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勇者(仮)  作者: 物書男
黒き悪魔の復讐譚
2/9

EP0悪魔、その原罪(下)

 気がつくと俺は誰もいない、ただ暗いだけの空間に立っていた。


「どこだ?ここ…」


 辺りを見渡しても何もない。ただ広く暗い空間。どうしてこんな所にいるんだ?俺は…

 確か俺は勇者を殺して…それから…

 俺はここに至るまだのことを思い出そうとすると俺の後ろから人の気配がした。


「誰だ!?」


 振り返るとそこに立っていたのはマユとモビーだった。何でこんなところに?というか生きてたのか!

 嬉しさのあまりこぼれかけそうになっている涙を堪えながら2人に近づいたが、いくら歩いてもその距離は一向に縮まらない。俺自身がまるでその場で足踏みをしているようだ。


「あれ?何でだ?」


 歩く足を速め全力で走っても2人との距離は縮まらなかった。


「くそ!何でだよ!!」


 2人に近づけない謎の現象と悪戦苦闘していると気づけば2人が俺に背を向けて歩いているのが見えた。俺は思わず叫んだ。


「待ってくれ!マユ!モビー!俺も…俺もそっちに!」


 しかし、いくら叫んでも2人は俺に目もくれず歩き続けている。そして俺の視界が徐々ぼやけ始めた。歪みがひどくなる景色と2人に手を伸ばし俺は声を張り上げた。


「待って!」


 親に置いていかれそうになった子供のような情けない声をあげて俺は冷たい床の上で目を覚ました。どうやらさっきの光景は全て夢の出来事らしい。


「…!」


 体を起こし辺りを見渡そうとしたが体が持ち上がらない。そこで俺は両方の手足を鎖で繋がれ、大の字に床ではなく壁に張り付けられていることに気づいた。 ここは牢屋の中らしい。夢といい、今の状況といい、最悪な目覚めだ。

 目が覚めたことで俺は徐々にここに至るまでの記憶を甦らせることができた。

 確か俺は勇者を殺したあと、その首を持ってこの国の中心にある王都、『アルテン』まで走って…そこの門番をしていた魔導士に自首して…それから…そうだ、取り調べの最中に気絶したんだ。ヒイロから受けたダメージがデカ過ぎて…

 俺はできるだけ首を動かして自分の体の状態を確認した。服はズボンをのぞいて全て剥ぎ取られていたため簡単に自分の体の様子を確認できた。

 まだ、かなり痛むがどうやら出血は収まっているようだ。あれほどの傷がここまで治るのにかなりの時間がかかっているはずだ。おそらく寝ていたのは一週間ぐらい…いやもっとか?

 そんなことを考えていると牢屋の外から声と足音が聞こえてきた。1人じゃない…2人の女の人か?声的に…誰かに会いに来たのか?


「あ。いたいた。ここだここだ」

「…?」


 声の主達がが俺の牢の前で止まった。どうやら俺のお客さんらしい。俺が視線を上げるとそこには予想通り若い2人の女の人が立っていた。

 1人は丈の長いスカートのメイドを服を着て、片方の女の人の一歩後ろに立っていた。そしてその片方の女の人は片手に鞄を持ち、腰まで伸びた白髪にリンゴのような赤い目でこちらを見ていた。俺はそんな2人を見て警戒していると白髪の方が口を開いた。


「おお!本当に魔力を持っているねぇ。イビレンターだろ?君」


 好奇心を纏った赤色の視線が俺に刺さる。魔力感知を使えるところからおそらく魔導士だろう。取り調べの続きでもしに来たのか?前はおっさんだったけど非番か?


「あんた誰だ?前に取り調べをした魔道士の人とは違うみたいだが」

「おっと、コレは失礼。まずは挨拶が必要だったね」


 そう言って格子から一歩退くと白髪は自己紹介を始めた。


「私の名前はリザ。リザ・サルビア・レオナルド。魔導局の局長させてもらっているよ。そしてこっちの子はイヴ。私の付き人だよ」


 リザと名乗る白髪に紹介されたメイドはご丁寧にお辞儀をした。釣られて俺もお辞儀をした。縛られ、壁に貼り付けられた状態であるが。

 白髪の方…リザは魔導局の局長とか言っていたが…魔導士のトップってことでいいのか?

 こちらの探るような視線に気付いたのか、リザは笑って見せた。


「はは。そんなに警戒しなくてもいいよ?別に今処刑するわけじゃないし。ただ少し、例の件…君が勇者を殺した話を聞かせて欲しいのと私のお願いを聞いて欲しいってだけだから」

「話を聞きたいって…アンタあの勇者のなんなんだ?」

「うーん、そうだねぇ…簡単に言えば上司って言えばいいのかな?そこまで仲は良くなかったけど」

「…そうか。それでお願いってのは?」

「まぁ、そっちは後。先にこちらから質問をさせてもらうよ」

 

 そう言ってリザは鞄からバインダーを取り出し、それを読み上げた。


「アンリ・アンブローズくん。君が勇者ヒイロ・デルフィニウムくんを殺害したというのは本当かい?」


 どうやらバインダーに挟まっている紙はこの前の取り調べの内容の報告書らしい。おそらく彼女はその確認をしにきたのだろう。

 俺は素直に首を上下させた。


「ああ、本当だ」

「どうやって?」


 俺はできるだけ細かくリザに事件の一連の流れを説明した。話し終えると『なるほど』と呟いた。

 

「確かに報告書と一致しているね。それじゃあ次にどうしてヒイロくんを殺害したの?」

「アイツが俺の故郷のミルバを壊して、親っさん…俺の育ての親に大怪我を負わせて親友と妹を殺したから…その仇を取った」


 目に焼きついたミルバの惨状、そして2人の遺体の姿と鼻の奥に残る家と人が焼ける匂いがフラッシュバックし、奥歯を噛み締めた。胸の奥で何かが燃え上がるような気配を感じた。

 

「大丈夫かい?」


 そんな俺を見てリザは声をかけてきた。俺はすぐに返事を返した。


「ああ…大丈夫だ。続けてくれ」

「そうかい?じゃあ続けよう。仇を取ったということだけど、報告書には『売却目的で勇者の剣を奪おうとしたが勇者が抵抗してきたことが動機』とあるけどコレは?」

「言った覚えがないな。そんなつまらん理由で人を殺せるほど俺の肝は座ってねぇよ」


 この前俺に取り調べをした魔導士はかなり俺の主張を捻じ曲げて報告書を作ったらしい。

 その後もリザの報告書に書かれていることを読み上げたものを俺が否定するという流れを何度か繰り返した後、リザはため息をついた。


「なんだいこれは?ほとんどが嘘じゃないか。全く適当な仕事して…」

「…あの魔導士はどうしても俺が100%悪いってことにしたいらしいな」

「正確にはあの魔導士というより大司教様だろうね」

「大司教?」

「そ。カタル教大司教、リリー・ハイドロ・デルフィニウム。君の取り調べの担当をした魔導士はかねてよりこの大司教様お抱えの魔導士なんだ」

「そういう魔導士もいるのか…ん?デルフィニウム?」


 聞き覚えのある名前が出てきたため思わず聞き返すとリザは頷いた。


「お察しの通り、君が殺したヒイロくんの養父にあたる人だね」

「…」


 …やっぱりそうか。だとしたら納得がいくな。自身の宗教の教義と息子を殺されたことで俺をどうやっても死刑、それも10:0で俺が悪いようにしたいわけだ。

 考え事をしているとリザの『さて』という声が響いた。


「話を元に戻そう。それで…」

「その前に聞いてもいいか?」


 俺はリザさんの話を遮ってしまったがリザは『いいよ』と快く答えてくれた。そして俺が今までで一番聞きたかったことを尋ねた


「ヒイロに俺を殺せって命令したのはアンタか?」


 さっきコイツは自分のことを勇者の上司だと言っていた。つまり、俺を殺すよう、勇者に命令した可能性がある。

 俺の問いにリザは首を横に振った。


「…確かに私はミルバに行けとは言ったけど、それは魔獣討伐のため。目撃情報が何件かあったからね。君を殺せとは命令していない」

「信用できねぇな」

「君の立場からしたらそうだね。でも私を信用して欲しい」

「…」


 まっすぐと銀の瞳が俺を見つめた。嘘をついているようには見えないが…信用してもいいのか? 


「それじゃあ…誰が俺を?」

「これは、私の推理になってしまうけど…君を殺せと命令したのはおそらくカタル教のリリー大司教だ」

「リリー大司教?」


 さっき話に出てきたやつか。確かにカタル教は俺たちイビレンターをひどく嫌っている。大司教はその親玉で勇者の養父…確かにリザよりも可能性はありそうだ。

 

「勇者達に直接命令を下せる権利を持つのは私の他に各国の王とカタル教の大司教。この中だと大司教が一番可能性が高いだろう?私を信用するかは置いとくしても」

「…まぁ、確かに」


 一応、納得はしよう。確かにその中だと大司教の線が濃厚だと思う。


「それに君を殺したところで信者でもない私にはなんのメリットもないしね」


 それもそうだ。とりあえずリザの可能性は限りなく0に近そうだ。


「聞きたいことはそれだけかい?」

「まぁ、とりあえずは」

「それじゃあ私から最後の質問だ。君の髪の毛と瞳の色は最初からその色だったかい?」

「どういうことだ?」

「いいから答えて」


 俺の疑問を遮ってくるリザの勢いに負けるように俺は質問に答えた。


「ああ、そうだよ。生まれた時から俺の髪は赤色で目の色は青だ」

「ふむ、そっか。じゃあ決まりだ」

「なんだよ。決まりって」

「イヴ、鏡は持っているかな?」

「はい、こちらに」


 リザさんはイヴから鏡を受け取るとそれを俺に向けた。そこに写った自分の姿に俺は目を見開いた。


「なんだよ…これ…」


 そこに映った自分の姿を見て俺は目を疑った。

 赤かった髪は墨で染めたように黒く染まり、目も髪と同様に黒く染まっている。顔の左側にあったアザも前見た時より大きくなっている気がする。


「どうなってんだよ…これ!」

「落ち着いて、説明するから」

 

 動揺する俺にそう言うとリザはイヴに椅子を持ってくるように頼んだ。しばらくするとイヴが椅子を二つ持って現れ、片方をリザの後ろに置いた。


「ありがとう。少し長話になるからね」


 リザはそこに腰掛けると『さてと』と前置きをして話し始めた。


「君はなぜ、イビレンターが差別されているか知っているかい?」

「ギアと魔力がないからだろ?確か神の祝福を受けていないからとかってカタルの奴らが」

「表向きはそうなっているね」

「表向き?」

「そもそもイビレンターというのは人種の名前なんだよ。今で言う人間や獣人族みたいにね。もちろんイビレンターというのは教会が勝手につけたものだから当時は全く別の呼ばれ方をしていたみたいだけど」

「どういうことだ?」


 リザは一呼吸置くと話し始めた。イビレンターの歴史とその原罪を。


「400年近く前になるかな?今みたいにこの大陸が五つの国に統一される前、この大陸は何十もの国に分たれていた。そして自国の領土を広げようと各地で国同士の争いが起きていた。そんな中、ある国が興った。その国の全ての住人は不思議なことに魔力もギアも持っていなかった。しかし、彼らには他の種族を圧倒するほどの身体能力を持っていた。彼らが今で言うイビレンターだね。ここでも分かりやすくイビレンターと呼ばせてもらおう。当時の彼らは他国を侵略、占領してはその国を別の国に高く売りつけることで財を成していた。金のために人を殺し、街を破壊する彼らを人々は恐れていた反面、金さえ積めば戦争を起こさずに自分たちの領土を増やすことができたことから国によっては彼らの存在をありがたがる国もあったんだ。しかし、そんな彼らに転機が訪れた。生まれてしまったんだ。魔力を持ったイビレンターの子供がね。その子供の髪と瞳は墨のように真っ黒だったそうだよ。ちょうど君のようにね」


 そう言ってリザは俺を指差した。さらにリザは話を続けた。つまり、俺はそのイビレンターと同じ現象が起きていると。


「そして、その子供が成長して、戦士となり戦争へ出向くとなんとたった1人でとある大国を滅ぼしてしまった。その知らせを聞いた当時の有力国たちはいよいよイビレンターに危機感を覚え、国同士で手を結びコレを滅ぼすことにした。いくら戦闘民族のイビレンターと言えど少数民族。数の力には勝てなかった。数ヶ月にわたって行われたイビレンター狩りによってイビレンターは絶滅したかに見えたけど、命からがら包囲網を脱し、生き残った者達がいた…」

「それが今の俺たちってわけか」

「その通り。少し脱線気味になってしまったけど君の髪と瞳が黒くなった理由は魔力に目覚めたからだ」

「そういうことだったのか…」


 なるほど。イビレンター達が過去にそんなことを…今のカタル教はおそらく、その被害にあった人たちが作った組織なんだろう。 

 そこで俺はリザが俺を不思議そうに眺めていることに気づいた。


「なんだよ?」

「いや。もっと動揺するものと思っていたからね。あまりに反応が薄いから少し驚いているだけだよ」

「ああ。そういうことか。まぁ、確かに今のイビレンターは悪くないわけだからカタルがやっていることは理不尽だとは思う。けど俺は近々処刑されるし、今更騒いでもしょうがないだろ?」


 今の俺の気持ちを率直にリザに話した。しかし、リザの返事は驚くべきものだった。


「いや、残念ながら君はまだ死ねない」

「!」


 俺がまだ死なない?何言ってんだこの人。

 …ああ、拷問とか受けてから処刑されるってことか?もしそうなら確かに俺が死ぬのはまだ先になりそうだ。

 リザの発言に驚いている俺をよそに彼女はさらに口を開いた。


「君にはやってもらいたいことがあるからね。少なくともそれが終わるまでは生きててもらうよ」

「なんだ?死ぬことで罪を償うんじゃなくて、生きて苦しむことで償えって話か?」

「いや違う。君は確実に処刑される。ただそれが今じゃないって話」


 うーん頭が混乱してきたな…いや待てよ。この人さっき俺にお願いがあるって言ってたよな?もしかして…?


「…そのやらせたいことがさっき言ってたお願いってやつか」

「その通り」


 正解と言わんばかりに彼女はピッと指を立てた。しかし、リザは『ただ、』と言葉を繋げた。


「ただお願いと言うより命令と言うべきかもね。君に拒否権はないし」

「なんだそりゃ」

「あはは。ごめんごめん。言い方が悪かったね」


 そう言って彼女は俺に謝った。まぁ、この際お願いでも命令でもどっちでもいいけど…


「それで?俺にやらせたいことって何だ?」

「それはね…」


 それだけ言ってリザは間を置き、口を開いた。


「君にサイプレスを倒してもらいたい」

「はぁ?」


 サイプレスというのは『勇者物語』という御伽話に出てくる5体の怪物だ。大昔に現れ大陸中を破壊し回ったそうだが当時の勇気ある5人の魔導士によって鎮められたという。ちなみにその5人は後に勇者と呼ばれるようになった。


「サイプレスは知っているかな?」

「そりゃあ、勇者物語は御伽話の定番だしな。名前くらいは…でも御伽話の中の怪物だろ?そんなのどうやって倒せと?」

「…それが実在するとしたら?」 

「!」


 リザの眼が妖しく光った。俺は彼女が纏う先ほどとは全く違う雰囲気に思わず息を呑んだ。そして彼女のその雰囲気が怪物の存在が嘘ではないと物語っていた。

 

「この国の東端にある、ハテノン荒野は知っているかな?」

「ああ、確か禁足地だろ?入ったら即牢屋にぶち込まれるって…」

「そう。5体のうち1体がそこに封印されている。ガルシアだけでなく他の国にも同じような禁足地があってね五大国にそれぞれ1体ずつ、その禁足地に封印されているわけだ」

「…当時の勇者たちは倒せなかったのか」

「あまりの強さにね。だからサイプレス達を封印するして、それぞれの国で管理することにしたのさ」

「封印されているなら俺が勇者になって倒す必要はないんじゃないか?」

「残念ながらそうはいかない。最近になって彼らにかけたその封印が近々解けてしまうことがわかったんだよ」

「そうか…」


 としか返せなかった。御伽話の怪物がが実在すると言われても、なんというか現実味を持てない。さらに、リザは話を続けた。


「作戦はこう。まず君を含め5人の勇者を私の下で鍛え上げる。そして5人で手分けして各個撃破する」


 実にシンプルだが、効率を考えるとそれが一番か…って待てよ。この人今5人の勇者って言ったか?勇者は五大国にそれぞれ1人ずついるわけだからヒイロは俺が殺したから現在4人のはず…まさか…!


「ちょっと待て!5人の勇者ってのはどういうことだ?」

「もちろん、最後の1人は君」

「はぁ!?」


 予想が当たり、思わず大きな声を出してしまった。

 皆から恐れられているイビレンターが勇者をやるなんて前代未聞だ。この女は本当に何言ってんだ!?


「そんなの…通んねぇだろ!それこそカタルの奴らが黙ってないはずだ」

「それが私にかかれば通っちゃうんだよねぇ〜」


 俺の反論にリザはあっけらかんと答えた。何か策があるようだ。俺は一応聞いてみることにした。


「…どういうことだ?」

「ん〜とね」


 リザは小さく唸ると、ニヤリと不敵に笑った。


「私が最強だからかな?」

「最強?アンタが?」

「そう。この世に存在する全ての魔導士の中で…ね」


 自身を最強と自称した彼女を見て頭がおかしいと思ったのか、それとも別の感情からかはわからないが、いずれにせよ目の前の女が只者ではないことは確かだと強く確信した。

―――――――――――――――――――――――

 リザが面会に来てから二週間ぐらい経った。『なんとかする!』と言い残して俺の前から消えた彼女だが、あれから一度も面会に来ることなく何の音沙汰もない。度々やって来る看守に聞いてみたが怪訝な顔付きの『知らない』の一点張りで、こちらからは何のアクションも起こせなかった。

 多分、イビレンターを勇者にすると色んなお偉いさん方に説得して周っているのだろうが、これだけ時間がかかっているということはかなり難航しているのだろう。

 

「!」


 そんなことを考えていると牢屋の外から足音が聞こえてきた。リザか他の魔導士か…しかし、俺はここで一つ違和感に気づいた。足音が明らかに多いのだ。2人どころではない少なくとも5人以上はいるような足音が辺りに響いている。そしてその音は俺の牢の前で止まった。

 顔を上げてその正体を確認すると、そこに立っていたのはリザではなく6人の看守たちだった。

 大きくため息をついた。しかし、その理由が『またお前らか』という飽き飽きとした気持ちからなのか、それとも『リザが来た』と少し期待した自分に対してなのかはわからなかった。


「そんな大勢でどうしたんだ?」

「…」


 看守たちは俺の言葉を無視し、牢を開け中に入ってきた。すると俺を壁から離した。


「どういうつもりだ?」

「来い」


 それだけ言って看守たちは俺を立たせ牢から出した。そして、その6人に取り囲まれるようにして俺は歩かされた。この時点で俺でも察しがついた。おそらく裁判所に連れて行こうとしているのだろう。俺を裁くために。十中八九死刑になるのだから意味ないと思うけど。

 しかしその予想は外れ、俺が連れて行かれたのは同じ建物の3階にあるとある部屋の前だった。ここで何するつもりだ?少なくとも良いことではないことは確かだ。


「入れ」

「うぉわ!」


 看守たちは部屋の扉を開けると俺をその部屋に押し込んだ。

 窓の一つもない、狭い部屋。壁についてる赤いのは…まぁ血、だよな。どう考えても。この部屋で何が行われているのかは簡単に想像はつく。

 そんな悍ましい部屋に似つかわない豪華な服を身に纏った男とその後ろにその男に似た服を着た二人組が部屋に立っていた。貴族が纏っている服とは違って修道服をさらに豪華に改造したような服を着た男を見て俺はこの男の正体に察しがついた。おそらくこの男こそがカタル教大司教、リリー・ハイドロ・デルフィニウムだろう。そしてその後ろに立っているのはボディーガードと言ったところだろう。

 

「リリー大司教。アンリ・アンブローズを連れて参りました」


 俺の傍に立っている看守の1人が声を上げた。どうやら俺の予想は当たっていたらしい。大司教はジロリとその看守を睨みつけると看守は俺を大司教の前に跪かせた。

 そんな俺を見て大司教は重々しく口を開いた。


「貴様か…」

「?」

「貴様が我が愛する息子ヒイロを殺したのか」

「…ああ。そうだ」


 嘘をついても仕方がないのでここは大人しく自分の罪を認めた。しかし、愛する息子だ?こいつ何の冗談を言ってんだ?

 すると大司教は自身の後ろに立つ1人のボディーガードに目をやった。そのボディーガードはスタスタと俺に近づくと俺の頬を思いっきり蹴りつけた。その衝撃で口の中に血の味が広がった。


「口の聞き方に気をつけるんだな…悪魔如きが」

「…」


 俺を蹴りつけた男が俺の髪を掴みながら脅すように声をかけた。

 そしてもう一人の方が一歩前へ出ると声を張り上げた。


「これより、アンリ・アンブローズの死刑を執行する!!」

「!」


 死刑?ここで?

 もっと広場のど真ん中とか大勢の前で行われるものだと思っていたがこんな場所でするのか。

 拍子抜けている俺をよそに男はさらに続けた。


「本来ならば100日の拷問の末、処刑するところをリリー大司教の御厚意により、拷問を飛ばし死刑のみとなった!」


 それを聞いた俺を蹴り付けた男が顔をズイッと近づけた。


「感謝するんだな」


 そう言って男は懐から小袋を取り出すとその中から巨大な剣が出てきた。アイテムボックスか。

 アイテムボックス。袋に設定されている一定の重量までならどんな量、大きさでも入れることができる魔道具。その利便性からかなり高価なものだ。あれだけデカい剣を納められるってことは普通のアイテムボックスより、かなり上位のものだろう。

 男は剣を高々と振り上げた。そして、リリー大司教が口を開いた。


「何か言い残すことは?懺悔くらいなら聞いてやろう」

「そうだな…じゃあ一つ訂正してもらおうか」

「…何だ?」

「お前は息子を…ヒイロを愛していないってな…!」

「何だと…!」


 俺は我慢できずに思わず心の奥に押し込んでいたものを口にした。こうなったら言ってやる…!言いたいこと全部!


「だってそうだろ?自分の手を汚したくねぇからヒイロにイビレンターを殺させたんだ。普通そんなことさせるか?愛している息子によぉ!」

「…」


 リリー大司教は黙って俺の言葉を聞いていた。髪を剃り落とした頭に青筋が立ち始めた。それに構わず俺は続けた。

 

「お前、ヒイロの実の父親じゃなくて養父らしいじゃねぇか。なんでヒイロを養子にしたんだ?答えは簡単だ。テメェの駒にするためだ。テメェの都合のいいよう洗脳じみた教育をしてな」

「貴様…!」

「俺もある人に拾われたから何となく分かるぞ。ヒイロのことがな。自分の恩人に恩を返したいって思ってただろうぜ?だからヒイロは勇者にまで上り詰めたんだ。お前はそんなアイツの気持ちを利用して自分の手を汚さないようイビレンターを殺させたんだ!さっきだってそうだ!俺が失礼な態度をとったからお前をコイツに俺を蹴らせたけど、本当はテメェにやる勇気がなかったからだろ!?」

「黙れ!」

「いいや黙らないね!テメェみたいな腰抜けが『大司教』なんてたいそうな肩書き持ってんじゃねぇよ!人の上に立てる器じゃねぇんだからとっととそんなもん辞めちまえよ!!」

「黙れ!!」

 

 リリー大司教は部屋の壁を震わせるほどの声を上げて肩で息をし始めた。しかし、そのまま俺を睨みつけると剣を持った男に命じた。


「はぁ…はぁ、やれ」

「は!」


 男は再度力を入れて剣を振り上げた。

 俺はリリー大司教を見上げ、口を開く。


「こんな時も人任せか。本当に綺麗好きなんだな?大司教やめて掃除屋に転職すれば?」

「…言いたいことはそれだけか」

「ああ…好きにしろ」


 そう言って俺は目を閉じ、運命を受け入れた。でも心残りが二つある。一つは親っさんの安否だ。マイズのおっさんに預けて以降、生きているのか死んでいるのかわからない。だが、親っさんのことだきっと生きているだろう。

 そしてもう一つはモビーとの約束を果たせなかったことだ。向こうに行けばめちゃくちゃ責められるだろうな…何て言い訳をしようか。

 …いやそもそも会えねぇか。アイツらは天国にいるだろうけど俺は間違いなく地獄行きだろうしな。

 そんなことを考えて俺は自分の人生の幕をひかれようとした瞬間に後ろの扉が勢いよく開け放たれた。というか凄まじい勢いで扉が吹っ飛んできた。


「その処刑、ちょっと待った!」


 こちらの重苦しい空気とは正反対の明るい女性の声が部屋に響いた。聞き覚えのあるその声に驚き俺が後ろを見るとそこに立っていたのはリザ・サルビア・レオナルドとその従者のイヴだった。おそらく扉を破ったのはリザの方だろう。性格的に。

 

「レオナルド殿…なぜここに?」

「これはこれはリリー大司教。手荒な入室をしてしまい申し訳ございません。そちらの彼に急用がございまして…」


 リザは大司教に丁寧に一礼をするとただ俺を示した。

 まさか、アレが通ったのか?


「この男に?」

「ええ、そうです」


 大司教はこちらに視線を向けると、リザは頷きながら俺たちに近づいてきた。


「この男をどうする気だ?」

「勇者になりサイプレスを倒していただきます。他の勇者とも協力してもらって」


 リザの発言にこの場にいる大司教側の全ての者が目を剥き声を荒げた。


「レオナルド殿!何を言っているのです!」

「勇者をこんな奴に!?」

「国王陛下がお許しになるはずが…」


 皆が口々にリザを批判する中、彼女はイヴに視線を移した。イヴは小さく頷くと手にしていた書簡をリザに手渡した。

 リザはそれを開くとその中身を読み上げた。


「えー、コホン。第12代勇者ヒイロ・デルフィニウム殺害の罪によるアンリ・アンブローズの死刑は5年後に延期するものとし、その間のアンリ・アンブローズの身柄は魔導局局長、リザ・サルビア・レオナルドが預かるものとする。また、アンリ・アンブローズを第13代勇者に任命する。第34代ガルシア王国・国王ルーラ・ピオニー・フォン・ガルシア」

「なに…!?」

「わかりませんか?つまりこれは国王陛下直々の勅令ということです。それも陛下のお印が入った」

「クッ!?」

「嘘だと思うならどうぞご確認ください」

「お印?」


 リザが書簡を読み上げると大司教たちはその内容に動揺し始めた。その内容が国王からの命令であることはわかったが、そのお印が入っていることに何をそんなに狼狽えているんだ?


「お印というのはいわば国王を象徴するマークのようなものです」

「!」

「つまり、そのマークが描かれたあの書状はこの国で最も強い強制力を持っているといえます。たとえ相手が大宗教のトップであっても逃れることはできません」


 俺の手錠を解きながらイヴが解説をしてくれた。つまり、リザは国王を説得してみせたってことか。勇者殺しのイビレンターを勇者にするという案を…


「すげぇな…」


 ただその言葉だけが口がこぼれた。それを聞いたイヴが小さく笑うと俺の感想に同意した。


「ええ、本当にすごい人ですよ。あの方は。はい、解除完了です」


 そう言い終わるのと同時にガチャリと音を立てて手錠が俺の腕から外れた。何日かぶりに自由になった腕にちょっとした感動に浸りながら俺はイヴに礼を言った。


「ありがとう!」

「お礼ならリザ様に。この2週間、あなたのために尽力なされてましたから」


 そう言われて俺はリザの方に視線を戻した。ワナワナと震える大司教とその信者相手にリザは得意気に書状を見せつけていた。しかし、その顔色は二週間前に会った時より少し悪いように見えた。 

 俺は隣に立つイヴに尋ねた。


「なんでリザは俺のためにここまでしてくれたんだ?やっぱり魔導局の局長としてこの国を守りたいからか?」

「それもあるでしょう。ただあなたに同情したのかもしれません」

「同情?俺に?」

「ええ、生まれながらに持ってしまったもので差別受けているあなたに」


 静かに答えたイヴに俺はこれ以上の追求はやめておいた。おそらく彼女らにも大きな事情があるようだ。これ以上何か聞くのも野暮だろう。

 すると、リザがこちらに向かって歩いてきた。どうやら話はついたらしい。俺たちの前に着くと大きく伸びをしながら口を開いた。


「お待たせ。それじゃあ帰ろうか」

「はい」

「え、もう大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫。さ、帰るよ!」

「お、おう」


 俺は振り返って大司教たちを見た後、スタスタ歩いて部屋を出ていくリザ達を追いかけた。

 部屋を出てすぐリザは『あ!』と何かを思い出したように声を上げた。それを見たイヴがリザに尋ねた。


「どうかされたんですか?」

「いやぁ〜すっかり忘れていたよ」


 そう言ってリザは自身の懐や着ている服のポケットなどを弄り始めた。


「どこに入れたっけな…!あった!」


 そうして取り出したのは革でできた小さなベルトのようなもの。確か…チョーカーってやつだったか。あまりファッションは詳しくないから自信はないけども。


「何だそれ」


 俺が尋ねるとリザは簡単に『チョーカーだよ』と答えた。良かった。俺は間違っていなかったようだ。

 するとリザはそのチョーカーに手をかざした。何をするつもりなんだ?


「ギフト」


 リザが小さく呟くとチョーカーが光り輝き始めた。そしてその光が収まるとひとりでにチョーカーが動き始めた。さらに


「おはようございます!マスター!」

「うお!」


 チョーカーが喋り始めた!な、何が起きてんだ!

 俺が驚いているとリザがケラケラ笑い始めた。


「そこまで驚くことはないだろう?これは私のギアの『付喪神・八尾萬(ツクモノ・ヤオヨロズ)』の効果だよ。私は物に命を与えてそれを操ることができるのさ。こんな感じで」

「こんにちは!」

「お、おう…こ、こんにちは…」

「ちなみにイヴも私が命を与えた存在の一つだよ」 

「そ、そうなのか!?どう見ても人間にしか見えないけど」

「まぁ、この子はちょっと特殊なんだよ。私も何でこんなリアルな人間になったのかよくわかんないんだ」

「イェーイ」


 イェーイじゃないが。呑気に両手でピースを構えるイヴに心の中でツッコミを入れた。でも、見れば見るほど普通の人にしか見えない。すげぇ能力だ。

 するとリザは驚いている俺にそのチョーカーを手渡した。


「これ、つけて」

「俺に?」

「そう」


 俺はチョーカーを付けようと自分の首に近づけるとチョーカーが飛びついてきた!そして驚くのも束の間、俺の首に巻きついた。


「お、おい!」


 俺はチョーカーを外そうと反射的に手を伸ばしたがリザがそれを止めた。


「外しちゃダメだよ」

「な、何でだよ」

「それが君を外に出すために必要なものだからだよ」

「どういうことだ?」


 リザは指を立てながら答えた。


「君を勇者にするために課せられた条件は3つ。1つ目は私の完全管理下に置かれること。2つ目は国王もしくは私の許可なくこの王都から出られないこと。3つ目は逆らえばいつでも処刑できる状態にしておくことの3つだ」


 リザは条件を言いながら指を立てて俺に説明してくれた。


「そのチョーカーはそのうち1つ目と3つ目を満たすためのものだ。私はギアで命を与えた存在…『キッズ』達の居場所を把握することができるんだ。つまり、それをつけていれば君の居場所も私には筒抜けというわけさ」

「予想は何となくできるけどこれで俺をどうやって殺すんだ?」

「聞きたい?」


 やけにテンションが高いリザに嫌な予感がして、すぐさま俺は首を横に振った。


「いや、やっぱいいや。とりあえずアンタの言う事を聞いとけばいいんだろ?」

「そういうこと。それじゃ行くよ」


 そう言ってリザは刑務所の出口に向かって歩き始めた。俺は慌ててその後を追いかけながら尋ねた。


「行くってどこに?」

「そりゃあ私の家だよ。君は私の管理下に置かれるわけだしね」

「大丈夫なのか?それ」


 男女が一つ屋根の下…というよりも殺人犯と同じ家に暮らすって普通は嫌がるんじゃ…俺が思うのもなんだけど。


「何だい?私と同居するのは嫌かい?」

「そうじゃない。普通は嫌がるもんだろ殺人犯と暮らすのって」

「ま、普通はそうだね」


 俺の疑問にリザはあっけらかんと答えた。しかし、彼女は『でも』と続けた。


「でも君は誰彼構わず殺すタイプじゃないだろう?ヒイロ君を殺したのも明確な理由があったわけだし。なら大丈夫でしょ」

「待て待て!何でそこまで信用できるんだよ!今回で2回目だろ?俺たちが会うのってなのに…!」


 俺の質問に答える前にリザは刑務所の入り口の扉を開け放った。2週間ぶりの日差しが俺の目に刺さり俺は思わず目を細めた。

 リザは振り返ると俺の手を取った。


「行くよ!」


 俺が反応するよりも早くリザと俺は外に飛び出しその後をイヴが追った。一瞬の浮遊感のはずがなぜか俺の体にまとわりついてきた。というか俺たちの体は宙に浮いていた。


「え!お!はぁ!?」


 初めての感覚に間抜けな声をあげているとリザが笑い声をあげた。

 


「落ち着いてよ。これは空歩と言ってね。身体強化をさらに極めるとできるようになる一種の技術(スキル)のようなものだよ」

「へ、へぇー…魔力操作ってすげぇ」


 リザは安定させるためか俺の両脇に腕を通し、ちょうど猫を抱き上げるような体勢にした。

 後ろを見るとイヴも空を飛んでいた。あの人(?)もできるのか。

 下を見ると王都の大通りにいる人たちが米粒のように小さく見えた。かなり高いところを飛んでいるようだ。ちょっとというか、かなり怖いな…

 この高さからでも人々の喧騒が聞こえてきた。子どもたちのはしゃぎ回る声、店に呼び込みを行う男の人の声、女の人の綺麗な歌声。人の数がミルバよりはるかに多い。

 そういえばヒイロが死んだことはこの人たちは知ってんのか?まるでそんなことを感じさせないけど…


「さっきの質問の答えだけど…」

「!」


 王都の発展ぶりに感動しているとリザが声をかけてきた。さっきの質問っていうのは外に出るときにしたやつのことか?


「私はねこの国が好きなんだ。子供たちも、大人たちも分け隔てなく歌って踊って遊んで、時には働いて…そんな日常を送れるこの国がね」

「…」


 俺は首を上下にして頷くことで相槌を返した。


「そんな国が5年後にはなくなっているかもしれない。そう考えるとさ…何としてでも助けたいって思うんだ。当日は私は戦えないし」

「え、アンタは戦わないのか?」

「戦わないというより戦えないだね」

「何でだ?」

「そもそも魔獣が発生する原因について知ってるかな?」

「いや、知らん」


 俺は首を横に振った。魔獣って確か何らかの原因で魔力を持って凶暴化した動物のことだよな?


「魔獣が発生する原因はね…件の怪物のサイプレスにあるんだよ」

「サイプレスに?」

「そう」

「魔獣が発生する原因はサイプレスが出すウィルスが原因でね。これは人に感染することはないんだけど動物には感染してしまうんだ。そして感染した動物たちは凶暴化して魔獣となってしまうんだ。最近魔獣の発生が活発なのはサイプレスの封印が解けかけて通常よりもサイプレスからウィルスが漏れ出しているからなんだ」

「つまり、サイプレスを倒すと魔獣も発生しなくなるってことか?」

「そういうこと!何だ、わりと冴えてるじゃん!」

「あれ、もしかして俺結構ナメられてた?でもそれとアンタが戦えないことと何か関係あるのか?」

「当日は封印が完全に解けるわけだからサイプレスだけでなく大量の魔獣が現れると考えられる。その大量の魔獣から各国の王族と民間人を守らないといけないんだよ…私が」

「そんなの他の魔導士に任せればいいだろ?」

「他の魔導士には大量発生した魔獣の討伐が課せられるからちょっと難しいね。それは」

「…人手不足なんだな」

「そもそも魔導士になろうって人が少ないからね。わざわざ危険な魔獣とか犯罪者たちと正面切って戦いたくないだろうし」


 まぁ、それもそうか。よっぽどのメリットがないとそん奴らと戦わないよな。そもそも戦闘向きのギアがないと魔獣相手に戦えないだろうしな。


「話を戻すけど、つまりはさ私は君を信用しているというより君に期待しているわけさ」


 なるほど。つまりは俺の人間性より腕っぷしに期待しているわけだ。


「ところでヒイロが死んだことは国の人は知ってんのか?」

「うん。伝わってるよ。犯人はすでに魔導局に逮捕、処刑されたことになってる」


 つまり、俺は世間的に見れば死んでいるってことか。まぁこのチョーカーのおかげでいつでも処刑されるわけだから同じもんか。


「じゃあ俺が勇者になることは?どう伝わってんだ?」

「まだ知られてないよ。君が勇者に正式になるのは2年後だ。今の君には国民からの支持も実力も足りてないからね。当分は私のもとで修行しつつ魔獣退治や犯罪者の逮捕をすることで名をあげてもらうよ」


 2年後か。結構先だな…

 いや、当たり前か。いきなり国民の前に俺が出てきて『俺が勇者です!』って言っても誰も納得しないよな。それに俺イビレンターだし。世間からの評価は最低だろう。名を挙げるって簡単に言うけど茨の道になりそうだ。

 今後について考えているとリザが『そういえばさぁ』と話しかけてきた。


「そういえばさぁ、君、大司教様と話す時タメ口で話してたでしょ。」

「そうだけど…それがどうかしたのか?」

「まぁ、今回は君にとっても因縁深い相手だったわけだし見逃すけど今度からそれダメだよ。目上の人、初対面の人にはちゃんと敬語で話すようにしてよ?」

「えー、俺敬語嫌いなんだけど会話のテンポがちょっと遅れるからさぁ」


 親っさんも『客に舐められるから敬語は使わなくてもいいぞ!』って言ってたしな。

 嫌がる俺にリザはぴしゃりと正論を叩きつけてきた。


「あのねぇ、君は正式にではないけど勇者になったわけだ。つまりこの国の代表になったってことと同意。そんな君がだよ?この国やよその国のお偉いさんにタメ口で話したら国の恥どころか国際問題になりかねないんだよ?」

「それは言い過ぎなんじゃないか?」

「言い過ぎなもんか。敬語っていうのはね、できて当たり前なの。これができなきゃ人と話す資格はないよ」


 それは言い過ぎ。でも、そうだよな。前とは立場がまるで違うわけだし。どの道この人の言うことは聞かないといけないしな。

 処刑される理由が『敬語を使わなかったから』なんて事にならないようにしないと。

 そうこうしているとリザが突然『あ!』と声を上げた。


「見えてきた!あそこだよ!私の家!」

「お、おお〜!」


 大通りから少し外れ見えてきたのは3階建ての木で建てられた巨大な屋敷。コの字型に建てられたその屋敷の前に俺たちは降り立った。

 近くで見てその大きさにさらに驚いた。ミルバの町長の家もこんなにはデカくなかったはずだ。


「…」


 そんな屋敷に言葉を失いながら見上げていると遠くからリザの声が聞こえてきた。視線を彼女に合わせるともう屋敷に入ろうとしていた。


「何してるのー?早く入るよー」

「お、おう!わかった!」


 屋敷のこれまた大きな門をくぐるとそこには綺麗な庭園が広がっていた。色とりどりの花と青々しい緑で彩られたその庭はまるで、おとぎ話にでも迷い込んだ気分にさせた。

 

「中々のものでしょ?イヴの趣味なんだ」

「すっげー!おわ、すっげー!」

「人って驚きが連続すると知能を失うみたいですね。リザ様」

「特に彼はその辺が顕著みたいだね。ほら早く着いてきて!人を待たせてるんだから!」


 俺に合わせたい人?一体誰だ?

 リザに急かされつつ俺は屋敷の中へ入った。外観と同じく中も非常に豪華だ。玄関が俺の部屋より広い。なんか変に緊張してきたな…


「お邪魔しまーす…」

「はーい。こっちに来て」


 そう言ってリザは1階の奥のある部屋の前に俺を通した。誰か待ってるって話だったし応接間か?


「なぁ、誰が待ってんだ?」

「それは入ってからのお楽しみ」

「…」


 俺は一抹の不安を噛み締めつつドアノブに手をかけた。そして、ゆっくりとその扉を開いた。

 

「アンリ!!」

「!」


 ゆっくりと部屋の中に入る俺を出迎えたのは一際大きな声とその主である2m近い身長の大男。

 俺はこの人を知っている。

 ずっと会いたかった人。

 そして謝りたかった人…


「親っさん…!」


 俺が親っさんのことを口にするのと同時に親っさんに強く抱きしめられた。


「アンリ!ああ…アンリなんだな!」

「ああ…そうだよ。おやっさん」


 この2週間の中でもし親っさんにもう一度会えたらなんて声をかけようか色々とシュミレーションをしていたが、いざその姿を見ると嬉しさや罪悪感でそれも全て吹き飛んでしまった。


「でも、なんで親っさんがここに?あの傷じゃまだ…」

「それはあの人のおかげだ」


 親っさんは俺を抱く腕を緩めるとリザ達の方に目をやった。リザがここに連れてきたのか。

 リザは待ってましたと言わんばかりに得意な顔をして部屋に入ってくると揚々と説明を始めた。


「私のから説明しよう!私はこの2週間のうちに国王陛下の説得だけでなく、もう一つある仕事をこなしていたんだ。それがハンネル氏の治療さ。まぁ、治療の方はイヴがやってくれたんだけどね」

「何でイヴが親っさんの治療を?」

「ヒイロくんが落とした雷の中心にいたのが君たちの店と聞いてね。当時の状況を聞くためにハンネル氏を治療したんだ」

「そうか…それはありがとう。でもなんでここに?」


 俺の質問にリザの顔が先ほどと打って変わり一気に真面目なものになった。


「襲撃にあったんだ…ミルバの住人からね…」

「な!?」


 俺はおやっさんを振り解くとリザに詰め寄った。


「何でだよ!?何で親っさんがミルバの人たちに教わらなきゃ…」


 そこで俺はあることを思い出した。マイズのおっさんを避難所へ送ったあの時、俺に石を投げた男の人。あの人は俺が今回の元凶だと言っていた。まさか…

 たどり着いた俺自身の答えに衝撃を受け俺は膝から崩れ落ちた。


「お、俺のせいか…?」

「…」

「俺がヒイロを殺して捕まったから!唯一の肉親である親っさんが俺の代わりに襲われた!?そうなんだろ!?」


 誰も何も言わなかった。でも俺にはその沈黙が答え合わせであるように感じた。


「クソッ!」


 俺は床に拳を叩きつけた。バキッと音を立ててそこに拳大の穴が空いた。


「全部俺のせいじゃねぇか!マユとモビーが殺されたのも!親っさんが大怪我してミルバの人に襲われたのも!全部!!」

「それは違うぞ。アンリ」


 そう言って親っさんは俺の肩に手を置いた。ゴタゴタとした手のひら。しかし、そこには確かな温かさを感じた。


「お前は何も悪くない。お前はただ一生懸命生きていただけだ。それは一番俺が知っている。マユとモビーもそうだ」

「でも!それでも2人がが死んだのは俺のせいだろ!?俺が生きていたから…あいつらだったきっと俺のせいだって…」

「馬鹿野郎!!」


 親っさんの声に鼓膜を大きく揺らされたのと同時に俺の頬に強い衝撃が走った。親っさんに殴られたのだ。

 殴られた頬を抑え呆然としている俺の肩をおやっさんは抱きながらさらに詰め寄った。


「マユたちがそんなこと言うわけないだろ!!それともモビーがそんなこと言ったのか!?違うだろ!!あいつならきっとお前に『生きろ』って言うはずだ!マユが!お前が自分の妹を託した男はそんな人間じゃないってことはお前が1番わかってるはずだろ!」

「!」

「アンリ…言ってみろ!お前はモビーになんて言われたんだ!」

「…」


 そう言われてハッとする。

 脳裏にあの時のモビーの姿と言葉が蘇った。

 『幸せになってくれ』

 あいつはそう言ってくれた。その言葉をそのまま俺は口にした。


「幸せになってくれって言ってくれた…生きて大切な人を見つけて幸せになってくれって…」

「…」


 モビーの言葉を口にすると俺の目からどんどん涙が溢れ出た。後悔、懺悔、さまざま感情が混じった涙だった。


「親っさん…俺…」

「何も言うな」


 そう言って俺を抱きしめた。今度は優しく包み込むように。俺はただその優しさに甘え泣き続けた。


―――――――――――――――――――――――

「本当に帰るんですか?ほとぼりが冷めるまでウチにいた方がいいのでは?」 


 しばらくして俺が泣き止むと親っさんはミルバに帰ると言い出した。そんな親っさんを心配そうにリザは声をかけた。 


「ええ。いつまでも世話になるわけにはいけません。あの2人の墓すら作ってないですから。早く弔ってやらないと」

「親っさん…ごめん手伝えなくて…」

「いいんだ。お前にはやるべきことがあるだろ?」

「ああ…」


 親っさんには俺が処刑されることは伏せつつ、勇者になることを伝えた。最初は驚いていたが事情を話すと納得してくれた。


「それじゃ俺は行くぞ。たまには帰ってこいよ。アンリ」

「…ああ、絶対に帰るよ」

「リザさん。世話になりました」

「いえ、お気になさらず。また何かありましたらいつでも言ってください」


 親っさんは深々と頭を下げると屋敷を出た。遠くなっていく親っさんの背中を見て、俺は決意した。


「リザ。俺やるよ」

「?」

「今度こそ、守ってみせる。大切な人のことを。もう2度となくさねぇ。だから教えてくれ」


 俺はリザの目をしっかり見て話す。声に俺の決意をのせて。


「最強のなりかたってやつを」


 リザはニヤリと笑うと『いいね。その目』とこたえた。


「もちろんさ。さ、今日はもう休もう!明日からはビシバシ行くからね!覚悟してよぉ?」

「オッス!」

―――――――――――――――――――――――

次の日


「こんな感じか?」


 親っさんと別れた次の日、王都にある闘技場に来ていた。リザに『君の実力を見せて欲しい』と模擬戦を申し込まれたからである。

 そして今はそんなリザから支給された魔導士の制服に控え室で着替えているところだ。黒を基調としたローブのような服だ。着慣れない服で少し手間取ってしまったがなんとか着ることができた。

 

「ほっほっ」


 制服を着た後俺はその場でジャンプしてみた。

 お、軽い。見た目はかなり動きにくそうだったが着てみるとそうでもない。むしろさっき着ていた服よりもかなり動きやすいな。

 リザの話によると魔力を流し込めば防具になるらしいからかなり凄いものなんじゃないか?これ。


「なぁ、チョーカーどうだ?似合ってるか?」

「まぁまぁですね」

「あんまお気に召さないか?」


 良いのか悪いのかわからないチョーカーからの評価を受けているとこの部屋の扉が叩かれた。


「アンリさんそろそろ」

「あ、今行く!」


 俺が扉を開けるとそこに立っていたのはイヴだった。イヴは俺を品定めをするように眺めると一つ頷いた。


「ちゃんと着ることができてますね。さ、リザ様は奥でお待ちです」


 そう言ってイヴは廊下の奥の方を指差した。


「おう、わかった。行ってくるよ」

「いってらっしゃいませ」


 指を刺された方に駆け出す俺にイヴは丁寧にお辞儀をして俺とはまた別の方へ歩いて行った。

 イヴが示した通り、廊下の奥は闘技場のへりにつながっていた。円形の広大なフィールドを取り囲むように観客席が設置されている。普段は有名な歌手がコンサートをしたり、魔導士同士で己の魔法をぶつけ合ったりしているようだ。勇者を決める大会もこの闘技場で行われるそうだ。

 そのフィールドの中心にリザが立っていた。


「わるい。待たせたか?」

「ううん。気にしなくていいよ…うん!似合ってるじゃん!」

「そうか?ありがとう。さっきチョーカーにまぁまぁとか言われたんだよ」

「そうなのかい?」

「いいえ!マスターの評価が正しいです!お似合いですよ!アンリさん」

「お前に自分の意見はないのか?」


 自分の意見をコロコロと変えるチョーカーにツッコミを入れているとリザが『さて』と声を上げた。いよいよ始めるようだ。

 

「それじゃそろそろ始めようか…アンリくん」

「!」


 その瞬間、リザからとてつもないプレッシャーを感じた。全身の筋肉が強張り、背筋にゾクリと悪寒が走った。ヒイロとは全く違うプレッシャーを放つリザを見て只者ではないことは容易に想像できた。

 俺はそんな緊張感を吐き出すように息を吐くとリザに拳を構えた。


―――――――――――――――――――――――


 アンリはヒイロとの戦いを思い出すように全身に魔力を纏わせた。そんなアンリを見てもリザは余裕そうな表情を見せた。


「来なよ。アンリくん」

「!」


 それどころか指先を撫でるように動かしアンリを挑発してみせた。


(舐めてるな。よぅし)


 アンリはその挑発に乗るとリザに飛びかかった。ヒイロとの戦いを思い出すように魔力を操作し右手に魔力を集中させリザを思いっきり殴りつけた。しかし、リザはアンリの拳を容易に受け止めてみせた。


「な…!」

「いいパワーだね。身体強化もできてる。でも…!」

「うお!」


 リザは受け止めたアンリの腕を引っ張り、彼のバランスを崩した。そしてガラ空きになったアンリの胴体に膝蹴りを叩き込んだ。

 重い衝撃がアンリの腹部に響くとその影響でアンリの呼吸が一瞬止まった。

 

「グッ!」


 リザはアンリの強靭な肉体にもにダメージを与えてみせた。その重いダメージに怯むアンリにリザはさらに回し蹴りによる追撃を行った。

 

「ッ!」


 アンリはそれをすんでのところで腕でガードしたが勢いを殺しきれず、大きく体を吹っ飛ばされた。しかしアンリは何とか空中で体勢を整え、着地した。


「ハァ…ハァ…」


 1分に満たない時間の中でのやり取りであったが、アンリは身に染みて分からされた。目の前にいる女が勇者とはまた違った強さを持っていると。

 何とか息を整えると、アンリは何とか頭の中で思考を回し始めた。


(ヒイロの時とは違う!小手先の技術だけじゃない。パワーも負けてる!だったら…!)


 アンリは場内を駆け始めた。そこから加速をしトップスピードへ至ることで、その姿を消した。


「おー!速い速い!」


 アンリの速度を見てリザが黄色い声を上げた。そんなリザを置いてアンリは自分の動きに緩急をつけ始めた。するとリザの右に、左に、前に、後ろ。リザのまわりを取り囲むように至る所にアンリの姿が現れた。


「残像か…!面白いことするね」


 リザはアンリが生み出した残像を興味深そうに眺めた。


(完全に油断してる!今だ!)


 そしてアンリはリザの死角に周るとトップスピードで突っ込んだ。しかし、リザそれすらも軽く避けてみせた。完全に攻撃が入ると思っていたアンリは思わず声を上げた。


「なん…!」

「惜しい」


 しかし、アンリは止まらず再度残像を生み出し、攻撃の機会を伺おうとしたが、その肩をリザに掴まれたしまった。


「はい。捕まえた」

「嘘…だろ…ッ!!」


 アンリはすぐにその手を振り払うとリザから距離をとった。アンリはまた思わず声をあげた。


「今、どうやって…」

「魔力感知だよ」

 

 アンリの疑問の声にリザは種明かしを始めた。


「魔力感知はその名の通り相手の魔力の量、質を感知する技術。私はそれを使って君の動きを予測して攻撃をかわしたり、先回りしたわけだね」

「なるほど…」

(異次元だ…何から何まで…)


 アンリが目の前にそびえ立つ壁のあまりの高さを痛感していると今度はリザが構えをとった。


「今度はこっちの番だね」


 するとリザは手の平から火の玉のような物を生み出した。


(何だあれ?あれもリザのギアか?)


 アンリが不思議そうに火の玉を眺めているとリザがそれを察したのか、自分で生み出した火の玉の説明を始めた。


「これは魔力を押し固めて作った魔力弾ってやつさ」

「…それも魔力操作でできる技術の一つか?」

「そう。その威力は君がくらって確かめて!」

「!」


 そう言ってリザはアンリに魔力弾を打ち放った。凄まじい速度で飛んでくるそれをアンリはすんでのところで躱した。


(やっべ観客席に…!)


 アンリが観客席に魔力弾がぶつかると予測したがその予測に反し、魔力弾は見えない壁のようなものに阻まれた。そして、魔力弾がとてつもない爆発を引き起こした。


(やべぇな…アレ…てか何だったんだ今の)

「心配はいらないよアンリくん。今のはバリアさ」


 魔力弾が当たった場所を眺めるアンリにリザが説明を始めた。


「このバリアは外や観客席に魔法とか魔力弾が出ないようにこの会場全体を包むようにドーム型に張られていてね。ちょっとやそっとじゃ割れないから、心配は無用さ」

「そ、そうか」

「それじゃ再開といこう」


 そうしてリザが再度構えをとった。アンリもまた息を呑み構えをとった。


「今度は少し面白いものを見せてあげよう」


 するとリザの周りに無数の魔力弾が現れた。そしてリザそれらに向けて手をかざすと魔法を唱えた。


「ギフト!」


 リザの魔法にかかった魔力弾に命が芽吹き、各々が喋り始めた。


「やるぞー!!」

「ぶっ殺してやる!!」

「無様に泣けやゴラァ!!」

「そんなのアリかよ!ってかガラ悪!」


 チョーカーとは全く違う性格にアンリは驚きの声を上げた。するとリザはアンリを指差し、静かに呟いた。


「行っておいで」

「おっしゃー!!」


 リザの言葉が合図となり魔力弾たちが一斉にアンリに飛びかかった。


「マジかよ!」


 それを見たアンリは会場の淵に沿うように走り出した。しかし魔力弾たちもアンリを追うように壁にぶつかることなく飛んできた。


(着いて来んのか!)


 巣を叩かれて怒り狂う蜂のように追いかけてくる魔力弾たちを見てアンリは驚きの表情を見せた。


(クソッ!どうする?)

「アンリさん、アンリさん」


 アンリが絶望的な状況を打破するために頭を働かせようとしたところにチョーカーが話しかけてきた。そんなチョーカーにアンリは走りながら答えた。

 

「なんだ?今結構忙しいんだけど!」

「あの魔力弾たちは立場的に私の兄弟たちになるんですかね?」


 空気が読めていないチョーカーの質問にアンリは怒号をあげた。


「お前状況わかってんのか!?それよりもなんとかこの状況を何とかするための案をくれよ!」 

「いえ、これは重要な問題ですよ!だってもし彼らが私の兄弟になるとするのなら私達はfamilyになるんですから」

「あのさぁ、真面目にやってくんねぇかなぁ」


 アンリは能天気すぎるチョーカーの言動に呆れたように呟いた。しかし、そのやりとりのおかげか焦りで曇りかけていたアンリの思考がクリアになってきた。

 そして一つの作戦を思いついた。


(結構リスクがあるがやるしかない!よし!行くぞ!)


 アンリは意を決して魔力弾の方に向けて方向転換をして、走り出した。

 魔力弾の群れの中に突っ込むとその素晴らしい反射神経で次々に躱し、そのうちの一つをリザに向けて蹴り返した。


「オラッ!」

「!」


 しかし、それはリザに当たることなく彼女足元に着弾し砂埃を巻き上げた。


(今度は何かな?)


 そんな状況下でもリザは冷静だった。寧ろアンリの次の作戦に少し期待しているところだった。

 すると砂埃の向こうから拳大の石が飛んできた。


「ん?」


 しかし、またもリザに当たることなく彼女の脇をすり抜けた。そして、さらにあらゆる方向から同じように石が飛んできたがやはりどれもがリザに当たることはなかった。


(わざと外している…?何が狙い?)


 リザは脳を回転させながらふとを上を見ると砂埃が晴れ上がっているのが見えた。そしてアンリの狙いに気づいた。


(そういうことか…なら利用させてもらうとしよう)


 リザはニヤリと笑った。

 一方アンリは砂埃の周りを移動しつつ、石を投げ続けていた。もちろんこんなものがリザに通用しないことはアンリはよく分かっている。アンリの狙いは別にあり、その機が来るのをアンリは虎視眈々と待っているのだ。


「!」


 アンリが石を投げ続けていると砂埃から脱しようと影が上の方へ移動するのが見えた。


(よし、狙い通りだ!)


 アンリもその影を追うように砂埃の上は飛び上がった。そして拳を構える。


(石を避けるために上に逃げたところを狩る!)


 魔力を腕に集中させながらそのリザが昇って来るのを待っていたが、昇ってきたのはリザではなく…魔力弾だった。それもアンリとほぼ同じ大きさの。


「しま…!」


 そう思ったのも束の間、魔力弾から口のようなものが現れ、パックリと開いた。


「いただきまーす」


 その言葉と共に魔力弾はアンリにかぶりついた。そしてそのまま鮮烈な光を放つと爆発した。


「うわあああ!!」


 アンリの体は爆風に吹き飛ばされながら勢いよく地面に叩きつけられた。   


「う…ぐ」


 アンリは呻き声を上げながらなんとか体を起こすとリザの方を見た。すっかり砂埃は晴れ上がり、その姿が露わになる。余裕そうな笑顔を浮かべ、あれだけの砂埃晒されたにもかかわらずその服には一切の汚れがついていなかった。

 満身創痍なアンリを見てリザは口を開いた。


「中々面白い作戦だったけど残念だったね」

「クッ…」

「一つ聞いてもいいかい?」


 リザはアンリに追撃を仕掛けることなくアンリに一つ質問を投げかけた。


「君はかなり強いけど、正直言ってお世辞にもヒイロくんに勝てると思えないんだよね」

「!」

「君はなぜ本気を出さないんだい?」


 リザの質問にアンリは呆気に取られていた。アンリにはそういった自覚がなかったからだ。


「自覚なし…か。じゃあ何かがブレーキになってしまっているのかな?」

「俺に聞かれても…わかんねぇよ」

「自分のことなのに?」

(それはそう…だけど…)


 リザの言葉にアンリは何も返せずにいた。しかし、リザは何となく察しがついているようだ。


(おそらくアンリくん自体があまり戦うことが好きじゃないんだろうね。ヒイロくんと戦った時は強い恨みがあったからこそ本気で戦えたけど私にはそんな感情がないから本気を出せない…なるほど。戦闘民族でありながら、ここまで心優しい人間に育つとはハンネルさんの教育のおかげと言ったところかな)


 もしリザの予測が正しいのであればハンネルの教育は良いものだったと言っていいだろう。だが同時にリザは『しかし』と思った。


(でも今はそうは言ってられない。なにせアンリくんはもう魔導士なのだから)


 リザは一息つくとアンリに向け口を開いた。


「自分の力なのにそれが制御できないのであれば君はサイプレスに勝つどころか勇者にすらならないよ。アンリくん」

「そりゃ…わかってるけど。でもよ…」

「でもじゃない。いいかい?君はもう魔導士で、そう遠くない未来には勇者になるんだ。君のその手にはね、ハンネルさんだけじゃない。この国に住むすべての国民の命が託されているんだ。もし君が負けて、たくさんの人を死なせてしまっても君は『本気を出せなかった』と彼らの墓前の前で言い訳するのかい?」


 そう言ってリザはアンリの手を取り、彼の漆黒の目を真っ直ぐ見つめた。


「恐るな。それは君の力だろ」

「!」

(そうだ…!俺は何のためにここに来た?何がしたくてこの人に弟子入りしたんだ?)


 アンリはハッとした後、ゆっくりと目を閉じた。そしてそこにはあの日のミルバの様子が写し出された。 跡形もなく消えた我が家。

 原型をとどめないほどに傷ついた妹の遺体。

 そして、自分の腕の中でゆっくりと息絶えた、たった1人の親友。


(もうあんな思いは…!あんな思いは!!)

「したくねぇし…させたくねぇ」


 瞬間、アンリの目つきが変わった。生気に満ち満ち、刀のように鋭くギラついた目になった。そして自分の力で立ち上がった。

 その様子を見たリザは少し安心した顔をするとアンリから距離をとった。


「いい顔になったね。それじゃあラウンド2といこうか!」

「おう!」


 アンリは足に魔力を貯め、猛スピードでリザに突っ込んだ。一瞬にしてリザの目の前へと距離を詰めると拳を構えた。

 

(さらに速い!)


 リザは先ほどと同じく片手でアンリの拳を受け止めようとしたがすぐにその考えは捨て、回避すること選んだ。


(これは…間に合わないか…!)


 リザは両腕に魔力を通し、前に出してアンリの拳を受け止めた。がしかし、その勢いを殺しきれず大きく後方は吹き飛び、フィールドの淵に激しく体を打ちつけた。


(このパワーは…!)


 吹き飛ばされた先でリザは自分の腕の状態を見た。骨は折れていないが青黒い大きなあざになっている。

 リザにとってこれほどの怪我は久しぶりのことだった。久しく受けた重症を前に彼女の感想は…


「素晴らしい…!!」


 この一言だった。


(魔力を持って1ヶ月足らずの人間が私に傷をつけるとは!全く、我ながらとんでもない才能を見つけたよ!)


 リザは立ち上がると腕の傷を一瞬で治し服についた埃を払った。


(しかし皮肉なものだね。魔導士としてこれほどの才能を持ち合わせていたのに魔力を持たないイビレンターだったとは)


 リザは心から感動していた。アンリというダイヤモンドの如く輝く才能の原石に。

 一方のアンリは驚愕の色に染まっていた。


(マジかよ…あれで立てるのか)


 先ほどの一撃に初撃よりも明らかな手応えを感じていたアンリは戦闘不能にはできなくともかなりのダメージを与えたと考えていたが、リザは簡単に立ち上がって見せた。

 さらには受けた傷を治してしまった彼女に驚きを通り越して恐怖を感じていた。


「傷も治せるのか」

「これは治癒術(ヒール)と言ってね。これも魔力操作でできる技術の一つで魔力を使って自身の細胞を活性化させて新陳代謝を向上させて傷を治すってわけさ」

「魔力操作って何でもできるんだな。さっきから後出しじゃんけんを食らってる気分だ」

「魔力操作は魔導士にとって基礎中の基礎だからねぇ。まぁ、空歩やこの治癒術(ヒール)を覚えるのはかなり難しい部類ではあるよ」


 そこまで言ってリザは『さらに…』と言って説明を続けた。


「この治癒術(ヒール)は自分以外の相手にかけるとなるとさらにその難易度は跳ね上がるんだ。私でもできない技術だ。この国でもできるのは10人もいないんじゃないかな?」

「そんなに難しいのか?」

「ものすごく繊細な魔力操作が求められるからね。それ相応のセンスがないと自己回復すらできないよ。ちなみにさっき言った10人の中にイヴがいるよ」

「え、マジか!」


 驚きと共にアンリはイヴの方を見た。誰もいない観客席にぽつりと座りながらどこかで買ってきた食べ物を食べながらアンリたちの試合を見ていた。そして、アンリがこちらを見ているのに気付いたのか手を振っている。


(そういえば親っさんの傷もイヴが治したって言ってたよな…あの人本当はめちゃくちゃすげぇ人なんだな)

「さてと、君もようやく本気で戦えるようになったようだし、私もそろそろアクセルを踏んでみるとしますか!」


 アンリはリザの方に視線を戻した。すると彼女の体がふわりと宙へ浮いた。空歩を使用した為である。

 リザはある程度の高さまで浮き上がるとそこでぴたりと止まった。


「何をする気だ?」


 するとリザは右腕を空にかざし声を上げた。


「おいで、スサノオ」


 すると闘技場全体に強い風が吹きつけた。あまりの風の強さに目も開けられないほどだった。


「何だ!この風!一体どこから…!?」


 アンリは吹き抜ける風の音の中に別の音が響いているのが聞こえた。それはまるで生き物の鳴き声のように聞こえた。

 そして、それはリザのいる位置からきこえた。

 何とか目を開け、音のした方向を見るとそこには蛇のような細長く巨大な銀色の体に角を生やしたトカゲのような頭を持った巨大な生き物がリザの隣にいた。その姿は正しく…


「りゅ、龍?」

「驚いたかい?これも私のキッズのうちの一体さ…」


 リザはアンリを見下ろしながら尋ねた。そして『スサノオ』と呼ばれた龍の説明をはじめた。


「5年前にこの大陸に超巨大な大嵐が訪れたことは知っているかい?」

「ああ…史上最強の嵐とかってやつだろ?…!まさか!」

「そう…この子はその台風に私が命を与えた姿さ」 

「災害そのものにも命を与えられるのか!?」


 あまりのスケールの違いにアンリの口から乾いた笑いがこぼれ出た。


「はは…マジかよ…」


 リザ・サルビア・レオナルド。人類史上最強の魔導士。またの名を…『災害の魔女』

 するとスサノオの口元が光り輝き始めた。魔法を発動させるようだ。


「会場のバリアが壊れない程度に打つから頑張って生き残ってね」

「は?」


 アンリの返事を待たず、リザは彼に向けて手を向けそして放った。


嵐の咆哮(テンペスト)」 


 するとスサノオの口から圧縮された巨大な空気の塊が打ち出された。 

 とんでもない速度で飛んでくるそれをかわすためにアンリは体を動かした。しかし…


(逃げきれない!!)

「クソッ!!」


 アンリは腕を顔の前で交差させ何とか攻撃に耐えようとした。そして、スサノオの魔法が着弾し爆発した。直撃は免れたが凄まじい衝撃がアンリの体を襲った。


「グッ…うわ!」


 アンリはその衝撃に耐えきれず体を吹き飛ばされた。そしてその姿は巻き上げられた砂煙の中に消えた。

 しばらくしてその砂煙が収まり、スサノオの魔法の結果が露わになる。

 アンリはうつ伏せになり、地面に倒れていた。


(気絶はしているが生きてはいるようだね。魔力の反応もあるし。流石はイビレンター…え?)


 リザの目の色が驚きに染まった。傷だらけの体を何とか起こしアンリが立ち上がったのだ。しかし、体全体が震えており、誰がどう見てもその体が限界を迎えていることは明らかだった。


(全く…本当に楽しませてくれるね!!)


 興奮する頭を冷やす為にリザは頭を振った。


(…いかんいかん。流石に今回はここまでだ。これ以上は…!) 


 しかし、リザの魔力感知にこの場にいる者たちとは別の魔力を感じ取った。とてつもない速度で近づいてきているようだ。


「これは…まさか!?」


 近づいてきたそれは会場に張られたバリアを突き破るとアンリの目の前に突き刺さった。

 黒い刀身を持った剣。かつてはヒイロが扱っていた剣だった。リザは忌々しそうにその剣の名を読んだ。


「エルシルド…まさか…ヒイロくんが死んでまだ間もないだろうに…アンリくんを新たな主人に選んだか…全く、君のそういうところが本当に嫌いだよ」


 リザはエルシルドに向け冷たく言い放った。

 一方アンリは突如現れたエルシルドに驚いていた。


「この剣…確かヒイロが使ってた…何でここに?」


 アンリはエルシルドに誘われるように手を伸ばし、そして剣を引き抜くと何かを感じ取った。

 

(一緒に戦ってくれるってことか?…でも次の一撃でラストだ。体全体がイテェ…でもアイツに…リザにせめて一矢報いる!!)


 アンリは剣を構えるとその刀身にありったけの魔力を込めた。するとエルシルドが黒く輝き始めた。


(あの技はヒイロくんの…)


 アンリは地面を強く踏み込むとリザに向け剣を振り下ろし技を撃ち放った。


魔刃(トール)!!」


 エルシルドから放たれた巨大な魔力の塊がリザに襲いかかった。


(この威力はまずいね…バリアを突き破るどころか街に)


 リザの脳裏に最悪の未来がよぎった。


「やるしかないか…!」


 リザは足に魔力を込めるとアンリの魔刃(トール)を蹴りつけた。巨大な魔力同士の激突にバリバリと火花のように魔力が飛び散った。


「はぁッ!!」


 気合いの声と共にリザはアンリの技を上空は蹴り上げた。蹴り上げられた魔刃(トール)は会場のバリアを容易く破るとはるか上空は飛んで行き、炸裂した。

 その爆風がアンリ達の元まで届いた。しかし、街に大きな影響は出ていなさそうだ。


「ふぅ…何とかなった」


 リザは街の安否を確認するとアンリの方に視線を落とした。アンリは先ほどと同じく地面に倒れ込んでいた。体がピクリとも動かないため、今度こそ完全に意識を失っているようだ。

 そしてその体を観客席から降りてきたイヴが抱え込んだ。リザは地面に降り立つとイヴに近づいた。


「流石に少しやりすぎたのでは?」

「確かにそうだねぇ〜。あーあ。バリアも壊しちゃったし国王陛下に怒られるかなぁこれは」


 頭をかきながらリザは破れたバリアを見上げた。もはやバリアとしての役目を果たせないだろう。しかしリザの表情と声色は明るいものだった

 そんなリザにイヴが笑いかけた。


「ふふ。リザ様の本気、久しぶり見ましたよ」

「最近は事務仕事ばっかりだったしね。私も久しぶりにこんなに体を動かしたよ。それに嬉しい発見もできたし…まぁヨシとしようか!それに確信したよ…」


 リザはアンリに触れて微笑んだ。


「アンリくんは強くなるよ。私に並ぶぐらいにね。それどころか…ふふ」


 リザはアンリから手を離すと踵を返した。


「さぁてとバリアを修復したら帰ろうか!」

「はい!」


 こうして、アンリ・アンブローズは魔導士としてあるいは勇者として新たな一歩を踏み出した。

 そして、次は流れ運命の日を迎えた。

ご精読ありがとうございます。前回からかなり、間が空きましたがなんとか更新できました。これにてエピソード0終了となります。次回以降から本編が始まりますのでよろしくお願いします。

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