キシュタリア学園・ヒーロー部
250年後
ガルシア、アダライティア、ナリア、ウォールグラード、タンドルの5つの大国に囲まれたダイナ平原。
魔獣の脅威が消え去り、平和となったその大地には五つの国を統治するための中央国家『キシュタリア』が建国され、緑豊かな平原は消え去り、巨大な都市ができていた。地面だけでなく頭上にも道路が走り、忙しくなく自動車が行き来している。そして道の脇には空高くビルが所狭しと並び立ち、所謂コンクリートジャングルと化していた。
そんなジャングルの中心には周りの景色と時間を逆行するようにレンガ作りの巨大な学校がそびえ立っていた。
私立キルシェリア学園。それがこの学校の名前である。キルシェリア学園は世界史上初の階級、人種、性別、国籍に関係なく入学することができる『差別なき学校』である。
それだけでなくキルシュリア学園は名門校として知られ、この学校に入学できれば輝かしい将来は約束されたも同然と謳われている。
さらにキルシュリア学園は部活動にも力を入れており、まさしく文武両道の学園としても知られている。
そんな名門校も今は昼休みにさしかかり、生徒たちは各々の場所で昼食に勤しんでいた。
特に中庭は人気のスポットのようで大勢の生徒たちが中庭に集まり、友達とのおしゃべりを楽しみつつ舌鼓を打っていた。
そんな中、放送のチャイムが鳴り響いた。
ピンポーンパンポーン
そしてそのチャイムに間髪入れず、放送の内容が流された。
「2年1組アニス・キュベレーさん。2年1組アニス・キュベレーさん。生徒会室にお越しください」
「うん?」
自身の名前を呼ばれ、背中まで伸びた黄色い髪をなびかせながらアニスは友達の会話を一時止めた。
そんなアニスに焦茶色の毛と垂れた耳が特徴的な犬の獣人の女子生徒が揶揄うように声をかけた。
「ちょっとちょっと、何やらかしたのよ。アニス〜」
「えーやめてよ、シャーデリア。まだ私、何もやらかしてないってば」
「これから何かやらかす気ではいるのね…」
アニスのボケにもう1人の黒髪の女子生徒がツッコミを入れた。彼女の名前はクートといい、ナリア出身のエルフである。
アニスには呼び出された事に心当たりがないようで、何かを思い出すように首を傾げ、小さく唸った。
「んー、なんで呼び出されただろ?」
「とりあえず行ってみるしかないんじゃない?」
「ま、それが手っ取り早いか…じゃ、行ってくるよ」
「じゃあね、また後で」
2人と別れたアニスは校舎の三階にある生徒会室に足を運んだ。ドアの上にある生徒会室と書かれた表札を確認し、アニスは目の前のドアをノックした。
「どうぞ」
女性の声で短い返事が返ってきた。アニスは一つ息を吐くと、生徒会室に入った。
「失礼します」
中に入るとキルシュリア学園の現生徒会長である、3年生のユピテル・ゴルドが出迎えた。
ユピテルは品行方正、成績優秀、容姿端麗の女子生徒であり、まさしく完璧超人を絵に描いたような人物である。すらっとした長身はまるでモデルのようで異性だけでなく同性からも憧れの的となっている。
どうやら今は彼女1人のようで他の生徒会執行部のメンバーの姿はない。
アニスはそんなユピテルと2人だけの空間と、呼び出された内容が不明であることに不安と緊張が募っていた。
すまない。他の部員は別の仕事があって席を外しているんだ。そうだ、お茶でも飲むかい?」
「あ、いえ、お構いなく」
「そうか」
ユピテルは残念そうに呟くとアニスに席に座るよう促した。アニスはそれに従い、ユピタルの向かい側の椅子に腰を下ろした。
それを見たユピテルが本題に入ろうと口を開いた。
「さて、早速だが本題に入ろう。君を呼び出した理由だが…」
「…」
ジュピテルの鋭い視線に見つめられ、ゴクリとアニスは唾を飲み込んだ。
そしてユピテルの口から用件が伝えられた。
「君が所属しているヒーロー部を廃部することが決定した。」
「え!」
突然の宣告にアニスは驚きの声を上げた。それに反してユピテルは淡々と経緯を説明していった。
「先日、君たちの部活が部の要件を満たしていないことに気づいてね。心当たりはあるだろう?」
「廃部…ですか…?」
ユピテルの言葉を補うようにアニスが弱々しく声を出した。
もちろん、アニスには心当たりはある。この学校で部として認められるには2つの条件を満たす必要がある。部員が5人以上いることと顧問の教諭がいることである。
そして現在のヒーロー部はというと…
「顧問がいない…です」
「それはそうだが…部員も1人足りないのでは?」
「いえ!それは違います!学校に来ていないだけで…部員は5人います!」
アニスの言葉にユピテルは手元の資料に目を落とし、『ふむ』と頷いた。
「どうやら、こちらのミスのようだ。失礼した。だが、顧問がいないのは事実だね?」
「はい…で、でも!」
「申し訳ないが…これは規則なんだ。理解してほしい…この書類を書いて提出したら部室の荷物を…」
「待ってください!」
ユピテルの言葉を遮り、アニスは声を張り上げた。ユピテルはそんな彼女に何も言わずに視線を送った。
「顧問の先生さえいれば部として認められるんですよね?」
「ああ、それが規則だからな」
「少し時間をくれませんか?1ヶ月…いや、2週間ください。それまでに顧問を見つけてみせます!」
「できるのか?」
「できる、できないの話じゃないです。やります!」
アニスはまっすぐユピテルの目を見た。
アニスの決意のこもった視線にユピテルは深く息を吐いた。
(アニスさんからしてみたら今回の件は突然の事。我々も様々な仕事に追われていたとはいえ、連絡が遅れてしまったのはこちらの落ち度…ここは彼女らにチャンスを与えるべきか…)
生徒会長とはいえユピテルはアニスに対し、同情の念がないわけではなかった。
ユピテルは少し思案した後、口を開いた。
「わかった。では2週間後までに顧問の教師を見つけろ。それができたら廃部はなかったことにしよう」
「ありがとうございます!失礼します!」
そう言ってアニスは生徒会室を後にした。
(どうしよぉ〜!!やっちゃったぁ〜)
アニスが生徒会室を出た直後、頭を抱えてしまった。
(2週間以内に顧問を見つけるなんて無理だよぉ〜。ユピテルさんには失礼を働いちゃったしぃ…絶対、目ぇ付けられるよぉ…)
『でも』とアニスは顔を上げた。アニスにはこの窮地を切り抜けるための切り札がある。
(私には頼れる仲間たちがいる…!さぁ、集まれ私の仲間!)
アニスはブレザーのポケットからスマホを取り出すとトークアプリを起動し、ヒーロー部のグループトークを開くとメッセージを書き込んだ。
『本日、重要会議アリ。集合サレタシ』
メッセージを送ってからしばらくして、メンバーそれぞれから返事が書き込まれていく。
『り』
『行けたら行くわ』
『うい』
あまりに適当な返事にアニスは若干の不安を感じた。
(本当に来てくれるよね?頼むよぉ本当…)
アニスは祈るようにスマホを握ると自身の教室に戻った。
―――――――――――――――――――――――
放課後
午後の授業が終わり、生徒達は部活へ精を出す者、教室や図書室などで自習する者、そしていち早く帰宅する者に別れ各々の青春を謳歌していた。
そんな中、アニスはヒーロー部の部室へと急いでいた。
キシュタリア学園はその敷地内に様々な施設が建てられている。そしてそれらにはそれぞれ番号が振られている。例えば生徒達が主に授業を受ける教室、職員室がある1号館、本校の全ての部の部室が集合している3号館などである。
「着いた」
アニスが部室の前に着くと既にドアの向こうから話し声が耳に届きアニスは安堵の息を吐いた。どうやらちゃんと来てくれているようだ。
アニスは部室のドアを開けると中に入った。
「みんなお疲れ!」
アニスが声を上げると部のメンバーは彼女を笑顔でそれを迎えた。
「お疲れ」
「やっと来たか」
「おつおつ〜」
アニスは空いている席に座るとテーブルを囲むように座る3人の部員達に視線を配った。ヒーロー部の部員はアニスと同じく2年生の生徒で構成されている。
テーブルを挟み、アニスの目の前に座っているのはネモ・フィーランド。淡い青色の髪を綺麗に束ね、眼鏡をかけた男性とも女性ともとれる中性的な見た目をした生徒である。大人しく、少々引っ込み思案な性格であり、人畜無害を絵に描いたような人間である。
続いてアニスの隣に座り気怠げにアニスに挨拶をしたのはパンジー・ウィット。蛇の獣人である。制服を着崩し、眩しい金色に紫色のインナーが特徴的な髪を持ち、いつも気怠げにしている。
最後に黒髪の男子生徒のカナタ・ホオズキ。極東の島国出身である。幼い頃にこのキシュタリアに越してきたのである。またアニスの幼馴染であり、性格は真面目かつ勤勉。生徒会長であるユピテルほどでないにしろ成績優秀な生徒である。
そして、アニスは1つの席を見つめた。ここにはいないもう1人のヒーロー部の部員がいつも座っていた席である。主人を失ったその椅子は寂しげに待ちぼうけていた。
「それで、アニちゃん今日はどうしたのぉ?」
間延びした声でパンジーがアニスに要件を聞いた。その声に我に帰ったアニスが昼にユピテルから伝えられた件を部員達に話した。
ヒーロー部の廃部。その衝撃的なニュースに対し部員達の反応は意外なものだった。
「だよねぇ〜」
「妥当な判断だな」
「あはは…」
部員達の予想外の反応にアニスは声を荒げた。
「ちょっと!もっと深刻そうにしてよ!」
「だって顧問がいなくなってからかなり経つし…」
「今までが甘かったんだ」
「そんな!」
「まぁまぁ、2人ともそう諦めずになんとかしてみようよせっかく作った部活なんだし。ね?アニス」
「私の味方はネモだけだよぉ」
ネモがすっかり諦めムードのカナタとバンジーを説得した。2人は仕方ないと座り直し話し合う姿勢になった。
「それで、要は顧問が必要なわけだろ?どうする?今から探しに行くか?」
「うーん、仮に空いてる先生がいたとしてもウチの顧問になってくれるかわかんないよねぇ。何やってるか他の先生達知らないだろうし」
「いかんせん今まで何もして来なかったからな。この学園に通う生徒の平和を守るとか言いながら」
「何か実績でもあれば先生の中で興味が湧いた人がなってくれるかもしれないけどね」
ヒーロー部の活動は基本的に生徒や教師などから依頼を受け、それを解決すると言うもので、その依頼は基本的に部室の前に設置してあるポストに入れてもらっているのだが、これまでに一通も依頼が来たことがないため、ヒーロー部はただ、部員達がだべるだけの部活になってしまっている。
「それは違うよ!カナタ!一個だけ依頼こなしたじゃん!」
「前の顧問の先生の迷い猫探しだろ?あれ数えてもいいのか?正式に依頼されたものじゃなかったろ?」
「ちゃんと頼まれたんだしセーフセーフ」
「しかし、顧問の迷い猫探しだけじゃ実績としては弱いな…なんというか華がないというか」
「もっと、運動部みたいに全国大会出場!みたいな大きな実績がほしいよねぇ」
それぞれが何か良い案がないものかと思案する中、その静寂を切り裂くようにアニスが声を上げた。
「こうしても仕方ない!何か依頼がないかポスト見てくる!」
「どうせ何も入ってないよ」
「見る前から諦めないでよ!きっとドデカい依頼が入ってるからさ!」
そう言ってアニスは部室の外に出て行った。それ見届けたカナタは大きくため息を吐いた。
「なんか入ってると思うか?パンジー」
「もしかしたらまたネモへのラブレターかもねぇ〜」
「もう、やめてよ2人とも…あれ結構大変だったんだからね?」
そんな会話をしていると廊下からアニスの歓声と共に部室に入ってきた。
「あった、あったよ!依頼!ほら!」
「えぇ!?」
カナタはまさか本当に依頼が来ているとは思わず、自分でも驚くほどの大声を出した。
「マジで〜?」
「ふふん。大マジ」
疑いの目を向けるパンジーに向けてアニスはこれ見よがしに封筒を掲げた。そこには『ヒーロー部へ』と書かれていた。
その封筒をカナタは横から掻っ攫った。
「ちょっと見せてくれ」
「あ、ちょっと!」
「…。ただこれ依頼主の名前がないな。これじゃあ依頼をこなしても誰に報告すれば…」
「中に書いてあるんじゃないの?読んでみてよ、カナタ」
アニスに促されカナタは恐る恐る封筒を開け、手紙を取り出した。そして軽くその内容を見ると目を大きく見開いた。
「これって…!」