知識
訓練所に入って数週間。
体力も限界まで追い込まれる日々だが、もうひとつ、美桜たちを苦しめるものがあった。
——知識の叩き込み。
夜になると、救急法や災害対応のテストが行われる。
「外傷性ショック時の初期対応を答えろ!」
「シアン化水素ガス発生現場での装備は何だ!」
一秒でも遅れれば減点、答えを間違えれば全員が腕立て伏せ。
教官の鋭い声に、美桜の頭は真っ白になりかける。
けれど必死に声を張った。
「……止血、保温、輸液の準備!
呼吸・脈拍の確認を継続!」
正解。教官が小さく頷く。
胸の奥にわずかな自信が灯った。
——だが、知識だけで終わらせないのがレスキュー。
翌日の実技訓練では、学んだことを「身体に叩き込む」時間が待っていた。
止血用の包帯を巻く動作、気道確保の手順、ロープ結索。
何十回も、何百回も。
目をつぶっても、手が勝手に動くまで。
「頭で覚えたことは、現場じゃ使えない。
体が勝手に動くようにしろ!」
教官の言葉が響くたび、美桜は歯を食いしばった。
——午後の搬送訓練。
班の仲間と共に、80キロの人形を担いで障害物を越える。
真琴の声、拓海の掛け声、全員の息が揃った瞬間、重さの一部が不思議と軽く感じられた。
「いち、に! いち、に!」
汗と苦痛の中、それでも誰一人欠けずにゴールまで辿り着いた。
「……今の、美桜の止血法、早かったな」
仲間がふいに声をかけてくる。
「ううん、ただ……必死に体で覚えたから」
美桜はそう答えたが、胸の奥はじんわり温かかった。
——知識も、技術も、体に叩き込む。
仲間と共に、その全てを生きたものに変えていく。
少しずつ、美桜は“救われた少女”から“救う人間”へと形を変えていった。




