雪遊び
雪がつもった。私が住んでいたところは雪がめったに降らないくらいには温かいところだったので、たった十センチに満たないほどでもつもるとなんだかとてもテンションがあがってしまう。
「うわー!」
賢い私はもちろんこの程度の雪に思いきりダイブしたら痛い目にあうってことがわかっているので、そっと寝転がって両手をばたつかせてさっそく雪遊びをする。
倒れた感触は思ったより良くはないけど、起き上がるとちゃんと天使の形になった。そっと天使のわっかをつけたせば完璧だ。
「ふふふ、よーし!」
次は雪だるまだ! 小さい雪玉を作って、転がして、転がして、転がして、大きくする。結構疲れるなぁ。そこそこ雪をつかってしまっているので、このくらいで勘弁してあげることにした。別の場所からスタートして、同じくらいの大きさになったら玄関の前に戻って行ってもう一つと合体……お、重い!
え? 普通にここまで転がってきたのに、なんで持ち上がらないくらい重いの?
「いつまで雪玉に抱き着いているんだ? どういう遊びかわからんが、寒くないのか?」
「抱き着く遊びじゃないです」
玄関先の階段に腰かけて私を見ててくれていたライラ様が呆れたように言ったけど、さすがに物申す。さすがに私のこと馬鹿だと思いすぎじゃないですか? 雪に抱き着く遊びとか死ぬ遊びでしょ。
にしても、ライラ様とその隣のマドル先輩、季節感死んでるなぁ。ライラ様はノースリーブの真っ赤なドレスという、完全に死んでる格好だし。マドル先輩は長そで長スカートとは言え普通に夏でも違和感のない程度の服だったので、雪の中に立っているの寒そうとしか思えない。
「では何かお困りですか? 手伝いましょうか」
「今、雪だるまをつくってるんですけど、じゃあ、この雪玉を上にのせてもらっていいですか?」
「はぁ。なるほど。ではこれでよろしいですか?」
「ありがとうございます! じゃあさっそく、顔をつけていきましょう!」
というわけでマドル先輩と雪だるまをつくった。ライラ様はつまらなさそうにだけど見てくれていた。別のマドル先輩がお野菜の端切れや木の実なんかを持ってきてくれて、見栄えのいい雪だるまをつくることができた。大きな雪だるまは疲れたので、それから雪うさぎをつくっていく。
「おや、これは可愛らしいですね」
「ですよね。雪うさぎは癒し枠です」
雪だるまはなんだか強そう系になっているので、雪うさぎの可愛さが引き立つ。マドル先輩は気に入ってくれたようでせっせと雪うさぎを増やしている。
マドル先輩、あれから毎日ヘアピンもポケットにつけてくれているし、やっぱり動物が好きなんだなぁ。そういうとこ、可愛くて微笑ましいよね。
「ふぅ。こんなものでしょう」
「わっ、マドル先輩、技巧派ですね。これだけ器用だと雪像とかつくれそうですね」
「ふむ……像ですか。挑戦してみます」
マドル先輩は創作意欲が刺激されたみたいで、そこそこの大きさの雪玉をつくってから細かく削って作り始めた。さっきから素手だったのは気にしてなかったけど、普通に指先で削っていくのすごい光景だなぁ。ちなみに私は最初からマフラー手袋完備のもこもこ冬服装備だ。
私は分厚い手袋をつけているのもあって、あんまり細かい作業には向いていないので、休憩もかねてライラ様の隣に座った。
「なんだ、終わりか?」
「えへへ。ちょっときゅーけーです。ライラ様は雪遊びはされないんですか?」
「お前を見ているほうが楽しいだろう。というか、よくもそういろんな遊びを思いつくな」
「え、えーっと。勘です」
言われてみれば私のいたところでは雪遊びをしたことがないと話したのに、遊び方を知っているのは不自然だ。前世でも雪遊びするような地域ではなかったけど、知識だけは遠くの遊びも手に入る環境だったからなぁ。
別に前世の記憶のことを話してもいいと思う。人間社会で言ったら、最悪宗教的に変な問題になったり頭おかしいと思われたら迫害されるかもってことで秘密にしていたけど、二人なら問題ないだろう。
ライラ様とマドル先輩は不思議生物だし、私がちょっと変でも受け入れてくれるだろう。頭がおかしいと思われたとしても、血を吸われるのに支障がないんだからスルーしてくれるだろう。
とはいえ、説明が結構面倒だ。まず前世って概念があるのか、あったとして別の世界ってどういうこと? ってなるし。いまちょっと休憩のついでに言うものじゃあないだろう。そのうち、いい感じの機会がきたら言おうっと。
「エスト様、表の雪だけでは足りないでしょうから、追加で持ってきました」
「えっ、わぁ! マドル先輩、ありがとうございます!」
ライラ様の隣に座って手袋を一回とって手をもんでると、雪像をつくっているマドル先輩と違うマドル先輩が大きな籠にのせてすごい量の雪を運んで来てくれた。特にお願いしたわけでもないのにこんなに持ってきてくれるなんて、マドル先輩も楽しくなってきたのかな。
「こんなにどうしたんですか?」
「裏の木にのっているのを落としてきました」
地面のより楽に、しかも綺麗な雪を一気に確保できるってことか。さすがマドル先輩。そんな方法が。
立ち上がってマドル先輩を迎えると、私が雪をつかって薄くなっている辺りにどんどん雪が追加されていく。バケツリレーのように複数の籠がどんどん移動してくる。マドル先輩、いつの間にこんなにたくさん来てたんだろう。
「わー、これだけたくさんあると、かまくらとか作れそうですね」
「かまくらと言うのは何ですか?」
「雪のお家、ですかね? こう雪を山のようにつみあげて、中の雪をだして空洞にして中に入れるようにするんです」
「ふむ、なるほど? ではやってみましょう。指示をお願いします」
マドル先輩は別の場所にも雪を運んでさらに新たな雪像をつくりだし、四人のマドル先輩が雪像つくりを担当しているのだけど、三人のマドル先輩がかまくらづくりを手伝ってくれることになった。
「えーっと、まずはこの小山から建物になるよう、形を整えましょう」
お菓子作りでなれたのか、すっかり私が先導する形になってしまっているけど、でも私、かまくらつくったこともないし作り方も知らないんだよね。しっかり雪をかためないと崩れるだろうなってのはわかるけど。
とりあえず端から寄せて行って、ドーム状になるように形を修正する。その際にぎゅっぎゅとおさえておく。しっかり押さえて固めておかないと崩れちゃうよね。
それから穴をあけるためにスコップを、と思ったらマドル先輩が手をスコップにして掘り出してくれた。
もう一度言おう。手をスコップにして掘り出してくれている。 え? は? マドル先輩そんなことできたの???
「ま、マドル先輩? なんですかその手」
「はい? 言いませんでしたか? 私は自由に形を変えることができるので、スコップくらいならこの方が早いです」
いや、え、まあ、服も自分の体でつくってたわけだし? 全然できるんだろうけど、今までそんなことしたことなかったでしょ? 料理だって掃除だって普通に道具とかつかってたのに、急に? 雪遊びで急に人外感だしてくるね???
「普段、お料理の時とかそんなことしてるの見たことないのでびっくりしました」
「エスト様、仕事と言うのは決まった道具をつかうものです。例えばお肉を切るのに包丁を使うところを、できるからと素手でちぎって調理をするのが正しいと思いますか?」
「思いません」
「そういうことです。今は遊びですし、手先をスコップにした方が下からかきだしやすいのでそうしたまでです」
「なるほど!」
つまり、今はお仕事じゃなくて遊びだし、その方が楽そうだからしていると。なんと! マドル先輩はお仕事の一環である私のお世話として雪遊びにつきあってくれてるんじゃなくて、マドル先輩も本気で一緒に遊んでくれてるんだ!
う、嬉しい! 優しいお姉さんが付き合ってくれるのだってありがたいけど、本気で一緒に遊んでくれる方が楽しいに決まってるよね!
「えへへー、そうですね。遊びだからなんでもありですよね!」
「はい。あまり一気に穴をあけても崩れそうですから、このくらいの大きさがいいでしょう」
「そう言われれば確かに。さすがマドル先輩。じゃあ私は外側から抑えて固まるようにしていきますね」
中はスコップマドル先輩に任せ、私は外側から叩いて固くなるようにしていく。高いところは別のマドル先輩に任せ、低いところを重点的にたたいていく。
でもこんな感じで大丈夫なのかな? 砂場で山をつくってトンネルを通す時は水でぬらすといいんだけど、雪は解けるよね? いやどうなんだろ。ちょっと解けても雪の冷たさで凍るから、そっちの方が強く固まったりするのかな?
よくわからないけど、水をかけて台無しになったら困るので押さえるだけにしておく。
「あ、結構空いてきましたね」
「そうですね。このくらいならぎりぎりエスト様なら入れ、あっ」
マドル先輩が機嫌よさげに手を引いて顔を上げたところで、どさっと周りの雪が落ちてきてしまった。外側はそのままの形だけど、中が崩れて入れそうにない。
「……」
「……」
マドル先輩が沈黙する。申し訳ない。申し訳ないのだけど、今の「あっ」って驚いたちょっと悲し気な声がめちゃくちゃ珍しくて、マドル先輩声にちゃんと感情出るんだってちょっと感動しているしテンション上がってしまっている。
でもここで楽しい声を出したらマドル先輩のミスを笑ってるみたいになってしまうのでこらえる。
「何をしている。どんくさいな。こうすればいいだろう」
数秒黙っているとライラ様が呆れたように言いながら近づいてきた。そしてしゃがんだままのマドル先輩の横に立つと、右手をだした。すると黒いもやもやがでてきてかまくら(未完成)に向かい、ずずずと面で触れるようにして雪を移動させ始めた。
「おっ、おおおっ」
かまくらの表面も覆い、中の雪が一斉にかきだされたかと思うと、中の壁部分も黒いもやが覆ったままで、もやもやに支えられてかまくらが一瞬で完成した。匠の技術!
「す、すごいです、ライラ様。こんな風に繊細に動かすこともできるんですね」
森の中では魔物を空のかなたに吹き飛ばすような豪快な動きが多いので、まさか雪を崩さずに維持するような丁寧な仕事ができるなんて思わなかった。
「ふん、この程度造作もない。で、これを作ってどうするんだ?」
「中に入って、おやつを食べるんです」
「ふはっ、お前は本当に、いつでも食べることばかり考えているな」
得意げなライラ様は私の答えに噴出してしまった。うっ、それは確かにその通りなんだけど、でもかまくらの楽しみ方はそれがデフォルトだから。本当だから。でも言い訳できないしちょっと恥ずかしい。
「で、でも、雪のかまくらの中であったかい飲み物とか飲んだら、絶対美味しいですもん……」
「はは、しょげるな。馬鹿にしたわけじゃない。マドル」
照れながら言うとライラ様は私を慰めるように頭を撫でてからそう言った。顔をあげるとマドル先輩はすでにお盆を持って手に飲み物を持っていた。
「こちらに。ライラ様は紅茶でいいですか? エスト様には私と同じホットミルクを用意しています」
「わーい。ありがとうございます。じゃあさっそく中に入りましょう」
「しかし立ってはいれるほど大きくないが、地べたに座るのか? 体をひやすぞ」
「そうですね。ライラ様のお召し物もよごれますから、こちらの上に座ってください」
そう言ってマドル先輩は分厚い布をひいてくれたので、そこに座る。三人で座ると狭かったけど、両サイドから挟まれるように三人座るとぎゅうぎゅうに狭くて、とっても温かい。
「えへへ、かまくら、あったかくて楽しいです。二人とも、ありがとうございます」
「ん、まあ、悪くはないな」
「そうですね。興味深い体験です。他にも雪遊びがあるんですか?」
「えーっと、雪合戦とか」
この後、雪合戦でぼろ負けして実質ライラ様とマドル先輩軍団の対決を見ていただけになるけど、とっても楽しい雪の日だった。




