食人族★(2,240文字)
「なぁ……。俺なんか食ってもうまくないぞ?」
二人の食人族が担ぐ棒に手足を括りつけられながら、俺は必死の説得を試みた。
「俺なんか普段ろくなもん食ってないから栄養足りてないし、何より病気もちだぞ? 糖尿病なんだ。病んだもの食ったら腹壊しちまうぞ?」
俺の声など聞こえていないかのように、二人の食人族はサクサクと草をかきわけて歩いていく。その先頭に立つ長老らしき人物も、頭につけたおしゃれな鳥の羽根を揺らしながら歩き続けている。俺の声は豚の鳴き声ぐらいにしか聞こえていないのか?
いや、知ってるぞ。
この部族は日本語がわかるはずだ。
太平洋戦争の頃、遠い南方のこの地に取り残された日本軍兵士たちが、ガラパゴス化して、しかも食うものがなかったから原住民を食ってみたらそのうまさに驚いて、それ以来人間が大好物になり、食人族になってしまったのだ。
俺はそれを聞きつけて遠く日本から取材にやって来た。数日前にフランス人女性が消息を絶っていたこの地に──
久しぶりに会う同胞に心を開いて歓迎してくれると思ったら、いきなり食材として捕まった。お土産に持参した生八ツ橋にも興味を示さなかった。
「アレ、ドシタ?」
ほら! 俺を担ぐ食人族の一人が日本語っぽい言葉を喋った!
「腐たモン、食えネーヨナ」
すごくガラパゴス化した訛りみたいなものはあるものの、コイツラ日本語を話すぞ! 日本語がやっぱりわかるんだ!
「マァ、今夜は御馳走だからネー」
長老が振り向き、よだれを垂らしながら俺を見た。
「日本人はいい飼料を与えラレテッカラ、味がいいはずダヨー、アジア人だけ二!」
俺を担ぐ二人が腹を抱えて笑う。何がおかしいのか俺にはさっぱりわからない。
しかし希望が確かなものとなった。
言葉が通じるなら説得もできるはずだ!
「あのっ……!」
俺は大声で彼らに話しかける。
「私は東京から来ました! フリーのルポライターをやっております! 南五郎と申します! 南の孤島に取り残された日本軍兵士の末裔が部族を作って住んでいると聞いて、取材に来たんです! よろしければあなたがたを日本へ連れて帰ることも出来ます! どうかこの縄を解いてはくれないでしょうか!?」
三人がまた黙り込んだ。
俺の声など聞こえていないかのように、けっして返事をしてなるかというように、白々しく前を向いてただ歩く。
どうやら絶対に俺を人間として見ようとしていないようだ。
意思の疎通できる人間だと認めてしまったら、もう食材として見られなくなってしまうのだろう。意地でも会話してやるもんかみたいな空気を感じる。
どうすれば会話をしてもらえるだろう?
なんとしても会話をさせなければ!
人 人 人 人
彼らの村に着いた。
いかにもジャングルの中の部族という感じの集落だった。
「いいところですね!」
褒めてみた。
「俺もこんなところで暮らしてみたいなぁっ!」
「フチがクリクリクリ……」
「ナスがごんぼクライ」
「女、挑発ガタナ、ビータ」
わざとなのか、三人がよくわからない言語で会話を始めた。
点在する藁葺の家の中から女性たちが出てきた。棒に括りつけられてる俺を見て歓声をあげる。
「わあっ! イーノ、見つけたネ!」
「うまソース!」
しめた! 女性は情が厚いはずだ!
俺は声を限りに彼女らに挨拶をした。
「やぁ! 美しいご婦人たち! 私は日本から来ました!」
ぴたりと女たちの動きが止まる。
ここぞと俺は畳みかけた。
「助けてくれたらいいものをあげましょう! 何がいいかな? 何がいいですか? 宝石? ブランド物のバッグ?」
答えを期待したが、それは返ってこず、女たちはくるりと背中を向けると、それぞれに準備を始めた。薪を用意し、鍋に水を張り、それに火を点け、巨大な包丁を取り出す。
「久しブリーノ、御馳走ダヨー!」
長老が明るい声でみんなに言う。
「大事二、大事二、いただきマショネー!」
わあっと声を上げながら、子どもたちも駆け出してきた。
子どもだ! 子どもならフレンドリーに会話してくれるに違いないと信じて、俺はまた明るい大声を張り上げた。
「やぁ、お子さんたち! 僕は食べ物じゃないよー! この縄を解いてくれたらいいものをあげよう! 何がいいかな? そうだ、ポケットにスマホが入ってる! それでゲームをして遊ばないか? どうだいっ?!」
しかし子どもたちも食欲に取りつかれていた。
手に持った箸で茶碗をチンチンと叩きながら、俺が包丁で捌かれ、鍋に放り込まれるのを待っている。
大柄な、相撲取りみたいな男が、俺をまっすぐ見下しながら、巨大な包丁を振り上げた。
俺は観念するしかなかった。
観念したら、ロケーション効果なのか、俺の口から勝手にこんな言葉が飛び出した。
「て……天皇陛下、万歳!」
大男の振り上げた包丁が止まった。
見ると食人族たちがざわざわとし、顔を見合わせている。
「ソレ、じーさんガ、よく言ってタ!」
長老が近づいてきて、俺に聞く。
「ドウイウ意味カ、よくワカラナカッタ。教えてクレ」
俺は縄を解かれた。
まな板の上から起こされ、みんなの輪の中に座らされた。
俺が知ってる太平洋戦争の話を始めると、みんなが興味深そうに聞き耳を立てる。
常温の日本酒がふるまわれ、みんなと盃を合わせた。
鍋には野菜と肉が入れられ、俺もそれを一緒になって食べた。米の飯もあった。
「なーんだ……。俺を食わなくてもこんな美味しい肉があったんじゃないですかぁー」
その肉は本当に美味かった。
ちょっと豚肉に似てるけど、それよりずっと柔らかくて、ぷりぷりしてて──
その肉のあまりにの美味さに、俺もその村に住み着くことになったのだった。