帰ってきたツッコミどころ満載探偵 菊池小五郎☆(1,498文字)
帰ってきた──
久しぶりの事件に、私はまたこの世界に帰ってこれたのだなという実感が、ひしひしと湧いていた。
不可解な事件が起きた。
8階建てのビルから被害者が飛び降りた。
しかし被害者は傷ひとつなく、そのままゆっくりと走りはじめ、誰も見ていない中を走り去ったのだという。
「ご苦労さまです」
いつものように誰よりも早く現場に駆けつけていた私に、目黒警部が深々と挨拶をする。
その後ろにいけすかない感じの青年が立っている。誰だろう? まぁ、いいや。
「これはどういう事件なんですか?」
そう聞いてくる目黒警部に、私は詳しく説明をしてあげた。
「私にもさっぱりわかりません」
とにかく、事件は起こったのに、誰も死んでおらず、目撃者も誰もいないのだ。こんな事件は聞いたこともない。
「ふつうはそれ、事件でもなんでもないですからね」と、警部の後ろにいた青年が言った。やっぱりいけすかない。
「被害者の名前は?」と警部が私に聞く。
「わかりません。……被害者というからにはフォルクスワーゲン・ゴルフにしときましょうか」
「それは外車でしょう」と、青年がまた、いけすかない。
「……とにかく、被害者は8階建てのビルから飛び降りたのに、何事もなかったんです」
私は威厳を保ち、言った。
「この菊池小五郎、私立探偵を半年務め、数々の難事件を解決したいなと思ってきましたが、こんなのは初めてです」
「これから名探偵になりたいひとなんですね」と、青年がムカつくことを言った。
「屋上には遺書も残されていました」
私は青年を無視して説明を続ける。
「遺書に付された日付がなぜか事件より9日も前になっていたのがまたミステリアスです。ゾクゾクワクワクしますよね」
「被害者は8階建てビルの何階から飛び降りたんですか?」と、また青年がイラッとすることを聞く。
「屋上からに決まってるじゃないですか! 遺書があったんですよ?」
「その遺書を今回飛び降りたひとが書いたという確証はあるんですか?」
「なんなんですか、このひと!」
私は警部にイチャモンをつけた。
「いちいちうるさいし、うざいし、いけすかない! 顔がイケメンなのもふざけてる!」
「彼はウチの部署に新しく入ったエースです」
警部が紹介した。
「名前は都々込男──」
「なんだそれ!」
私は思わず声をあげた。
「エースって名前なのかぁ、カッコいいなぁと思ってたら──名前が2つもあるんですか?」
「エースというのは優秀な人材という意味ですよ。ポートガス・D・エースみたいに名前じゃないです」
ツッコミ男が言った。
「あと、名前にツッコまれなかったのは初めてです」
私は笑った。
「ツッコミ男……www」
「ツッコミ遅っ」
「ところでこれはどういう事件だったのでしょう?」
私はツッコミ男に聞いた。
「8階建てビルの1階の窓から誰かが飛び降りたんでしょう。で、屋上にはたまたま誰かが書き残した遺書があった。そいつはたぶん、遺書を残したまま死にきれずに立ち去った。事件のあらましは以上です」
「証拠はあるのですか!?」
「いらないでしょう? バカバカしい」
「殺人事件の犯人はおまえだーっ! ってするのに証拠は必須でしょう!?」
「殺人事件じゃないですし、何より目撃者もいないのにどうやって誰かが飛び降りたってわかったんですか?」
はっとした。
このツッコミ男、エースだ!
私は敗北を味わった。探偵稼業を初めて初めての敗北を──
良いライバルができた、9日前のあの日、このビルの屋上から飛び降りて死ななくてよかったと、私は心から思っていた。
その頃、目黒警部は、台詞のなくなった寂しさに、ディスカウント・スーパー『ディオ』の店頭で100円たこやきを買い、一人黙々と食べていた。