小さな町の星のラジオ☆(1,447文字)
彼が天国へ行ってしまってから、もう一週間になってもあたしの涙は枯れなかった。
愛しかった。ずっと同じ部屋で一緒に過ごした。
タヌキ柄のそのちいさな顔が愛しくて、いつでも見ていたかった。彼のことを見ているだけで、あたしは笑顔になれた。
彼のほうもあたしのことを愛しそうに、いつでも私の周囲1メートル以内から見守ってくれていた。
フェレットは若いうちはとても丈夫な動物だと聞いていたのに、彼はわずか生後半年で不治の病にかかり、天国へ行ってしまった。
涙でまぶたを真っ赤に腫らして歩くあたしをすれ違う人たちが心配そうに振り向く。
あたしだってこんな顔、誰にも見せたくない。でも部屋に帰ると彼を思い出してしまう。
車で3時間ほど走ることにした、宛もなく。
車を運転していれば、あたしは落ち着く。涙は止まらないだろうが、彼との思い出が少しは笑えるものになる。
いつもは音楽も流さない。ただ流れる景色を見るのが好きだ。
だけどなんとなくそんな気分になって、FMラジオをつけた。
滅多に聞かないのでノイズが流れ出した。自動選局ボタンを押すと、耳に心地いい男の人の声がスピーカーから聞こえてきた。
『こんばんは。こちらは小さな町の星のラジオ局です』
聞いたこともないラジオ局。それとも番組名だろうか。
その耳に優しい声にあたしは心を傾けた。
『じめじめした日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 梅雨は鬱陶しい季節だとよくいわれますよね。
でもちょっと見方を変えてみません? ほら、傘をさして表を歩いてみれば、鬱陶しいと思ってた雨がとても綺麗に見えるかもしれない。
閉じこもってないで思い切って外へ出たら新しい出会いもあるかもしれませんよ。いいなぁ〜……、透明な雨の中で生まれる未来。
悲しいことがあった人も、それで救われるかもしれませんね。
人って、顔で笑ってても、誰もが心の中では泣いてる部分があるものですから。でも誰にもその悲しみはわかってはもらえなくて、自分一人で抱えてないといけない。
悲しいなぁ……。
わかる、わかる。
ほんとうはわからなくても、そう言ってもらえるだけで救われる部分、あるでしょ?
ほら、笑って!
僕が一緒に笑ってあげます。
あなたの愛したその子も、今、天国で笑ってますよ。
愛してくれてありがとうって。きっと、安らかな笑顔をかわいいその顔に浮かべて、笑ってくれてます。ほら、今、あなたを頭の上から見下ろして、笑ってますよ。
だからあなたも笑ってよ。大丈夫、別れることは悲しいばかりじゃないから。
泣きたいなら泣こう。でもその涙は梅雨の雨と同じ。鬱陶しいわけじゃない。きっと透明な美しい雨。
僕が一緒にいてあげるから。隣にいてあげるから。あなたを見つめてるよ。一緒に悲しんであける。
梅雨が開けたら青い空を見上げて、どうか笑ってほしいな。
そのほうが僕も、きっと喜ぶからね』
そこで音声は途切れ、あとにはずっと無音が続いた。
あたしは嗚咽が止まらなくなって、それから3時間ずっと子どもみたいに泣き続けた。
アパートの駐車場に着いた頃には涙は止まってた。
部屋に帰ると彼がいなかった。もうその体は白い煙になって、お空へ昇って行ってた。
カラーボックスの端から、タヌキ柄の顔が覗いて、あたしを見つめる。愛しそうな、にこっと笑ったような顔で。
あたしも笑った。
ありがとうって小さく言いながら。
ネットで『小さな町の星のラジオ』を検索してみたけれど、そんなラジオ局も番組も存在してなかった。
悲しんでる人がいたら、その人のところにだけ現れるのかもしれない、きっと。