残惜しそうな顔。『愛している』『好きだ』『手放したくない』――彼の言葉が脳裏によみがえる。婚約している時は一度も言ってくれなかったのに。
「身勝手な理由ね……。浮気した時は謝りもしなかった。」
「……本当に申し訳なかった。当たり前のように隣にいた君に突き放されて、あの時はなんと言えばいいか分からなかったんだ。自分が手放したのに、愚かとしか言いようがない。」
彼の独白や謝罪を聞いても、空虚だった。もうあの頃には戻れない。全てが元通りになるはずがない。
「このまま政略に巻き込まれて死ぬのは嫌だから、護衛としてついてくるのは構わない。でも私ね、あれ以来心にぽっかり大きな穴が開いて、そこに何を入れても満たされないの。だから昔みたいにあなたを愛することができない。これからも自分の『欲』を散らすためだけに男に抱かれると思う。」
クロードの目に涙が浮かぶ。あなたが私をこんな風にしたのに、どうしてそんな悲痛な表情をするんだ。
「それが今のエマだというなら、構わない。でもエマの傍にいたい。どうか近くにいさせて欲しい。」
少し気まずい雰囲気のまま、昼過ぎにはリベルテの街には着いた。
まずは護衛として仕事をしてもらうために、クロードの剣を買った。高いものではないが、五年ぶりに剣を持ったクロードはそれでも感慨深げだった。
クロードは買った剣で、髪をバッサリ切り落とした。娼館で髪を長く伸ばすように指示され、従っていたそう。長髪は彼の好みではないらしい。短髪で帯剣したクロードは、まだ婚約していた時、仲が良かったころのようにはにかんだ。
「やっと、すっきりしたよ。エマ。」
「それは良かったわ。」
夕飯は近くの食堂に食べに行った。街角で買った新聞に目を通す。とりあえず、王妃様の呪いのことは記事になっていなかった。
「それで、次はどこを目指すんだ?朝聞いた時は決めていないと言っていたが。」
「……バターイユに行こうかと思っている。辺境伯の自治領だから、すぐには追手が来ないはず。」
「あそこは常に臨戦態勢で治安が良くないぞ。」
「だからこそよ。魔術は戦争の後方支援で役立つでしょ。ほら結界を張ったり、護符を売ったり。」
「魔法陣の特許でまとまった金があるんだろう?目立つのも良くないし、まずはゆっくりしたらどうだ?魔法薬を売るだけでもそれなりの稼ぎになるはずだ。」
「それはそうだけど……。私、働いてないとどうしようもなく不安になるのよ。」
――あ、でも一生懸命働いた結果がこれなんだ。涙で視界がかすむ。
「俺が言うのもなんだけど、エマにはゆっくり休む時間も必要だと思う。同じ自治領だったら、セレニテはどうだ?港町だから、海がきれいで魚がうまい。」
「……セレニテか。いざとなったら船に乗って、他国に出国すればいいものね。」
「じゃあ、決まりだ。」
セレニテは王都からは一週間はかかる。私たちは乗合馬車を乗り継いで、その港町に向かった。
道中、クロードが見せた自然な表情は、男娼『エリク』と違って、昔のままの彼だった。おそらくこっちが素なんだろう。彼はまだ王都に行く前のようにやさしく、無邪気に笑いかけてくれた。
離れていた十年を埋めていくように、お互いの嫌な記憶を一つ一つ上書きしていくように、言葉を交わした。王都に来てからも彼とこんな風に話せたら、一緒に笑い合えたら……。今頃私たちは実家の子爵領を継ぎ、家族も増えていたのだろうか。私たちが失った十年はあまりに大きかった。
男娼を辞めても、クロードはとても大事に私を抱いてくれた。魔術師同士、お互いの『欲』を散らすための行為とは全然違った。身を重ねる度にクロードの『愛』に溺れてしまいたい、そんな想いが抑えきれなくなった。――でもまた彼を信じて裏切られたら、自分は今度こそ本当に狂ってしまうとも思った。
セレニテに向かう馬車の車窓から海が見えた。水面が光を乱反射し、水平線が遠く遠く広がっている。
「あれが海だ!エマは海が初めてか。」
「ええ、ずっと魔術師の仕事が忙しかったから。」
小さい頃からいつも一緒だったクロードとは『初めて』の思い出がたくさんある。まさかこの歳になって、クロードとの『初めて』が増えるとは。
「母がこの隣領の出身で、子どもの時よく来ていたんだ。とてもいい町だよ。エマもきっと気に入る。」
セレニテのお土産だと言って、クロードから異国の髪飾りをもらったことがあったっけ。昔話をするクロードはどこかさみしげで、でも楽しそうだ。
セレニテに着くと、海が見える部屋を借りた。クロードの言う通り、まずはゆっくりすることにした。異国情緒漂うセレニテは、真新しいものが多く、退屈しなかった。名物の魚料理も、さっぱりとした味でおいしい。騎士に珍しく語学が堪能なクロードは貿易商相手に通訳を始めた。
「号外、号外!王妃様の呪いの真相!」
ある日、一人で港を散歩していると、少年が号外を配っていた。慌てて一部をもらって、中身を確認する。そこには、王妃様の自作自演、関与したのは実家の公爵家とあった。
「え、嘘。じゃあ、私が逃げた意味って……。」
膝から崩れ落ちた。確かにあの日、あの部屋で宰相たちは私に濡れ衣を着せると話をしていたのに。ふらふらしながら家に向かう。路地に入ったところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「……エマ!」
「ダミアン?」
「久しぶりだな、エマ。元気そうで良かった。呪いの件がやっと解決した。」
「久しぶりね。あなたとこんなところで会うとは思わなかった。」
「君を迎えに来た。」
「迎えに?私は仕事も辞めたし、もう王都には戻らないわ。戻れない。」
「君があの呪いの件で冤罪をかけられそうになり逃げたことは知っている。だから先に証拠を集めて新聞社に証拠をリークしたんだ。もう王妃殿下も言い逃れできない。」
ダミアンは事の顛末を仔細に説明してくれた。正直、王位が側妃の子に決まろうが、責任を取らされた宰相が更迭されようが、どうでもよかった。
「――ありがとう。じゃあ、また。」
「君を迎えに来たと言ったろ?改めて君に求婚したい。俺は、あの呪いを解決した功績が認められて、室長になる予定だ。もともと君のポストだった第四室長に。」
当たり前の話だが、自分が苦労してとったポジションにすぐ後任が決まったこと、しかもそれがダミアンだと聞いて落胆した。
「……どうしてここが分かったのよ?」
「君がある日、俺の前からいなくなってしまうような予感がして、愛用の万年筆に追跡魔法を仕込んでおいた。」
「え、万年筆に?そんな気配なかったはず。」
「君に気づかれないように何重にも隠蔽魔法をかけたからね。」
「……ねえダミアン、自分が何を言っているか分かっているの?怖いわ。」
「エマ、俺の何が足りないんだ?――身分か?それなら室長になるのを機に、寄り親の養子にしてもらえることになった。寄り親が持っている爵位の一つ、子爵位を譲り受ける予定だ。」
「……身分は関係ないって言っているでしょ。私はあなたとは結婚しない。」
ダミアンは強引に私の手を掴んだ。
「とにかく君を王都に連れ帰る。」
「離して!」
「やめろ!彼女が嫌がっているだろう。」
「クロ!」
さっとダミアンから引きはがされる。
「良かった。間に合って。君が男と揉めていると、近所の子に聞いて慌てて戻ってきたんだ。」
「……エマが逃げたのはてっきり王妃の件だと思ったけど、まさかその男と駆け落ちしたわけ?」
ダミアンの顔が見たことがないほど歪み、蔑んだ目でこちらを見た。
「駆け落ち……ではないけど。」
「ふざけるなよ!その魔力すらない男の何がいいんだ?顔か?そういえば前の婚約者も顔だけはいい男だって聞いたな。」
「それは、あなたとは関係ないことよ。」
「――君には失望した。二度と会うことはないと思う。」
そう捨て台詞を吐くと、ダミアンは踵を返し去って行った。突然訪ねてきて、何故かキレられて、本当に意味が分からない。彼のことを誠実だという人もいたが、自分の理想を押し付けるばかりで私たちはずっと平行線だった。部屋に戻ると、クロードがお茶を淹れてくれた。
「――さっきのアイツは誰なんだ?」
「あの人はダミアン。同じ魔術師で、『恋人』として一年くらい付き合っていたの。結婚しようと言われたけど、私の昇進がきっかけで別れたわ。私の後任で第四室長になったって。」
「室長。そうか。――いいのか?アイツと王都に戻らなくて。男娼をやっていた俺と一緒にいるよりマシだろ……。」
一拍置いて、クロードが聞く。その表情がどんより曇っていた。
「自分でも愚かだと思うけど、初めてのキスも、初めてのデートも、初めての舞踏会も、全部あなただったから、仕事以外のことをすると、すぐあなたのことを思い出しちゃうの。あなたで開いた穴はあなたでしか埋まらないのね……。」
クロードがこちらを見つめる。
「やっぱり私はクロが好き。どうしようもなく好き。」
さっきまでの曇りが晴れ、セレニテの海のように青い瞳が輝いていく。全く分かりやすいんだから。
「俺もだ、エマ。どんな君でも愛している。」
「今度私を裏切ったら、あなたのことを刺して私も死ぬわ。――それでもいい?」
「構わない。それでエマがもう一度信じてくれるなら。」
彼と深い口づけを交わした。愛という名の海に沈みこむように。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
ご評価、ご感想、リアクション頂けますと執筆の励みになります。
どうぞよろしくお願いします。




