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竜の喰わぬは花ばかり  作者: もちもちしっぽ
後編 一輪の花
13/19

慈愛

 ヴェルミリオを人とも思わぬ振る舞いに、必要とされているのが、その身に宿った力のみであることを示していた。

 神託との齟齬が、いつだってヴェルミリオを孤独にするのだ。


「誰の指図も受けぬと決め、生まれ変わったつもりでいたのだ……。だが、俺の心は……ユグナーを見捨てられない」


 石積みの陰で小さくなったメィヴェルに、懺悔するつもりでヴェルミリオは吐き出した。


「嗤うがいい。侍従ひとり救うため、シルミランの民を屠ろうというのだ。百……千……いいや、万か……? 神は神でも、どうやら俺は……悪神の子であったらしい」


 掌に残された無慈悲な箱を見つめるも、あまりの怒りと絶望に涙すら滲まない。

 すると、亜麻色の頭が芽を出すように伸び上がり、手に手を重ねられた。


「そんなことは絶対にない。本当に悪いひとなら、命を弄ぶことを躊躇ったりしないもの。そんなに悲しい目をしているひとが、悪神のはずないわ」


 優しいが、どこか寂しげないつもの声音とも違う、自信に満ちたメィヴェルの言葉がヴェルミリオの胸を打った。


 小さく頼りないのに、不思議に力を与えてくれるその手を握り返したくなって、ヴェルミリオは思い留まる。


「俺がそちら側へ手を伸ばしていいはずがない」


 石積みに掛け直したメィヴェルは、少しのあいだ足をぶらぶらさせたあと、いつもの調子で背中を後ろに預けた。

 しかし今そこに、ヴェルミリオは座っていない。

 当然、彼女の体は支えを見失い、アクアフレール側へとぐらりと倒れ込む。


 そうして国境線を越えたメィヴェルは、夕陽を弾く亜麻色の髪を掻き分け、悪戯めいた笑みを零した。


()()()()転んでしまっただけだもの。仕方ないわよね」


 茎のように細くしなやかな腕が伸び、花が開くかのごとく手を掲げて、メィヴェルはヴェルミリオの手が差し伸べられるのを待っていた。

 吹いたら霞んでしまいそうに儚い印象でありながら、凛とした佇まいは陽の光に顔を起こす花のようだ。


「なんと豪胆で、愛らしい侵入者か……」


 助け起こされるのを待つ娘より、ヴェルミリオ自身が掬い上げられる思いがして、胸の熱さをどうすることもできず抱え上げた。


「今このときだけだ。許せ、メィヴェル」


 ユグナーを取り戻すために手を下せば、二度と触れる資格がなくなる。触れることをか、それとも非道な決断を許されたいのか――もはやヴェルミリオにもわからなかった。


 ヴェルミリオの葛藤と裏腹に、メィヴェルはなんの躊躇いもなく彼の腕に身を預け、穏やかに目を細める。


「このまま、種になりたいな」

「種?」

「そう。あの花たちのように……」


 崩れた断崖から零れ落ちる花を小さく指差した。


「服に付けて、わたしも連れていって。そして、あなたの帰る場所に根を張るの。ヴェルミリオがどんな道を選んだとしても、迷わず帰ってこられるように、わたしがそこで待っているから……。独りぼっちのわたしを見つけてくれたあなたを、独りにしたくないの」

「……しかし、もう夜が来る」


 娘が一人戻らないとなれば、屋敷のほうが騒がしくなるのではないかと、ヴェルミリオは不確かな不安を覚える。見つかった時に、メィヴェルが酷い目を見ないかが気がかりだ。

 言葉にして尋ねるのを憚られ逡巡していると――。


「ヴェルミリオの住まいに月明かりは届く? あのね……暗いのは、ちょっと苦手なの。だから灯りがたくさんあったらいいな、と思うのだけれど」


 メィヴェルは当然のように、峡谷へ向かうつもりの口ぶりである。敢えて話を逸らすつもりか、それとも噂とはまったく関係がないのか、その真意の在処は定かでない。


「食われると恐れて、誰も近付かぬというのに。自ら竜の巣穴に飛び込むか」

「わたしを食べたいの? フィロスが? ヴェルミリオが?」


 無垢な瞳でまじまじと見つめられては、竜公爵といえど牙を抜かれてしまう。


「いや、花は食わぬ。愛でるのだ」








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