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勇者(仮)  作者: 物書男
勇者の伝説
7/9

未来へpart3

「はっきり言うぞ…私たちでは…勝てない」

「…」


 ロカのその言葉がアンリ達に重くのしかかった。その重圧に負けるようにアンリ達は地面に伏し、立ち上がれずにいた。


「グオオオォォォォ!!」


 地面に倒れるアンリ達を見下ろしサイプレスは自身の勝利を誇示するように雄叫びを上げた。地面をも揺らす声量にさらされアレスは乾いた笑いをこぼした。


「はは…(やっこ)さん、元気がいいのぅ…」

「もう…俺たちじゃどうしようもないのか…?」

「…」


 誰もが絶望に打ちしがれる中、一人の勇者が立ち上がった。そしてその勇者はこの絶望的な状況の中で不敵にも笑って見せた。


「ははは!あの野郎、もう勝った気でいやがる…!」

「あ、アンリくん…?」


 消え入りそうな声で呼びかけてくるミリーを尻目にアンリはボロボロになった上着を破り捨てた。


「何個もギアを操れる?解封が効かねぇ?上等じゃねぇか。ようやく俺たちが本気でやり合えそうな奴が出てきたってもんだ」

「お前…何を言って…」

「カーデル」


 カーデルの言葉を遮るように食い気味でアンリは彼の名前を呼んだ。そして続けてアンリはカーデルに質問をした。


「俺たちは何だ?」

「は?」


 突然の質問にカーデルは戸惑い、間の抜けた声を上げた。 

 そんなカーデルをまっすぐ見つめながらアンリは同じ質問をした。


「俺たちは何だ?」

「何って…勇者だろ?」

「そうだ。俺たちは勇者だ。そして、俺たちの仕事はアイツに勝つことだ」


 アンリの言葉にこの場にいる全員が耳を傾ける。


「今、色んなところでみんなが戦ってる。俺たちが勝つって信じてな。俺たちは信じられてんだ。そんな俺たちがここで諦めるわけにはいかねぇ!!」


 アンリの言葉を聞き、アレスがいつものように豪快な笑い声を上げた。


「ぶわっはっはっは!!アンリのいう通りじゃな!」

「アンリのくせに生意気なこと言いやがる…!」

「でも、それがアンリくんだよね」

「さて、反撃と行こうか!」


 アンリの言葉に奮起した勇者たちがフラフラと立ち上がり始めた。おぼつかない足取りだが、その目にはもう絶望の感情はない。瞳の奥にはメラメラと闘志の炎が燃えているように見える。

 そんな4人に向けアンリが号令をかける。


「ここからが本当の勝負だ!!行くぞ!!」

「「「「おう!」」」」


 その返事と共にアンリ達はサイプレスに向け飛びかかった。


「俺が何とかバリアを破る…!みんなはサポートを頼む!」

「了解」

「仕方ねぇな…!」


 自分に向かって飛んでくる勇者たちにサイプレスはバリアを展開しつつ無数の魔力弾を飛ばしてきた。中には炎や風を纏ったものもある。

 そんな暴力的な魔力弾の壁にカーデルは大きく舌を鳴らした。

 

「チッ…あの数を捌ききるのは無理だ!なんとか抜け道を作るからそこを通れ!」

「任せたよ!アンリくん!」

「おう!」


 カーデルたちはそれぞれ魔力弾や魔法を用いて雨霰と降ってくるサイプレスの攻撃を相殺し、その中に道を作った。

 サイプレスの元へ一着線に届く道の中にアンリは飛び込んだ。そしてサイプレスの元に辿り着いたアンリはエルシルドのギアを解放した。


「行くぞ、エルシルド!実像分身(アバター)!」


 その瞬間、サイプレスの周囲をアンリの分身が取り囲んだ。その数は先ほどのカエル型の時よりも多い。そしてアンリ達は剣に魔力を纏わせた。


魔刃・全(トール・オールレンジ)!!」


 アンリの剣から放たれた斬撃をサイプレスはバリアで防いだ。しかし、そのバリアは薄氷のように砕け散った。

 

「グゥ!?」

「バリアが割れた!!」

「行け!!アンリ!!」


 バリアが割れた瞬間にアンリが一気にサイプレスとの距離を詰めた。そこに左右からサイプレスの拳が飛んできた。迫り来る巨大な拳は確実にアンリを捉えていた。しかし、左右それぞれの拳をアレスとロカがアンリの前に飛び出し魔法を使ってそれらを弾いてみせた。

 

「ガッ!?」

「「大人しくしてろ!」」


 サイプレスの攻撃を防いだ2人を通り過ぎ、アンリとサイプレスの距離が0になった時、アンリはありったけの魔力をエルシルドに込めて横一線に振り抜いた。

 今現在のアンリが出せる全身全霊の会心の一撃。それは見事にサイプレスの身体に直撃した。


魔刃(トール)!!」


 アンリの一撃により、サイプレスの身体は黒い魔力の塊と激突し、吹き飛ばされた。そして飛んで行った先で巨大な爆発を起こした。


ドォォォォン


 アンリが迫り来る砂埃から身を守るように手で顔を覆いそれが収まるのを待っているとそこに勝利を確信した笑顔を顔に貼り付けたアレスが近づいてきた。


「ワッハッハ!!やったな!アンリ!今のを食らえば流石のあいつも終わりだ!」


 豪快な笑い声を上げるアレスに対しアンリは息も絶え絶えになりながら答えた。先程の攻撃で流石のアンリも力を使い果たしたようだ。


「ハァ…ハァ…いや。みんなのおかげだ…」 

「ワッハッハ!謙遜するな!ほれ肩を貸してやろう!」

「へへ…サンキュー」


 アンリがアレスに身を任せているところにカーデルたちも近づいてきた。


「サイプレスはどうなったんだ?倒したのか?」

「ああ。手応えはあった。流石に死んでると思う」

「じゃ、じゃあ!私たちの…?」

「勝ちだな…!」


 そのロカの言葉を皮切りに爆発したようにミリー達が喜びの声を上げた。


「「やったぁぁぁ!!」」


 まさしく狂喜乱舞。先程の疲れを忘れたように各々が喜びを分かち合っていた。


「これでもう世界は大丈夫だ!!」

「うん!もうみんなが魔獣に怖がらずに済むんだね!」

「どうしたんじゃアンリ!お前も喜べ!!」

「イテテ!あんま揺らさないでくれ…もう全身バキバキなんだ…」

「おお…すまん」


 現場の盛り上がりが最高潮に達したところでロカが思い出したように声を上げた。


「アンリ。リザさんに連絡をしろ。凱旋と行くぞ」

「お、そうだな。ちょっと待ってくれよ…」


 アンリが通信機を取り出そうとした次の瞬間。5人の背筋に電撃のような悪寒が駆け抜けた。


「ッ!!」


 心の奥を削られるようなぞくりとした嫌な感覚。その感覚の正体にアンリ達はすぐにわかった

 顔を上げ、治り始めた砂塵の方を見るとそこには、やはりというべきかそれとも意外というべきか…サイプレスが立っていた。

 本気のアンリの一撃を前に流石のサイプレスも無傷では済まなかった。身体中が傷つき、特にアンリの攻撃が当たった胸部は大きく損傷し、血液のような赤い体液が吹き出していた。

 その傷はサイプレスの怒りが頂点に達するには充分すぎた。


「グルァァァァアアアア!!」 


 サイプレスの怒りの(さけ)びを前にアンリはミリーに尋ねた。


「ミリー、サンダルフォンのエネルギー…あといくらだ?」


 アンリが尋ねた瞬間にミリーのサンダルフォンは光り輝き、変身が解除された。ミリー本体が姿を現した。もはや答えは聞くまでもない。

 その様子を見てアンリは苦渋の表情を浮かべながらサイプレスを見た。

 サイプレスは顔中に青筋を立てながら猫科の猛獣のような『グルル』と唸り声をあげ、アンリたちを睨みつけていた。そして…


「グァァァアアアア!!」


 背中の羽を高速で羽ばたかせながらアンリ達に迫った。攻撃が来る。

 今までほぼ無理やり体を動かして戦っていたアンリ達にもはやその攻撃を避ける手段はない。アンリ達はただ迫り来る絶望を呆然と見つめるしかなかった。


ズドォォォォン

「!!」


 サイプレスの魔の手がアンリ達に達しそうになったその瞬間。彼らの頭上からレーザーのような魔力の塊がサイプレスの体を地面に叩きつけた。


「ウガァァァ!!」


 突然の死角からの攻撃にサイプレスはバリアを張る暇もなかった。地面に伏せられ何が何だかわからないといった表情を浮かべていた。


「なんだ?今の」

「まさか…!!」


 何者かの助太刀にアンリ達は呆気に取られているとカーデルが声を上げた。

 アンリがレーザーが飛んできた上空に顔を向けるとそこには、最強(リザ)と銀色の体をした龍、須佐男(スサノオ)がいた。


「リザ!!」


 思わぬ助っ人にアンリは声を上げた。

 リザはチラリとアンリ達の方に目を向けるとアンリ達の近くに降り立った。


「ふぅ、なんとか間に合ったみたいだね」

「お前…なんで?」

「チョーカーくんを通して見ていたんだけどあんまり戦況が良くないようだから飛んできたんだよ」


 リザが簡単にここまで来た経緯を説明していると、ロカがリザに声をかけた。


「リザさんアイツは…」

「状況ならわかってるよ。チョーカーくんが説明してくれたからね」

「あー、おしゃべりなコイツがずっと黙り込んでたのはそういうことか」

「えへへ。すみません。ですが今からはしっかりサポートしますよ!」

「おい!アイツが来るぞ!」


 チョーカーがアンリに謝罪していると、サイプレスがこちらに向かって来ていた。

 そこに間髪入れずにリザが須佐男(スサノオ)とは別のキッズを召喚した。


「おいで、華具土(カグツチ)


 リザの呼び声に応え、現れたのは炎の羽を纏った巨大な蝶。そして、翼を羽ばたかせ燃え盛る鱗粉をサイプレスに飛ばした。

 無数の赤々とした鱗粉に囲まれ、サイプレスの動きが止めた。


火鱗(かりん)


 パチン。リザが指を鳴らすとそれぞれの鱗粉が大きな爆発を起こした。

 しかし、サイプレスは即座にバリアを展開し爆発から身を守った。忌々しそうにリザを見つめるとサイプレスの目に口の中にエネルギーを溜めている須佐男(スサノオ)の姿が映った。そして…


嵐の咆哮(テンペスト)


 グオオオォォォォ!!

 リザが魔法を唱えると須佐男(スサノオ)の口からレーザーのように空気の塊が撃ち出され、バリアに直撃した。

 華具土(カグツチ)により削られたバリアは須佐男のその一撃によりバリンと音を立てて砕けた。

 その様子を見たアレス達が驚きの声を上げた。


「バリアが破れたぞ!」


 リザは間髪に入れずに追撃に移る。


華具土(カグツチ)!」


 リザの声に反応した華具土(カグツチ)は自身の鱗粉を集め、ギュッと押し固め一つの球にした。そしてそれをサイプレスに向けて撃ち放った。


「炎葬」


 高密度に凝縮された火の玉はサイプレスの体に当たると先ほどとは比べ物にならないほどの爆発を起こし、巨大な火柱に変貌した。

 その威力は凄まじくアンリ達の元にも衝撃波と熱が届いた。


「ぐ、流石だな…」

「これなら…!」


 5人でも手も足も出せなかった怪物を相手に一方的に攻撃を仕掛けるリザの最強っぷりにミリーが目を輝かせたがリザがすぐさま首を横に張った。


「いや…少し無理かもしれない」

「!?」

「とんでもなくタフなやつだね…アイツ」


 リザが視線を送った先には燃え盛る炎と砂埃の中で立ち上がるサイプレスの姿が映り、アレスが驚きの声を上げた。


「な、なんてやつじゃ…あれほどの攻撃を…!」

「でも、ダメージは通ってる。ほら、さっき俺が与えた傷もまだ治ってねぇみたいだしな。俺たちも行くぞ!」

「気合い入れていきましょう!アンリさん!」

「おう!」


 体力が回復したらしいアンリが剣を構えてサイプレスの元へ行こうとすると、ロカがそれを呼び止めた。急に呼び止められたアンリはその勢いを殺しきれず、バランスを崩した。


「待て、アンリ!」

「うお!な、なんだよ!」

「なんでアイツの傷は回復してないんだ?超再生のカエル型も取り込んだはずだろ?」

「そのはずだけど…それがどうしたんだ?」


 神妙な顔で既に周知の事実を言い始めたロカにアンリが答えた。


(さっき奴が取り込んだサイプレスは3体…確認できたギアの数は炎、風、毒、バリアの4つ…)

「アンリ、お前カエル型の死体をどうした?」

「え?バラバラにした後、まだ動いてたからまた再生しないよう一個一個魔力で消したけど…」

 

 アンリの発言でロカは目を見開いた。


「それだ!」

「だからなんだよ!?」

「アイツは再生できないんだ!カエル型を吸収できなかったから!」

「えっと、じゃあつまり…」

「「「「「「今ならアイツを倒せる!」」」」」」


 その瞬間、サイプレスが再度、アンリ達に接近して来た。すかさずリザが迎撃を試みた。


「ギフト!」


 リザは地面に手を置くと魔法を発動させた。

 ガラガラと音を立てながら岩や地面が組み上がり、巨大な人のような形になっていく。そして、サイプレスほどの大きさになるとサイプレスに向け駆け出した。


「グオオオォォォォ!」

 

 そこから2体の殴り合いの肉弾戦が始まった。2体ともその巨体に似つかわしくない俊敏な動きで互いに殴り合った。


(これで時間が稼げる!今のうちに…)


 リザが5人に振り返り、声を張り上げた。


「2つ作戦がある!」

「!」

「1つ目は私の奥の手を使う方法。でもその場合、今魔獣との戦いで傷ついた魔導士達の治療しているイヴをここに来てもらう必要がある!」

「2つ目は?」

「サイプレスのバリアの弱点を利用する方法!」

「弱点?あれに弱点なんてあんのか?」


 カーデルの疑問にリザが答えた。


「彼がバリアを張れる面積には限界があるんだ。その大きさはおそらく、彼の体を包み込めるぐらい。でもそうすると広い範囲をカバーできるけどその分バリアの強度が下がってしまうんだ」

「そうか…!だからさっきのアンリの攻撃が通ったわけですね」

「逆にバリアを張る面積を狭めれば、強度は上がる」

「それで…一体どうすんだ?」

「誰かが一方向から強力な攻撃を仕掛ける。すると彼はその方向に向けて最大出力のバリアを張るはずだ。そしたらバリアが張られていない別の方向から他の人たちが攻撃する。これなら攻撃が通るはずだ」

「挟み撃ちみたいにするわけか」

「そういうこと。でも…」


 そこでリザは神妙な顔した。


「はっきり言って前者の方が確実だ。でもイヴの治療を待っている大勢の人が死ぬと思う。でも逆に後者だと最初に攻撃を仕掛ける人が他の人の攻撃に巻き込まれて犠牲になる可能性がある…」

「…」

「どの道、誰かは死んでしまう…ここにいる誰かか、ここにはいない大勢の誰かのどちらかが…」


 どの道、犠牲者は出てしまう。そんな事実がアンリ達の決断を鈍らせていた。そんな中、ロカが一歩前に出てリザに頼み込んだ。


「構わない。リザさんやってくれ」

「ちょっと待って!じゃあ他の人はどうなるの!?」


 ロカの発言にミリーは動揺しながら噛みついてきた。

 ミリーの珍しい反応に少し戸惑いつつもロカは自身の意見を主張した。


「奴を倒せるなら確実な方法をとった方がいい」

「それじゃあ、ロカさんは見捨てるの!?救えるはずの命を!」

「もうそんなこと言える場合じゃないだろ!これ以上被害を増やすわけにはいかない!それに別の方の作戦でも死人は出るんだぞ」

「それは…そうだけど…!」

「2人とも落ち着けい!まだ何か策はあるはずじゃ!」

「そうですよ!ゆっくり考えましょう!」


 アレスは2人の間に割って入り、2人を宥めた。チョーカーもそれに同意した。しかし…


「アレス。そうも言ってらんねぇみたいだ…あの巨人そろそろ限界だぞ」

「!」


 アレスが視線を向けるとサイプレスと戦っていた岩の巨人の体に大きな亀裂が入り始めていた。もう時間がない…


「どう…するんだ?この場の誰か1人が死ぬか…それとも大勢の人が死ぬか…」

「…」


 カーデルの言葉にその場の誰しもが押し黙った。そこにアンリが手を挙げた。


「俺が突っ込むよ」

「!」

「アンリ、お前…!」

「別に死ななきゃ良いんだろ?この中で一番体が頑丈なのは俺だ」

「でもお前、魔力は…」

「へへ…はあああああ!!」


 ロカの指摘にアンリは気合を入れるとドン、という音と共に体の奥底から魔力を解放してみせた。彼は自身の体から立ち昇る魔力量で心配はいらないことを示してみせた。


「ただ力を貯めるのに時間がいるからみんなは時間を稼いでくれ!」


 その言葉の後にアンリの体はふわりと宙に浮いた。そして、宙に浮いたアンリをリザが呼び止めた。


「アンリくん。約束…覚えてるよね?」


 その言葉にアンリは強く頷くと言葉ではなく親指を立てて答えてみせた。そして…

 

「!」

バシュッ


 空気を切る音と共にアンリの体は天高く急上昇した。それを見たリザは全員に指示を出した。


「それじゃみんな!アンリくんが来るまで時間を稼ぐよ!」

「時間を稼ぐったって一体どうしたら…」

「とりあえず足止めさえできたらなんでも良い!行くよ!」


 そうしてリザ達はサイプレスに向け攻撃を開始した。全てをアンリに託して…


―――――――――――――――――――――――

(この辺か?)


 アンリが到達したのは地上から約10km、成層圏と呼ばれる場所で止まり、浮遊していた。

 酸素量がかなり少ないのかアンリは若干の息苦しさを感じていた。一般人であればすでに高山病を発症するか酸欠で意識を失う状況だが強靭な肉体を持つ彼だからこそ、息苦しい程度で済んでいる。

 アンリが自身の視力を待ってしてもほとんど見えなくなった戦場を見下ろしているとチョーカーが疑問をぶつけてきた。


「こんな上まで来て一体どうするんですか?」

「ここからアイツに向けて突撃するんだよ」


 アンリが立てた作戦は自身の全力の攻撃に更に上空からの落下のエネルギーを上乗せするというシンプルなものである。

 

「上手くいきますかね?」

「上手くやるんだよ。大丈夫!俺に任せろ」


 不安がるチョーカーを励ますとアンリはペンダントの先にある指輪を手に取った。

 5年前のあの日にモビーとマユから持ちだし、返せなかったものだ。


(マユ、モビー。これで最後だ。これが終わったらすぐにそっちに行く。だから、だからさ今だけ…力を貸してくれ)


 そう言って誓いを立てるようにアンリは指輪をギュッと握った。


「アンリさん!私も微力ながら力を貸しますよ!」

「おう!頼りにしてるぞ!」


 チョーカーに応えた後にアンリは気合いの声と共に身体中の魔力をかき集め、右腕に集中させた。

 黒い魔力が腕に集中、圧縮され、それが熱を浴び始めた。


「はああああぁぁぁぁぁッ!!」


 そして、ありったけの魔力を右腕に集めた後、サイプレスに急降下した。全身全霊の力をその腕に込めて。


―――――――――――――――――――――――

 アンリが急降下していく姿をリザ達が目にしたのはそれから数十秒も経たない頃だった。

 まず初めにカーデルがアンリの姿を捉え、声を上げた。


「来たぞ!!」

「全員離れて!」


 リザの声から飛び退くようにカーデル達がサイプレスとの距離をとった。そしてその一瞬後にアンリの拳がサイプレスに振り下ろされた。


絶滅の(チクシュルーブ)鉄鎚(インパクト)!!」

「グウゥ!!」

 ドグゥゥゥン


 凄まじい衝撃波と音が辺りに響き渡った。

 サイプレスはアンリの拳をバリアで防いだ。しかし、リザの読み通り、バリアが張られているのはアンリの攻撃を受けている方のみであり、それ以外は無防備だった。


「今だ!」

「!!」


 リザの声にその他の勇者達は一瞬の躊躇の後、今出せる全力の魔法をサイプレスに撃ち放った。


嵐の咆哮(テンペスト)!!」

極寒の弾丸(クワイエットバレット)!」

発射(ファイヤ)!!」

「…」


 リザや他の勇者が攻撃を仕掛ける中、ミリーは未だ攻撃に踏み切れずにいた。そんなミリーの背中をカーデルが叩いた。


「構えろ!何してんだミリー!」

「で、でも…!」

「アンリがやるって言ってんだ!アイツの決意を無駄にすんな!」

「…」

「ミリー!!」

「ううっ…わかった!」


 カーデルに発破をかけられミリーは彼に続き、身体中から魔力をかき集め魔力弾を作り出すとサイプレスに向け撃ち出した。


「グゥ!?」


 迫り来る攻撃にサイプレスは目を見開くとそちらにもバリアを張り、身を守った。しかし、その分薄くなってしまったバリアにはアンリの攻撃を耐えられるほどの強度はなかった。


ビキビキ!バリン!


 ガラスが割れるような音と共にバリアが砕け散った。バリアを貫いたアンリはそのまま一直線にサイプレスの胸にある傷に拳を叩き込んだ。


ドスンッ!

「グゥ!」


 しかし、その一撃はサイプレスの体を貫くまではいかず、ギリギリとサイプレスの体と競り合っていた。


「クソ!いけ!いけぇ!」

(くそ!あとちょっとなのに!)


 渾身の一撃を阻まれアンリの中に焦りが生まれていた。

 ここで倒せないと大勢の人が死ぬ。そんなプレッシャーがアンリを更に焦らせていた。


(計算が違った!思ったより体力が残ってなかった!)


 サイプレスは胸に魔力を集め、アンリを押し返していく。それを見たアンリは顔を大きく歪めた。それだけじゃなく更に力が抜けていった。


「ぐっ…もう…ダメだ」


 アンリの力が抜けそうになった瞬間…


“まだ、諦めるには速いんじゃない?”

“お前の力はこんなもんじゃないだろ?”

「!」


 そんな声が聞こえてきた。

 周りには誰もいない。

 でもどこか懐かしい。そんな2つの声。


「だ、誰だ?」

“お前ならやれる。気合い入れろ”

“一気に力を爆発させて!”


 そんな声に従ってアンリはさらに力を込め、もう一度、サイプレスと競り合いを始めた。

 競り合いに嫌気が刺したのかサイプレスが拳を構えた。しかし、そこにどこからか魔力弾が飛んできた。


「グゥ!」


 サイプレスがその方向に視線を移すとそこにはリザがいた。

 サイプレスの注意がリザに向いた瞬間に声が叫んだ。


“今だ!”

「うあああぁぁぁッ!!」


 その瞬間、アンリは力を爆発させた。その力が生んだ推進力によりサイプレスの体に大きな亀裂が入り始めた。そして、


バリン

「グ…ガ…」


 アンリはサイプレスの体を貫いた。サイプレスの胸に大きな風穴が開けられた。

 そして、その穴から大量の魔力が抜け始め、その体が灰色に染まるとボロボロと崩れ落ち始めた。


「やった…!うぉ…」


 その様子を見たアンリはニヤリと笑うと気が抜けたのかそのまま真っ逆さまに落ちていった。

 アンリが地面に落ちる前に飛んできたリザが受け止めた。


「アンリくん、無事かい?」

「いや…ちょっと気ぃ抜いたら身体中がちぎれそうだ」

「…!アンリくん、君、右腕…」

「ああ…ちょっと無茶しすぎたな…」


 アンリの右腕は今の先ほどの衝撃に耐えきれず、欠損してしまった。

 リザはアンリの具合を見るため彼の体を地面に下ろした。


「一旦下ろすよ?」

「ああ…すまん」


 カーデル達もその場に集まった。


「大丈夫か?アンリ!」

「アンリくん!」

「お前…右腕が…」

「なんとか止血はできてるみたいだ。でも危険な状態なことには変わりない」

「どうすんだ?俺たちじゃアンリに治癒(ヒール)かけらんねぇぞ」

「イヴを呼んでるからそのうち来ると思う。それまでなんとか…私たちでも出来る限りのことはしてみよう」

「いや…いい。大丈夫だから…それより…」


 息も絶え絶えになりながらアンリはリザ達を制し、フラフラな足で立ち上がると左手の親指を立ててみせた。


「な?ちゃんと帰ってきたし、勝ったぞ!さすが俺…だよな!」

「はいはい。わかったから安静にしなさい」


 青い顔に笑顔を浮かべながら勝利を宣言した。

 リザはそんなアンリの襟首を引っ張りその場に座らせた。

 ロカは思いを馳せるように空を見上げた。

 

「これで…終わったんだな…」

「うん。これで終わり」

「…」


 せっかく勝利したというのにロカ達は浮かない顔をしている。

 サイプレスに勝利すること。それすなわちアンリの処刑を意味する。そういう約束である。

 それを察してかリザは務めて明るい声をあげた。それにアンリも同調した。


「なに辛気臭い顔してるの。勝ったんだよ!みんなの未来を守ったんだよ!もっとテンションあげようよ!」

「そうだぞ!今はこれからのことより、『今』のことを喜ぼうぜ」


 それにミリー達は頷いた。


「そう…だね。勝ったんだ。私達…!」

「ウワッハッハッハ!そうじゃな!今はただ喜ぶとしよう!」

「ほら、ロカもカーデルも喜ぼうぜ?」

「くっついてくんな暑苦しい」

「離れろ」

「照れんなって〜思春期か?」

「「黙れ」」


 今度こそ手に入れた勝利にアンリ達は互いに喜びを分かち合った。

 念願の勝利。

 魔獣からの解放。

 これから訪れるであろう平穏な日々。

 そんなことを考えるだけで心が躍る。

 そこに一筋の影が差した。


「!」

「なんだそれ!?」


 突如としてリザの足元に魔法陣が出現した。突然のことに皆が目を見開き、呆気に取られる中、アンリがリザの元へ走った。


(これは封印術の…!) 

ドカッ

「きゃっ」


 アンリはリザを突き飛ばした。リザは無事に魔法陣から脱出できたもののアンリが彼女に代わるように魔法陣の中に入ってしまった。

 その直後にチョーカーが声を上げた。

 

「アンリさん!私たちも!」

「そうしてぇのは山々だけど、足が…」


 見るとアンリの下半身のほとんどが結晶のようなもので覆われていた。ただでさえアンリの体力は限界に近いというのもあり、アンリが懸命に足を動かそうとするがその足はピクリとも動かない。

 

「大丈夫!?アンリくん!…ッ!」

バチッ


 ミリーがアンリを魔法陣から引っ張り出そうと彼に手を伸ばしたが魔法陣によって弾かれてしまった。

 どうやら既に封印を止めることは不可能なようだ。


(もうダメかもな…)


 そう判断したアンリは鞘に入ったエルシルドを手に取るとリザに向けて投げつけた。

 アンリが投げたエルシルドはリザの足元に転がった。


「リザ!そいつ頼む!」

「!」

「そいつさえあればガルシアは大丈夫だ!多分!」

「え!?ちょっと!」

「あとすまん、みんな。約束守れそうにねぇや」

「待て!アンリ!」


 カーデルが声を上げた次の瞬間、アンリの全身を結晶が完全に覆いつくしてしまった。

 そして、その中のアンリは眠るように気を失っている。


「おい!嘘だろ!?アンリィィィ!!」


 カーデルの声が虚しくも空高く響き渡った。

 その日、アンリ・アンブローズは歴史から姿を消した。

 彼の名前が歴史上に現れるのはそれから250年後のことである。

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