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階段

作者: 後藤文彦

この作品は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンス(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/)の下に提供されています。


 病床の老人が思惟に耽っている


わたしの人生は失敗だった——単調で何の変哲もない平凡な人生。 もう一度やり直そう——いつから? そう、物心ついた時から!





 気が付くとその人は階段を上っている。一体いつから上っているのか、 何の為に上っているのか——その人には分からない。何処まで上ろうと 階段が途切れることはない。その人は更に何時間も何日間も何年間も登り続ける。 やがてその人は不安に駆られ階段を下り始める——何時間も何日間も何年間も。 こうしてその人は階段の上り下りを繰り返す。ある時その人は考える—— 上にも下にも果てがなくて永久に階段が続いているというのは可笑しい—— ひょっとするとこの階段は空間を巧みに歪ませて作られている不思議の階段で、 実は輪のように繋がっているのかも知れない。そこでその人はそれを確かめるべく 階段の一つに傷を付け、その傷を後に上り始める……あれからどれくらい上り 続けたであろう——何時間も何日間も何年間もたったある時、案の定その人の前方に 曾て自分が付けた傷が現れる。そこでその人は悟る——この階段は何処まで上り 続けようと堂々巡りするだけであり、つまりここから脱する為には壁に穴を空け でもしなければ不可能なのだと。

 その人は掘り続ける——上へ下へ横へ——何時間も何日間も何年間も…… …………今や階段の形跡など微塵もなくただ大きな空洞があるのみ—— 曾て階段を存在せしめた空洞と等しい容積の空洞が。 その人は愕然とする——わたしはこの土の中でこの容積の空洞の位置を移動 させていたに過ぎないのだ。

 その人は空洞の中で虚脱している——何時間も何日間も何年間も。 やがてその人はあることに気が付く。自分の記憶には時間的に容量の限界があるのだ。 現にその人の最も古い記憶は、階段を上っているところから始まるのである。 つまり新しい事象を記憶する為に古い記憶から順に消去されているのだ。 つまりこのままいくとその人は自分が曾て永久に上り切れぬ不思議の階段を上って いたという事実さえも忘れてしまうだろう。その人は急に不安になる……それは いけない。永久に上り切れぬ階段なんてそう簡単に作れるものではない。それを わたしは悉く破壊してしまったのだ……その人はある衝動に駆られ始める—— 自分の脳裡から「不思議の階段」の記憶が薄れぬうちにこの土と空洞の配置を 変えてあの「不思議の階段」を復活させようという衝動に。


 その人の試行錯誤は続く——何時間も何日間も何年間も……

 ある時、その人は遂に「不思議の階段」を完成する。


 その人は階段を上っている——何の為にか——曾て自分が「不思議の階段」を 上っていたことを、「不思議の階段」を破壊したことを、それを自らの手で復元 したことを、それら一切の記憶を忘れる為に……



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