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勇者(仮)  作者: 物書男
勇者の伝説
5/9

未来へ

「よし、準備はOKだ…!」


 夜明け前に目を覚ましたアンリはいつもの制服に着替え身支度を整えていた。そして壁にかけてある愛剣、エルシルドを手に取った。


「これが最後の戦いだ。よろしく頼むぜ相棒」


 エルシルドから返事はなかったがアンリにはなんとなく頷いてくれたような気がした。 

 成り行きで勇者になったとはいえ、エルシルドとはリザやイヴ、チョーカーと同じぐらい長い付き合いである。そんなエルシルドにアンリも感慨深さを感じていた。


「私も最後までお供しますよ!アンリさん!」

「おう!頼りにしてるぜ!」


 自分を忘れるなと主張するチョーカーをアンリが頷いているとドアが鳴った。


「アンリくん?起きてる?」

「おう!」


 アンリが返事を返すとリザが入ってきた。完璧に準備を整えたアンリを見てリザは強く頷いた。


「よし、準備はいいみたいだね。それじゃあ…」

「あ、ちょっと待ってくれ」


 決戦の場に向かうよう促そうとしたリザを遮り、アンリはベットの脇に置かれたネックレスに手を伸ばしてそれを首にかけた。

 昨晩リザから渡された物だ。


「よし、これで完璧だ」


 うんうんと何度も強く頷くアンリをリザは見守り、声をかけた。

 

「さ、アンリくんも早く行った方がいい」

「あれ?あいつらもう行っちまったのか?」

「うん、ちょっと前にね。イヴも救護団と合流して各地で怪我人を治療して回ってるはずだ」

「そうか。それじゃ俺も!」


 そう言ってアンリ達は外へ出た。あれこれ準備しているうちに東の空が若干明るくなってきている。ついにこの日が来たのだとアンリの目に覚悟の火が灯った。


「そういえば国王陛下達は?」


 作戦では各国すべての一般の国民は大陸の中心に避難し、王族はリザの家で警護される予定である。

 しかし、その王族達の姿は今のところない。


「そのうち来るよ。君たちと入れ替わる形でね…」


 うんざりしたようにリザが答えた。基本的にリザは王族を嫌っている。リザの立場上、何度か王族に謁見する機会があるのだが、その度に興味もない自慢話や他の国の王族、貴族の愚痴を聞かされているのだ。

 そんなリザを見てアンリは明るい声をかけた。


「大丈夫だって!すぐにぶっ飛ばしてくるからさ!」


 自信満々に親指を立てるアンリにリザは思わず笑みをこぼした。


「頼んだよ。アンリくん」

「うっし!それじゃ、行ってくる」


 アンリは構えると地面を強く蹴り、空へ飛び立った。空歩である。

 徐々に加速して決戦の地に向かうアンリをリザは静かに見送った。


―――――――――――――――――――――――


 アンリがしばらく飛んでいると通信機からノイズ混じりのリザの声が聞こえてきた。


『あ、あー。こちらリザ。みんな聞こえてる?』

「!」


 アンリは驚きつつも通信機を取り出し、アンテナを伸ばすとボタンを押して通信に出た。


「こちらアンリ。聞こえてるぞ」


 アンリが答えると他の者も次々にリザに返事を返した。


『こちらアレス!聞こえとるぞ!』

『き、聞こえてます!』

『聞こえてるぞ』

『同じく』


 全員から返事が届き、リザは満足気に声をかけた。


『よしよし。通信は良好だね。みんな決戦前に申し訳ないけど少し、時間をもらえるかな?』


 誰も答えなかった。それを了承と受け取ったリザは語り始めた。


『まず、作戦責任者でありながら戦線立てず申し訳ない。そしてこんな無茶な作戦を立てたこともね。作戦責任者が私でなければもっといい策を思いついただろうに…』


 誰も何も言わなかった。リザの立場の難しさを全員が知っていたからだ。

 最強の魔導士で、魔導局の局長。彼女の背負っているものは24歳という若さの彼女にはあまりに大きくすぎるものだ。 

 そんな絡み付くようなプレッシャーに押しつぶされることなくリザは今の今までアンリを導いてきたことを勇者達全員が知っているのだ。


『こんな大変な時期に勇者になったことを後悔している人もいると思う。それでも勇者となってくれたこと私を信じてくれたことに心から感謝する…本当にありがとう。』


 一息間をおいてリザは言葉を繋いだ。


『人間かサイプレスか勝った方が明日を迎えることができる…勝つよ!みんな!!』

『おう!!』


 今度は全員がリザの声に応えた。

 

「絶対ぇ勝つ!そのための5年間だったんだ…!」


 そう強く誓ってアンリはさらに加速して決戦の地へと向かった。


―――――――――――――――――――――――

ガルシア・ハテノン荒野

「ん!あいつか!」


 リザから連絡がきてからしばらく、アンリの目はサイプレスの姿を捉えた。

 背中に無数の穴が空いたカエルのような生物。何十メートルもあるその巨体は黒く染まり、体の至る所に走る赤色のラインがただでさえ不気味な見た目をさらに煽っていた。

 明らかに魔獣と違う雰囲気にアンリは息を呑んだ。


「カエル…か」

 

 サイプレスは5体それぞれが生き物を模した姿をしており、さらにはそれぞれ違ったギアを持ち合わせている。

 虎型は風を、亀型は火を、ムカデ型は複数の強力な毒を、カエル型は驚異的な再生能力を持つ。そして最後の人型は強力なバリアで身を守る。


「カエルってことは超再生…ですよね?」

「ああ。こりゃ厄介だな…行くぞ!」


 気合い一閃。そんな緊張感を振り払うようにアンリは声を張り上げた。チョーカーがそれに返事をするのと同時にアンリはサイプレスに向かって急降下した。


(まずは小手調べだ…!)

「はっ!」


 アンリはサイプレスの顎下へと周るとその顎を蹴り上げた。

 バギィッと凄まじい音とともにアンリの怪力に襲われたサイプレスの体は抵抗もできずに海老反りとなった。

 そして、ガラ空きになった腹の部分にすかさずアンリは追撃を加えた。

 

竜王の槍(トリケラ)!!」


 アンリから放たれた貫手による3連撃はサイプレスの胴体に大きな風穴をあけた。

 その様子を見てアンリはほくそ笑んだ。


(よし!技は通るな)


 しかし、その笑顔はすぐに消えた。一瞬にしてその傷が治ったのだ。


(この程度じゃすぐ再生されちまうか…だったら…!)


 アンリは一気にサイプレスの頭上に飛び上がった。

 魔導士が扱う治癒は繊細な魔力操作を必要とする。鍛え上げれば失った手足ですら再生することも可能である。しかし、たった一つ欠損すると治せない部位が存在する。それが頭である。

 もし、サイプレスの再生が治癒が同じ性質を持つのであれば…


「頭を潰せば終いだ!」


 アンリはサイプレスの頭に狙いを定めると拳を固く握り、そこに魔力を注ぎ込んだ。そして充分な量の魔力を注ぎ込むとサイプレスの頭に突っ込み、思いっきり拳を叩きつけた。


竜王の一撃(ティーレックス)!!」


 アンリが拳を振り下ろすとサイプレスの頭が地面に大きく叩きつけられ、ぐしゃりと潰れた。

 

(こいつで…なッ!)


 勝利を確信したが驚いたことにサイプレスはその傷すら治して見せた。驚異的な再生能力にアンリは目を見開いた。


「マジか…これでも再生するか」 

(俺たちの治癒とは根本的に勝手が違ぇみたいだな…) 


 アンリは忌々しげにサイプレスを睨みつけるその様子がおかしいことに気づいた。

 体の至る所に走る赤いラインが輝き始めたと思うと背中の無数の穴から怪しい赤色に染まったビームをアンリに向け打ち出してきた。


「!」


 アンリは身体強化と空歩を掛け合わせ高速で移動することでそのビームをかわした。アンリに当たるはずだったそれは地面を大きく削り取りながらアンリを追った。

 

「うわ…すっげぇ威力だ。当たったらヤベェな」


 アンリは更に加速すると高速で動くアンリを捉えようと様々な角度から無数のビームが飛んできた。

 アンリは小さく舌打ちをするとその包囲網を掻い潜り、上空へ飛び立つことでサイプレスとの距離をとった。


「これじゃ近づきにくいな。仮に近づけたとしても、半端な攻撃じゃすぐに再生されちまう…」

「再生するよりも速く攻撃を畳み掛けらしかないですね…」

「いや、もっといい方法がある」

「え?」


 そう言ってアンリは腰に携えたエルシルドを引き抜くと、サイプレスに向けて構えた。

 特徴的な黒色の刃にサイプレスの姿が映った。


「めちゃくちゃ強ェ一撃であいつの体を粉々に吹っ飛ばす!」


 ガルシアに伝わる、伝説の武器『エルシルド』は伝説の武器たる所以がある。それは武器であるにも関わらずギアを所持することである。しかし、そのギアの発動するには真にエルシルドに認められる必要がある。過去にそれができたのはアンリを含め4人のみ。

 そのためエルシルドは『意思を持った剣』とも称されている。

 そんなエルシルドのギアは…


実像分身(アバター)


 アンリが魔法を発動するとサイプレスの周りを無数の彼の分身が取り囲んだ。そして本体含め全てのアンリが剣に魔力を込めた。 

 エルシルドのギア、『実像分身(アバター)」はエルシルドの所有者の分身を生み出すことができる。しかし本人と同じスペックを持つことができるのは1体のみで2体以上作る場合は出した分身の数/1のスペックとなるが一発限りであれば『魔刃(トール)』を本体と同じスペックで打ち出すことができる。

 剣が黒く輝き始めるとアンリ達はその剣をサイプレスに向け振るった。


魔刃・全(トール・オールレンジ)!!」


 四方八方から同時に放たれたアンリの一撃。その一発一発が5年前より威力を増したものになっている。

 しかしサイプレスも黙っていない。それらを撃ち落とそうと再度、背中から無数のビームを放った。だが…


「もう間に合わねぇよ」


 アンリの魔刃は強力なビームにも撃ち落とされることなくそれらを打ち消しながら真っ直ぐにサイプレスに向かっていった。そしてサイプレスの巨体は黒い塊に飲み込まれ、巨大な爆発を起こした。


 ドゴオオオオン 


 爆発に巻き込まれたサイプレスの体は粉々に吹き飛んだ。

 アンリが爆心地に降り立つと、その場にサイプレスの破片が飛び散っていた。しばらく様子を見ていたがそれらの破片はピクピクと震えるだけで再生する様子はない。


「やりましたね!アンリさん!」

「ああ。これで終わりだ」


 アンリはエルシルド鞘に収めて一息ついた。さっきの一撃で魔力を使い切ったのか全ての分身が消滅していた。


「皆さんに連絡を入れときますか?」 

「そうだな…一応入れておこう」


 アンリはバックの中から通信機を取り出すとアンテナを伸ばしボタンを押して通信機を起動させた。


「もしもーし。誰か聞こえるか?」

『こちらリザ。大丈夫。聞こえてるよ。その様子だともう倒したみたいだね』


 先に出たのはリザだった。他の勇者が出なかったことにアンリは一番乗りを確信しニヤリと笑った。


「この様子だと競争は俺が一番か?」

『いや。残念ながら君は2番だ』

「え?じゃあ誰が…』

『私だ。アンリ…』


 2人の会話に割って入るようにロカからの通信が入った。その声はどこか疲れの色が感じ取れた。


「大丈夫か?ずいぶん疲れてるみたいだが…」

『ふん。年甲斐もなく…暴れすぎただけだ。問題ない』

『これであとはカーデルくん、ミリーくん、そしてアレスくんだけだね』


 リザは返事がない他の3人を名前を挙げた。連絡がつかないところをみるとまだ戦っている最中なのだろう。


『よし、アンリくんとロカくんはこれから他3人の救援に向かってくれ。』

「了解」

『了解しました』


 2人はリザの命令に返事を返すと通信を切った。

 一連の様子を見ていたチョーカーがアンリに話しかけた。


「では近いですし、カーデルさんのところに行きましょうか!」


 チョーカーはアンリを催促するように声をかけたがアンリはそれを制止した。


「ちょっと待ってくれ。行く前にサイプレスの残骸をなんとかしておこう。また再生されるかもしれないし」


 そう言ってアンリはバラバラになったサイプレスの遺体に視線を移した。破片となった遺体はまだビクビクと動いており、そこにはまだ命があることを物語っていた。

 アンリの提案にチョーカーも納得したようでその提案に同意した。


「そうですね!それじゃあチャチャッと終わらせてカーデルさんを助けに行きましょう!」

「おう!」


 そうしてアンリは残骸の始末を始めるのだった。

――――――――――――――――――――――

タンドル・ファルト平原

 アンリがサイプレスを倒す少し前、ミリーはようやくサイプレスを発見した。しかし、すぐに戦闘を始めるわけではなく荒い息をしながらサイプレスを見ていた。

 ミリーが対峙しているサイプレスはアンリが対峙したものとは違い、巨大なムカデのような見た目をしていた。ただ黒に赤色のラインの入った体だけは共通していた。

 サイプレスと戦わなければいけないことはわかっているしかし、ミリーは足がすくんで動けないでいた。


(すごく怖い…でも…)


 ミリーは目を閉じて昨日のことを思い出していた。あの重苦しい空気と雰囲気。それは今日の決戦を怖がっているのはミリーだけではないことをを示していた。


(みんなそうなんだ…みんな怖がってた。でも立ち向かってる。怖いのを我慢して1人で立ち向かってるんだ。私が私だけが逃げるわけにはいかない!)


 ミリーは左腕につけた着衣型魔動兵器(サンダルフォン)に触れて唱えた。


「変…身!」

 

 左腕につけた機械が光輝き、ミリーの体を包み込んだ。そして、ミリーの頭をのぞいて体全体を白を基調とした戦闘服に身を包まれた。

 そして変身の仕上げとして…


「フェイスオン!」


 ミリーの顔全体がヘルメットに包まれた。これにて変身完了である。

 ミリーが開発した着衣型魔動兵器(サンダルフォン)は変身者の身体能力を飛躍的に上昇させる効果を持つ。

 さらに…


「時間はかけてられない。一気に倒す!」


 ミリーはさらに左腕の機械に触れた。


限界突破(リミットオーバー)!!」


 ミリーが唱えると着衣型魔動兵器(サンダルフォン)はさらなる変形をした。『キュィィィン』と音を立てながら身体中に青色のラインが走り、別の姿へと返信を遂げた。

 限界突破(リミットオーバー)を使用すると一時的ではあるが上昇した身体能力をさらに引き上げることができる。その身体能力は悪魔(アンリ)に並ぶ。


「行くよ!」


 ミリーはサイプレスの頭上は一気に飛び上がって、蹴りの構えをとった。

 ミリーの出す強烈な殺気に気づいたのか、サイプレスはミリーに向け攻撃を仕掛けた。迫り来る大顎。しかし、ミリーは構わずにサイプレスに突っ込んだ。


炎の神罰(アポロン・ストライク)!!」


 急降下しつつ放たれたミリーの強烈な蹴りとぶつかったサイプレスの体はみるみるうちに砕けっていった。


「ハァァァァァ!!!」


 そして、ついにサイプレスの体を突き破った。

 ミリーは着地すると追撃を仕掛けようとすぐに身構えた。しかし、頭を吹き飛ばされたサイプレスは力なく倒れていた。

 自身の勝利を確信しミリーは空に高々と腕を振り上げて叫んだ。


「私の勝ち!」


 ミリーは変身を解くとその場に倒れ込んだ。限界突破(リミットオーバー)は使用者の体力を大きく消耗するのだ。

 大きく息を吐くようにミリーは呟いた。


「みんな…はぁ…やったよ…」 


 か細く掠れたその声は吹き抜ける風の中に消えていった。


―――――――――――――――――――――――

ナリア・クーパーの大森林 

 時間は少し巻き戻り、アンリからの連絡が入る少し前、ロカとサイプレスは睨みあっていた。互いに視線は一切外さない。ただ肌がビリビリと痺れるような殺気をぶつけ合ってた。


(あの姿は虎…か?)


 ロカが対峙したサイプレスは黒色の体をした巨大な虎のような見た目をしていた。縞模様の部分は赤く染まっており非常に不気味である。

 そんな怪物を前にしてロカはニヤリと不敵に笑って見せた。


「競争をしているんでな。悪いが一瞬で終わらせてもらうぞ」


 ロカは体の奥底から魔力を練り上げ始めた。すると、ロカの足元に薄く氷が張り始めた。


「見るがいい。これが極地に至った魔導士の大魔法だ…」


 ロカはそう言い放つと溜め込んだ魔力を一気に解き放った。


解封(かいほう)


 解封(かいほう)。それはギアを極めた者が辿り着ける魔導士の最高戦術である。その力は黒から白に戦局を塗り替えることができると言われている。

 中でもロカ・プラムの解封(かいほう)は強力無慈悲な効果を持つ。


「絶対領域"零"」


 ロカの足元の氷が瞬く間にサイプレスを包み込んだ。その刹那にサイプレスは巨大な氷の像となった。

 ロカの解封(かいほう)は一定の領域を指定し、その中にいる自分以外の全てを問答無用で氷漬けにする。そこに、敵味方の区別はない。

 ロカはサイプレスに歩み寄るとその氷に手を触れた。そして切り捨てるように言い放った。


「砕け散れ」


 するとガラガラと音を立ててサイプレスの体ごとその氷が砕け散った。正しく一撃必殺…


「ま、年長者なんだこれぐらいの格好はつけないとな」


 サイプレスの残骸を冷たい視線を向けると、大きく白い息を吐いた。


―――――――――――――――――――――――

ウォールグラード・ルル火山

 ロカがサイプレスを倒した頃、アレスの戦いも佳境を迎えていた。


「わっはっは!!食らえ食らえ!」


 豪快に笑いながらアレスは腕から生やした大砲をサイプレスに撃ち放っていた。

 アレスのギアの名は『大砲(タンク)』体の至る所から大砲を生やし魔力弾を撃ち放つことができる。

ドゴーンドゴーン

 アレスから放たれた魔力弾はサイプレスの体に着弾したが効果は薄いようだ。それでもアレスは笑いを止めなかった。


「ぶわっはっは!!見た目通り。なかなか硬いやつよ!のぅ亀公」


 アレスに返事をするようにサイプレスは口から炎を放出した。アレスは体に魔力を纏わせることでそれに耐え切った。

 

「この程度、釜戸の熱に比べたら火遊びじゃな」


 炎を振り払うとアレスはまたもニヤリと笑った。しかし、あることに気づいた。


「ぬぅ!?わ、ワシの髭が!」


 アレスの立派に蓄えられた髭がサイプレスの炎によって焼け落ちてしまったのである。

 アレス達ドワーフの男にとって髭とは誇りの塊である。何十年もの間毎日、髭のケアを怠らず我が子のように育てていくのだ。ドワーフの中には命よりも大事なものと言うものも少なくない。

 そんな髭をアレスは失ってしまったのだ。


「ぐっ…ふっ…はっはっはっは!!やってくれたのう亀公!!褒めてやるぞ!」


 しかしアレスはそんな状況でも豪快に笑って見せた。そして大砲となった腕を元に戻し構えた。


「褒美に見せてやるぞ、亀公。わしの本気というものを!!」


 そう叫ぶとアレスは思いっきり地面を殴りつけて唱えた。


解封(かいほう)!!」


 アレスもまたロカと同じく解封(かいほう)を発動した。アレスの解封(かいほう)は簡単に言えばギアの能力範囲の拡張である。即ち、ギアの効果を自分以外のものに及ぼすことができる。

 アレスの周囲の地面に魔力が走ると砂が石が岩が地面が分解され別の形へと再構築されていく。

 そしてそれらはアレスの身長の3倍ほどの大きさの砲台へと変わっていった。


「ふっふっふ。完成じゃ…!」

 

 アレスは完成した大砲を両手で抱えると砲口をサイプレスへ向け照準を合わせた。キュイイインと音を立て光りながら大砲に魔力が充填されていった。


「魔力充填完了!照準ヨーシッ!!」


 アレスが解封で作り出した大砲は大砲内で大量の魔力を蓄積し、弾丸を超高速回転させながら打ち出すことでどんな対象をを貫く。

 その名も…


魔力超加速砲(レールガン)!!」


 引き金を引くとほぼ同時にサイプレスの頭から尻にかけて弾丸が貫通した。弾丸のあまりの速度にそう見えたのだ。

 文字通り脳天から撃ちぬかれたサイプレスの巨体はぐらりと揺れ、ばたりと倒れた。その弾痕は高熱にさらされたためか少し皮膚や筋肉組織が少し溶けていた。

 その結果をアレスは満足そうに眺めた。

 

「う〜む。これぞ感無量、と言ったところか!ガッハッハ!!」 


 戦場となったルル火山にアレスの高笑いが空高く響いた。


―――――――――――――――――――――――

ガルシア・ハテノン砂漠

「これで最後だ!」


 バシュッとアンリが魔力弾を放ちサイプレスの残骸を粉砕した。これでサイプレスが再生することもないだろう。


「やっと終わりましたね!アンリさん」

「ああ。なかなか骨が折れる作業だったよ」


 そう言ってアンリは少し疲れた様子で肩を回しているとアレスから通信が入った。


『もしもし!こちらアレス!誰か聞こえとるか?』

「うお!」


 アンリは少し驚いたがすぐに通信機を取り出してアレスに返事を返した。


「こちらアンリ。聞こえてるぞ。どうした?」

『おー!アンリ!バケモンを倒したぞ!ワシは何位じゃ?』 

「ロカ、俺に続いて3位だな」 

『なんじゃと!?』

『こちらミリー。サイプレスを倒したよ』

「お、ミリー。こりゃ誰が勝つか分からなくなってきたな」

『後はカーデルのやつだけか…ふっふっワシが一番乗りするとしよう!』

『私も負けない!』


 そう言って2人は通信を切った。完全に出遅れたアンリは焦りながら空に飛び上がった。


「こうしちゃいられねぇ!行くぞチョーカー!国王陛下に願いを叶えてもらうのは俺たちだ!」

「はい!」


 そうしてアンリはアダライティアへ向かった。

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