星を浮かべる
夜半、ねぐらに吹き込んだ風に誘われ、ヴェルミリオは身を起こした。
メィヴェルのために焚いた灯りが、煌々と揺らめくも、当の娘の姿がない。
不安に駆られ表に出ると、崖の上にほのかな灯りが見える。
そこにフィロスとメィヴェルの姿があった。
彼らを包む不可思議な光景に、ヴェルミリオは目を瞠る。
宵の空に星が降る――というのなら、初めて見る景色でもないが、いま彼らの目は地上から光が立ち昇るさまを捉えていた。
メィヴェルと言葉を交わした日の朝に見た、朝露にも似た煌めきが空へと還っていくようだ。
「これは……魔力か?」
「そう。花たちが月に食べられてしまうのを怖がって、震えてる」
花弁を滑った光が、ふわりふわりと浮かび上がる。
「まるで泣いているようだな……。天に神がいるのなら、この涙を掬って花の嘆きを聞き届けてくれはしまいか」
「……花は神様の落とした涙が種になって、地上に生まれたって知ってる?」
「いや」
「これだけたくさんの種類の花があるのだから、神様はきっととても泣き虫なの。地上の憂いに目を向ける暇なんて、ないんだわ」
メィヴェルは微笑んでいるのに、哀しい目で光に手を伸ばす。すると不思議なことに、彼女の指先に吸い寄せられるように光が集まり始めた。
光を纏った手でフィロスを撫でると、集められた魔力が竜の鱗を燃えるように輝かせた。
「天に届けても、どうにもならないのなら勿体ないわ。それなら、二人が持っていたほうがいいと思うの」
もう一度かざした手に光を集め、今度はヴェルミリオの手を握る。触れた途端に、魔力が身体に流れ込み力が漲るのをヴェルミリオは感じた。
「メィヴェル。そなた、いったい……どうしてこのような真似ができる」
「それは……今はまだ秘密。でも、いつかすべて話すから……これも持っていて」
手の中に硬い感触が現れる。灯りの下に翳すと、それは乳白色をした何かの欠片だった。
「これは?」
「お守り。どんなに離れても、必ずまた会えるように……絶対に失くさないでね」
ほのかに温かい欠片が、メィヴェルの心そのもののように思えて、ヴェルミリオは大切に懐へしまう。
それから、花たちが安心して眠りにつくさまを、二人と一頭は身を寄せ合って眺めた。
そして翌朝、不本意ながらもマコールに従う形で、フィロスとヴェルミリオは王都へと発った。
* * *
目を付けられては厄介になるので、隠れているよう言われたメィヴェルは見送りに出られなかった。
人の気配が絶えてから、表に出て辺りを窺う。
洞穴の周辺まで魔獣が来ることはないが、なるべく出歩かないようにも言われていたので、その場で二人の無事を祈った。
谷間を鳥が渡る。
ヴェルミリオに出会うまで、メィヴェルは俯いて花ばかり見つめてきたので、鳥を眺めることもなかった。
今では、その自由な翼が羨ましい。
「また、お散歩に行きたいな。次はどこまで行けるかしら……」
メィヴェルのうちに秘めた憂いを深めるように、渓谷に差し込んだ目も眩むほどの陽光が、不意に翳った。
鳥よりも大きな何かが、空を横切ったのだ。
メィヴェルにはそれが、凶相を浮かべた月のように見え、矢も盾もたまらず花畑へ向かった。




