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その4

 フードプロセッサーとやらを前に、ロックが揚々と説明してくれる。

 この便利な器具があれば、深窓の令嬢の手を煩わせずに作業が出来ることに気がついて、

先程よりずっと気が楽になったロックである。


「ここの部分に、必要な全ての材料を入れて、スイッチを押して適度に攪拌させれば生地ができます」

「まあ……とてもすごいのですね!」


 フェリシアは感嘆の声を上げる。

 なんて便利なのだろう。見た目には魔道具だと分からないこの品が、精巧な仕組みになっているだなんて、素晴らしいことだ。


 早速また卵を手にとろうとする。


「アッ! 卵はもう十分ですので。フェリシア様はそちらの砂糖を入れてくれますか」

「そうだったわね、ごめんなさい」


 フェリシアはまた卵に触れようとしたところでロックから再び進言されて、手を引っ込めた。

 卵ばかり使うわけではないらしい。


 それからフェリシアは、ロックの指示に従って粉まみれになりながら奮闘した。

 小麦粉をこぼしてしまったのである。


「……まあ、すごいわ……!」

 

 誰でも扱うことが出来る、と言われているその器具は、確かにとても便利なものだった。


 卵と砂糖と柔らかなバター、それから濃厚な牛の乳。それらをロックの指示どおりに全て容器にいれ、おそるおそるスイッチを押すと、はじめは別々だった具材がひとつになってゆく。


(料理って、なんだか面白いのね……!)


 はじめてのことに感動しきりのフェリシアは、その様子を目を輝かせて見つめる。


 完成した生地は、ロックと共にひとまとめにする。あまりにもベタベタと手にくっつくものだから驚いてしまった。

 それからヨレヨレになったウサギやクマのクッキーが竈門で焼かれてゆく。


「フェリシア様。焼き上がりましたよ」

「わあ……! まあ、なんだかわたくしの方は歪だわ。ロックは流石の手腕ね」


 焼き上がったバタークッキーは、しゅわしゅわと音を立てている。形が不揃いなせいで焦げてしまっている部分もあるが、バターの甘い香りが鼻腔を通り抜けていって、とても心地がいい。


「き、気に入りませんでしたかね……」


 フェリシアとしては、大変感動して喜んでいるのだけれど、どうやらロックには伝わらないようだ。

 いつも通りの無表情がよくない仕事をしている。


「……いえ。とても楽しかったです」


 その事に悲しくはなるけれど、ここでへこたれてはいけない。フェリシアはなんとかその嬉しい気持ちを伝えようと、ロックにずいと近づく。


 これまでは、こうして伝える努力を怠っていたように思う。顔には出ないのだから、その分ちゃんと言葉にして伝えないといけない。


「あ、え、え、フェリシアお嬢様……?」

「ロックさん。お忙しい時間を割いていただき本当にありがとうございます。わたくし、いつもあなた方が提供してくださるお料理にもっともっと感謝いたします……!」

「そ、それはありがとうございます」


 美しいフェリシアに近くに寄られて、それだけでロックはドギマギしてしまう。


 表情は変わらずとも、その青い瞳は真剣そのもの。なにより、彼女の頬や鼻先についた白い小麦粉が、彼女が一生懸命な人である事が伝わってくる。


「本当はもう少し冷ますのですが、焼きたてのクッキーもなかなかオツなものですよ。召し上がりますか?」

「いただくわ。……これにしましょう」


 ロックが差し出したクッキーの中から、フェリシアは耳の短いウサギのクッキーをそっと手に取る。

 あたたかくてどこか柔らかだ。


 おそるおそる口に運べば、香ばしいそれがしゅわりと口の中でほどけて消えた。確かに、普段用意されているクッキーとはまた趣向が違っている。


「とても……美味しいですわ……!」


 ひと口食べたわたくしがそう舌鼓を打つと、料理長のロックも嬉しそうに顔を綻ばせる。


 とても簡単な工程ではあったが、上出来だ。

 もっとたくさん練習をすれば、殿下にも喜んでもらえるに違いない。


 今日は本当は登城して、王妃教育の後また打ち合わせをする予定だった。


 だがその予定はキャンセルになっていて、きっと料理をしなければ暗く落ち込んでいただけだっただろう。


 その気分が紛れただけでも、良かったと思える。わたくしは初めて作ったクッキーを、噛み締めるように味わった。


 表情の動きは乏しいものの、明らかに嬉しそうにしているのが今度はロックにも見て取れた。

 

「ロックさん。明日からも毎日、ご教授お願いしますわね」

「まっ、毎日ですか……!?」

「手当はお支払いいたします。ダメかしら……?」


 国の至宝。美姫。氷鉄の他にそうも呼ばれているフェリシアに、縋るように請われてはしがないいち料理人が断れるわけもない。

 むしろ全力で協力したい。おそばにいたい。


「も、もちろんでございます!!!!! 不肖ロック、精一杯務めさせていただきます!!!!」


 ロックは顔を赤らめながら、びしりと敬礼でもするように、そうハキハキと返事をした。

 フェリシアも、これでクッキーを上手に作れることができると安堵する。


 ――だが翌日。

 フェリシアと約束したはずのロックは、なぜか急に体調を崩したらしく、厨房に現れなかった。


「ええと……その、なんだ。フェリシア。料理をするのはやめなさい。ケガをしてしまうかもしれないからね……」


 そして、お料理レッスンは父のレアード侯爵から固く禁止されることになってしまった。



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