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ReNew ~void spec~  作者: 俯瞰視天
Chapter 1 辺境騒動編
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005 辺境までの道中


 家を出てからしばらくは、あまり盛り上がることは無かった。

 ウォルが言うにはルートの中でどうしても危険な場所の側を通らなければならないらしく、会話は控えろとのお達しだ。


 これにはピーナツが抗議していた。危険な場所を通る、という点にだ。

 エンリィに()()()があればどうする! やはり今日は行かない方が良いのではないのか? やっぱりその黒猫は置いていけ!といった具合にだ。自分の身の安全ではなく、エンリィを心配してのものだった。

 それに俺が邪魔になっているのは確かだった。なにせ、まだ四足歩行に慣れていないため俺はバスケットに入れられ、それをエンリィが抱えていたからだ。

 それでもエンリィは断固俺を抱えて連れていくと言い、ウォルは辛抱強く説得した。

 おかけでピーナツも渋々折れてくれたわけだが、かなり食い下がっていた。


 三日間で静かに観察したことで分かったのが、ピーナツはエンリィの親の代わりになろうとしている節がある。

 クロエの説明だと、篭魂術はこの世界では禁忌とされている。親のいない理由、なぜ森の中で密かに生活しているのか、この生活に至るまでに何があったのか。何一つ聞かされていないが、「篭魂術」はその要因の一つにはなっているんだろう。

 ピーナツはもしかすると、その要因を頭で変換させて俺たち「魂獣」にあると考えているのかもしれない。その責任もかねて、何とかエンリィを育てたいと。

 これは俺の勝手な憶測に過ぎないので本人に聞いてみたいところだが、やけに俺は煙たがられているので厄介払いされそうだ。


 静かな移動だったが、俺だけは別だ。

 俺にしかいない話し相手がいるわけだし。


(クロエは辺境のこと知ってたのか?)

(辺境があることは知ってたわ。名前までは知らなかったけど)


 異世界での初めての街か。事前に情報を知っておきたいところだ。

 教えてクロエ先生!


(辺境については特に知らないけれど、そこの領主については少し知ってるわ)

(領主?)

 あと先生って呼び方にツッコまなくなってきたな。


(オーソクレース侯爵よ、知らない? って、そういえば貴方は別の世界の人間だったわね。……冷静に考えると凄い事実ね)

(それは今更だな。で、その侯爵って貴族とかの?)


(そう。ハイカラット王国の十大貴族とも呼ばれている強い実権と歴史を持つ家の一つね)


 もちろん知り得ない情報なので、順番に説明してもらった。

 エレメンス大陸「水の大地」。その地上に建国された魔術国家がハイカラット王国。

 その原型に当たる国は元々別の大陸にある帝国の従属国だったらしく、そこから争いを経てやっとの事で独立したらしい。

 その独立戦争で勝敗を分けたのは1人の王子。彼は後に新国の王となり、そして自分を支え続けた十人の家臣に爵位を与えた。それが十大貴族の誕生である。

 時代が移ろえ、王国が変革されようと、王を十大貴族が支えるこの体制は変わっていないらしい。


(で、その内の1人がこれから行く先の領主ってことか。でも侯爵って貴族の中で高い階級じゃなかったか? それなのに森の近くの辺境が領土なのか?)

(バカに出来ないわよ。森っていう資源がすぐ近くにあるんだから、立地としてはまずまず。祭りを催せるぐらいには栄えてるんでしょうね。それに――)

(………………)


 しばらく俺はクロエが出していく辺境の魅力や利点の説明に耳を傾けていた。

 とは言え、俺の頭はそこまでの情報たちに理解が追い付いていけないので、相槌を打つだけになってしまったが。

 馬の耳に念仏、というやつである。ま、馬ではなく猫だが……。


 そして、一度理解することを放棄した俺は途端に別のことが気になりだした。もはやこれは俺の性分みたいなものだな、仕方ない。うん。


 クロエがいま話してくれている知識や考察。

 その量は半端な時間で収集できるものでは無い気がする。

 どうやって、というよりもどれくらいの時間をかけて集めたのか。

 それは彼女の黒猫としての年齢の疑問にも繋がるので、いまだに聞けていない。女性に年齢を聞けるくらいのメンタルはあいにく持ち合わせていないのだ。


 まだ他にも不明な点はある。

 今の俺はクロエという黒猫の魂獣に、さらに篭魂された状態だ。類を見ないケースだというのは本人も言っていた。

 つまり、そのままの意味だとこの肉体には二つの魂が存在していることになる。

 ≪世界≫という存在もいまだ謎が多い。いまの俺の認識だと、スピリチュアルなものと関係があるぐらいにしか分かってない。

 この謎もいつか解明するべきなんだろうか……。


 ま、今はそうして考え込むとドツボにはまって何も出来なくなる。

 だから俺は再びクロエの話に耳を傾ける。いつもその繰り返しなのだ。


================================================


「私の案内はここまでです。かなり歩きましたがもう少しの辛抱です」

「うん、ありがとね!」


 森を抜ける手前の地点でウォル(いやこれからはウォルさんと呼ぼう)とは分かれることになった。

 集まった人の気配が感じられたので、彼がいる事による混乱を避けるための予防としてだ。

 どうやらこの森での生態系にオランウータンはいないらしい。別に猿ぐらい暮らしててもおかしくなさそうに思えるんだが。


「疲れているだろうから無理をせず、変だと思ったらしっかり休みなさい。あと、お金の無駄遣いには気をつけなさい。それから、様子がおかしい人には近づかないように。あとは…」

「もう! だいじょうぶだから安心して! 楽しんでくるね~」


「ピーナツさん、レン君。しっかり頼みました」

「言われずとも大丈夫だ。自分含め、二人分なら面倒くらい見切れる」

 ……間違いなく俺に聞こえるように言ってきたな。だがお前は知らないだろう。

 こっちに実は頼もしい相棒がいる事を! な、そうだろ!


(……………………………)

(お~い…そう、だろ~~?)

(……………………………………)


 ダメだ、さっきからこの調子だ。

 俺が話を適当に聞いていたことにまだ拗ねている。

 普段ツンツンしてるくせして、妙に束縛が強い気がする。こりゃ機嫌が直るのは長丁場だな。


「ま、何とかやってみる。頑張れば三人の面倒も可能と見込んでる、それはそれは頼もしい先輩も付いてるわけだし、大丈夫だろう」

「あ?」

「ははは! どうか私の分まで楽しんできてくださいね」

「任せてください。お土産も何とか用意しますよ」


 ウォルさんは、大丈夫ですよと微笑みながら、されども嬉しそうな顔で森の奥へと戻っていった。

 じゃーねー!と手を振っているエンリィとともに、その後ろ姿を見送った。


「エンリィ、もうすぐ辺境に着くんだ。その黒猫はもうバスケットから降ろすべきだ」

 ウォルさんが見えなくなった頃にピーナツはそんな提案をしてきた。


 ただ、別にこれは俺への当てつけでは無いだろう(多分……)。

 エンリィはずっとバスケットに黒猫一匹を入れた状態で森を進んできたのだ。

 俺もそのことに申し訳なくなっていたし、ちょうどいい頃合だろう。


「えっ、でも……」

「俺もそろそろ自分の足で動けるようにならないとな。練習もしておかないと」


 俺はそのままバスケットを降りようと―――

「ダメダメ! このままで行くよ、わたしは!」


 降りれなかった。ていうか、なぜ!?


「いやエンリィ。そうはいっても腕とか限界だろ?」

「だいじょうぶですぅ! 土いじりできたえてるんですぅ!」


 土いじり? 温室でやってることか。

 まぁ、俺の知らない事も何かやっているのかもしれないが。


「と、とにかくさっきも言ったけど、これは俺の練習にも…」

「それは明日からでいいよ! 今日一日はね、わたしがレンをもてなすんだから!」


 エンリィがこんなに駄々っ子だとは思わなかった。

 彼女をどうにか諭さないと……。


 そう思い、ピーナツに助けを求めるべく顔を向ける。

 俺が無理でも、あの性悪カラスならば!


「そうかそうか。なら、しょうがないな。だがエンリィ、くれぐれも無理はするなよ」


 そうだった。

 あいつが性悪になるのは、俺に対してだった。

 そして、魂獣の中でも特にエンリィに甘いんだった。


 結局俺は、そのままバスケットの中でゆらゆら揺れながら運ばれるのだった。


================================================


 森を無事に抜けた俺たちはいまだ辺境までの道のりを進んでいた。

 現在は馬車ならぬ、竜車に乗っての移動をしていた。

 森の外では竜という存在どころか、それを活用しているのが当たり前らしいな。


 見渡す限り、車内ではエンリィ以外に子供はいない。

 屈強な男たちが数人、あとは年若い兄さん姉さん達が乗車している。

 共通しているのは全員何かしら武装をしている、ということだ。


(この大人たちが着ているのが狩装束なら、推測だと森での狩りの帰りってことか。つまりこの乗り物は狩猟者のためにある辺境までの定期便ってことだな。なるほど、あの森は辺境にとって資源になるだけじゃなく、狩猟業としても重要になると。なるほどな~~)

(…………………。)

 あえて言葉にして頭で思い、まだへそを曲げている同居人の反応を窺ってみる。

 ちゃんと聞いていたという意思表示でもあり、情けなくも言い訳でもある。というか、いい加減許してほしい。


 ったく、しょうがない。辺境に着いた頃には、さすがに口ぐらいは聞いてくれるだろう。

 ここは別のことに意識を傾けよう。


 エンリィとその荷物(俺)は車内の座席の上で心地よくゆらゆら揺られていた。

 そのせいか、エンリィは静かな寝息をたてていた。無理もない。

 やはり、疲労は本人の気づかぬ内に溜まっているものなのだ。

 それをここで少しは解消してもらえたら、こっちも安心できる。


 そして彼女を見守りつつ、周りに警戒の目を光らせているのが性悪カラスだ。

 当然のように俺のことは無視されているが、問題ない。

 自分のことに目を向けることが、同時に荷物を守ることに繋がるので楽な仕事だ。これぐらいなら俺にも出来る。


 さて、楽な仕事を任され話し相手もいない状況、出来ることと言えば他の乗客の話を盗み聞きするぐらいだ。

 辺境に関する話をしてくれたらありがたいんだが。いやこの際、贅沢は言わない。

 メモを取れないのは歯がゆいが、その都度何でも吸収し自身の血肉にしていこう。


 よし、集中!

 盛り上がっているグループは3組ある。


「今回の辺境祭って結局何が目的なんだ?」

 ここからは辺境に関わることが聞けそうだな。


「……なぁ、お前も狙ってたんだろう。アイツの事」

 聞きたくはあるが、あそこは後回しだ。もしかしたら、エンリィは気になる話題なのかもしれないが。


「偉傑十二雄の歴史ってさ―――」

 聞いたことの無い言葉が出てきたな。偉傑十二雄?

 集団の名前だろうか? 気になるが、いまは後回しだな。


 有益そうな最初のグループの会話に聞き耳を立ててみることにしよう。

 辺境祭の目的か……。


「いや、この辺境って元々トリスト様が自分の私有地に人を招き入れて出来たって話じゃん」

「知ってるよ。それがどうした?」

「小耳にはさんだ情報でさ。この私有地の前の用途って、トリスト様にとって良くないことを秘密裏に片付ける為だったらしいんだよ」

「おいおい……。ってことはなんだ、辺境って侯爵様の邪魔な物の掃き溜めってことか? ん、待てよ…。今回の祭りってのも、もしかしてよ……」

「ま、あくまで噂だけどよ。あと、気をつけろ。トリスト様は降爵されて、今は伯爵だぞ」

「おっと、いけねぇいけねぇ」


 ……しかし猫の耳ってのはすごいな。

 ひそひそ話でさえ内容を零さずに聞き取れるんだから。

 でもって、いきなりとんでもない情報だったな。


 辺境ってのが元々は貴族様にとって不都合なものを処理する場所だった。

 今はどうか知らないが、そんな場所で祭りを開くのか。


 開かれた辺境祭。招かれる客人。

 何も知らない民が楽しむ裏で、要人が始末される。……なんてな。

 もしそうなら、大掃除みたいだな。外の感じからしてまだ年末じゃないぞ。


 冗談はさておき、厄介な催しに参加しようとしてるのは分かる。

 ま、変なことに首を突っ込まなければ大丈夫だろう。

 ただでさえ魂獣っていうタブーな存在なんだし、揉め事はごめんだ。


(にしても恐い噂だな。十大貴族、なんて大そうな役柄なのにそんな後ろ暗い部分があるんだな。いや、大そうだからこそなのか? なぁどう思う?)

(…………………)

(お~い、そろそろ目的地に着くんだ。機嫌直してくれ~)

(………………………)

(ったく、こういう意固地なところはエンリィと似てるな…)

(ちょっと! それは聞き捨てならないわよ。誰があの小娘と似ているですって!?、………あ)

(お、反応した)


 無意識に反応してしまったせいか、少し恥ずかしそうな感情が伝わってくる。

 これも一つの肉体を共有しているからなのか。

 しばらくしてクロエは口を開いてくれた。


(分かったわよ。こっちも、その、意地はって口利かなかったのは、…悪かったわよ)

(「こっちも」って、謝罪の言葉は言ってないぞ、俺)

(……それもそうね。確かに今回あなたは悪くないんだし、そんな必要はないわね…)


 あぁ、確かに謝る必要は無いんだろう。

 それでもクロエのことを考えると、適当に話を流すのはよろしくない事だったと反省してしまう。


 マナーが悪いとか、そこでとやかくと言う話じゃない。

 考えるのは彼女の境遇、そして今も俺が彼女に対して感じてる負い目だ。


(なぁ、クロエ。……さっそくで悪いんだけどさ、ちょっと教えてほしいことがあるんだよな)

(………なによ。もうすぐ着くんでしょ。さっさと寝てる小娘を起こして―――)

(どうせ、性悪カラスが起こしてくれるよ。それよりさ、もうちょっとだけ話したいんだ)

(……フフ、性悪カラスって何よ。まったく…)


 クロエは呆れながらも、少し楽し気なのが分かった。俺たちは再び何気ない雑談に花を咲かせるのだった。

 こうして、辺境までのひと時を少なくとも俺は充実して過ごせたのだ。


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