あの〜、作者さま。モブフェイス男爵の令息が超絶イケメンなのはバグでしょうか?
目を覚ましたら、知らない豪華なベッドの上にいた──と気づいた時点で、もう異世界転生テンプレートのはじまり、はじまり。
ベッドの横には、涙目のメイドさんが張り付いていた。私と目があった途端、彼女は感極まったように鼻をすすりながら叫ぶ。
「お嬢様がお目覚めになりました〜っ!」
それから、メイドさんは私の手を握って言った。
「バナナの皮に滑って転ばれたあと、三日間も寝込まれて……! ああ、ご無事でよろしゅうございました、ルナ様!」
……昏睡理由、恥ずっ。
そして、バナナ以上に。前世の記憶が戻った瞬間、私はさらにヤバい事実に震えた。
この国の人間、全員名前がふざけているのだ。
私の名前は、ドジスギルナ・メダタヘン。略してルナ。……本当に良かった、呼称が普通で。
実際、幼少期から驚くほどドジなのだが、その他は何に関しても、平均点な“ルナ”だった。ダークブラウンの髪と瞳。日本なら電車の同じ車両に三人くらい似た人がいそうなほど、特徴のない顔立ち。
目立たないのが一番だよね、ってことでモブ万歳!!
ちなみに、誰がヒロインかはまだわからないけれど、おそらく“攻略対象”となるであろう男性陣の名前はこちら。
王太子は、イケテルゼン・ダ・レヨリモナ。
騎士団長の息子は、ホソマッチョ・キタエール。
宰相の息子は、アータマ・ヨスギヤーロ。
……うん。犯人は日本人で確定。開発中のゲームシナリオとか、恋愛ギャグ系の創作物の世界に違いない。
これから普通の顔して『イケテルゼン様』とか『ホソマッチョ様』なんて呼ばないといけないの、めちゃくちゃキツイ。悪役令嬢とか差し置いて、侮辱罪で追放されそう。不測の事態に備えて、四六時中、仮面でも被らないとやっていけないのでは。
「そうだ、仮面を被ろう!」
私はすこぶる軽いノリで、仮面生活を思いついた。
✽
早速、顔全体を覆うお面を作ってもらい、それを装着した。
「どうしたんだ、ルナ! 仮面なんか被って」
「顔がニヤけてしまう奇病にかかったのです」
「医者に……」
「結構です。皆様に不快な想いをさせたくありませんので、どうかお許しを」
父の、ツルリン・メダタヘン男爵にそう告げると、意外とあっさり、そして少し切なそうに「そうか」と許してもらえた。
この世界、ゆるいなー!
ちなみに父には、今後一切『ダンザイサレール公爵家』には近づくなと念を押しておいた。
「えっ、なんで?」と首を傾げる父に、「だって、うちは目立ってはいけませんもの」と答えると、「わかった〜」とあっさり返ってきた。
やっぱり、ゆるいなー!
✽
仮面生活を始めて数日。
町に出てみたところ、意外と誰も気にしていなかった。なんなら「増えた!」と言われた。どうやら他にも仮面を被って生活している人がいるらしい。
もしや私と同じ事情で!? と少しワクワクした。
いつかどこかで会えたらいいなー、なんて思いながら曲がり角に差し掛かったときだった。
「わっぷ!」
「あ、すみません!」
黒い塊に弾かれて尻餅をついた私の頭上から、低く落ち着いた声が降ってきた。
「お怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です。こちらこそ前方不注意で……あ、仮面の先人……」
見上げると、私と同じく仮面をつけた背の高い男性が立っていた。
漆黒の外套に、前世で見たホラー映画を思わせるフルフェイスマスク。表情はまったく読み取れないが、その声は意外なほど優しく、しかも推し声優にそっくりで、心臓がギュンッと鳴った。
「おや、貴女も仮面なんですね」
「ふぁいッ! あの、もしかして貴方様も転……ッ」
「てん?」
「い、いえ。えっと……理由をお聞きしても?」
「僕は……目立ちたくなくて」
私に手を貸しながら、彼はそう言って、小さく肩をすくめた。
「ジミアン・モブフェイスと申します」
……地味顔確定!
私は「モブ仲間だ!」と心の中で叫び、助け起こされた手を思わず固く握り返してしまった。
なんだろう、この仮面越しの妙な親近感。
その握手からの流れで私も自己紹介をし、その日から、町で会えばお茶を飲み、市場を歩き、雑談もする──そんな“仮面友達”ができたのだった。
✽
「私、仮面初心者なんですけど、蒸れ対策ってどうしてます?」
「ああ……結構、熱や湿気がこもりますよね。僕の仮面は、うちの領の素材で通気性がいいんです。今度、素材お持ちしましょうか」
「えっ、いいんですか!? 助かります!」
「あとはミントの香りを染み込ませたりもします。不快感が軽減しますよ」
そう言って、持ち歩いているらしいミントスプレーを分けてくれた。
──なんて優しいの。神ですか? 神ですよね⁉
「ありがとうございます! ジミアン様とお友達になれてよかったです」
「はは、嬉しいです。僕も、こんなに気負わず、誰かと話せたのは初めてなので」
私たちの間に、ほっこりとした空気が流れる。
この日は二人でカフェへ来ていた。日本人制作の適当な話なだけあって、洋食しかないものの、メニューや味が前世とほとんど変わらないのがありがたい。
ジミアン様は、いちごショートとジェラート三種の盛り合わせを注文された。甘いものがお好きなのかな? 食べるスピードが早いのに上品だ。器用に口元のスリットからケーキを口の中に運ぶ姿が、妙にかわいく見える。私の視線に気づいたのか、ジミアン様は少し照れたように固まった。
顔が見えないのに、お互いの感情が伝わっている気がして、楽しかった。
別の日に会ったときには、どこからか飛んできたミドリガメの甲羅に当たりそうになったところを、ジミアン様に身を挺して庇っていただいた。
また別の日には、転がってきたデカいシイタケを踏まないようにジャンプしたら、着地先が穴で、落ちそうになったところを、抱き上げてもらった。
その度、彼の身体から漂うのは、ミントの涼やかな香り。耳元で私を心配する優しい声は、推しボイス。ハプニングの内容がアレなのはさておき──。
……ダメだって、こんなの。惚れてまうやろぉ……。
✽
すっかり私の心にジミアン様が住み着いてしまってから、数日後。
その日は朝から空が重かった。けれど、どうしても欲しい恋愛小説があって、私は家人の心配をよそに、仮面にフード姿で外出していた。
本を買った帰り道、案の定、強い雨が降り始めた。雨宿り先を探していると、バシャッと水たまりを馬車がはねた。
全力で避けたけれど、裾がびしょ濡れになってしまう。足首から身体全体がじわりと冷えてきて、思わず身震いしたときだった。
「大丈夫ですか!?」
声の方を見ると、ジミアン様。
雨粒を滑らせる漆黒の外套。フルフェイスの仮面から低く響く声は、相変わらず心臓に悪い。
「今日はお助けするのが間に合わず……すみません」
謝られる意味が全くわからない。むしろ、いつも助けてもらって、感謝しかないというのに。
「いえ、いつもありがとうございます。裾が濡れただけなので、大丈夫です」
にこやかに微笑んで……も、相手には見えないので、感謝の意を込めて両手でハート型を作ってみせた。
するとジミアン様は一瞬だけ沈黙し、やがて外套の片側を差し出す。
「ご迷惑でなければ、こちらに入ってください。これ以上、雨に濡れると風邪をひきます」
「えっ……あ、ありがとうございます」
外套の内側は、思っていたよりもあたたかくて、ほんのりミントの香りがした。体が触れる距離は、歩くたびに意識してしまうほど近い。
仮面の奥から、落ち着いた声がする。
「……大事そうに抱えられている。今日はそちらを買いに?」
「あ、はい。読んでいた本の続きが出たので」
「どんな本かお聞きしても?」
「……恋の……お話です」
雨音と足音が、やけに耳に響く。あんなに心を躍らせて待っていた物語の続きよりも、今は隣に寄り添う温もりの方が、ずっと私の心臓の脈動を速めてくる。
「……ジミアン様は、今日は?」
「ああ、前にお約束した、貴女用のマスクの素材が手に入ったので、メダタヘン男爵邸にお届けしようかと。なので、貴女とちょうど出会えてよかったです。……それで──」
その時、ぬかるみに足を取られ、激しく滑りかけた私を、ジミアン様がまた支えてくれた。
「……本当に、いつも危なっかしいですね」
仮面越しなのに、笑っているのがわかった。
そういえば、変なところばかり見られていたと気づき、私は恥ずかしくて縮こまる。
「……すみません」
「謝らなくていいんです。むしろ、こうして手を取る理由が出来て、僕は喜んでいる」
鼓動が跳ね上がった。なんと返せば良いかわからず、口ごもる。自分の頬が赤くなるのをはっきりと感じて、仮面をつけていることを幸いだと思った。
「……もし、許されるなら」
「……?」
「貴女と、これからもこうして会いたい。町でも、屋敷でも、雨の日でも……理由がなくても、僕は貴女に会いたい」
「……それは……お友達として?」
「友人以上を……願ってしまっても、いいでしょうか」
仮面越しでも、真剣な眼差しが伝わってくるようだった。私は視線をそらせず、小さくうなずいた。
「……はい」
その瞬間、ミントの香りが強く私を包んだ。
「良かった……。僕はずっと、自分の本当の内面を、誰かに知ってほしかった。だから都に出て来てからは、この仮面で顔を覆っていたのです。けれど人々の目には、それがただの奇行にしか映らなくて。
こんなふうに誰かと、心と心で触れ合えた……そう感じられたのは、貴女が初めてなんです」
ぎゅうっと回された腕が、冷えた身体に温もりを伝えてくる。
「顔を知らぬままなのに。──いや、だからこそ、貴女は僕にとって、かけがえのない存在になった」
言葉の重みが雨音に溶けて、胸の奥まで染み渡る。ジミアン様と、私の額が仮面越しにそっと触れ合った。
「だけど、こんなに仮面を邪魔だと感じたこともないです。次は、互いの素顔で会いましょう。その日を、楽しみにしています」
私はただ「はい」と頷き、その胸に身を預ける。
気づけば、雨はすっかり上がっていて──柔らかな陽射しが街を包み、濡れた石畳が光を跳ね返していた。胸の鼓動はまだ、止まってくれそうになかった。
✽
「モブフェイス男爵家から、縁談来たんだけど、どうする〜?」
翌日、父がフワッとしたテンションで聞いてきた。
「ジミアン君って、よく知らないけど、ずっと仮面被ってる変な子でしょ? って、あっ。うちの娘もだった〜!」
テヘペロッ、といったおちゃめ顔をされても、可愛くありませんよ、ツルリンお父様。
「お受けします」
私の言葉に「わかった〜、返事しとくね〜!」とだけ返す父に、我思う。
相変わらず、ゆるいなー!
✽
数日後、メダタヘン男爵邸にて。
この日はジミアン様が、婚約の挨拶に来てくださっていた。私は応接室の中で待機。父と家令が先に玄関で彼を出迎えている。
“素顔”で会う、初めての日。
緊張のあまり顔がこわばる。私は、彼がどんなに地味顔でも構わなかった。その包容力のある、優しい性格に惹かれたのだから。……けれど、彼は私をどう思うだろう。いや、大丈夫。地味顔同士、きっと穏やかな対面になるはず。
私は両手を膝に添え、深く頭を下げたまま、鼓動の数を数えていた。
一つ、二つ──。ドクン、ドクン、と心拍が響く。入り口の方から、複数の足音と話し声が聞こえてきた。
「いやあ、びっくりしました──娘──」
「──快く受け入れて下さり──」
靴音が近づくたびに、空気が張り詰め、胸の奥の酸素が薄くなる。
彼らの気配がすぐ傍で止まり、家令の「こちらにございます」という声と共に、扉が開かれた。
「お待たせ致しました」
聞き覚えのある声に促され、恐る恐る顔を上げる。
視界に映ったのは、廊下のステンドグラスから射す陽光を一身に浴びる、一人の青年。
金色の髪は光を透かし、肩を縁取る。整った目鼻立ちに、シャープな輪郭は、彫像のように凛とし、こちらを真っ直ぐに見据える深い藍色の瞳は、彼の隣に立つ父の頭以上に、キラキラと輝いていた。
「ああ、やっぱり思っていたとおり。とても可憐な方だ」
その麗しい男性に、春の陽だまりのような微笑みを向けられた私は……、叫んだ。
「はぁっ!? Who are you!?」
「フーアー……? すみません、なんと?」
「アーユー、モブフェイス!? ノオオゥ……ユーアー、ベリベリ“イケメン”!! リアリー? リアリーッ!? uh−oh……!」
人間って取り乱しすぎると、たとえ英語の成績が通知表の5段階中“2”でも、英語出るんですね? 知らんけど。
だって、"This is a pen."って言われたのに、パイナップルが出てきたら、誰だってビックリするじゃないですか?
モブフェイス家から超絶イケメンが出てくるなんて、想像する人がこの世にいるでしょうか? いや、いない(反語)
……わかった。この世界はゲームで確定だ。システムバグでない限り、こんな事象はありえない。
膝からガクリと崩れ落ちた私に、ジミアン様が慌てて駆け寄ってきた。
「ルナ嬢……大丈夫ですか?」
そもそも、ただのモブが、こんなイケボな時点で警戒すべきだったのだ。惚れた欲目抜きで、イケテルゼン様より王子らしい相貌をしているし、ホソマッチョ様より均整の取れた体躯をしている。
「バグ報告のメルフォ……どこですか……お問い合わせ先は……ッ」
私は息も絶え絶えに、力尽きた。
──作者さま! バグ報告です!! モブフェイス家の男爵令息が超絶イケメンです!!
✽
これは後日談になりますが。
(私だけが)大混乱のまま幕を閉じた挨拶の日を経て、私たちは正式にお付き合いをスタート。婚約を結び、結婚した。
相変わらず目立ちたくないジミアン様と、相変わらず人の名前を聞くたびニヤけてしまう私は、今も仮面生活を続けている。
社交場にも二人揃って仮面で参上するので、“仮面夫婦”と呼ばれているそうだが……。
もちろん前世での意味とは違い、私たち仮面夫婦(物理)は、とっても仲良しです!
ふざけた名前にもネーミングセンスが必要だってことを知りました(ฅฅ*)
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