4話:目覚め、そして「光」の洪水
何百年、何千年の時、私は眠りの中にいた。
あの「やさしい手」の温もりだけを、暗闇の中の灯火のように抱きしめ続けて。
それは、唐突に訪れた。
ずっと不動だった私の世界に、微かな「音」が浸入してくる。
――ピコーン、ピコーン……。
機械的で、どこか無機質な、けれど確かな脈動。
泥のような眠りから、意識がゆっくりと上層へ引き上げられていく。
(……あ、あの……手……?)
それは、暗闇の中で私を幾度となく救ってくれた、あの「手のひら」の記憶そのものだった。数千年の時を経て、細胞の隅々にまで刻まれていたあの安らぎが、今、目の前の彼から溢れ出している。
「……きみ、なのかな」
私は声にならない声で呟く。血の流れが、魂の形が、時を超えて私の元へ帰ってきたのだと悟った。
けれど、私を導いたのは、かつてのゴツゴツとした土の匂いのする手ではなかった。
金属のように冷たく、けれどとても慎重で、洗練された「なにか」が私を運び、温かい液体に満たされたカプセルへと横たえた。
液体の中で、私の体は作り替えられていった。
かつて地球に落ちた時に、本能が継ぎ接ぎで作り上げた「カタチ」ではない。
不純物を取り除き、傷ついた細胞を癒やし、完全な「器」へと再構築されていく。
感覚が、鋭利になっていく。
液体のわずかな対流、カプセルの外から聞こえる鼓動のような音。
そして、その瞬間は、突然訪れた。
(……なに、これ……?)
暗闇しかなかった私の世界に、亀裂が入った。
まぶたが、震える。
これまで「開く」という概念さえ知らなかったその場所が、外側からの圧力によって、ゆっくりと持ち上げられた。
「――っ!」
激痛に近い衝撃が、脳を貫いた。
それは、光だった。
最初は、ただの圧倒的な白い暴力。
私は恐怖し、まぶたを閉じようとした。けれど、カプセルの液体がそれを優しく押しとどめる。
次第に、白は意味を持った「色彩」へと砕けた。
カプセルを満たす液体の、澄んだ「青」。
向こう側で動く、見たこともない複雑な構造物の「銀」や「黒」。
そして、私を覗き込む、知的生命体たちの肌の「色」。
(これが……これが、せかい……?)
「音」でも「感触」でもない、情報が雪崩のように押し寄せる。
それは、あまりにも美しく、あまりにも眩しかった。
目が見えるということは、これほどまでに、世界を立体的に、鮮烈にするものなのか。
カプセルが開き、液体が引いていく。
私は、新しく手に入れた肺で、この時代の空気を深く吸い込んだ。
目の前には、白衣を着た、優しい眼差しをした人々が立っていた。
かつて私を愛してくれた「彼」や「彼女」とは違う姿。けれど、その眼差しの奥にある温もりは、数千年前に感じたものと、少しも変わっていなかった。




