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竜の喰わぬは花ばかり  作者: もちもちしっぽ
後編 一輪の花
10/19

荒野の断崖に鎮座せしもの、獰猛にして恐ろしく……

 初めて言葉を交わした日から、竜と公爵が連れ立って花畑に降りれば、メィヴェルはふわりと顔を上げる。

 どちらからともなく歩み寄り、石積みを境に背中を合わせて過ごす時間が増えていった。


 特別なにを語らうでもなく、緑を彩る花の名前や、空の色を並べるだけの穏やかな時が、ヴェルミリオには何ものにも代えられない一日となっていた。


 何度か言葉を交わした際に、ヴェルミリオは自らの素性を明かしはしたが、特段メィヴェルが態度を変えるようなことはなかった。

 それというのもメィヴェルという娘は、見かけのわりにどこか達観しているところがありながら、幾分か世情に疎いところがあったのだ。


 アクアフレールとシルミランとの確執も、いまいちぴんと来ていない節があり、だからこそこうして話せているのかもしれないと、ヴェルミリオは思わないでもない。


「両国の関係が悪化の一途を辿ったのは、やはり魔導技術の発展が大きい。片方が新しい魔導具を作れば、競うようにもう片方もことを起こし……。やれ起源は我にあり、やれどちら様は魔力(リュージュ)を食い潰す粗悪品だと罵り合ってきた。その果てに魔力を欲して、互いを食おうとしているのが現状だ――要は足の引っ張りあいだな」


 そんなどうしようもない嘆きを零すと、メィヴェルは子供のように純粋な眼差しで首を傾げる。


「人にはせっかく手があるのだから、足じゃなくて、手を取り合えばいいのにね?」


 そんな無垢なさまに、ヴェルミリオは心を慰められる思いがするのだった。



 そして、メィヴェルが何者なのか――、強く関心を抱いたのは、意外にもユグナーだった。


 主人の衣の裾に、草の実や花弁がついているのを目ざとく見つけたユグナーは、すぐさま何かを察して顔を綻ばせた。

 それどころか何やら勝手に気の逸った想定をしては、生ぬるい眼差しを向けてくる。


「隣国からのお輿入れでは、何かと障害もおおございましょうね」


 などと言うものだから、それ以上茶々を入れられたらたまったものでないヴェルミリオは、メィヴェルとユグナーを決して引き合わせようとしなかった。

 だが、そうしたいじらしさがまた、ユグナーの興味を引かせるのだった。



 ※ ※ ※



 この日も、珍しく菓子などを持ってやってきたユグナーは、花畑をきょろきょろと見渡し、娘の姿を探した。

 しかしヴェルミリオは前もって、できるだけ身を隠しているようメィヴェルに伝えておいたので、ユグナーがどんなに頑張っても、花々の中からその一輪の花を見つけることはできなかった。


「菓子と茶でご婦人の口が滑らかになったところで、閣下の日頃のご様子をお伺いしたかったというのに……。今日はいらっしゃっていないのですか?」

「お前の邪な気を感じ取って、現れないのであろうよ」


 しらを切って花畑の奥にやった視線の先には、少し悪戯っぽく手を振る娘の姿がある。

 ユグナーが期待するような浮ついた気持ちでメィヴェルに会っているつもりはなかったが、その瞬間だけは確かに、花を独り占めできる喜びをヴェルミリオは感じていた。



 まだ諦めがつかず花畑を眺めるユグナーは、そろそろ眼鏡(がんきょう)を拵える必要も視野に入れながら、そういえば……と口を開く。


「あちらに見える屋敷は、もとは国営の加療院だったようで」

「だったとは?」


 ユグナーはちらりとフィロスに視線をやって、少しばかり言葉に迷った。


「その……ある時から、窓を開けるのが恐ろしい、眠れないと訴える患者が増えて、施設は他へ移されたそうで――」

「暴竜の出現か」

「わたしも……噂を耳にするだけでは、それは恐ろしいものだと信じておりましたから」


 くるる……と高く喉を鳴らして、フィロスは二人に体をすり寄せる。実際には甘えん坊で従順な()であった。

 手土産の菓子を放ってやると、おかわりをねだるように再び大きな口を開く。

 ぎらりと光る牙は恐ろしげだが、鎮められてからというもの、彼が人里を襲った試しはない。

 メィヴェルの言葉を借りるならば、フィロスもまた、暴竜という名を与えられただけなのだ。


「それで? あの屋敷がどうかしたのか?」

「ああ、ええ――。加療院が閉められてからも、もぬけの殻ではないことは、灯りからもお察しとは思いますが」


 ユグナーは、なんとも歯切れ悪く、口許を隠しながら続ける。


「隣国のことですので、精査が足りているとは言えませんが。どうも、貴族の子女への流刑の場として使用されている……とか」

「流刑?」

「ええ、耳にしたところによると……」


 シルミランの王子たちはたいそう好色揃いであるようで、臣下に年頃の娘がいるとあれば、ことごとく手を付ける悪癖の持ち主らしい。

 令嬢たちの罪状はこうだ。


「王子の召致を拒むこと。夜伽の場で不興を買うこと。子を孕むこと……だそうで」

「聞くに堪えん」


 恐ろしい竜の住まう辺境に追いやられ、屋敷からは女たちの啜り泣きと、時に赤子の産声が漏れ聞こえるという。産声が長く響くことはなく、翌日には屋敷の裏に小さな塚が増えているとも言われているようだ。


「近隣の村とも離れているのに、どこから立った噂とも知れぬものを鵜呑みにするな」

「ええ。それはわたしも、承知しておりますが……。あの、メィヴェル殿は、毎日どちらから――」

「それ以上は口にするな」


 ヴェルミリオは花を見つめたまま、言葉を遮った。


「メィヴェルは一日中あの花の中にいるが、どこから現れ、どこへ帰るのか……俺は知らない。まるで知られるのを拒むかのように、ふと目を離した隙に現れてはいなくなるのだ」


 問いかけた時にも、答えようとはしなかったことから、ヴェルミリオも触れないようにしている。


「俺はな、ユグナー。あの娘とは対等でいたいのだ」

「対等?」

「ああ。俺はメィヴェルにすべてを打ち明けた。それは彼女が望んだからではなく、俺が知っていてほしいと思ったからだ。魔獣の命さえ平らかに慈しむ娘に、俺の存在も、ただあるがままに受け入れてほしかった。そしてメィヴェルは、変わらず言葉を交わしてくれる。そんな人間は、俺には稀有な存在なのだ。お前と同じでな」

「閣下……」

「すべてを晒し合うばかりが、互いを理解し合うことではないと思う。あの娘が秘しておきたいと望むのならば、俺はその思いを受け入れたい。それが俺とメィヴェルの対等だ」


 ユグナーは礼を欠いたことを詫び、ヴェルミリオと、花畑に向かって深く頭を下げた。



 ※ ※ ※



 しばらく談笑して、日が西へ進路を進めると、ユグナーは名残惜しそうに腰を上げた。

 ヴェルミリオは、いつもより少しもったいぶって、それを引き止める。


「今日はまさか本当に、妙な勘繰りとメィヴェルを目的にやってきたわけではあるまい?」

「はは……さすが、閣下の目は誤魔化せそうもない」


 ユグナーは改めて向き直ると、重い口を開いた。本当なら加療院の屋敷について切り出した時に、しようと思っていた話だ。

 つい言いにくくて、機を逃してしまったと彼は前置く。


「陛下が、床に臥せられました。病状は思わしくなく、既にルモニア殿下(神託の御子)の即位に向けて動き始めております」

「そうか」


 フィロスに寄りかかるようにして瞳を伏せたヴェルミリオは、しばらく黙した後、思いを吐き出すようにふうと息を吐いた。


「何か……お伝えすることはございますか?」

「俺が言葉を掛ければ、より悪くさせることだろう。何もせずともいい。ただ……そうだな。その時には、俺に代わり祈りを捧げてくれ」

「……承知いたしました」


 麓に繋いだ馬のもとまで下山すると、ユグナーは崖を振り仰いだ。

 遠くを見つめるヴェルミリオの横顔が、どこか寂しそうに見えて、なかなか(あぶみ)を踏ん張れない。

 すると、そんな様子に気付いたのか断崖から、ぶっきらぼうな声を掛けられた。


「何をしておる。闇に道を奪われる前に、早く帰れ!」


 フィロスまでもが、せっつくように火炎を吹いて吠えるものだから、ユグナーは苦笑して鞍に跨った。


 ゆったりと馬の脚を馴らすように走りながら、最後にもう一度だけ主人の姿を振り返る。

 都を追放された日と同じ断崖に、ヴェルミリオは同じようにして竜と並んでいるが、あの日と違う光景がそこにはあった。


 花畑とを行き来するたび、フィロスは知らず知らず、せっせと種を運んでは荒れ地に零して蒔いた。

 それらは季節ごとに緑を芽吹かせ、暴虐の限りで人々を震え上がらせる竜公爵のおわす断崖を、花で飾り彩っている。


 |荒野の断崖に鎮座せしもの《グレモス・エリミア》、獰猛にして恐ろしく……花を愛でるものなり。


 そんな言葉がユグナーの頭に浮かんで消え、ふっと笑みが零れた。








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