島の探索3
ライラ様に肩車をしてもらって森の探索に出発した。全く人の手がはいっていない森は足元がデコボコだ。前のネルさんの家の森はネルさんがよく通る道とかあったけど、ここはそれすらない。
だけどもちろんライラ様は迷うことなくガンガン進んでいる。木を避けるために右から行ったり左から行ったりと小刻みに向きが変わるので、私にはもうどっちの方から来たかもわからない。
「当たり前ですけど、道がないから目標とかもわからないですし、なんだか、どこを歩いているのかよくわからなくなりますね」
案内人もいなくて、どっちの方向に行こうという目安もない。考えたら地図なしで森の探索ってめちゃくちゃ難しいのでは? 私から言い出したものの、ライラ様任せで歩いてもらってるの申し訳ない。そもそも肩車してもらってるので任せも何もない気がするけど。
「確かに目印になるようなものはないが、自分が歩いてきた道を覚えておけばわからなくなることはないだろう?」
「それがわかるのがすごいんですけど。それに森ってまっすぐ歩くの難しいって言いますよね? 歩いてるうちに方向がめちゃくちゃになってしまうとか」
「エスト、それはお前くらいだ」
「あ、はい」
いや絶対そんなことないと思うんだけど、ライラ様の基本スペックがすごすぎるだけだと思うけど、でもマドル先輩もできるだろうし、ネルさんも森で暮らしてたから余裕でしょ? そうなると私だけできない子扱いされるのも仕方ない気もする。
私の味方はイブだけか……いや、半分くらいの幼女と同じ立ち位置なのは喜んでいいところなのかな? いやいや、いないよりいいよね。
「私は上から見ているからだいたいの地形はわかっているが、この先は山になっていて、海に面した場所は崖になっているが行くか? まっすぐ山を登ってもいいが、距離があるからしばらく同じ景色が続くぞ」
ライラ様は進みながらもそう聞いてくれる。同じ景色だと私が退屈だと思って確認してくれてるっぽい? 優しすぎるな。好き。
ライラ様の頭に手を添える形だったので、なでなでしながら考える。崖、ちょっと怖い気もするけど、ライラ様と一緒の時のほうがいいか。マドル先輩とだったら絶対近寄らせてくれないし。
「崖、行ってみたいです」
「うむ。しっかりつかまっていろ。少し速度をあげるぞ」
ライラ様はつかんでいる私の足を軽くぽんと叩いてから握りなおし、歩くのをやめて軽く浮かんで進み始めた。ライラ様が普通に地に足をつけて早く動いたら、私が揺れすぎてしまうからだろう。優しい。それはそれとしてちょっと怖い。
車くらいのスピードで車の中じゃなくて普通に景色が流れていき、肩車の関係上位置も高いのですぐ上を枝葉ががんがん流れていく。
もちろんライラ様は調整してくれているんだろうけど、浮いているので衝撃はないけど上下左右に微妙に動いているし、ものすごい映像を見せられているような非現実的な気持ちにすらなる。
「ひゃー、ライラ様ー!」
「どうした?」
「もっと早くできますか!?」
「うむ」
と言うことでさらにスピードを上げてもらう。ひゅんひゅん通り過ぎる景色。今までもライラ様に抱っこされて猛スピードで運ばれてたし、これよりずっと早かったんだろうけど上空とかで全然速さの実感がなかった。
がっしり足を掴まれている以外は固定もされていない高速移動、ひゅっと背筋がぞわっとする恐さがありつつ、ライラ様が安全保障してくれている安心感。
楽しい! ジェットコースターよりすごい! リアルな恐さ!
「わー! ライラ様! 楽しいです! 手をあげても大丈夫ですか!?」
「危ないからやめろ!」
「わっ」
できるなら両手をあげて後ろにもたれる感じで楽しみたいと思って聞いてみたところ、普通に怒られてライラ様は急ブレーキをかけた。ぎゅーっとライラ様の頭にしがみつくようにして前かがみになった。今のはちょっと危なかった。思わずライラ様の頭を普通につかんでしまった。
「ちょ、ちょっとライラ様、急にとまると危ないですよー」
「危ないのはお前だ。全く」
「えー、危なくないですよぉ。あれ、もしかしてもう着きます?」
手の力をぬいてごまかす様に撫でながら文句を言うと、ライラ様はまたゆっくり普通に歩きながら私を見上げて太ももをぱんぱん叩いて注意してきた。
ライラ様こそよそ見しながら歩いて危ない、と思いつつもまあ森の中で手をあげたらぶつかるかもしれないのは確か。と視線をそらして前を見ると、木々の向こうに青い空が見えた。
「うむ。もうすぐだ。重ねて言うが、危ないからしっかりつかまっていろよ」
「はーい」
言われた通りつかまっていると、十メートルほどで森をでた。その瞬間、世界が開けたみたいな気がした。
「はわぁー! すごいいい景色ですねぇ」
どうしたって暗い森の中、ぱっと目の前に障害物がなくなり、ただどこまでも青い、空と海が溶けあうような遠くの景色が見える。今日は朝からとても天気がいいし、家を出てすぐの光景だってよかったけど、さっきまでとのギャップもあってすごくいい景色に見えて感動してしまう。
ここまで頑張ってたどり着いた気にさえなってしまう。もちろん私は何もしていないけど。
「そうか? まあ、お前が気に入ったならいいが」
ライラ様は大してそう思わなかったようで、私の歓声を軽く流しながら崖の先に近づく。足元にはしっかり草木が生えているのに、すぐ先で急に地面がなくなっている。
ライラ様が気負わず近づくので、思わずその足元を覗き込んでしまう。ライラ様が立ち止まる。ほんの数センチ先には地面がなく、岩肌のようなごつごつした崖があり、ずっと下の方に大きな岩が転がるように水面から顔を出したり波に沈んだりする、荒々しい様子が見える。
「はー、こうやってまじまじと見ると、崖って迫力ありますねぇ」
前の港町ではマドル先輩の手により、崖の際から2メートルは離れさせられていたので、こうやって真上から見るのは初めてだ。ちょっとひやひやしてしまう。バンジージャンプする人ってすごいなぁ。
「そうか。じゃあ」
「えああああー!?」
下を見ているとライラ様が一歩前に出て普通に落下しだしたので私は普通にめちゃくちゃビビって大声をあげてしまった。
「あっ、あっ、あああ、は、はぁー。ふぅ。びっくりしましたー」
「いや、私の方が驚いたぞ。どうした?」
当然ライラ様は飛べるのでそのまま下まで落ちるわけもなく、一メートルくらい落ちたところでとまっている。
私の声がとまるより先に空中で停止したので、私の声もなんとか停止して大きく呼吸して声をあげると、ライラ様から普通にびっくり見たいに聞かれて、こっちがびっくりしてしまう。
「いやいや、どうしたも何も、いや、突然崖から飛び降りられたらびっくりするに決まってるじゃないですか」
「さっきは手を離そうとしていたくせに、お前の感覚はいまいちわからんな。さっきの方が普通に危ないぞ」
「それはそうかもしれませんけど、さっきはテンション上がってたんですもん」
もちろんライラ様と一緒だから安全とわかってはいるけど、とっさに落ちる瞬間になったらびっくりはするでしょ。
「まったく、だいたいこの私がお前をつかんでいるのに、お前に危険なんてあるわけないだろう」
「びっくりするのは理屈ではないと言うか、そもそもライラ様、ちょっと意地悪なところがあるのでそういうこともあるかと」
言い訳する私に、ライラ様は顔をあげてむっと眉をよせると、私の肩をつかむと同時に黒いもやで私を包んで持ち上げ、自分の前にもってきて私をお姫様抱っこした。そうして顔が向かい合った状態で、ライラ様は顔をよせてにらみつけてくる。
「私が意地悪だとぉ? これでも、エストのことは可愛がっているつもりだぞ。私がどんな意地悪をしたか言ってみろ。場合によっては改善してやるから」
「それは、えー……いや、そのぉ……」
難癖をつけるかのように睨みをきかせているわりに、言ってる内容が優しすぎる。心当たりないけど直してくれるんだ。そう言うとこほんと好きなんだよね。と思いながらも、私にとってライラ様が意地悪と言う印象が強いエピソードを言おうとして、言葉にできなくてかーっと顔を赤くしてしまう。
「ん? なんだお前、また私の顔……んん? お前、さては……ベッドでのことを考えているな?」
「うっ……!」
ライラ様は不思議そうに思わずそらす私の顔をのぞきこんでから、はっとしてからにやーっと笑いながらそう聞いてきた。
き、気づいたなら流してくれてもいいのに。追及してくるなんてぇ。
実際に、その通りだ。だってライラ様が一番意地悪なのはその時と言うか、とてもいきいきと私をいじめると言うか。もう無理って言ってるのに。駄目って言ってるのに。全然、やめてくれないし。そうかと思えば私に口に出しておねだりさせたり。
うう、思い出すだけで恥ずかしい。とにかくそういう訳で、ライラ様が私を好きで大事にしてくれているのはわかっているけど、意地悪だって言う印象がぬぐえないのだ。
「ははぁ。まだ日も高いと言うのに、何を考えているんだか。なるほどなぁ。お前は昔からマセガキだったからな」
「そ、そう言うところが意地悪なんですっ」
「く、くくくくっ! はははは」
やっぱり夜だけじゃない。私の印象は何も間違ってない。でも、うう。これも可愛がりなのはわかってるけども。顔の赤みが消えない私に、ライラ様は楽し気に笑う。
ここで遠慮なく笑うところが、逆にからっとして気持ちいいところもあるけど、恥ずかしいし意地悪だよーって思っちゃうところでもあるんだよねぇ。
「ははは、はは。うむ。それはお前が可愛いから仕方ないな。とにかく、私がいるのだから危険はないだろう。下まで降りて見てみるか?」
「うー。見に行きますー。ぎゅっとしててくださいよぉ?」
「うむ。離さないから安心しろ。まあ、私が意地悪でなくなることはないかもしれんがな」
ライラ様はそう機嫌よく笑いながら、私をお姫様抱っこしたまま下まで降りて水しぶきがかかりそうなほど迫力満点な崖を見学させてくれた。




