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竜の喰わぬは花ばかり  作者: 歩ノ結千鶴
前編 孤高の竜
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王女の処分

 ユグナーがその報せを持ってきた際の記憶が、ヴェルミリオは曖昧だ。


 フラー四世に抗議して、引っ叩かれてからの意識ははっきりしていたが、どうやってそこまで赴いたのかは覚えていない。


「王の子は、王のもの。アイオラをどこへやろうと、そなたが口を挟むべきことではない」


 たった一言で執務室から摘み出され、すごすごと居室へ取って返してきた。


 口の中に血が滲むほど強かに叩かれていたが、ユグナーに手当てされる間、ヴェルミリオが痛みを訴えることはない。それでも顔は苦悶に歪んでいた。


「アイオラはまだ子供のようなものなのに、なぜ、このようなことがまかり通るのだ。伯爵は、陛下より歳を召されているというではないか」


 アイオラの結婚相手は、魔導具研究の第一人者で、自身も優れた魔法の使い手であることから、魔法伯と呼ばれている人物だ。

 偏屈で気難しいと有名で、機嫌を損ねたものから実験の道具にされると、まことしやかに囁かれている他、若さを保つために女子供の生き血を飲んでいるとの噂もある。


 なぜそんな人物との間に結婚の話が持ち上がったのかと言えば──。

 シルミランの間者を暴いた功績を称え、姫が下賜された……というのが表向きの理由で、実質のところは、ていのいい厄介払いであった。


「アイオラは物ではないのだぞ。……そうだ、アイオラはどうしているのだ」

「いけません、殿下! ご婚約が調った花嫁には、たとえ身内であろうと成婚の日までは、異性が会ってはならないしきたりでございます!」

「アイオラの本心を拾ってやれるのは、わたしだけだ。声だけ……言葉を交わすだけなら許されるだろう」


 本来は、声を交わすことさえ許されない。

 しかしヴェルミリオもアイオラも、中途半端な扱いを受ける王族だ。

 特別に忍ばずとも、王女の居室を訪れるのは容易いことだった。


 アイオラが涙に暮れて伏せっているのなら、外聞も捨て、城から逃げ出す手筈を整えるとヴェルミリオは息巻いた。

 しかし、扉越しに返ってきたアイオラの声音は、涙に濡れてはおらず、むしろいつもより凛としている。


「わたくしは、この結婚を自らの運命と定めました」

「よく考えろ、アイオラ。相手は()()魔法伯……生き血を抜かれ、果ては実験の材料に命を取られるかもしれんのだぞ」


 微かに、笑みを零すアイオラの吐息が聞こえた。


「何者にもなれぬまま、いずれこの城で朽ちる身なれば、魔導の進展に一役買って死んだほうが、世のため人のためというものでしょう。ですから、お兄さま。もうわたくしに構わないで。心静かに、ここから去りたいのです」

「アイオラ……」


 王女の決心は固く、それ以上ヴェルミリオが何を語りかけても、扉の向こうから言葉が返ってくることはなくなった。



 * * *



 半月の後、城門に立派な魔導馬車が停まった。


 馬車から降り立った高貴な御仁が、魔法伯その人だ。六十をとうに超えているはずの伯爵は、噂に違わぬ若々しい容姿をしていた。

 この日ばかりは華美を尽くして着飾られたアイオラと並ぶ姿は、少し歳の離れた兄妹のように見えなくもない。


 儀礼的な婚姻の誓約を城内の神殿で済ませた後は、人嫌いな魔法伯への配慮からお披露目の席が設けられることもなかった。


 魔法伯とアイオラが馬車へ乗り込むと、国王夫妻は安堵した様子で、早々に城内へ姿を消した。

 ヴェルミリオとユグナーだけが、アイオラとの別れを惜しみ、馬車が霧に呑まれ見えなくなっても、城門に立ち続けた。





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