すべてが数字で見える世界★(2,292文字、イラストあり)
ある朝、僕が目を覚ますと世界が違っていた。
枕元の置き時計の文字は7時13分を示している。
カレンダーの数字は12月12日。
掛け布団の素材はポリエステル91%、綿9%。
僕の脈は1分間に71回。
僕の部屋のドアの開閉履歴は5,764回だった。
そんな数字があらゆるものの上に表示されている。
17段と表示された階段を降り、キッチンに入ると23.6℃の室温が表示された。
「おはよう、弘教」
料理をしながら、こちらも見ず、笑顔もなくそう言った母の頭の上には29と表示されているが何の数字なのかわからない。
「おはよ、母さん」
そう答えた途端、目の前に青い文字で51という数字が現れた。もしかしてこれは僕の機嫌を表してるのかな?
カロリー表示らしき数字の乗ったトーストとハムエッグを食べ終わると、歩数の表示される足元を見ながら、開閉回数19,654回の玄関のドアを開け、「行ってきます」と言いながら外へ出た。
外にも数字が溢れていた。
あまりにも多すぎて、重なっているものもあり、いちいち何の数字かなんて考えるのも面倒だ。
16.52kgの自転車に跨り、0〜20.12kmの間で変動する速度表示やペダルの回転数、衝撃の数字などをぼんやりと見ながら学校へ向かった。
学校の中はそれこそ数字だらけだ。
すべての生徒の頭の上に数字がついているが何の数字なのかはわからない。たぶんだけどあれも機嫌を表してるのだろうか? それにしては0.1があったり1,18,695があったりと統一感がなく、意味がわからない。
「こないだのテストを返すぞー」
78の数字を頭につけた先生がそう言い、答案用紙が配られると、すべての生徒の頭の上の数字が3〜100に変わる。間違いない、テストの点数だ。
スマホの鏡アプリを使って自分の頭の数字を見ると、まったくそのとおりだった。
前のやつの頭の上の63を見て、親近感を覚えた。
体育の時にはどうやら戦闘力らしき数字がそれぞれの頭に表示された。柔道だから、たぶん戦闘力だ。数字はその時そいつが何をしているかによってコロコロ切り替わる。
戦闘力67のやつと59のやつが試合形式で対戦した。
もちろん67のほうが勝つんだろうと思っていたら、接戦の末に59のほうが辛勝した。
戦闘力の他に運だとか相性だとか、そういうのも勝敗に関係してくるのかな? と思った。
さて僕には気になっている女の子がいる。
山本充希さん。スラッと背の高い、黒髪ロングの、モデルみたいな女の子だ。
正直見た目が好きなだけともいえるけど、性格もまぁ良さそうだし、できれば彼女と付き合いたいなと思っていた。
「今日、俺、山本に告ってみるわ」
俺がそう言うと、悪友たちの頭の上の数字がはね上がった。平均50ぐらいだったのが、いきなり上昇しはじめ、1,000あたりでなんとか止まった。
「おぉ、ヒロ! 遂に玉砕する覚悟、できたか!」
「勇気あんなー……。あの山本に告白するなんて」
まぁ、確かに高嶺の花だ。
でも数字が見える今なら怖くないという気がした。
「ちなみにおまえら、数字見えてるの?」
悪友たちに聞くと、頭がおかしくなったのかと言われた。
この数字は俺にしか見えていないのか?
「山本! 話があるんだけど……」
廊下で呼び止めると、山本が俺を振り向いた。
それまで頭の上に浮かべていた62という数字が、コロッと5に変わる。
「放課後……、体育館裏に来てくれないかな」
「え……? うん、いいよ」
優しく笑った山本の数字が−35に変わる。
これは絶望的ということだろうか?
絶望的だとあらかじめわかっていたら、勇気もいらなくなった。
サッサとこの恋を完結させて、また気になる女の子ができるのを待とう。
そう思いながら体育館裏に行くと、意外なことに山本は既にそこで待っていた。てっきり俺が待たされるものだと思っていたのに。
「話って?」
笑顔でそう聞く彼女に、俺はそっけなくあっけなく、それを口にできた。
「山本さんのこと、いいなって前から思ってて。俺と付き合ってください」
彼女の頭の上の数字が−28から−1,978までみるみるズドンと落ちた。
そして彼女は顔を真っ赤にすると、俺の告白に答えた。
「嬉しい……。私も弘教くんのこと、前からいいなって……」
「えっ? つ、付き合ってくれるの?」
「よろしくお願いします」
彼女の差し出した右手と、俺は握手をした。
生きている人間はさまざまな要素の複合体だ。
だから数字では表せないということなんだろうか?
柔道の対戦の時のように、数字の高いほうが必ずしも勝つとは限らない。
とにもかくにも、俺は山本と付き合いはじめたのだった。
そして今も交際が続いている。
思ったとおり彼女は性格も良くて、俺はどんどん山本のことを好きになり続けている。
遊園地デートの途中、彼女が席を外した時に、自分の頭に浮かぶ数字を見てみた。
ピンク色の文字で379となっている。なんだろう、愛情度だろうか。これがどれくらいの数字なのかよくわからないが、けっして低くはないことだけは確かだ。
戻ってきた山本の頭の上には、黄色い文字で−37,869と表示されている。
あれからどんどん下がり続け、今ではこんな数字になってしまったのだ。
そしてそれが表すものが何なのかは、いまだにわかっていない。
だんだんと俺は見える数字のほとんどを気にしないようになった。
数字は勝手に何かの値を表示するだけで、たとえば山本のスリーサイズを俺が見たいと思っても切り替わることはない。
何より今感じているこの幸せは、数字なんかじゃ表せないからだ。
遊園地を取り巻いている紅葉は今が見頃だ。赤や黄色、緑が複雑に混じり合って、数字にできない景色を作り出していた。