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エリス・マーガリン・サーズデイ

※お食事中の方はお気をつけ下さい。


 調子に乗って購入していった結果、積み重なっているバーベキューセット。それを興味深そうに眺めているエリス。果たしてこれをどう説明したら良いのかと、千恵は考えた。自分がよく分かっていない事を人に説明するのは難しい。でも結局、実際にやってみてそれを見て貰うのが早いかなって、すんなりと決めた。


 エリスの前で、謎のディスプレイの不思議な力を実践してみよう、それが何よりも伝わりやすいはず。そう思った途端に、なんだか気が軽くなった千恵が、それじゃあさっそくやってやろうじゃないかと意気込んだ時、謎のディスプレイが自分の目の前から消えている事に気づいた。


「あれ?」


 消えている。それで焦って、辺りを見回しながらディスプレイはどこに行ったのかと思った瞬間、また再び千恵の目の前に現れた。その現象を見て、千恵はもしかしてと思った。


「これって、必要ない時は消えるようになっているの?」


 そういう機能を備えた情報端末のようだと、相変わらず青みがかった輝きを放つ謎のディスプレイに、疑問を覚えた。そして焦らすなよと、千恵は八つ当たり気味にディスプレイを睨み付けた。


 その一方で、いきなり始まった千恵の不思議な行動を目にしていたエリスは、何だろうかと困惑していた。正気を失っている訳ではなさそうだけど……。


「エリスさん、これが見えますか?」


 怪訝な顔をするエリスに、千恵は目の前のディスプレイを指差してそう言った。質問されたエリスはあらためて不思議そうな顔をして言った。


「いいえ。何も見えませんが、もしかしたらそこに何かあるのですか?」


 どうやら謎のディスプレイはエリスには見えないようだ。千恵は、ちょっと待って下さいと断ってから、ディスプレイを操作した。この場合もう何でも良いか、千恵は適当に操作して、目についた六缶パックのビールを選択して購入ボタンを押した。


 次の瞬間、色鮮やかな印刷の紙の包装に包まれた六缶パックが現れて、そのまま地面に落ちた。それを目撃したエリスは、何が起きたのかと驚いていた。千恵が魔法を使った様子はない、それなのに何もないところから突然、物が現れて、そして地面に落ちた。


「これはいったい」


 エリスが千恵に聞いた。


「エリスさんには見えないかもしれませんが、ここにあるものを操作すると、こういうふうになるんです」


 ディスプレイを示しながら、千恵は説明した。


「そこにあるバーベキューセットも、同じようにしてやってきたんです」


 積み重なっているものを見ながらそう言った。その説明を聞いて、エリスはあらためてバーベキューセットを見た。その話が本当なら、ここにあるものは何もないところから生み出されたものだ、果たしてどんな原理でそんな事が起こるのだろう。


「あの。つまりそういう事なんです」


 千恵は申し訳なさそうな顔で言った。エリスはそれを、驚きのまま見つめていた。


「なるほど」


 しかしすぐ、気持ちを立て直した。確かに信じられないような出来事が起きた、でも分からないものは仕方ない、それよりこの女の子と一緒にいたらこれからもっと、面白い体験が出来るはずだ、そう思ったらわくわくしてきた。


「ではまず、そちらの物を組み立てていくのが良いかもしれませんね」


 バーベキューセットを見ながらエリスが言った。


「でもその前に、トイレを作りましょう」


 それから辺りを見回して、あらためてエリスがそう言った。


「トイレ?」


 疑問を口にした千恵は、エリスにつられて辺りを見回した。森に囲まれたむき出しの土の地面、自分達はそうして出来ている広場にいる。あらためて言われてみると、これから不都合が起こりそうな状況だった。確かにトイレは必要かも知れない。


「とりあえず隅の方に用意しておきましょう」


 そう言って歩きだすエリス。今度は何をするんだろうと不思議に思いながら、千恵はエリスを追いかけた。


 木々の並び立つ手前で、エリスはさっそく収納魔法を展開した。思わず千恵は「おお!」と驚きの声を上げた。宙に浮かぶ真っ暗な空間に、両手を突っ込んで、再びエリスが何かを取り出そうとしていた。今度は何が出てくるんだろう、千恵はどきどきしながら見つめていた。


 少し重たそうにしながら、収納魔法からエリスが何かを取り出した。そしてそれを地面に置いた。今度はいったい何だろう、千恵がよく確認してみると、それは洋式のトイレだった。馴染み深い洋式の便器。


「トイレですね」

「トイレは大事ですよ」


 千恵の言葉にエリスがそう答えた。


「この世界で物心がついた頃、私を一番悩ませ続けたのがトイレ事情でした。口にするのもおぞましい体験ですので、深くは語りませんが、それは屈辱的な日々でした……」


 悲痛な顔をしたエリスが語る。


「この最新型は、私の魔法と錬金術の研究の集大成なのです」


 長年の苦労を、目尻に涙を浮かべたエリスが重々しく語った。


「そうなんですか」


 千恵はとりあえずそう頷いた。


「それは良いとして。ちゃっちゃとやっちゃいましょう」


 表情をがらりと変えたエリスが、再び展開した真っ暗な円の中から、今度は分解してコンパクトにまとめられたテントを取り出した。


「おお!」


 今度は何だろうと期待の眼差しを向ける千恵の前で、取り出したテントを手慣れた様子で設営していくエリス。側でおろおろしながら見ていた千恵には決して立ち入れない、まさに流れるような作業だった。


「こんなものですかね」


 額の汗をぬぐってそう言うエリスに、千恵は尊敬の眼差しを向けていた。基本的に、自分に出来ない事をしている人を見たら、素直にそれを称賛する千恵。エリスのお手並みは、すでにもう千恵を唸らせるものだった。


 それでもうすっかりエリスの事が好きになった千恵は、便器を持ってテントの中に入るエリスをご機嫌で追いかけた。頼れる人の背中を疑う事なく着いていく、まるで親鳥を追いかける雛鳥のようだった。


 テントの中央に便器を置いたエリスはさっそく、使い方を説明すると言って、千恵に最新型の便器の解説を始めた。


「だいたいの操作は、こちらにある操作パネルで行います」


 エリスの説明に頷きながら、千恵が便器をよく見てみると、便座カバーの横に操作パネルが設置されていた。小、大、ウォシュレット、乙姫といった感じで、いくつかのボタンの下になぜか日本語の注意書きがしてあって、縦に並んで配置されている。日本から来た千恵にはとても分かりやすい、大変ありがたい仕様だった。


「ご覧のようにいくつかのボタンで、それぞれの機能を発揮します」


 そう言ったエリスが、大のボタンを押した。すると、聞き慣れた音を立てながら、中の水が排出されていった。続けて、どこからともなく新しく水が注がれた。


「このようになっています」


 あっさりとした解説をしたエリスに、千恵は驚きの眼差しを向けた。むき出しの便器を置いただけなのに、何でそうなるのというのが正直な気持ちだった。


「これこそが、エリス・マーガリン・サーズデイの集大成。その場に置いただけでたちまち機能する、私の考え得る最善のトイレです」


 力強くそう言ったエリスの目に、燃え上がる炎が感じられた。千恵は彼女の本気を見た。でも少し気になった。


「ところで、アレはどこへ行くのでしょう?」


 あえて表現を濁らせつつ、やる事をやったブツはどこへ行くのかとエリスに聞いてみた。千恵の疑問をたちまち理解したエリスは、すぐにそれに答えた。


「この下に空間魔法が展開されています。トイレにあったものはそこへ転送されて、たちまち浄化されます」


 “この下”と地面の下を指で差しながら、エリスはそう言った。千恵は思わず下を見ながら、浄化槽のタンクのようなものがあるのかなと想像した。そしてあらためて、魔法ってすごいんだなあと思った。


「ちなみに、このテントの中は、雨だろうが風だろうがモンスターだろうが、起こり得る全ての災難を想定して、くつろぎの空間が保てるようにと念入りに魔法付与を施してあります。使用されている素材に洗浄の効果も施されているので、ほっといたらたちまち清潔な状態になります。なので、どうぞ安心して事に及んで下さい」


 そう語るエリス。その力強いその励ましに、すでにもう千恵は頭が追い付かなかった。とりあえず魔法って凄いんだなあ、そういうふうに感じるのが精一杯だった。


「あっ、そうだ。忘れるところでした」


 うっかりしていたという感じでエリスが、再び収納魔法を展開した。今度は何だろうと、気疲れを覚えながら千恵は見ていた。


 エリスが異空間から取り出したのは、スタンド型の器具にトイレットペーパーを備え付けた物だった。


「すみません。私とした事が、これを忘れていました」


 申し訳なさそうに謝るエリス。千恵はとりあえず苦笑いを浮かべた。


「ちなみにこちらのトイレットペーパーは、どれだけ引き出しても尽きる事のない、まさに魔法のアイテムです。完成したこれを見て、作った本人なのに、私は思わず我が目を疑いました。まあそんな事はどうでも良いですね、ご使用の際にはどうぞ存分に事に励んで下さい」


 真面目な顔で力強く言うエリス。千恵はもう何て返したら良いか分からなかった。とりあえず無難に「頑張ります」とだけ、返事をした。どこの世界でもトイレって、奥が深いんだなあと、千恵はつくづくそう思った。


 トイレの設営が無事に終わると、エリスが朗らかな顔で言った。


「それではさっそく、目的に取りかかるとしましょう」


 ウキウキしながらそう言って、エリスは歩きだした。積み上げたバーベキューセットの方に向かって、マイペースに突き進んでいく。千恵が取り寄せたアウトドア用品に、並々ならぬ感心を寄せているのが分かった。もうお腹がペコペコだし、いよいよバーベキューの始まりだ、千恵はそう思った。


「とりあえず、私にお任せ下さい」


 目を輝かせたエリスが、大好きなオモチャを絶対に譲らないぞと、ある種のこだわりを発揮する子供のような感じで言った。特に感心もなかった千恵は「はい」と頷いた。迫力に完全に気後れしていた。


 積み上げられた商品を手に取りながら、エリスは執拗に解析していた。たぶん魔法とか使っているんだろうなあと千恵は思った。地球から取り寄せた物がよっぽど珍しかったようで、エリスは不気味な笑いを浮かべながら、それを続けていた。


 エリスが手慣れた様子で箱を開けていって、バーベキュー用のコンロや大きめのテーブルを次々と組み立てていく。


 千恵の仕事といえば、時々エリスに頼まれて手伝う以外は、空いた箱や包装していたビニールなんかが邪魔にならないように、所定の位置に運んで積み上げるくらいだった。


「素晴らしい時間を過ごさせていただきました。本当にありがとうございました」

「喜んでいただけて何よりです」


 エリスの言葉に、千恵は適当に合わせておいた。


 エリスは次に、収納魔法から取り出した軍手をはめて、炭の入った箱からどんどん取り出してコンロに並べていった。その炭の並べ方にもコツがあるようで、少ない所から多い所に置く量を工夫すると、火加減の調整が出来て便利なのだとエリスが説明してくれた。千恵はしきりに感心していた。最後に魔法で火をつけると、どうやら一通りの準備が終わったようだ。


「食材などを置く場所が必要なので、とりあえずシートを広げましょう。恐らく、私の用意する物の方が適切だと思われますので、さっそく用意させていただきますね」


 さっそく収納魔法を展開したエリスに、千恵は何から何まで本当に凄いなと思っていた。果たして今度はどんな物が出てくるのだろうかと、期待しながら見守った。


「チエはそちら側を持って下さい」

「あっ、はい」


 エリスが取り出したのは明るい水色のシートだった。以外と普通の物が出てきたなと思いながら、千恵は言われた通り片側を持って、二人でシートを広げていく。


「これで良いでしょう」

「なんだか、キャンプっぽくなってきましたね」

「そうですね。ちなみにこのシートには物を冷やす魔法付与が施されているので、食品や飲み物はこの上に置いておきましょう」

「えっ、これ冷蔵庫だったんですか!」

「冷蔵庫? ああ、なるほど。似たようなものですし、そういう理解で良いと思います」


 普通の物が出てきたと思ったら、やっぱりとんでもないものだった。驚く千恵にエリスは答えた。それから千恵に聞いた。


「ところでチエ、食材はありますか?」

「あっ、はい。今出しますからちょっと待って下さい」

「食材が地面に落ちると困るので、先ほどのようにするのでしたら、シートの上でやってみて下さい。靴を脱いでいただいたら、上にあがってもらってけっこうですから」

「なるほど、確かに地面に落としたら汚れてしまいますね。分かりました、では失礼しますね」


 エリスに指摘されて確かにその通りだと千恵は思った。さっそく靴を脱いでシートに上がった。


「……おお、ちょっと寒いかも。でも我慢できないほどじゃない」

「そこで長居していると、さすがに体調に障りますので、お気をつけ下さい」


 シートの上で身震いした千恵に、エリスはそう注意した。


「あっ、はい。分かりました。手早く、手早く……」


 エリスに答えてからディスプレイを操作する。そんな千恵を、素直で可愛い娘だなとエリスは微笑ましく思っていた。


 呼び出したものが落ちる事を考えたら、低い姿勢の方が良いのかも、そう思って千恵は少しかがみながらやる事にした。そしてさっそく、ディスプレイの表示内容を確認しながらめぼしいものを選んでいく。途中で検索機能がある事に気づいたので、キーワードを入力して色々と探していく。


 このショッピングサイトのようなものの品揃えは、キャンプに関係する物なら何でもあるのかも知れない。千恵がそう呆れるほど豊富で、目移りして迷ってしまうくらい欲しいものが見つかっていく。


 肉や野菜や調味料、調理器具や食器類、どうせポイントはたっぷりあるんだからと、千恵は遠慮せずどんどん使う事にした。その度に買った物がどんどん現れて落ちていく。シートの上はたちまち商品でいっぱいになった。千恵は正直、やりすぎたかなと思った。


「すみません。調子に乗ってたらこんなになっちゃって」

「このシートの上なら日持ちしますから、ぜんぜん大丈夫ですよ。それに、あって困るものでもないですからね。それよりさっそく始めましょう、私は野菜を切りますから、チエはお肉を焼いて下さい」

「あっ、はい。分かりました」


 野菜を選び始めたエリスにそう言われて、日持ちするなら良かったと安心する千恵。それから辺りを見回して、まずはどれから焼こうかなと、お肉の入ったパックを手に取っていく。お腹がペコペコだからどれを見ても美味しそう、目移りしながら選んでいった。


 待ちに待った、バーベキューの始まりです。

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