第一話 ~転生先は1000年の封印から目覚めた最弱魔王でした~
闇が目前を覆った。
深く、深く、落ちていくような終わりがないような闇。
底が見えない深淵へとゆっくり沈んでいくような感覚。
落ちているのか、漂っているのかも分からない。
時間という概念すら指の隙間からこぼれ落ちてしまうような……。
とても遠くで、誰かの悲鳴が聞こえてくる。
掠れたその声は、俺を呼んでいるようだった。
その声も、水中に沈んでいくときのように遠ざかってしまう。
もう何も感じない。
熱も、痛みも、恐怖も。
最後に見た光景は……
自動車……。
クラクションの鋭い音。
視界を白く染め上げるヘッドライト。
そして、赤黒い飛沫が散ったアスファルト。
ああ。
俺は死んでしまったのか。
おもってたよりずっとはやかったな。
短い人生を思い返してみれば、俺の人生はずっと平坦だった。
周りに合わせて高校にはいって、たいした目標もなく、生きる意味を深く考えたこともない。
また周りに合わせて、そこそこの大学に進学。
大学生になっても、部活にもサークルにも属さず、ただ周りに流されるままの日々を消費していた。
なにも考えず、のほほんと生きてきた。それでよかった。
大学生になったら、流石に彼女の一人や二人くらいできるものだと思ってたけれど、とうとうできることはなかった……。
そういえば、最後に見かけた、轢かれそうになっていたあの少女は無事だったのだろうか。
無事だと……いいな………。
意識が沈みきろうとしていたその瞬間、
俺は突如として、強烈な光に引きずり上げられた。
――眩しいっ。
「…っ、どこだ、ここ、……?」
瞼を開けた瞬間、重苦しいほどの冷気が肌を刺す。
石造りの天井はひび割れ、崩れかけた柱が無数の影を伸ばしている。
黒ずんだ燭台に僅かにともった火だけが、頼りなく明滅していた。
まるで古代の遺跡。
ん……?最後の記憶は、横断歩道…
そうだ、俺はトラックに轢かれそうな少女を見かけて……
助かった……のか?
だとしても、なんでこんなところに……
混乱したまま体を起こした俺は、自分の手を見て息を呑んだ。
黒く、鋭い爪。
皮膚は漆黒で、ごつごつとした鱗。
血のような赤い紋様が脈動している。
「……え。なにこれ、俺の手……ではないよな?」
うおっ。
震える指先が石床に触れた瞬間、足元にある大きな魔法陣が脈動した。
床全体に走る赤黒い文様が、まるで生き物のようにうごめき始める。
赤黒い光が奔り、空気が震える。
魔力とも怨念ともつかぬ重苦しい波動が押し寄せた。
そして――
“声”が聞こえた。
『……目覚めよ、我が器よ』
鼓膜ではなく、頭の内側に直接響く重厚な声。
俺は反射的に辺りを見回したが、誰もいない。
『汝の名を問う。我が魂の継承者よ……。』
「……え?…あ、な、名前? お、おれの? あ、安藤勇気……ですけど!」
俺が名前を名乗った瞬間、空気が爆ぜた。
周囲を覆っていた黒い霧が竜巻のように俺のまわりを渦巻き。
それと共に魔法陣が凄まじい轟音と光を放つ。
『……アンドウ・ユウキ。汝は、今ここに我、魔王バルザメルの魂と身体を受け継ぎ、新たな運命をえた。』
灯台の炎が揺らぎ、足元の影が無数に伸びて絡まり合う。
俺の身体そのものが赤黒く輝きを放ち、灼けるような熱が皮膚の下を走った。
数多の戦争。
勇者との闘い。
そして、永い眠り。
知るはずのない幾つもの光景が、脳裏へ押し寄せてくる。
意識が軋み、頭が割れそうになる。
「ちょ、待っ……熱い、熱い、これ……俺の記憶じゃ……!」
『我は滅び、汝は死んだ。だがいま、二つの魂は一つとなり魔王バルザメルはここに復活する!!』
玉座の間そのものが震動し、封印を破る衝撃波が外へと広がっていく。
廃城を覆っていた瘴気が一気に晴れた。
そして、代わりに濃密な“存在感”だけが残る。
すべてが収まったとき、その”存在感”を放つ者はゆっくりと立ち上がった。
黒い外套がその身を包み、背中には黒曜石のような翼。
赤い瞳が暗闇に妖しく輝いた。
「……ちょ、……ちょっと、待ってくれ。お、俺が、魔王……? 本当に?」
頭の奥で、先ほどの声が静かに笑う。
『くくく、さあ行くがよい、新たなる王よ。この世界は、お前の目覚めを待ちわびているぞ。』
悠斗は思わず息を飲んだ。
「え、は、それって、どういうこ……」
しかし声はそこで途切れ、玉座の間には深い沈黙だけが残った。
「……ええええ。」
これが、伝説の始まりになるとはまだ誰も知らない。
最強と恐れられた魔王バルザメルの“再臨”は、
どうやら、ひどく不本意な形で幕を開けてしまった。




