004 いざ辺境へ
転生してから四日目の朝。
猫に転生したからだろうか、時刻は体内時計によってザックリだが分かる。
目覚めの良い朝だ。これで日差しが入ってくるなら文句なしだが、窓が無い以上仕方ない。
そういえば昨日は自分の≪世界≫で会話をしながら歩いたり、触れて考えたりをしていたにも関わらず、現実で目覚めた時には熟睡していたみたいで倦怠感や疲労感は無かった。
あの≪世界≫にいる時って、俺やクロエはどういう状態なんだろう。
やっぱり魂なんだろうか? でも触れたり出来たわけだしな……。いやそもそも、魂ってなんだ?
クロエに聞いてみたかったが、アイツが起きてるのかは分からない。
ただ、機嫌を損ねたら面倒くさいことになる予感は大いにあり得る。
……気分転換したくなってきた。
少しだけ家の外に出て日光浴でもしてみるか……、それとも昨日の温室で二度寝でもしてこようか。
「ヨぉブラザー! ソんなとこでなにしてるんだ~?」
「!!」
…ックリしたぁぁ……。
すぐ背後。暗殺者かのように気配無く忍び寄り、俺を驚かせる気満々の調子で声がした。
これで三度目になる。もっとも最初のように跳びはねたり驚嘆を声に出したりするような反応にはこちらも無くなってきた。
この家でそんな事をしてくるのはただ一匹。
「またか……。いい加減こういうの控えてくれたら嬉しいんだけどな、アー輩先?」
「ソこで、『止めろ』じゃなくて『控えて』って言ってくれるとこ。スきだぜぇ、俺様!」
へへへ、ともし人だったら鼻の下を指で擦ってるだろうリアクションをしたわんぱく男。
名前はアーモンド。俺と同じくエンリィの魂獣。命名はもちろんエンリィ。
俺が輩先に驚いた理由は二つ。
一つは、見た目。
アーモンド……、アー輩先はヘビの体を使って生まれた魂獣だ。
そして俺はどうやらヘビが得意ではないらしい。
そんなものが俺と同じ目線で接近し驚かせてくる。覗く瞳はその構造上、瞬きをしない。
一日のどこかでヘビ睨みをされる恐怖を感じながら過ごしてるわけだ。
たまったもんじゃない。
もう一つは、その気配の無さだ。
猫としての尖った感覚を潜り抜ける事が出来る技量を持っているようだ。
この体になって実感してるが、察知する能力はかなり高くなっている。
聴力然り、視野も広いため見つけられないという事はほとんどあり得ないはずなのだが。
「サてと、俺達のマムの所へ行こうじゃないか! ウ~ん、今朝は献立から察するに……気分が良いみたいだな!」
「献立で分かるものなのか?」
フフン、と鼻息を出して胸を張るように動くアー輩先。
舌をチロチロと出し入れしながら呟く。若干怖い。
「マムとの付き合いは長いほうだからね。コの匂いは、前に外で買った蜂蜜を使ってるんだろうさ。ツまり、秘蔵品ってわけ!」
「この匂い、柑橘系か? というか……」
今日はいつにも増して匂いが強いな!?
この匂いからして、使われてる蜂蜜の量は…………。
…考えただけで応えるな、こりゃ。
そのキツさに軽い畏怖を感じながらも、アー輩先と匂いの中心地へと進んでいく。
隣で余裕を持って這っているヘビにも若干、畏怖と尊敬を抱く。
俺にはそんな真似は出来そうにないので、ここは会話で気を紛らわせるとしよう。
同じ魂獣として聞いておきたいこともあるし。
「なぁ、輩先。あんたは前の自分がどうだったか、とかって気になるか?」
「マったく思わないね! ソもそも、魂獣として生まれた時に前の記憶は残ってないだろう? モちえないわけさ、未練なんて重苦しいものは!」
確かに知らない方が心の安寧になるだろう。
でも、それを踏まえてでも知りたい衝動にかられる、かられてしまうのも人間だ。
アー輩先は、スゴいな。微塵もそんな気が感じられない。
「デは、俺の方からも質問していいかな?」
「ん?」
どうやら向こうからも質問があるらしい。
会話のキャッチボールが続いている……少し感動を覚えるぞ、俺。
「キみは新入りなわけだろう? コの状況に馴染めそうか、少し心配だったものでね。ソの辺りどうかな?」
「なんだ心配してくれてたのか。まぁその辺りについては」
(―――待って)
大丈夫、って……
(なんだよ、やっと起きてきたのか。おはよ――)
(その前に、ひとまずこのヘビに返答。まだ慣れない、って返しなさい)
(………なんで?)
有無を言わせない圧を感じる。
ひとまず何か返さないと、確かに変に思われる。
「まだ慣れない、って感じかな?」
「……ヤはりそうなのかい? フむ、少し心配していたのだよ」
「そっか、それは悪いな」
そろそろ目的地に着きそうだ。
でも、その前に。
(なぁ、さっきの真意を知りたいんだけど)
(……簡単な話よ。3日で慣れてるなんて言ったら、誰かからの介入があったかもって疑われても仕方ないじゃない)
どうやら俺の態度からクロエの存在が漏れることを危惧したらしい。
よく分からないが、魂獣として生きている間で何かあったのだろうか。
(確かにお前の存在がバレるのは都合が悪いんだろうけど……)
(あのヘビに限った話じゃないわ。結局心から信用できる相手なんていないんだから)
それは、俺もか?
そう聞く勇気は今の俺には無かった。
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俺たちは昨日より元気なエンリィと甘ったるい匂いに迎えられた。
これ料理じゃなくて、実験でもしてたんじゃないのか? と疑いたくなるぐらいのレベル。
ご近所さんがいなくて良かった。
さて、この場にいるのは1人と2匹だけではない。
順番に整理してみる。
まずは1羽。
こちらを監視するように佇んでらっしゃるお方だ。
名前はピーナツ。言わずもがな魂獣だ。
テノリカラスとか言う品種の鳥。
品種名の通り、手には乗れるサイズをしているカラスだ。
初めて見るが前世にもいたのかは不明。
さっきも言及した事だが、その視線は鋭くこちらを向いている。
例えるなら、そうだな……。
育ち盛りのお嬢様に、俗物が変な知識を教えないか見張る教育係。みたいな?
そもそもまともな会話をしたのも昨日が初めてだし、その現場に居合わせたりもしてない筈だ。
だから仮にエンリィが変なことを口走っても、その原因が俺に行き着いたりはしないんですが……。
ま、ひとまず置いておこう。
そして1匹。
主人の少女と楽しく会話をしている山椒魚。
いや、この世界ではサラマンダーだったか?
名前はスタッチオ。言わずも…説明省略。
にしても、アーモンドにピーナツ、スタッチオはもしやピスタチオか?
エンリィはどうしてこう、ナッツの名前にしたがるんだ。
俺の時も……いや、その話はいいや。
今は楽しそうに話しているが、それは相手がエンリィだからだ。
最初は誰ともかかわる様子の無く、寡黙さが目立っていたから驚いた。
もちろん俺はこのお二方と仲が良いとは口が裂けても言えない。
かといって、この場で話しかけるわけにもいかない。
1羽は確実に塩対応をかますだろうし、1匹はただいま至福の時間を過ごしているようなので邪魔は出来ない。
アー輩先は…さっきのクロエの発言が糸を引いて話しかけづらい。ったく……もう少しクロエとも話す必要があるな。
今はなにもすることが無いな。手持無沙汰というやつだ。
そう思い、丸くなろうとした。
ふと気づいた。とっくにエンリィは朝食を終えているのに、後片付けを始めていないのを。
「……おい黒猫。ここでそんな様を見せるな」
あらら。
ピーナツから指摘が入った。案の定こっちに突っかかってきたな。
このお世辞にも広いとは言えない部屋で野次を飛ばしてしまったら…。
ほら見ろ。エンリィ達の会話が止まってしまったじゃないか。
スタッチオは俯き、エンリィはこっちを見てくる。
「あっ、ごめん。レンに話しておきたいことがあるんだった!」
「え? 俺に?」
急に俺に注目が集まってきた。
もしや片づけをしてなかったのは、俺に用があったからか?
来た時に話さなかったから、急用では無さそうだが。
「今日のお出かけ、いっしょに行こう!」
お出かけ? 一緒に?
何のことだか分からないが、ひとまず今日の予定が崩れることは確かみたいだ。
「今日出かけるんだ?」
ポツリと俺が呟いた言葉の反応は様々だった。
1人は頬を膨らませ、1羽はピクッと震え、2匹は我関せずといった具合だ。
「きのうの夜に言ったでしょ!」
「あ~~、……そうだった。イマオモイダシタヨ、ウン」
「ぜったいうそ!も~~~う!!」
いや、言ってたとしても昨日の時点で俺は誘われてなかったはずだ。
そこで文句を言われても……。
とは言え、そんな風に詰め寄るのは止めておこう。
もう俺が同行する流れになっているみたいだしな。
(…なによ。確かに昨晩そんなこと言ってた気がするけど、その時は誘ったりなんかしてなかったわよ。それなのにこっちが悪いみたいに文句を言うなんて……)
1名なぜか俺よりお怒りなのがいるが、気にしない気にしない。
「あ~、ちなみに確認だけど、何処に行くんだっけ?」
「少し先にある、セレニテスってとこだよ」
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これから向かう先はセレニテスという辺境らしい。
正直、俺の知っているこの世界の事情はエンリィの家の中の範囲だけだ。
そんな辺境はもちろん聞いたことは無い。
なんでも、ここしばらくの間で辺境はお祭りを催しているらしい。収穫祭みたいなものだろう。
俺を連れ出す理由は……単純に一緒に行きたかったてところか。光栄だなあ。
そんなわけで、俺たちは家の外に出ている。お出かけという事もあり、皆おめかしもしている。
向かうメンバーは俺、エンリィ、ピーナツ。
俺は四肢に赤い手袋を嵌めている。これを見せてもらった時クロエが何か言っていた気がするが、よく分かってない。後でもう一度説明してもらおう。
エンリィは一目見た時に、最初に思い浮かんだのが「赤ずきん」だった。フリルのついたスカートがさらに子供らしさを引き出している。
ピーナツは足にリボンを付けているだけだ。簡素だが、これがあることで狩猟の対象にはならないらしい。
道のりとしては、ここから森を抜けて少し歩けば着くらしい。
とは言え、普通に森を抜けるのは厳しそうだ。
転生して間もない頃、自分たちが暮らしている家がどんなところにあるのかを知る目的で、森を案内してもらった。
どこでも見たことのあるような木々が辺り一面に生えている光景。上からこぼれてくる陽光になぜか神秘さを感じられた。
少し散歩するのも悪くないかもしれない。その時はそう思った。
そして普通に獣が闊歩しているところを見て、家の外に出る気は一気に失せた。
熊に猪、はては見たことの無い生き物。
その日から、森は俺にとって恐怖の対象になった。
だが、今回は頼もしい同行者がいる。
たったいま前方からやって来た1頭のオランウータン。
もう何度目かになるがエンリィの魂獣だ。
名前はウォル。俺は知らないが、これもナッツと関係しているのだろうか。
彼はこの森で食料を調達してくる役目らしい。
蓄えてきた知識と経験で、森の全容を把握してるらしい。果物の分布や獣の習性を理解した上での罠の設置。道具も難しくなければそれなりに扱えるらしい。
本当にオランウータンか? ちなみにフランジはある。
ともかく、そんな頼もしい御仁が森を抜けるまで同行してくれる。
不安も少しは治まるものだ。
「それじゃあ、よろしくね!」
「はい、承知しました」
本当に頼もしい。
そうして、俺はまだ見ぬ辺境に少しの期待を抱きながら出発した。
なんだかんだ言って楽しみではあったのだ。




