007 募集、妨害、冒険者
決闘会の開催が近くなるにつれ、街の喧噪はさらに大きくなっていた。
その中を駆けまわる二人組がいた。周りからは親子か姉妹かに見えるその二人は、何かを頼んでは断られを繰り返していた。
どうやら戦士探しは難航しているらしい。
(お前の言った通りだな、クロエ)
(ま、でしょうね)
彼女たちの様子をひっそりと、俺は確認していた。
俺がバスケットの中を飛び出しているのには理由がある。
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時間は少し前に遡る。
バスケットの中に入った状態で預けられ、強制的に居残りとなった俺だったが当然やる事もないのでしばらく眠りにつこうかと考えていた。
相棒に話しかけられるまでは。
(ねぇちょっと)
(……どうした、そっちから話しかけてくるなんて)
(決闘会の件、ピンチになってるかも)
現場を見ていないというのに、何を言い出すかと思ったら。
(なんでそんな事分かるんだ? さてはエスパーか)
(エス、パ? とにかく周りの人混みの会話にぐらい耳を澄ませてみなさいよ、鈍ちんさん)
鈍ちんって……。
そこまで言うならやってみようじゃないか。
しっかりと耳を立て、店の外の通りでの会話を探ってみた。
人混みなのは一組だけだ。数は三人。全員男のようだな。
「もう少しで決闘会だな。どんな奴が参加すんだろうな」
「お前見てないのか。さっき俺が見た時は五人くらいいたぜ」
「あれ? 俺が見た時はもっといたぞ。十より多かったはずだ」
「……お前ら近づけ。ここだけの話な」
おいおい、声量落とすなよ。
俺はさらに耳に意識を集中させた。
「実はよ、参加する内の一人の応援者があいつなんだよ」
「えっ!? あのバカ息子か!?」
「オーソクレースの汚点がまさか祭りに来てたとは」
「当然だろ。近い内ここの領主になるみたいだからな。ともかく、それなら分かるだろ」
「……妨害ってことか」
「さすが次期領主さまだ。考える事が違うねぇ、ドブ顔野郎め」
話はここで途切れた。話題にしていた決闘会の会場の方へ向かったのかもしれない。
どっときた疲れに耐えながら、少し整理することに決めた。眠気はとっくに覚めていた。
(今の話が…本当なら……)
(その恥さらしのドブ顔野郎が裏でこそこそと手を回しているのかもね)
何か一言追加しているみたいだが、今回は正しいだろう。
次期領主のくせに、ここまで人望が薄いとは。しかも話の中でオーソクレースと名前が出てきた。
それは十大貴族とか言う、栄誉ある貴族の内の一家だったはず。
どれだけ嫌われてようと言葉には充分影響力があるだろう。
(俺たちも行こう)
(あらそう。どうせ止められないから良いけど。ただ、荷物の番は残しておくべきよ)
(分かってる)
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そうして、するりと抜け出した俺はすぐ近くの屋根の上で見張っていたピーナツに助力を乞うた。
質問攻めに遭いそうになったが、急いでいる姿勢と今からの動きはエンリィのためだとだけ伝えると渋々納得してくれた。
荷物番は大丈夫か心配していたが、テノリカラスというだけあってバスケットにもスポッと納まってくれた。
女主人は困惑するかもしれないが、その鴉の足に巻き付いてあるリボンを見れば大丈夫なはず。リボンにはエンリィの名前が入っているからだ。
雑貨屋を飛び出し、急ぎ会場付近へ向かった。
上手く動けるか不安だったが、走るとなると意外に楽なものだ。いつもより大きく、大胆に動くようにしたからだろうか。
そうして、目的地に着き二人の現状を把握したところだった。
状況が芳しくないのはやはり妨害とやらか。
あの男達の会話だと出場者は五人。その内の一人の背後に領主の息子。
元々いた約十人から減ったのは、まさか闇討ちとか……?
(闇討ちなんてことされたら、お手上げじゃないか?)
(闇討ちとは限らないけど……。それに妨害はそれだけじゃないかもね。むしろこっちの方が厄介だわ)
(他には何があるんだ?)
(ドブ息子が妨害をしているって事実はもう周知されてると思っていいわ。そうすることで対戦相手を新たに増やさないようにしてる。店と戦士、どちらもね)
自分の影響力を分かってるからこそ、隠さず脅してくるとは。そんなに好き放題やっても誰も咎められないのか。
そういえば行きの竜車では貴族の黒い噂も聞いたが。
似たもの親子ってことか?
(決闘会の運営が買収されてる可能性は……)
(そうなってたら完全にお手上げね。ま、参加も出来てないんだから今は考えなくていい事よ)
(やっぱり終了間近にこっそりと受付するしかないか。でも、このままだとグレーテルが闘うのか)
(……ま、対戦相手次第では…ね)
(無理して慰めなくていいぞ……)
そもそも、どういう奴らが戦士として参加するのか。
会場付近に来てるならぜひとも見ておきたいんだが。
こちらも移動しようと人混みの中に飛び込んだ時だった。
「おいおい、お前らか! 無駄なあがきってやつをしてるのはよ!」
突然怒鳴るような声が上がった。
その声の上げ方はまるで周囲に聞こえるよう狙っているみたいだった。結果にぎやかだった喧騒がゆっくりと落ち着いていく。
「何ですか、あなた」
「もうすぐ始まる決闘会の優勝候補筆頭だよ」
「そうですか。では無駄な足掻きの最中ですので。失礼します」
「チッ、待てよオイ」
言い合いをし始めた二人。目線が人の足元になっているので、姿は見えないが声はよく聞き取れる。
その一方は聞き覚えのある声だ。というかグレーテルだな。
「受付さーん。開催前に妨害されてるんですけど」
「!? え、ええっと……」
「妨害だ? 随分な言いがかりだな。俺は親切心から忠告しに来ただけだぜ。あきらめるのも肝心だってな」
(厄介ね)
(あぁ……まったくだ!)
色々と回って頼んでる時に悪く目立ってしまったのか。
戦士として出場してくれ、なんて普通に考えれば無茶苦茶だもんな。
人伝にその情報が流れてしまって、ああいう輩に知られたんだろう。
ともかく、ここで時間を使われるのはマズい。
俺もいざこざの中心に速足で向かう。
「痛っ! 放しなさいよ!」
「おいおい過剰に痛がるなよ。それとも何だ。そうやって情にうったえて俺を失格させるつもりか? やめてくれよ、そりゃ妨害じゃねぇか?」
もはや支離滅裂だ。会話の雰囲気から向こうがグレーテルに手を出してきたみたいだ。
てか何で周りは止めないんだ!
(多分、いま絡んできてる男の応援者が例のドブ恥息子なんでしょうね)
(最悪の展開じゃねぇか……)
あと例の息子の呼び方をそろそろ統一してほしいんだが。
ともかく急げ急げ。
自分が行っても特に状況を変えられるわけではない。
それでも―――
「……の…」
瞬間、足を止めかけてしまった。
「んぁ?」
「あ…あの……」
それまで、ずっと黙っていた少女。
「なんだよチビ」
「……急いでるんで…やめて、ください…!」
他人との交流なんて碌にしてないだろうに。
「ハァ? 何言って「やめてくださいっ!!」
人の足の間を縫って、やっと見えてきた光景。
そこには、キッと男を見上げ啖呵を切ってみせた小さな勇者がいた。
その目元が弱くも光を放ってるのに気づいたのは、この中に何人いるだろうか。
ただ……少なくとも、突っかかってきている男には響かなかったようだ。
イラつきを隠そうとせずにエンリィに対して、もう片方の手を伸ばそうとして―――
「そこまでだ、下郎」
人々の視線が合わせたように一点に向けられる。
外套を纏い、フードを深く被っているが、声には女性らしさが感じ取れた。
その人物は声を発した時には既に歩き出し、騒ぎの下に近づいていった。
直後乾いた音が聞こえ、男の手がグレーテルの腕から離れた。
フードの人物が何かしたのだろうが、よく見えない。俺だけか?
「なにすんだ!」
「ふむ、ワタシは彼女を放してもらおうと手を置いただけなんだが。そんなに大げさに痛がられては、あなたもワタシを失格させようと妨害をした、という認識でよろしいか?」
「妨害? てことはお前、参加者かよ」
フッ、と微笑にも似た吐息が聞こえたかと思うと、彼女はフードを脱ぎ頭を少し揺らして見せた。
動きに合わせて揺れた髪は、正義感に溢れたように紅く、光に照らされて透き通っていた。
白昼に晒した顔も非が見当たらない程に整っている。周囲の人達も言葉を失くして見入っているようだ。
「名乗ろう。決闘会にレディ・フランベという名で参加する者だ。差し支えなければ名をお伺いしたい」
「……ハッ。お、おう。いいぜ」
どうやら男もその圧倒的な美貌に見入ってしまってたらしい。
「俺はトッコン。俺に勝つのは諦めるんだな。なんたってベテランの冒険者だからな!」
要らん紹介もしてきたな。冒険者……?
よく分からないが、名前のニュアンス的には冒険だけしてほしかったな。
「あぁ? 冒険者だって?」
今度は別のところから新しく声がしてきた。今度は男性の声だ。
そして出てきたのは金髪をカチューシャで留めた長身の青年だった。
人が増えて随分ややこしくなってきたな……。
「なんだよお前」
「いや、俺も決闘会に参加するクチなんだけどさ。それよりも、自分が冒険者だなんて口に出していいのか?」
「は?」
青年は馴れ馴れしくトッコンの肩に手を回した。
飄々とした印象を受けるけど、何考えてるんだ?
「おい気安く触るな!」
「冒険者が揉め事を起こした挙句それを増長させるなんて、ギルドの査定に響いてくるんじゃないか? 見た感じ単独での活動っぽいし、ランク上げ大変だろ?」
「!? まさかお前も同業か!?」
「正解! ちなみにあんまり言いたかないけどさ………」
そう前置きをして男はトッコンの耳元で静かに何か喋り始めた。
その隙に、俺はエンリィ達や周りの様子を確認してみた。
不安そうにエンリィはグレーテルを見上げ、それに彼女は笑みで応えている。これ以上心配させないように配慮しているのは見て取れた。
そんな二人の様子をフランベとか名乗った女性は近くで見つめている。
? なんだろう。その様子はどこか羨ましそうな、けれど悲しさも漂わせてる風に感じる。
外野の数は減ってはいるが、この揉め事の顛末を知りたがる物好きの方が多いみたいだ。
この中にエンリィ達の困りごとに手を貸すような奴はいないだろう。
と一通り確認したところで、どうやら男達の方も済んだようだ。
さっきまでの威勢は何処へ行ったのか、見る見るうちに顔を青ざめさせたトッコンがそこにいた。
焦るように男から距離を取り、キッとエンリィ達を睨んだ後どこかへと走り去っていった。
「ふう。一件落着、ってわけじゃないのか」
「あの! ありがとうございます!」
「ウチからもお礼言わせて、二人とも。本当に助かった、ありがとう」
「構わない。助力になったのなら喜ばしい限りだ」
「けど、どうすんの? 時間的にもうすぐ締切みたいだし」
そうだよな。解決には至っておらず、いまだ苦しい状況が続く。
「やっぱウチが出るしか……でも、そしたらあなた達二人と闘うのかぁ。一応聞くけど手加減って……」
「「………………」」
「ちょ、何か言って!」
「いまのが答えってことだよね」
「エンリィちゃん! 言わないで、分かってるから……」
……………………………。
そもそもの発端は俺が本を望んだことだ。
もちろん諦める選択肢は各所で用意されていた。それでもエンリィは俺のために食い下がった。そう決めた結果がいまの状況を作り出してる。それは事実だ。事実なんだが……。
だからといって、そこで諦めるのはなんかイヤだ。
クソ、そう思って自分の無力感に痛い思いをさせられる。その繰り返しだ。
(なにか……なにか出来ないのか、俺は)
(レン……)
(頼む、クロエ。お前も一緒に考えてくれ。何でもいい。何かこの窮地を打破できるアイデアを………)
(それは貴方の意志?)
(え?)
(あのちびっ娘に引っ張られることなく、ちゃんと自分で決めて考えているのよね)
(何だよ、言いたいことがあるならはっきり言ってくれ!)
(…そうね、悪かったわ。なら聞かせて。貴方はあの娘を助ける覚悟を自分で決めたのね? 自分にできる事なら何だってする覚悟を)
妙に「何だって」の部分を強調してきたな。
ただ、その答えは決まってる。
(あぁ、確かに決めた)
(そう………)
ぽつりと呟いた一言から諦観が感じ取れた。
その事に気を取られたが、こちらが指摘する前にクロエは言葉を被せてきた。
(提案があるわ。成功すれば決闘会での勝利すらモノに出来るほどのね)
(!?)
(ただ、これには当然危険も伴うし不確定な事柄も存在してる。私がするのはほんの少しの手伝いと指示で、ほとんどが貴方に係ってる。決めるのは貴方よ。どうする?)
(大丈夫だ。やろう)
こんなに俺が行動的だったとは、自分でも気づかなかった。
……いや、もしかしたらこれが俺の素なのかもしれないな。
今はこの胸の内に湧きあがった感覚のまま進むつもりだ。
(貴方の覚悟、ひとまず伝わった。時間も惜しいからすぐに動くわ。まず、ちびっ娘の所にいる紅い髪の女性を見なさい)
何も口答えせず行動する。
言われた通りレディ・フランベを、自分の視界に収めた。
(いい? そのままじっと彼女だけに目を凝らして。彼女以外が何も見えなくなるくらいのイメージで)
難しい注文だ。要は彼女にだけ意識を集中させていくわけだ。
弱音を吐いていられない。すぐに取り掛かる。
(じっと、そのままよ……そのまま………まま…………)
じっと見る。見る。見る
(――同調、開始―――――――)
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