013 暗闇のお茶会
今話が012(本編)の続きです。
SSと同時の投稿となり紛らわしいかもしれません。
それでは、どうぞ!
目覚めた時、まず感じたのは安心感だった。
それもそのはず。
寝かせられているオレの傍に、その源がある。
少し頭を持ち上げ目を動かす。
蜜柑色の頭が見える。つむじもはっきりと見えた。
「エンリィ……」
腰のあたりにしがみついてる小さな体。
伝わってくる温かさに、思わず瞼が落ちていき………
ん? ちょっと待て。
途端に頭は覚醒し、ゆっくりと今度は頭も持ち上げていく。
やはり、エンリィがオレにしがみついて寝転がっている。
同じ寝台の上で。これはつまり………。
(幼女との同衾ね)
(いちいち言葉にするな!)
(むしろ焦ってるほうが変態っぽいわよ。それに見方を変えれば母親が子供に添い寝をしてるって状況よ。間違いではないでしょ?)
その説明でよそ様から得られるのは理解じゃなくて引きつった笑いだけだぞ!!
そんなバカバカしいやり取りを続けてる最中。
傍らの少女はもぞもぞと動き、低く唸りながら、やがて目を開けた。
「ぅ…………?」
「お、ぉはよう」
言葉は詰まったが挨拶は言えた。これで出方を窺―――――
「うおっ!?」
様子を見るつもりだったオレは構えるより前にギュッと強くしがみつかれていた。
顔を埋めて表情が見えない分、心配の大きさを表すように強く、強く……。
左腕には包帯が何周も巻かれており動かせなかったので、右の手で優しく頭を撫でることにした。
「心配かけて悪かった。それと傍にいてくれてありがとう、エンリィ」
口からするりと出た謝罪と感謝。
今度は言葉に詰まることはなかった。
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「説明としては以上、なんだけど……」
気の済むまでしがみつかせた後、部屋の外に誰もいないことを確認してからオレは自分の身に起きてる出来事やその要因をかいつまんでエンリィに伝えた。
その結果。
「ごめん、分かんないや!」
「そうか! 逆に安心した!」
清々しい返答で何より。
説明の意味は本当にあったのかと疑問に思いたくなる。
(言ったでしょ。姿勢を心がけるのも大切って)
(要は、スタンスが大事ってことか)
「どんな見た目でもレンはレンだしね」
「………すごいなぁ、お前ってやつは」
「えへへ……何だか うれしいや」
本心からそう思う。はたして彼女と同じ年齢でそんな考えを持てる子が何人いるか。
その心の在り様を見習いたくなるのは不思議でも何でもないことだ。
「でもすごいね! そんなに大きくなるなんて。いいなぁ、わたしも大きくなりたいなぁ」
「心配しなくても、あっという間だぞ。あれ待てよ、女子の成長期ってだいぶ早かった気がするけど。もしかして真っ只中なんじゃないか?」
「ううん。わたしはずっと小さいままだよ。ふへんのさだめ、ってやつ?」
不変の定め? もしかして「運命」か?
やけに難しい、断定した言い方だな。
「いつかは大きくなるって。それに大抵の願いは生きてる内に、いつの間にか叶ってるもんだ」
「そっかぁ。じゃあ楽しみにしとく!」
先程からずっと はにかんでるエンリィ。
そろそろ頬が痛くなってきそうだが大丈夫だろうか。
「あっ! そろそろピーちゃんむかえに行かないといけないや。待ってて!」
「いや、オレも一緒に行くよ。外の風に当たりたい気分なんだよ」
「え~~、だいじょうぶかな? 左うで、動かないんでしょ」
「大丈夫だって! そんなに酷いわけじゃなし!」
「………むりしちゃ、やだよ?」
上目遣いでオレを気にするエンリィ。
そんな彼女の不安を払拭するために、再度頭を撫でることにした。
「……なんだか、ごまかされてる気がするんだけどぉ~~」
(同感ね)
「気のせい、気のせい」
2人の疑いに答えつつ部屋を出てみると、廊下ではなく大広間に繋がっていた。
外の屋台の灯りが入ってはいるものの、薄暗い空間が広がっていた。
やはり電灯には及ばないようだ。
にしても………。
この大広間でまず目につくのが異様な雰囲気を醸し出している作業机だ。
なにせ実験で使うような器具でてんこ盛りだ。怪しい臭いはしてこないものの近寄るのは御免被りたい。
対してエンリィのほうはすっかり目を輝かせてしまっている。好奇心旺盛な子供といった反応だ。
そういえば彼女も家の地下で学者っぽいことをしていた。
案外ここの家主と気が合いそうだ。
「誰の家なんだ?」
「かみをむすんでるお姉さん。レンがたおれた時に助けてくれたんだよ。それと左手のけがをなおして、グルグルもまいてくれた」
「ヒントがざっくり過ぎるけど、つまりはエンリィが知らない人物ってわけか」
怪我人の治療をして、そのまま自分の家で寝かせてくれる待遇。
家に他人を残しておける度量。
どれをとっても感謝と敬服しか出てこない。
(見返り欲しさかもしれないわよ)
(だとしたらこっちも誠意を見せないとな)
(…………………)
もっとも見せられる誠意は限られるんだけどな。
そんな事を思いながら外出しようとした矢先。
「「あっ」」
玄関扉のある部分を見て立ち止まった。
オレとエンリィは鍵の存在をすっかり忘れていたため、もうしばらく大広間で待機することとなった。
玄関扉が開かれたのは割と早かった。
だいたいエンリィとの会話で話題を1つ消化した頃だった。
「どうぞ上がって。危険な物はもう使い切った後だから安心し、って…」
「んん?……!!おぉ、起きてる!」
姿を見せたのは髪を結び、見慣れない白衣を身にまとったテトラ、
蒼い髪に眼鏡、エプロン姿と最後に見た時と大差ない格好をしたグレーテル、
そして彼女の持つバスケットの中で不機嫌そうな顔を出しているピーナツだった。
「えーっと、おかえりなさい、でいいのかな?」
「なぜオレに聞く? 別にいいんじゃないか」
「ん~、ただいまって返した方が良いの?」
「だから、なぜオレに聞く?? おかえりの返事としては最適解だろ」
「………えぇっと……」
「テトラ、別に話の流れに乗ろうとかしなくて良いんだぞ…」
出会ってから関わった時間は短いはずなのに、彼女たちに妙な一体感が生まれていた。
女子の関係構築の速さってスゴイ。
「うんうん。その元気っぷりからして、もう調子は良さそうだね。いやぁ、あんなにガブリと口が食い込んでたからね、心配してたんだよ」
「食い込むって……あ」
ズキッと左腕に走る痛み。
その時のことを思い出したせいか、そう感じ取られた。
「まだ本調子ってわけじゃなさそうね。でも傷口は塞がったし、薬も使った。なら、あとは普通に生活する中で自然に治っていくわね」
そんなオレの状態を的確に見抜き、そう判断を下すテトラ。
「……もしかして、とは思ってたけど。オレを助けてくれたのって」
「感謝しなさいよ。……屋台で続き、話すんでしょ」
「――――だな。ありがとう、おかげで助かった」
こっちからした約束だったが、ちゃんと覚えてくれてたらしい。
しかも思ったよりも乗り気になってくれている。
「おおおっ、屋台ですと! ここはウチもご相反に預かるしかねぇっ! ね、良いでしょっ?」
「いい齢した女性が露骨に態度変えておねだりしてくるとか、なかなかショッキングな絵面だな」
「ちょっ、いい齢って。ウチ、まだ21歳なんだけど」
「マジか」
その漲ってるパワーの放出っぷりは、どこかのおばちゃんみたいなんだが。
そして何となく理解する。
コイツの存在が関係の構築に拍車をかけたんだろう。
「あっ、エンリィは大丈夫か? もう遅い時間だ。そろそろ眠さが勝ってくるんじゃないのか」
「レン、安心して。長くても1日半は起きてられるから」
「その口ぶりからして、一度実行済みだなお!?」
そして全然安心できない。寝る子は育つって言葉を知らないな、さては。
「ちょっと、行くの? 行くのよね!? ねぇねぇねえっ!!?」
「いやぁ、ゴチです!」
「わたし今日で目指してみるね、自分のげんかい」
なんだ、このエネルギーは………。
女子が三人も集まれば、こんなにも勢いが強くなるのか。
この圧倒的連帯感。
こんなテンションが先も続くんなら………オレに捌ききれる自信はもう無いっ!
……あの、ピーナツさん。助けてくれたっていいんですよ?
喋れないからって無視しなくても。
ていうか、そろそろ機嫌直してくれませんかね~。
届かなくとも、切に願わずにはいられなかった。
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「いらっしゃい。おっ兄ちゃん、ハーレムってやつじゃないか。うらやましいねぇ!」
「……………どもっす…」
「4名様かい? どうぞ、自由に座って大丈夫だから」
テトラの家を出て、オレと女性衆は屋台を探し回った。
エンリィの年齢や屋台に入る目的は雑談くらいということを踏まえると、あまり酒臭くない店が好ましい。それに忘れちゃいけないが、オレは金を持ってない。
その意を伝えたところ、テトラが提案したのは喫茶店だった。
祭りの屋台と比べると微妙なジャンルかもしれないが、条件のせいで選択肢が一気に減ったから仕方ない。
おごられる気満々だった1名は肩を落としていた。この際に腹を満たそうとか考えていたんだろう。
茶菓子で勘弁してもらい、そして支払いは………必死にテトラに頼むしかないか。
「しかし、こんな店があるとはな。雰囲気がすごく良い」
「フフ、洒落てるでしょ」
店の窓に厚手の布が被せられているので真っ暗な空間が広がっている。
そんな中、照明は所々に置かれているランタンだけ。
暗い静寂を温かな炎が照らす。それだけで安心感がオレを包んでくれる。
それがこの店の狙いでありコンセプトなんだろう。
店内に人は少なく、それがまた人知れぬ穴場という空気を醸し出す。
店ではなく隠れ家と呼んだほうがいいくらいだ。
「大人って感じだね」
「うん、普通にカクテルが出てきてもおかしくないよ」
「確かにね。でもお酒は取り扱ってないから安心して」
「そっかぁ。こういうお店入ったことなかったから、ちょっと新鮮だな~」
「わたしも!」
女性陣も大いに盛り上がってるようで。
というかこの雰囲気でノンアルコール提供とはな。
「そもそもお酒って何歳からなんだ?」
「知らないの? 只人なら20歳から。常識でしょ?」
「なるほど。それは確かに」
只人かはともかく、こっちの世界でも飲酒制限は同じようだ。
しばらくして店員が注文を伺いにやって来た。
店のサービスとしては紅茶や茶請けの提供、値を張れば楽器なんかも演奏してくれるらしい。
喫茶のイメージだとコーヒーが強かったが、もしかするとコーヒー豆というものが知られていないのかもな。
「当店のオリジナルブレンド、もしくは本日限りのブレンド紅茶をご用意しております」
「本日限り?」
「そうですね。値段のほうは上がりますが、それに見合った物をご提供させていただきます」
紅茶を専門としているだけあって、こだわりを持っているのは間違いない。
いいだろう。オレの注文はもう決まっている。
「オリジナル2。ブレンド1。茶請け少々。そちらのお客様は?」
「水で」
「……お水、ですか?」
「オレ紅茶苦手なんで」
申し訳ないが紅茶は頼めない。
重ねて謝るなら、出された水や茶請けにも手は出せない。
少し残念そうに店員が帰るのを見届けた。
オレの注文が聞こえていたのか、非難するような目を周りから向けられたような気がした。
暗闇が多くを占めていても、ネコ特有の感覚のせいかそう感じられる。
(致し方ない事よ。魂獣の肉体はすでに機能が失われているんだもの)
(そこらへんの境界、結構あやふやだけどな)
オレの肉体はどれだけ姿を変えても、使われているのはネコの亡骸。
その機能はほとんどが停止している。
飲食物の消化も当然行えない。
嚥下した物はお腹に溜まり、やがて腐る。それだと不利益にしかならない。
だから魂獣は食べる、飲むという行為は出来ない。
幸いにも栄養はもう必要としない体だから問題はない。
周りを誤魔化さなければならないのが難点だが。
「せっかく楽しんでもらおうと思ったのに…」
テトラが若干不貞腐れている。
この店を提案してくれたのも彼女だったし、もしかしたらこの紅茶を飲んでもらいたかったのかもしれない。
「悪いな。先に言っておけば良かったか」
「しょうがない。もしも克服するようなことがあったら、その時にでも。ね?」
「………あぁ」
その予約には曖昧に返しておく。
「おっ、さり気なくデートの約束を取り付けようとしなかった?」
「へっ!? ち、違うわよ別にそういうんじゃっっ!!?」
「うわぁあ甘酸っぱいね、テトラちゃん!」
「……む”~~~~~~~……………」
「エンリィちゃん、どした? そんな顔して」
こっちのちょっとした罪悪感など無かったように盛り上がる席。
いや、あるいは湿っぽくなりかけた場を気にしてくれたのか。
ありがとう、グレーテル。
そして、エンリィ。………そんなに膨れてどうした。
短い待ち時間を過ごし、運ばれてきた紅茶たち(+茶請けと水)。
美味しそうに口に運んでる様を見ても、欲は湧いてこない。
逆に良かった。もし湧いていたら、なかなか苦しい地獄を味わうことになっただろう。
味わうと言っても、それは受け付けたくない。
「ふぅ……。渋みがそんなに無くてウチは好きだな」
「おい…しい……」
「あらら。子供の舌だとちょっと厳しかったかしら」
エンリィはその小さな体を机に伏せさせ、耐えるように震えている。
生まれたての小鹿ってのはこんな感じか。先日のまだ四本足でうまく立てなかったオレを思い出す。
「ん? でも、エンリィって紅茶飲んでなかったか?」
「あ…あれは…くだもの…つけてる。…それとハチミツ入り」
「フルーツティーってわけか」
普段はストレートで飲まないから、これだけ悶絶してしまってると。
「へぇ。子供でも紅茶を嗜むんだ。好きなの?」
「うん。作るのは楽しいし、飲むのはおいしいし。たまに しっぱいするけど……」
「自分で配合して淹れるの!? エンリィちゃん、すごっ」
「………なかなか面白いわね」
「へへ~ん!」
得意げな顔をするエンリィ。
こうやって好きなこと、得意なことを認めてくれる存在が外にもいる。
それを知る機会があっただけでも、エンリィにとって辺境祭に来た意味はあったかもな。
(まるで子供の成長を見守る保護者みたいね)
(……ほっとけ)
誰にも言えない秘密があったとしても、他者との繋がりを一切断つのは勿体無い。
そう結論付けてみる。
「「自分で育てたりしてる!?」…ですって!?」
「そうだよ」
「は~、ウチが想像できない話になってきたな」
「……1つ言えるのは、今のうちに植物について学んでいけば、将来大きな力にはなるわね」
二人ともエンリィの持つポテンシャルに驚き、その内の一人であるテトラがオレの方を向く。
「少しこの子と話したいんだけど良いかしら」
「? よく分からないけど怪しい勧誘は止めろよ?」
「そうじゃない、蹴り飛ばすわよ。それに別に隠れて話すわけじゃないから、何ならアンタも聞いてみる? 専門用語が飛び交うかもしれないわよ」
専門用語?
急に何の話をする気だ?
「えっと…」
「あ~じゃあさ、その間にレンジャーくん借りててもいい? ウチ、実は彼に聞きたいことがあるんだよね」
言い淀んだオレに対してグレーテルが横から割り込む。
そういえばオレって偽名で出場したんだった。
すっかり忘れていたが、それはともかくオレに聞きたいこと?
さり気なくエンリィをチラ見してみたが、楽しそうにしているだけだ。
専門用語という言葉に惹かれて目を輝かせている。
コイツはいつでも楽しそうにしてるな。
「まぁ分かった。エンリィ、話してることはちゃんと自分で判断しろよ。そんで、分からない事だったり怪しいなって少しでも思ったらオレに相談…イテッ!! じょ、冗談だよ……」
脛に痛みが……!
テトラめ、ちゃんと狙って当てやがったか。
「聞かせて、せんもんようご!」
「そうこなくちゃ。じゃあ、どういう植物を育てているのか。まず聞かせてくれない?」
そうして、あちら側は会話を始めてしまった。
さてと。
グレーテルの方に向き合う。
「オレに関して、何か気になることがあるのか」
オレはこっちに集中しよう。
ただし、あまり固くならないように。緊張してたら本当にやましいことがあるように思われるからな。
「そりゃ気になるよ。例えば出会ったタイミングとかさ。狙ったように現れたと思ったらエンリィちゃんとは知り合いだったみたいだし、そのまま流れで決闘会に出場したら仮優勝しちゃうし、他にも――」
「ちょっと待て。聞き捨てならない言葉が出てきたんだが」
「………もしかして、仮優勝の事? 事実だよ、フランベって人は棄権扱いになったし、君に噛みついた人は そもそも人間じゃなかったし」
「……何ィッ!!?」
情報の量が多すぎる。
一から説明してほしいんだが。
「ま、とりあえず今は置いといて」
「置いとくのかよ!?」
「ウチの疑問を先に片付けてほしいかなぁ、なんて。簡単に答えてくれちゃっていいから3つぐらい!」
「3つもか………分かった。ちゃっちゃと済ませよう」
あまり長引かせずに処理して、決闘会についての話題に移ろう。
気を失ったわけだから、てっきり敗退したと思ったんだが………。
グレーテルは紅茶を一口飲み、ゆっくりと前で手を組んだ。
「まず1つ目。その服って、どこで買ったの」
「―――帝国」
「………………」
(ちょっと…まずいかしら)
初手でかなり痛いところを突いてきた。
気を引き締め直そう。エンリィより先にこっちを心配するべきだったか。
さっそく嘘を吐いてしまったが、あとの2つはどうだ。
「2つ目。六神の存在を信じてる?」
「信じてない」
「おぅ、食い気味に返すね」
信じるとかってレベルじゃないからな。知らないし。
でも名前の通りなら、神様ってことか。
宗教関係者かどうか知りたかったのか?
「最後―――」
3つ目になる質問を聞く前に、彼女はまた紅茶を一口。
何となく察する。これからする質問は彼女にとって大切なものだと。
(深呼吸して)
(――――――)
アドバイスに従う。
危ない。いつの間にやら緊張してたみたい。
そんなオレの様子を見て、グレーテルは申し訳なさそうに失笑した。
「ゴメンね。なんだか尋問みたいになっちゃってたか」
「気にするな。意図は分からないけど大切なことなんだろ?」
「うん。大切なこと。今から話すのは特に」
前置きをして、その心中を語りだす。
「ウチ兄弟がいてな。行方不明、なんだ」
「………兄弟か」
どこかの姉妹を思い出す。
どいつもこいつも行方不明か。
「名前はヘンゼルっていうんだけど、ちょっとした事故に巻き込まれて、それで………」
「行方不明になったなら、ちょっとしたなんて規模じゃないな」
にしても名前がヘンゼル、か。
この組み合わせだと、本当に童話みたいだな。
「本当に音沙汰ないのか? お前が21歳っていうなら、ちゃんと考えて何とか動くだろ。大人なんだし」
「………………そうかな」
「あんまりソイツのこと知らないけどさ、年の差で積んだ経験って意外にもあったりするぞ。双子よりはよっぽどさ」
「……………そっか。年の差か。うん、そうかもね!」
「んで、最後の質問って何だ?」
「う~ん……それは…いいや! 話聞いてくれて少し解消できたし。お疲れ様!」
「そうか? なら良かったけど……んじゃ、今度はオレが聞く番―――」
決闘会で何があったのか問おうとした矢先だった。
ネコ並みの嗅覚であるオレの鼻が懐かしい臭いをキャッチした。
これは―――、
「? どしたの、おーい」
「……………」
タバコの臭い。後ろから。
この銘柄を吸う人間。直近では1人しか知らない。
後ろを振り向く。
こちらに向かってくる女性。
外套を被り、なるべく顔を見られないように気を付けている振る舞い。
照明の少ない暗闇の中だと、闇討ちに来た暗殺者のようで恐い。
「ここだ」
「―――正体がワタシだと気づくとは、見事だ」
テトラとエンリィも会話を一時中断し、近づいてきた人物に焦点を当てる。
その人物は律儀にこの卓の全員分のお辞儀をした後、被せていたフードを少しだけ後ろに下げる。
「決闘会以来だ。元気そうで何より」
「フランベさん!」
「そちらのお嬢さん方も息災そうで良かった」
レディ・フランベ。
本当の名前はフレディア。
「そういえば、決闘会の後に話をするって約束だったか」
「……アンタっていつも口約束してるわね」
「なんだよ。悪いか」
「別にっ」
さっきからテトラのオレに対する当たりが強い。
まだ冗談の事を根に持ってるのか?
「悪いが、そっちじゃない。頼まれごとを引き受けたから参上した」
「頼まれごと?」
こちらのオウム返しに頷き、フレディアは答えた。
「次期領主からの指令だ。すぐに屋敷へと来てくれ、とのことだ」
思わず目をつぶり、天を仰ぎ見てしまった。
バ……メギトス・オーソクレースからの招集が下った。
間違いなく厄介事に巻き込まれる。
そんな未来を瞼越しに見たような気がした。




