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第2話 お慕いする貴方様の為に

 私は貴方様と戦地を駆けてきた。


 ただひたすらに乱世を終わらせるその一心を胸に。


 もちろん、私も女。


 貴方様に恋慕を抱く自分もいる。


 人並みに可憐なものにも憧れてもいる。


 だが、今の私には不要。


 別に強いられたわけではない。


 生き方を自分で決めたかっただけだ。


 ただ、お慕い申し上げる貴方様と並び立つ為に。



 ☆☆☆

 


「ハァハァ……」


 どこまで逃げてきただろう。


 一体、何人斬り捨ててきたのだろう。


 馬で駆けることが困難ほどの敵兵。

 

 斬り捨て、斬り捨て、斬り捨てようとも。


 後続が絶たず。


 とにかく無我夢中であの場を抜けてきた。


 色鮮やかだった甲冑も、返り血で赤黒くなりそして重い。

 

 刀を握る手にも血が滲み力が入らない。


 この状態であと何回刀を振り抜くことができるだろうか。 

 1600騎はいた仲間も残り5騎となり、未だに追手が減る様子もない。


 仲間の士気は無いに等しく。


 かつて荒馬と言われた愛馬も疲れ切り、駆ける速度も遅い。

 相手はどれくらいの数で攻めてきたのだろうか。


 それすらはっきりしない。


 しかし――。 


「ふふっ、さすがは我が背中を預け続けた女傑よ! あの数を相手に生き延びるとは! お主らも大義である。我は良き臣下を持った」


 義仲様が生きている。

 私はそれだけで、何度でも。


 何度でも、刀を振るうことができる。


「当然です。(わたくし)は貴方様に忠誠を誓った臣下です! 何があろうとも、その背中お守り致します!」


 私の言葉に残った臣下たちが、勇気を振り絞るように雄叫びをあげた。


 そう、臣下として貴方様を守り抜くと誓った。

 恋心なぞ、もうすでに捨てたのだ。

 私を心から信じてくれる貴方様の為に。


 ――なのに、何故でしょうか。


 今になって抑えていた想いが、溢れてくるのは。


「うむ……心強いな! では、最後まで付き合ってもらうぞ!」


「はい! お任せ下さい!」

 

 


 ☆☆☆




「ふぅー……」


 吐く息に血の匂いが混じっている。


 5騎だった仲間も(わたくし)たちを入れて3騎。


 もうここで潮時なのかも知れない。

 

 お慕い申し上げた男性と共に死を迎える。


 望んだ結果ではないし、これが幸せかと問われたら、即答はできない。


 しかし、(わたくし)にとっては――。


「巴よ、そなたは女だ! 未来を生きろ!」


「は……はい?」


「どこでもいいから落ちて行けと言っておる!」


「な、何を言っておられるのですか?! 私は義仲様、貴方様の臣下なのですよ?! それを――」


 女だから? ここに来て何を仰っしゃっているのでしょうか。私はそんな(もの)とうに捨てたというのに。


「よいか。これは我の名誉の為である。もしこれがこの戦いが後世に残った時、木曽殿は最後まで女を連れていたとあってはあまりにも聞こえが悪い」


 吐いた言葉とは裏腹に義仲様のお顔は優しく、声色も屋敷の縁側で寛いでいた時のようだ。


 そうなのですね。

 私は義仲様に愛されていたのですね。

 愛妾として、臣下としてだけで満ち足りておりましたのに。


 であれば――。


「ここには、強き者がいませぬなー! 義仲様に私の最後の戦いをお見せ申し上げたいというのに」


「な、何を言っておる! 早く逃げよ!」


 やはりそう仰っしゃっられますよね。

 大丈夫です。

 ちゃんと逃げ落ち、子をなし未来を紡いでゆきます。

 ですが、私にも貴方様の想いに応えさせて下さい。


「申し訳ありませんが、これも臣下の務め、いえ! 巴、最後のわがままでございます。どうか諦めて頂きたく――」


 私が難敵を探し待ち受けていると、馬の駆けてくる音が聞こえ始め。

 同時に覇気のある声が響き渡った。


 視線を向けると、馬に跨った大男がいた。


「我はこそは、武蔵国の御田八郎師重おんたのはちろうもろしげと申す! 貴殿が木曽義仲殿だな。源頼朝様の命により、そのお命頂戴する!」


 口上、述べた大男は武蔵国でも力持ちと名高い御田八郎師重。


 仇敵であり、私の最後の相手に不足なし。


 私は愛馬にムチを打ち、一心不乱にその軍勢の中へと飛び込んだ。


「ぐっ! 何奴!」


「私は――」


 馬をピタリとつけ、腕を掴み馬から引きずり落とす。

 その流れで愛馬の鞍を外し、前輪部分を首元に押し付ける。


「う、動けぬ!」


 御田八郎師重は地べたで苦悶の表情を浮かべるが、私は何の躊躇いもなく前輪部分に力を込め、その首をねじ切った。

 

 血飛沫が私の顔に掛かり、生暖かく鉄の臭いが鼻に抜ける。


「私は――木曽義仲様にお仕えする、巴御前と申す」


 死する敵を目にしても何も思わない。

 何も感じない。


 してやったりとすら感じてしまう。


 狂っているのかも知れない。


 だが、これでいい。


 今思えば、(これ)を女として見ることなどあり得なかった。


 だのに。


「大変、大義であった。もう良い。生き延びてくれ。巴よ」


 この私に向ける視線は暖かく、大事な時は巴と呼んでくれる。


 都合が良いと言われてしまえば、それまで。


 けれど、(わたくし)とっては。


 これで十分。


 長く長くお慕い申し上げた義仲様と、想いが通じ合っていたと信じられる。


「大変……大変、お世話になりました。また何処かで――」


 私はそう告げ、振り返ることなく東国へと逃げた。 

 速く駆ける為、防具を捨て。

 返り血を吸った上着も捨てて。

 


 ☆☆☆



『義仲様へ。

 

 どれだけの時が過ぎたのでしょうか。


 私は貴方様に誓ったように、逃げおおせて。


 自分を必要としてくれる殿方に嫁ぎ、子をなし。


 長い時を生き延びてきました。


 しかし、目を閉じれば貴方様の笑みや困り顔、縁側で過ごした日々が鮮明に浮かびます。


 今は尼となり、貴方様と戦で散っていった命が無駄にならぬように、願う日々でございます。


 そういえば、お庭に珍しい花が咲きました。


 住職曰く、ハナマスという、色鮮やかな薔薇の一種らしいです。


 あまりにも綺麗だったので押し花をし、この文にしたためます。


 いつか平和な世で生まれ変わり、再会できますよう


 巴御前』 

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