010.3 浮かぶ疑念
「制限時間はこちらの砂時計が落ちるまで! 審判の合図はまもなくです!!」
決闘会なる催しが始まろうとしている。
こういった対人戦は聖国に居た頃以来だ。もちろん相手はハイドロだ。
それも随分と前か……。
つい感傷に浸りそうになるワタシ、フレディアはその記憶を頭の隅に追いやる。
気を取り直すべくワタシ以外に参加している面々を見渡す。
全員大した実力ではない。
それが素直な感想だった。
自分の目利きを信用するわけではないが、それでも何度か立ち合った経験から感じられるものがある。
なんなら全力で取り組まずとも、勝ち残れそうでもある。
だが、不用意に目立つわけにもいかない。
聖国はこちらの場所を把握する機会を常に狙っていることだろう。どこからワタシの情報が漏れるかは分からない。
持っている棍棒を左手で握る。
利き手ではないため満足に振るうにはやや不便だが、ちょうどいいハンデというやつだ。
他の戦士が知ると癇に障るかもしれないが、ワタシの事情を知っている者は1人としていないはず。
適当にあしらって時間を潰すことにしよう。
そう決めたワタシは格好だけでもやる気を見せるようにする。
右足を少し後ろに下げ、足先を地面に着けたまま2回ほどひねる。
勝負に挑む際のワタシの癖だ。もっとも今のは意識してやった動きなのであって、何度も言うが勝利も敗北も眼中にはない。
「それでは、オーソクレース領辺境決闘会………」
闘技場の中心にいる男、アプールといったか?
この中では幾らか腕の立つ人物だな。落ち着き払っている状態を見ても、こういう場に慣れているのだと推測できる。
狙いを彼に決めた。利き手じゃないワタシともうまく渡り合えるかもしれない。
近くにもう1人、なぜかワタシを敵視する男はいるが、気にする必要はない。
もしも こちらに向かってきても適当にあしらうつもりだ。
「始めっっ!!!!」
客たちが歓声を上げる中、ワタシは駆けた。
標的もこちらの気配を察知し、立っていた位置から離れるようにして移動する。
逃がすか。
相手の行動を絞らせるべく、大胆にこちらから距離を詰めていく。
構えは一切取らず、闇雲に詰め寄り、ワタシに隙があるように見せる。
今なら この無防備の相手から点を取れるかもしれないと期待を持たせるために。
狙い通りアプールは逃げるのを止め、ワタシへと向き合い棍棒を突き出す。
左に持つ棍棒でそれを受け止める。
攻撃はそれだけにとどまらず、次々と連撃が襲ってくる。
手を緩めることなく、こちらから歯向かう隙を与えないためだろう。
まぁ、その全てが警戒すべきようなものではないので十分に余裕はあるのだが。
同時に彼の狙いに気づく。
後方から迫るもう1人の影。ワタシを敵視するあの男だ。
彼とともにワタシを挟むことだろう。
ワタシは挟まれたことに気づき、焦って防御の手が疎かになり、そこでアプールの攻撃により倒される。
よし、こういう筋書きにして、さっさと敗退しよう。
納得されずとも致し方ない。ワタシの力量が足りなかったと言い張るだけだ。
そう結論付けると途端に意識は緩んだ。
ふと何気なく、そういえば反対側の戦局はどうなっているのだろうかと思った。
所詮は気が緩んでいる中で生まれた疑問。
別に気にしなくてもよかったが、ワタシはそちらの方に目線を向けた。
その瞬間。
ワタシの思考は停止せざるを得なかった。
その現場を見てしまった衝撃で緩んでいた意識は覚醒し、体は反射的に反撃の選択を取っていた。
「っ!?」
アプールが後ろへよろめく。
動きの変化に警戒を抱かせたかもしれないが、どうでもいい。
ワタシの意識はすでに別のものへと向けられていた。
ワタシが見たもの。
レンジャーと名乗った少年が戦士へと放った攻撃。
あの動き………。ふとワタシの記憶と合致するものがあった。
聖遺物の扱いにまだ慣れず、ひたすら剣の腕を上げる姿。
それはまだ小さい体、力の足りない少女の腕でも相手の骨を砕く技。
………ワタシが教えてあげた技。
偶然だろうか? だが見過ごしてはならないと頭の中で警笛が鳴る。
当然だが、彼とこの地以外で出会ったことなどない。ワタシが教えたわけではないと断言できる。
ならば、可能性としてあり得るのは。
ハイドロ。
彼女が教えたのだろうか。
教えていたとして、それは聖国で暮らしていた時ではないだろう。
レンジャーという少年が秘密が漏れることを嫌う聖国から出てきたとは考えにくい。
それにハイドロは誰かに物を教えるといったことをしてこなかったように思う。
良くも悪くも自分が強くなることしか頭になかったしな。
だからこそ。
技を教授されたという、その仮説が立つのなら。
生きている。
聖国から海というところに落ちながら、それでもなんとか生き長らえてくれたのか。
ワタシの旅の目的は2つ。
1つはこの世界を回り、自分の見識を深めること。
もう1つは、生きていてほしいと願っていたハイドロとの再会だ。
彼はその糸口になるのかもしれない。
逸るな、と頭では思っていても気持ちはそれを拒否している。
予定変更だ。
先ほどまで出来上がっていた筋書きを破り捨てる。
「隙を見せたなっ! くらえ――
すぐ近くまで迫っていた男。
何か意気込んでいたみたいだが申し訳ない。
体を低くし、大振りを掻い潜って胸の装甲を突き壊す。
息を吹き出し、全身を硬直させている間に残っている装甲を手際よく砕く。
次いで、距離をとろうと後ずさるアプールに肉薄を試みる。
こちらの気迫を見て考えを変えたのか、逃げようとはせず武器を構えた。
その構えを見るにワタシの振るう力を利用して棍棒を受け流すつもりのようだ。
先ほどよろめいた体験を考慮してのことか。
問題はない。
こちらは それを利用しさらに大きな力を働かせればいいだけのこと。
互いの棍棒が接触する。
それと同時に相手のものが触れ合う面を滑り始める。
が、その動きに合わせて こちらはそれを強引に絡めとる。
「……!」
策が通用せず目を見開かせるアプール。
ワタシの動きの変化に対応しきれていない。
そのまま迅速に彼の装甲も破壊していく。
「ぐっ……容赦、ないな…………」
痛かったのだろうか、地面に倒れこんだ彼がそんな事を呟いていた。
加減はしたつもりだが、逸る気持ちにつられてうまく調整出来ていなかったかもしれない。
ワタシの持つ棍棒は力に耐えれているので壊れる心配はないだろう。
そのまま次の相手の元へと動きだす。
舞台の中央で立ち尽くしたままの男は、ひとまず後回しでいい。
邪魔してくるなら その時に対処すればいいだけ。
まずは目に見える障害から。
レンジャーと相対していた大男を倒す。
得物を持っていない状態だったので難なく叩きのめせた。
ふぅ、と一息。
さて、ここからが本番。
「お前に興味が湧いた」
目の前にいる獲物は緊張に震えている。
こちらの技量に対してか、あるいは何かの隠し事をしているからか。
「先ほどの動き、どこで学んだ? 大丈夫だ、皆まで言わなくていい」
言葉で聞くよりも、実際に立ち合えば分かる。
この男にハイドロが関わっているのかどうか。
それはワタシにしか分からない。
緩んでいた気持ちはとうに消え、今はやる気にあふれている。
さぁ、審判の時だ。
「試させてもらおう」




