お菓子作り
マドル先輩が服を着るようになった午後。意識してみると確かに今まで本当にまったく同じ人に見えていたけど、よく見ると微妙に服の日焼け具合が違うとかで並ばれると別個体なのがわかるようになった。もちろん服はマドル先輩ごとにわけてないだろうけど、さっきお茶いれてくれたのはこっちのマドル先輩か、左右入れ替わったなってわかる程度なんだけど。
「マドル先輩はオシャレとかあんまり興味ない感じですか?」
「そうですね。以前エスト様が髪のおしゃれをしてくれたのは割合楽しかったですが」
「そうなんですね。私とライラ様、これから毎日アクセサリーをつけることになったじゃないですか。でもマドル先輩はないので。どうなのかなって。こうなるとわかってたら、ヘアピンじゃなくてマドル先輩にも何か飾れるものを買ったんですけど」
「そうですか。では、これでどうでしょう」
ブローチとネックレス、まあ実質ブレスレットみたいにつかうみたいだけど、全然用途もレベルも違う品でお揃いという概念とは程遠いものだけど、マドル先輩だけなんにもないのもなんだかなー。でもだからって私が今から用意するのってハードルが高いっていうか。
と思っていてもごもご言い訳していると、マドル先輩はすっとポケットからヘアピンを取り出して胸ポケットにさした。端っこのアクセントが見えるようにさしていて、アクセサリーではないけど学生が校則内で制服でできるぎりぎりのおしゃれって感じで可愛い。
「もっててくれたんですね。すっごく可愛くてお似合いです」
「そうですか。では全員で使わせてもらいますね。せっかくいただいたので、使う機会を増やしたいと思っていたのでちょうどいいです」
きゅーん。そんな、そんな健気なこと思っててくれたんですか? マドル先輩。全然いつも通りの無表情で、私が見ている前で何度か前髪をとめてるの見せてくれてたけど、たまーにだしあんまり使わないのかな。逆に気を遣わせたかなと思ってたのに。
「マドル先輩、好き……」
「はい、ありがとうございます」
思わず告白してしまったけど流された。前にも思わず言っちゃった時は驚いていたようだったのに、すっかりなれてくれたようだ。これはこれで好き。
ごちそうさまでした。と食後のデザートも終わって席を立つ。お片付けしてくれるマドル先輩と、私についてきてくれるマドル先輩に、掃除をしているマドル先輩とすれ違う。
まだ会ってなかったマドル先輩までもうヘアピンをつけているのを見ると、本当に全員同一人物でリアルタイムに情報共有しているんだなぁとびっくりしてしまう。どのマドル先輩と話しても会話が全部通じるのでわかってはいたけど。
それはともかく、どうやらもうみんながヘアピンを飾ってくれているみたいで、その場だけじゃなくて本当に私の提案も私のプレゼントも気に入ってくれていたみたいで嬉しい。
「マドル先輩、やっぱりいろんな服も着たくなったんじゃないですか?」
「そうですね。……いえ、私は人が着飾っているのを見るのはいいですが、自分の服装は別に、そうでもないですね」
「えー、そうなんですかぁ」
ちょっと残念。マドル先輩のファッションショーも見てみたかった。でもマドル先輩、お仕事として私のお世話も苦じゃないって言ってたし、そもそも世話好きな性格なんだろうな。何かをしてあげるのが好きな人、いるよね。私も気持ちはわかる。何かをして喜んでもらえたら嬉しいよね。してもらうのも私は好きだけど。
「なのでエスト様を着飾らせるので楽しみたいと思います」
「えっ、それはまあ、嬉しいですけど」
「はい。これからは季節ごとに買いますので」
「そ、そこまでしてもらっても、運動の時とライラ様とのお散歩くらいでしか着ないと思うんですけど」
「私の気分転換の為になら、何でも協力してくれるのではないのですか?」
「そう言われると……はい。じゃあ」
別に何でもするとかは言ってなかったと思うけど。マドル先輩が楽しいならいいか。そんな贅沢いいのかな、とは思うけど、してくれるなら私にとってもオシャレできるのは嬉しい話だし。
「エスト様、本日は午前にお勉強しませんでしたが、午後からしますか?」
「あっ、もしかしてその為についてきてくれたんですか? じゃあ是非お願いします!」
というわけで図書室に行っていつものお勉強をすることになった。今日はもうランニングなくてもいいかな。
〇
「はい、では今日はこのくらいにしましょうか」
「はーい、マドルせんせー、ありがとーございましたー!」
「はい。エスト生徒、いいお返事です」
「えへへ」
勉強が終わると自分から言い出したお勉強でも、やっぱり終わる瞬間は嬉しくてテンションが上がってしまうのだけど、こうしてのってくれるマドル先輩優しい。
「そろそろ三時になりますね」
マドル先輩はお片付けをする私に、今日の三時のおやつはどうするか聞いてくれた。普段はあれがあるよ、とおすすめを言ってくれていたのだけど、どうやら冬になって新鮮な果物がなくなってきたみたいだ。
そういえば飲み物も最近はお茶とかミルクとかだ。最初はお茶の選択肢がなかったのが、紅茶とかが増えて選択肢の数は変わってないからあんまり気にしてなかったけど、季節がかわったからか。
クッキーとか焼き菓子もだしてくれるけど、昨日がクッキーだからかな。もちろん毎日クッキーでも文句を言うつもりはないし、不満なんてないけど、種類が変わるにこしたことはない。
そういえば、この間ライラ様と本を読んでいる時、新年のお祝いの時に食べるお菓子に興味持ってたな。
と思いだして、ひらめいた!
ライラ様もマドル先輩と同じで普段あんまり物を食べないけど、絶対いらないと言い張るマドル先輩と違って、ライラ様はたまーに気が向いたら食べてくれるんだよね。興味がないわけじゃないんだよね。
だったら、私がライラ様が好きそうなお菓子をつくったら喜んでくれるだろうか。食事はマドル先輩に負けるけど、私だって転生者の端くれ。この世界にないレシピを生み出すことはできる。そう、パクリである。
それにライラ様は食べる量も少ないから、少量で満足するお菓子類のほうが食べるのに抵抗ないかもだしね。それでちょっとずつ食べることに前向きになって、マドル先輩の食事をとるようになればきっとマドル先輩も喜んでくれるだろう。
なんという神がかり的アイデア。私、賢い。
と言うことで提案してみた。マドル先輩はまぁ、と口元に手を当てて聞いてくれた。
「なるほど。エスト様、その発想には花丸をあげましょう」
そしてなでなでして褒めてくれた。マドル先輩、私のこと甘やかしすぎでは? 好き。もっと甘やかしてください。
というわけでお菓子をつくることになった。と言ってももちろん、私には包丁も火の扱いも許されていない。だけど前よりは信用してくれているようで、マドル先輩の斜め後ろについてなら台所にどこに行ってもいいことになったのだ。私も成長したね!
「何のお菓子をつくりますか? レシピを指定してくだされば、横で見ていてもらわなくても大丈夫ですよ」
「うーん、一緒に見ていた新年の時のお祝いのお菓子は、乾燥した果物を蜜漬けにしたお菓子でしたけど、さすがにこれは今日すぐ食べられないですもんね」
「ああ。あの。そうですね。ではそれは仕込んでおいて、今日の分は他のものをつくってみましょう。お菓子そのものに興味を持っておられるなら、もっと手の込んだお菓子でもいいかもしれません」
なるほど、その通りだ。ライラ様って血の味にはこだわっているみたいだし、つまり味覚にはもともと興味があるってことなんだから、食事を趣味にする可能性は他より断然あるよね。
ただ、今まで通りの普通のありふれたお菓子は別にあえて食べる気にはならないってことだから、何か変わったお菓子だよね。手のこんだお菓子。なにがあるだろう。
「マドル先輩はどういうお菓子を今まで作ってきたんですか?」
「エスト様がデザートや三時のおやつをご所望されたので、それらしいものを用意してきたのがすべてですね。クッキー以外はレシピを見てつくっただけです」
「え、そうだったんですか。それであの美味しさって、マドル先輩、天才ですか?」
「料理もお菓子も同じです。正しい手順で行えば同じ結果がでます」
「天才のセリフ。でもクッキーなら私も、レシピ覚えてます。薄力粉と砂糖と、サラダ油でできるんですよね」
「は?」
あれ? なんだか不思議そうに眼をぱちくりされた。私、だんだんマドル先輩の表情が読み取れるようになった気がする。今はびっくりしてるみたいだ。
ということは私変なこと言っちゃったかな。うーん。一回つくったしあってると思うんだけど。まあいいか。
「でもクッキーとかは結構寝かせる時間とかありますし、すぐには無理ですよね。変わったお菓子。私が大体のレシピがわかる、マドル先輩がまだつくってくれたことのない……スイートポテトとかどうですか?」
「……では、そのレシピを口頭で言ってみてください」
お芋があるのはわかってるので、多分作れるはず。多分。
「火が通って柔らかくなった甘いお芋をつぶして滑らかにして、バターと砂糖と牛乳をいれて、いい感じの大きさにして、卵黄を表面に塗ってもう一回やきめが付くまで焼く、感じです」
「聞いたことがないですね。細かい分量や手順はわかりますか?」
「わかりませんけど、多分砂糖もバターもたっぷりです。形をつくるので、牛乳はちょこっとだったと思います。滑らかにするくらいで」
グラムがよくわかんない。つくったこともないし。でも材料はこんな感じのはず。一回作ろうと思って調べたことあったし。作らなかったけど。
私のざっくり説明にマドル先輩は少し悩んだようだったけど、とにかく作ってみようと言うことになった。
三人のマドル先輩が集まって、それぞれ違った分量で試してくれることになった。そのうち一人のマドル先輩は、なんと私の目分量にまかせてくれるとのこと。任された! ということで私はマドル先輩の横について一緒に材料を入れたり混ぜたりこねたりするのを手伝った。




