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 空港。

 その広い室内のとある椅子に座り、俺は窓の外を見る。

 遠い滑走路の上、白く巨大な飛行機が、また1本飛んでいく。


 飛行機は速い。

 地上から見てるとそれを感じにくいが、間近で見ればそんなことはない。


 ボーっと見ているうちに、白い巨体は灰色の彼方に消えた。


「......」


 黙って座っていると、周りの音がよく聞こえる。

 アナウンスとか。

 旅行客らしい者の高らかな笑い声とか。

 そんな彼らがキャリーバッグを引いている音とか。


 俺はそれが鬱陶しく感じ、ポケットの中に手を伸ばした。

 そこにあるのはスマホだ。

 つい先月、両親に買ってもらったスマホ。

 あいつと一緒に選んだスマホ。


 イヤホンを耳に着けて、電源を入れる。

 あいつと2人で撮ったツーショット。

 そんな待ち受け画面を数秒見つめ、ネットを開く。


 ニュースとかを適当に開いてみるが、興味は沸かない。

 すぐに閉じる。

 そんなことを何度か繰り返し、結局ユーチ◯ーブを開いた。


 お気に入りの曲、その耐久動画をタップする。

 幸いにも広告は流れなかった。

 すぐに曲が始まった。


 ......が、その動画は閉じた。

 なんだか気持ちに沿っていない。

 今聴きたい曲じゃない。


 お気に入りの曲のはずなのに、心は満たされない。




「―――おぅい! 見つけたぞ!」


 ふと声がした。

 ちょうど動画を閉じたタイミングでなければ、気付くことはできなかっただろう。


「よ、ハーク」


 俺は声がした方を振り返って答える。

 後ろに立っていたのは、俺の親友、ハーク。


 外国人だ。

 短く切った金髪が特徴的な男子。

 特徴的と言っても、あくまで日本ではの話。


 外国に行けば金髪なんてそこら中にいるだろう。


「なんだよ、オレの顔に何かついてるのか?」


 いつの間にか見つめてしまっていた。

 だが、ハークの方もそれを咎めはしない。

 どうせ、今日で見納めになってしまうのだから。


「別に? なんもついてねーよ」


「そうかよ。メヤニでもついてるかと思ったぞ」


 ハークが日本に来たのは3年前。

 俺が中学生になったのと同じ年だ。


 入学したばかりの俺に話し掛けてくれたのが、ハークだった。

 あの時はお互いのこともよく分からなくって、文化の違いもあって、大変だった。


 が、それ以上に楽しかった


「お前の日本語、上手くなったよな」


「オマエのおかげだよ。ありがとうな」


 3年前は、ハークの日本語はカタコトだった。

 そんなハークに日本語を教えるのも、楽しみの1つだった。


「でも半分以上はオレの実力かな?」


 生意気なもんだよ。

 でもこれがいい。

 3年も会っていたんだ、ハークのことはよく知っているつもりだ。


 これは、冗談を言っているときの声色だ。



「―――なぁ、颯太(そうた)


 ハークが俺の名前を呼んだ。

 そして、俺の隣にぽんと座った。


「そんな顔するなよ」


「は?」


 急にそんなことを言われ、自分の顔を確認しようとする。

 スマホのカメラを起動し、インカメ設定に。


 そこに写っていたのは俺。

 悲しそうな顔の俺。


 もとより隠すつもりもなかったが、表情によく表れていた。


「するに決まってんだろ......もう2度と会えないかもしれないのに」


 そんな言葉が、口からこぼれ落ちた。


「そんなこと無いって。また来る」


「いつ?」


「それは......」


 俺が勢いのままに聞くと、ハークは押し黙ってしまった。

 聞かなきゃ良かった。 


 そのまま、貴重な時間が刻一刻と過ぎていく。


「それは、分からないけど、絶対会えるって!」


 ハークは俺の方を見た。

 自信に満ちた目だった。


「オマエだって、こんな重い雰囲気で送るのは嫌だろ?」


「......そうだな。そうだよな!」


 その後、俺たちは色んなことを話した。

 3年間の思い出話。


 入学式、修学旅行、職場体験。

 学校行事はもちろん。


 家で一緒にゲームしたり、一緒にサッカーしたり、夏祭りに行ったり。


 他にも他にも、色んなことをした。

 3年間の思い出は、絶対に忘れない。

 忘れる訳がない。

 忘れられるはずない。


「でさ、オレ、オマエに渡す物があるんだ」


 そう言ってハークはキャリーバッグに手を伸ばした。

 ファスナーがビィィと音を立て、中身の荷物が露になる。


 その中を少し漁り、ハークは何か1つ取り出した。

 小さい物だ。


「何だ、それ?」


「オマエのために作ったんだ。お手製のペンダント」


「おお」


 俺の手にペンダントが乗った。

 茶色の、500円玉くらいの大きさのペンダント。


「ほら、お揃いだぜ?」


 そう言ってハークは自分の首を指した。

 今更気づいたが、ハークも同じ物を着けていた。


 俺も自分の首にペンダントを通す。


「これがオレたちを繋いでくれる。だからクヨクヨするな」


「クヨクヨなんてしてねーよ」


 あぁ、なんでいつも意地を張るんだ、俺は。


「嘘がヘタだな、颯太は。―――っと、そろそろ時間だ」


 急に、ハークの声がよどんだ。


「時間って......」


 分かりきったことだ。

 それなのに、口は勝手に問いかける。


「オレたちが乗る飛行機がすぐに来る。もう行かないと」


「そっか......」


 ハークがキャリーバッグを閉じ始め、周りの音がまたうるさくなってきた。


 ファスナーが完全に閉まり、ハークは背を向ける。



「待って!」


 気付けば呼び止めていた。

 仕方ないだろ。

 一緒にいて、こんなに楽しいと思った奴、他にいないんだから。


「......じゃあ、最後にバグしてやるよ」


 ハークはそう言うと、サッとこっちに来た。

 そして、俺に抱きついた。


 ハークという名前も、こいつの両親がよくバグをしてるから、それを弄ってつけたんだったか。

 確か、そう聞いた。


「ほら、これで満足か?」


「......」


 何も言えなかった。

 言うべきことなんて山ほどあるはずなのに。

 今までのことへの感謝。

 それだけじゃない。

 謝罪もだ。

 何度も喧嘩した。

 その度にハークの方が折れた。

 今、ようやく、そのことを謝りたいと思えた。


「......」


 無言で抱き返した。

 ハークの背中が暖かい。


 俺の息遣いが荒くなっている気がする。

 目元も熱くなる。

 視界が歪み、涙が出ていることに気づいた。


「ぐすっ......」


 だが、泣いていたのは俺だけじゃなかった。

 ハークも泣いていた。

 ハークの涙が、俺の首筋を垂れた。


 そのまましばらく抱き合っていた。

 いや、時間に直せば短かっただろう。

 せいぜい3秒だ。

 だが、その3秒が途方もなく永く感じた。


 互いのペンダントがぶつかり、カチンと鳴った。


「―――じゃあ、もう本当に行かないと」


「あぁ。元気でな」


 そんななんてこと無い会話をしながら、互いの体を離した。


またな(・・・)


 そう言って、ハークは足早に場を去った。


『またな』、『じゃあな』じゃない。

 そうだ、そうだとも。

 また会うんだ。

 また会って、また思い出話をして、くっっだらないことで笑うんだ。


「......またな」


 ハークは、もうだいぶ小さく見える。

 俺の呟きなんて聞こえなかっただろう。


 だが、それでもいい。

 ハークが聞いてこっちを振り向いたら、今度こそ俺は泣いてしまう。

 人目も気にせず、泣いてしまう。


 だから、これでいい。

 大丈夫。

 元に戻るだけだ。

 ハークがいなかった、あの頃に。

 この先の何年、ハークとまた会う日まで。


 俺はペンダントを握りしめた。

 こうやって握れば、ハークはいつでも振り向いてくれる。



 俺は窓の外を見た。

 空は青かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 感情が細かい! 改行が多くて見やすい! これからも頑張ってください!
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