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勇者(仮)  作者: 物書男
勇者の伝説
3/9

EP1 その日

 あれから5年。ついに決戦の日の前日を迎えたアンリはというと。


「グゴーグゴー」


 呑気に眠りこけていた。ここはリザの屋敷の2階に設けられたアンリの自室。8畳ほどの広さの部屋にベットやタンスといった家具が置いてあるだけのシンプルな部屋である。

 そんな部屋でアンリは昼食を摂った後、昼寝に勤しんでいた。窓の外は日が傾きかけ、夕方になろうとしていた。

 すると、コンコンと部屋の戸が鳴いた。そして続けて女性の声が聞こえてきた。


「アンリくーん起きてー」

「ぐー」


 しかし、アンリにはその声が聞こえてないようで戸を開けるどころか目を覚ます気配すらなかった。そんなアンリに痺れを切らしたのか女性がドアを開けた。


「アンリくん入るよ?」


 部屋に入ってきたのはこの屋敷の主人にしてアンリの師匠にして最強の魔導士、リザ・サルビア・レオナルドだった。

 リザは白い髪を靡かせながらベットに近づくとその赤い瞳でアンリを寝顔を覗き込んだ。


(かなり寝入ってるねこりゃ)


 そう判断したリザはアンリの肩を揺らし彼を起こそうとした。


「ほら!早く起きて!他の勇者ももう来てるから!」


 かなり激しく揺らしたがアンリに起きる気配はない。


(仕方ない。少し手荒にやろう)


 するとリザはアンリの首に巻かれているチョーカーに目をつけ、話しかけた。


「チョーカーくん」

「は、はい!マスター!おはようございます!」


 アンリと共に寝入っていた。チョーカーを強制的に起こすとリザは彼に指示を出した。


「アンリくんを起こしてくれるかな?」

「はい!かしこまりました」


 元気よく返事をするとチョーカーはグイッとその拘束を強めた。


「グエッ!」

 

 いきなり首が締まったことでアンリの気道が塞がり、苦しげな声を上げ、彼が目を覚ました。それと同時にチョーカーも締め上げる力を緩めた。


「おはよう。アンリくん」

「ゴホッ、ゴホッ。ああ、おはよう。最高の目覚めをありがとう。リザ、そしてチョーカー」


 皮肉げに呟くと同時にアンリがベットから体を起こし、軽く体を伸ばした。


「今何時だ?」

「15時過ぎ」

「あ?遅刻じゃん大丈夫なのか?」

「だから君を起こしに来たんだよ!」


 まだ寝ぼけているのか素っ頓狂な返事をするアンリの頭をバシバシと軽くリザは叩いた。


「ごめんごめん悪かったからやめてくれ」

「全く」


 リザはアンリの頭から手を離すとやれやれと言わんばかりに腕を組んだ。そんなリザを見てアンリはベットから降りた。


「あいつらは?もう来てんのか?」

「だからもう来てるってば。君待ちなの!みんな!」

「あれ?そうなの?」

「はぁー」


 遅刻しているというのにまるで意に介していないアンリの様子を見てリザは大きくため息をついた。


「君ってば緊張感ってものがないよね?向こうはお通夜みたいな雰囲気になってるんだよ?」


 リザの屋敷には現在、アンリ含め5人の勇者が集まっている。その目的は明日に控えたサイプレスと呼ばれる怪物を退治するための作戦の最終確認のためである。初代勇者ですらなしえなかった大業を成そうとしていることもあって勇者たちが集まっている屋敷の大広間は現在とんでもない緊張感に包まれていた。

 リザがアンリを起こしにきたのもそんな緊張感から脱する目的もあるのだろう。


「俺たちでやるわけだからそんな緊張しなくてもいいだろうに」


 どこからそんな自信が湧いているのか、アンリはストレッチをしながら答えた。5年前とは違い逞しく鍛え上げられたその肉体が彼をそうさせているのかもしれない。

 一通りストレッチを終えるとアンリは『ヨシ!』と声を上げた。


「準備完了!さ、行こうぜ!」

「はいはい、ほら早く出て」


 アンリの部屋を出て、1階にある大広間の扉の前に来るとその扉から異様な気配を感じた。中の4人の緊張感が扉から流れ出ているようだった。アンリはそんな扉を勢いよく開けた。そして開口一番に謝罪の言葉を述べた。


「すまん!遅れた!!」

「うひゃあ!」


 部屋の中に満ちていた緊張感を吹き飛ばすような声量に1人の女性が声を上げ地震から避難するように机の下に潜った。

 部屋の中にいたのは4人の勇者とリザの従者であるイヴの5人だった。先ほど机の下に潜った女性以外の全ての者が一つの長机を囲って席につき、アンリの方に視線を向けていた。

 すると、1人の男が席を立ちアンリたちに近づいた。アンリより2回りほど大きな体は深い毛で覆われた二足歩行する狼のような見た目の男。名をカーデルといい獣人の国『アダライティア』の勇者にして第三王子である。そんなカーデルはアンリの前に立つとニヤリと笑った。


「相変わらず威勢がいいなぁ。ぐっすり眠れたみてぇじゃねぇか」

「おう!お陰様でな」

「うっし。じゃあ早速喧嘩しようぜ」


 カーデルは血の気が多く、何よりも喧嘩を好む男である。以前にアンリと殴り合いの喧嘩をしたことがあるがそれが楽しかったのか会うたびにアンリに喧嘩を売っている。


「嫌だよ。この前もしたじゃねぇか。今日ぐらい我慢してくれ」

「ああ?あんなんで足りるわけねぇだろ。ほらはやく表でるぞ」

「こら!やめなさい!喧嘩なら会議が終わってからにして!」


 リザがアンリとカーデルの間に入るとカーデルに指を立て注意した。すると彼は『仕方ねぇな…』と残念そうに呟くと席に戻った。

 カーデルが席に着くとその隣に座るドワーフの男の豪快な笑い声が部屋に響いた。


「ワッハッハ!流石の狼の勇者(フェンリル)もリザ殿には敵わんか!ハッハッハ!」

「ああ!?負けてねぇよ!今何を優先すべきか考えただけだ!」

「よいよい。実際ヌシは上司の指示に従っただけじゃからな」

「テメェ…!」


 ドワーフの煽るような口調にカーデルの目がギラつき始めた。今にも彼めがけて飛びかかりそうだ。それを察してかアンリがそこに割って入り、2人を宥めた。


「やめろってアレス。カーデルに限らず獣人族がそういうのにマジになるのは知ってんだろうが」

「おお!そうであったな。すまんな!カーデル」


 アレスと呼ばれた男はアンリに指摘されカーデルに謝罪した。獣人族は戦いに勝つことを誇りとする種族である。そしてそんなカーデルは以前、リザに勝負を挑み、こっぴどく負けた経験があり、以降彼女に軽いトラウマを抱えているのである。

 しかし、アレス自身も悪気があったわけではない。ドワーフという種族には『名誉も不名誉も酒で洗い流す』という文化があり、勝負事に勝とうが負けようがうまい酒さえ飲めればそれでいいという考え方が主流である。

 そんな2人を見てアレスの隣に座る桃色の髪のエルフが『ふん』と鼻を鳴らした


「呑気なものだな。明日にはサイプレスと戦うというのにそんなことで喧嘩とは」


 そう言って澄み切った青色の瞳をアンリ達に向けた。そんな彼にアンリはおどけて見せた。


「それだけ俺たちが沸き立ってるってことだよロカ。な!2人とも!」


 そう言ってアンリは2人と肩を組んで見せた。アレスは『そういうことだ』とアンリに乗ったのに対してカーデルは未だ不服そうな顔をした。そんな2人を見てロカは一つため息をつくのだった。

 ロカと呼ばれたその男はエルフの国、『ナリア』の勇者である。彼のギアをもって『氷帝』という二つ名を持つ。また、現勇者たちのなかで最も長くその座に着いているため勇者たちでも彼を頼りにすることが多い。

 そんなロカに睨まれつついそいそと空いている席に着くとアンリは辺りを見渡し、役者が1人足りないことに気づいた。


「あれ?ミリーは?あいつも遅刻?」

「下だ」


 疑問の声を上げるアンリにロカは長机の下を指差しながら答えた。


「下ぁ?」


 ロカの言葉を信じ、アンリが机の下を覗き込むと小柄で赤毛の目立つ女性が頭を抱えながらガタガタと震えていた。彼女こそ現勇者の紅一点、ミリー・ペチュニアである。


「ミリー?何やってんだ?お前」

「わ!びっくりした…アンリくんか」


 アンリに呼びかけられ短い悲鳴を上げるとミリーは彼に振り向いた。

 ミリーは女傑の国『タンドル』の勇者であるのだが臆病な性格である。さらに、戦闘向きのギアを所持していない。しかし、そんな自分でも勇者になりたいと戦闘用のスーツ『着衣型魔動戦闘兵器(サンダルフォン)』を開発し、戦闘時にはそれを着用することで魔獣たちと戦っている。

 アンリはそんな彼女に手を差し伸べた。


「出れるか?」

「うん。ありがとう」


 ミリーが自分の手を掴んだことを確認するとアンリはミリーを机の下から引っ張り出した。するとガツンッと勢いよくミリーが机に頭をぶつけた。


「あいた!!」

「うぉ!すまん!勢い余っちまった。大丈夫か?」

「大丈夫。大丈夫…」


 ミリーはそう言って額をさすりながら机の下から這い出て席に座った。

 それを見たリザも席に着き口を開いた。


「これで役者が揃ったね」


 ようやく集まった5人の勇者を見渡し、リザがつぶやいた。さらにリザは話を続けた。


「今日集まってもらったのはご存知の通り、明日に迫ったサイプレス討伐作戦の最終確認だ」


 リザの声にアンリが頷いた。

 サイプレス。アンリたちが住む大陸に伝わる5体の伝説の怪物。初代勇者たちをもってしても倒すことはできず、五大国それぞれの端に封印された。しかしその封印も明日解かれることになっている。

 

「しかしリザ殿。もう何度も打ち合わせはしたでしょう?今更何を確認するんです?」


 会議の流れを切るようにアレスが声を上げた。

 それにリザが答える。


「いきなり明日の本番に行ってもらうよりも仲間の顔を見た方がみんなも安心すると思ってね。それに渡したいものもあるし」

「渡したいもの?」


 アンリが復唱するとリザがイヴの方をチラリと見て合図を送った。イヴはそれに頷くと足元に置かれた木箱を机の上に置いた。


「?なんだそれ?」

「通信機です」


 アンリの質問にイヴが答えると、イヴは通信機を全員に配った。

 箱型で手のひらに収まるほどの大きさで、本体の側面からアンテナが伸び、ボタンが一つついただけの無骨なデザインをした通信機を手に取り、アンリが眺めているとリザがその使い方を説明し始めた。


「使い方は簡単。しっかりアンテナを伸ばして、ボタンを押しながら話すだけ。それだけでこの場にいる全員とどこにいても話すことができるよ。当日はそれを使って連携をとって欲しい」

「へーこんなものでねぇ」


 アンリが通信機を弄んでいるとそれにリザが忠告した。


「言っておくけどそれ金貨500枚の価値があるから気をつけてね」

「そんなものを戦場に持って行かすなよ!!」

「ま、嘘なんですけどね」

「おい!!」

「それでも貴重なものであることには変わらない。大事に扱ってよ?」

「はーい…」


 リザの注意を受けてアンリは机の上に通信機を置いた。

 リザは辺りを見渡した。


「他に質問がある人は?」

「じゃ、じゃあ私…いいですか?」


 か細い声を上げながらミリーが手を挙げた。それを見たリザが『どうぞ』と彼女に促した。


「リザさんは本当に今回の作戦に参加できないんですか?」

「うん。申し訳ないけど…無理だね。私は王族たちを守らないといけないからね」

「そう…ですか…」


 ミリーの顔が一気に不安の色に染まった。彼女としては保険のようなものが欲しかったのだろう。仮に自分が負けてもリザがいるという保険が。

 そんなミリーの不安をかき消すようにリザが声を上げた。


「大丈夫だよ!君達なら勝てる。そのための5年間だったんだから!」

「でも…私…」


 しかし、ミリーの顔色は変わらない。


「なぁ、リザ。もし俺が最初にサイプレスを倒したらさ他のところに助けに入っていいのか?例えばロカとかのとこに」

「なんで私を槍玉にあげる」

「もちろん。そのための通信機だからね」

「じゃあさ、こうしようぜ!サイプレスを2体以上倒したヤツに国王様達からなんでも願いを叶えてもらうってさ!」

「ははは!なんでもか!大きく出たな!アンリ!」


 アンリの提案にアレスは豪快に笑って見せた。そんなアレスにアンリがニヤリと笑った。


「王様なんだ。そのくらいはできるだろ」

「ふははは!いいぞ!ワシは乗った!」

「俺もだ!何体でもぶちのめしてやるよ!」


 カーデルも乗り始め、3人で盛り上がっているところにリザがため息と共に横槍を入れた。


「一応聞くけどその提案を誰が国王陛下に話すの?」 

 何となく察しているようだが念の為と言わんばかりにリザがアンリに尋ねた。

 その質問にアンリは答えた。


「それはさ、ほらリザの局長権限的なやつでさ…」

「「「よろしくお願いしまーす」」」


 カーデル、アレス、アンリの3人が同時にリザに向かって頭を下げた。リザは呆れたように頭を抱えた。しかし、リザはアンリの提案を了承した。


「わかった…各国の国王陛下には私が進言してみるよ。ただしあんまり期待しないでよ?」 

「よっしゃ!」


 アンリは黄色い声をあげるとミリーに視線を向けた。


「サイプレスは5体しかいねぇからな。一番早く自分の持ち場のヤツを倒さねぇとミリーの願い、誰かに取られちまうかもなぁ」


 アンリの煽りにミリーはムッと顔をしかめるとアンリを指差し、宣言した。


「一番早く倒すのは私!アンリにも他の人にも絶対に譲らない」

「へへ。そうこなくちゃ」


 ミリーの挑発にアンリは不敵に笑って見せた。


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