001 転生したら黒猫でした
とりあえず~003までは書き直す予定。
現在002を書き直し中。(2021/10月末)
→書き直しました(2022/05)
ふと目が覚めた。
まだ辺りは暗いが意識を覚醒させる。
ふわあぁ、とあくびをしながら身体を伸ばす。
そして、四つの足で立ち上がり、部屋にある鏡の前に移動する。
鏡には一匹の黒猫が映りこんでいた。
もちろん俺のことだ。
朝起きてすぐ、こうして鏡の前に立ち、自分は現実の中でちゃんと生きているのだと確認する。
それがこの俺、門沢恋改めレンゲートの日課になりつつある。
元々は日本という国で人間として、「門沢恋」という名前で生活していた俺だが、突然黒猫になっていた。
最初は夢かと思っていたが、ここでの三日間の生活でその考えはいとも簡単に砕かれた。
おそらく転生ってやつだと思うが、当時の記憶がどこか曖昧になっているから死んだのかどうかも不明だ。
とは言えあまり思い出そうとも思わない。
仮に死ぬ直前の記憶を取り戻したとしても、いまの俺にメリットがあるとも思えない。
むしろ精神的にショックを受け、今後の生活に響きそうな気さえする。おぉ、怖。
人生何が起こるか分からないし、ひとまずは受け入れていくしかないというスタンスだ。
厳密には人ではないんだが……。
「あ、レン!おはよう」
この世界での自分の呼称を呼びかけられた。
鏡越しに後ろを見ると、蜜柑色の長い髪を下ろした少女がこちらを見ていた。
年齢は確か小学三年生くらいだったが、この家で生活しているメンバーの中で唯一の人間だ。
「おはよう。エンリィはもう起きてたんだな」
当たり前のように挨拶を口に出して返す。
黒猫の身でそれが可能なことに、俺は改めてここが異世界なのだと再認識する。
「おぉ!レンから名前を呼ばれたのってはじめてな気がする!」
「……そうか?」
正直慣れないことの連続で、今より余裕がなかったからな。
この際だ。
今日からは少しずつ、自分から周りに関わってみることにしよう。
「これから何するつもりなんだ?」
「花に水やりしに行くの。レンも来る?」
「あぁ」
再び四つ足を軸に立ち上がる。
俺が行く姿勢を見せるとエンリィは少し驚いた様子を見せた。
「なんだか珍しいね。レンっていつもゴロゴロしてたからさ。てっきりなまけるのが好きなんだと思ってた」
…………ま、まあ確かにゴロゴロダラダラするのは好きだ。
というか今までの三日間は、ほとんどの時間を寝転がって過ごした。
ただ、それはやりたいことが無いからでもある。
見つけようとしても異世界だからなにか面白い発見があるわけでもないし、家の外はなかなかスリリングな場所でもあるので、勧んで独りで外出しようとは思わない。
だから、とりあえず気持ちよく昼寝を楽しんだりしていた。
言い訳だと?……………そうかもしれない……。
エンリィが近づき俺を抱えるが、持ち方が甘く落ちそうになる。
何とかして彼女の首元に巻き付くように移動する。
「じゃあ行こっか!」
「なるべく落とさないよう頼むぞ」
「えへへ。分かってる分かってる」
猫の体で動くことにはまだ慣れないことも多く、例えるなら人間の赤ん坊のようなものだ。
出来ることがほとんど無い状態なので、まずは猫の動作をモノにするのが今後の課題だと考えている。
ずり落ちないよう、全身を使ってしっかりとエンリィに抱きつく。
彼女の首元から体温がダイレクトに伝わってくる。
………少しドキドキする。
前世の俺は幼い異性を意識したりしていたんだろうか……?
こういうのは変に意識しない方が良いな。
そうは言っても、エンリィの動きの揺れで徐々に落ちそうになってくるので、一層強くしがみつくしかなかった。
くぅっ…………。
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俺とエンリィは地下にやって来た。
一つの扉の前に辿り着くと、俺はそこで降ろされた。
「こんな暗いところで花を育ててるのか?」
地下は見たところ陽の光が当然なく、ランプの炎によってぼんやりと赤く照らされているだけだった。
ここがゲームに出てくるようなダンジョンだと言われても納得できる、そんな雰囲気だ。
一方、エンリィは俺の尋ねた質問には答えず、フフフと不敵な笑みを浮かべた。
そして目の前の扉を開けて見せた。
瞬間、まぶしい光が射し込んできた。
「くっ……………」
思わぬ状況に戸惑い、遅れつつも目を閉じて顔をそむける。
少しして目が光に慣れてきてから顔を前に向けてみる。
「なっ……!」
俺の目に飛び込んできたのは植物園の景観と遜色ないような空間だった。
温かな色をした陽光が上から射してきて、植物の緑が活き活きとして見える。
虹色の小さな光が部屋の壁にちらほら反射されているのはサンキャッチャーが置かれているからだろう。
この世の楽園と言い換えても良い、幻想的な空気が漂っていた。
「すごいでしょ!地下のへやは、ちがう空間になってるんだよ」
それからエンリィは必死に説明をしてくれたが、ほとんど内容が入ってこなかった。
まぁ、小学三年(仮定)の年頃なら上手く説明できないのもしょうがないと思う。
決して現在、自分が普通に暮らしているのが巨大な樹木の洞や根に包まれた一種のダンジョンのような物であると教えられて、考えるのをやめたわけじゃない。
そろそろ俺も次々飛び込んでくる異世界常識に慣れていかないといけない。
信じられないような現象でも、「あり得る」と常に捉えておいた方がいいな。
『あらあら、やっと拙い頭を回しだしたのかしら?この体たらくじゃ、随分長いことに定評のある私の気もほんの数分で滅入っちゃうわ』
…………少し前から俺にしか聞こえない声についても、いい加減無視するのはやめよう。
むしろ必死に空耳だと思い込もうとする必要もなくなるから、少し楽になるかもな。
そうして俺があれこれ考えている間に、エンリィは自分の作業に没頭していた。
背丈の低い子供でありながら、やってることはどこかの学者みたいだった。
ビーカーやフラスコに入った液体を慎重に混ぜ合わせたり、少しして頷いたかと思えば手元の用紙に何かを書き込んだり。
そういったことを繰り返している。
俺は静かにその場を離れた。
好奇心旺盛な子供の邪魔はなるべくしたくない。
俺は三日間をこの家で過ごしたわけだが、その際にエンリィはずっと家の中で過ごしている事が分かった。
両親もこの家にはおらず、学校にも行ってない。
食料の補給は他の同居人、厳密には俺と同じく人ではない訳だが、そいつらがやっているので問題はないみたいだ。
深い事情はまだ聞いてはいないが、並々ならぬ理由があるのだろう。
そんな酷な環境で過ごしてる彼女には、自分のやりたいことは出来る時にやっていてほしい。
心からそう思う。
俺は進んだ先にあった木陰で一休みしようと腰を下ろす。
温室の天井はそこそこ高く出来てるようで、樹の一本、二本が生えていても不思議は無い。
そんな場所で涼もうとしていたが、ふと視線を感じて何の気もなく辺りを見回す。
気配に敏感になっているのは果たして猫になった影響なんだろうか。
詳しいことはよく分からないが。
前後左右見回して、最後に上を確認するため上体を起こした。
「ん?」
よく見ると、こちらを見下ろしている小柄な影を発見できた。
樹の枝に腰かけ、幹にしがみ付いている。
あれは、コアラだ。
なるほど異世界にもコアラっているんだぁ……。
本当ならこんな場所でコアラを見かけることにも驚くはずなんだが、正直もう驚き疲れていた。
「あ、あの……」
こうやってコアラが話しかけてくるのも、そういうものだと割り切れている。
俺も喋れてるわけだし。
「はじめまして、で良いんだよな?俺は最近この家で生まれた新入りなんだが……」
そうして俺は自己紹介をしようとしたが……、
「…………やっと」
「?」
「やっと、僕にも、後、輩、が……~~~~~~~~っ!!」
コアラはなぜか悶えていた。
興奮が抑えられておらず、所々で息を吐き出しながら何か叫んでいる。
案の定、いまは息を切らせて肩を上下させているように見える。
どこか面倒なオーラを醸し出しているヤツだ。
今は関わるのは控えておこう。
「ね、ねぇ。君が最近話題の新しい魂獣なんだよね。確か名前は『レンゲート』だったよね。嬉しいな~~!あっ、僕の紹介をしてなかったよね。ごめんごめん。こういうところでちゃんと礼節を守れないなんて、僕はダメだな…まったく……アーさんにもよく言われるんだよね。改めまして、僕はペカン。見ての通りコアラとしてエンリィさんのお世話になってるよ。よろしく!」
だが、俺が解放されることはなかった。
しかも、こちらの事情に構わず、長々と喋りかけてくる。
勝手に自分を責めたと思ったら、自己紹介を始めてきたし…。
自分の話したいことを一気に話す様子を見る限り、このコアラはあんまり人付き合いが得意じゃないのかもしれない。
こっちの勝手な予想、偏見ではあるが………。
とは言え、俺の方も付き合い方が上手いと自負できるわけじゃない。
初対面の相手に限らず、俺から話題を提供しての対話は苦手だ。
転生前の俺も、人付き合いが苦手だったのではと推測している。
とにかく、ここは無難に話を繋げていくとしよう。
「お、おう。よろしくな、ペカン……先輩?」
「!!…………………………センパイ、センパイダナンテ……ポッ///」
どうやら失敗したらしい。
こちらの発言に一喜一憂しているみたいで、会話が発展していかない。
とりあえず、これからは「先輩」って敬称を付けるのは止めようと、心で密かに誓った。
しょうがない、もう少し話を広げることにしようと決心した俺だった。
が、その思い空しくペカンは未だにトリップ状態だった。
思った以上に先輩呼びが効いているらしい。
コミュニケーションっていうのは、なかなか自分の思う通りには進まないことを実感しながら、しばらく待っていることにした。