微笑みの魔術師☆(840文字)
空しい。
青春って、空しい。
漫画の中みたいな青春でなければ空っぽだ。
私の周りには学校の景色しかない。しかも漫画の中の学校とはえらく違って灰色だ。あるのは勉強と退屈なクラスメイトだけだ。
あぁ……私が恋する王子様はどこにいるの? 高校に入ったら素敵な彼氏と付き合うんだって決めていたのに──
「鏑木さん」
唐突に、隣の席の男子から授業中に言われた。
「好きです。付き合ってください」
二つ返事でOKしたのは、退屈な毎日の中では珍しいサプライズだったからだ。
デートをすることが決まった。
まだ冬だというのに、私の心は春みたいにウキウキしていた。
おかしい……。彼はどこにでもいるような地味な男の子なのに。漫画に出てくるような王子様とは程遠いのに──
彼はいっつも怖い顔をしている。
正直私のタイプじゃない。柔道をやっているらしく、いかにもな体育会系だ。それでいて体格がごついというわけでもなく、ふつうだ。
「観覧車、乗りませんか」
遊園地は子連れやカップルで賑わっていた。みんな楽しそうなのを真似しなくては、と私は焦っていた。でも彼の名前が思い出せない。ド忘れだ。若年性健忘症だ。
ムスッとした、怖い顔の彼と、一つのゴンドラに閉じ込められた。
逃げ場がない。どうしよう、ここで別れ話でも切り出そうか──そう考えていると、彼が私に言った。
「ほら、鏑木さん。見てごらんよ」
促され、彼の見ている方向を私も見た。
「わあっ!」
思わず声が出た。
いつも見ている地上が遠くに見えた。
人々の暮らしが小さな点みたいになって、自分の日頃の悩みもなんだかちっぽけに思えてしまった。
「鏑木さん」
彼が言った。
「毎日退屈だったんだろ? 俺もだ」
そう言って、微笑んだ。
いつもの怖い顔が、かわいく変わった。
周りの景色もやわらかくなって、キラキラと私を包み込んだ。
会話はそれだけだったけど、私はこれから楽しいことばっかりあるような気がしてきて、笑顔になった。
彼のことを恋人として受け入れた。彼の名前は……えっと……えっと……
彼の名前は微笑みの魔術師──




